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1-79 女傑

「ちっとも宜しくありません! 別邸には一族すべて、出入り禁止です!」


「そうだぞ、メアリ。わしですら、ミチイルに会えんというに!」


「私も家族もまだ、ミチイル様にお会いできていませんしね。あ、そこのキミ、パウンドケーキ、取ってくれない?」


「そこ、ミハイル! お父様! だまらっしゃい! マリア、なぜ救い主様をあなたが独り占めしているのかしら? 美しくなっただけではなくて、ずいぶんと偉くもなったものだわね」


「マリアは聖母として民の信仰も集めているからね。姉上と違って顔にシワもないし~ あ、紅茶淹れてくれる?」


「そこ、ミハイル! だまらっしゃい!」


「別に偉くはないわ。偉いのはミチイルであって、わたしではないもの。でも、ミチイルは救い主として、必要以上に働いているわ! これ以上、ミチイルに負担をかけたくないのよ。大きくなったとはいえ、ミチイルはまだ11歳よ。平民の子供なら、ようやく仕事の見習いが始まる歳じゃない!」


「そうだの。わしらはミチイルに甘え過ぎておる。ミチイルが望むなら妨げられんが、わしらがミチイルに頼むことは控えねばならん」


「そうですよ、姉上。私達、今はこうして豊かに暮らしていますけどね、ミチイル様にお願いして今の公国が出来上がったのではないですから」


「わかりました。そうであれば、裏を返せばそれを判断なさるのは、救い主様でございましょう? ならば、救い主様の判断材料をわたくしが申し上げ奉らなければなりません! わたくしが申し上げるか否かは、あなたたちが判断することではございません! いいですね!」


「……メアリのいう事も一理あるの」


「……わかったわ。ミチイルにはまず、わたしから伝えます。それで、お姉様は、何をお望みなの?」


「何を、って、決まってるではありませんか。この公国と同じ暮らしを、セルフィンにお恵みいただきたいのです」


「それは、すぐには無理じゃな」


「当然ですよ。この公国が今のようになるまでにも、10年近くかかっている訳ですからね、姉上」


「それは、わたくしだって施政者として理解しています。ですが、少しでも早く、飢えのない国にするのもまた、施政者としての務め」


「サクサク……セルフィン公国の施政者は、姉上じゃないでしょうに。あ、口の水分持ってかれたから紅茶のおかわりくれる?」


「そこ、ミハイル! だまらっしゃい!」


「セルフィン大公は、なんておっしゃっているのかしら、お姉様」


「なんておっしゃるも何も、わたくしだって今回里帰りするまで何も知らなかったんですから、まだ何も言ってはおりません。しかし、セルフィン公国をどうするか、どうしていくかは、わたくしが判断し、実行し、推進し、責任をとります。わたくしに逆らうものなどセルフィンには居りません!」


「姉上こそ、ずいぶん歳をとったせいか、偉そうな老公夫人みたいですよ。将来の嫁が気の毒~ あ、リンゴのコンフィチュール、取ってくれる?」


「そこ、ミハイル! だまらっしゃい! 10歳になるまで独りで用も足せなかったくせに、あなたこそずいぶん偉そうじゃないの。エデンに噂をばらまくわよ。エデン会議で、さぞかし愉快な事になることでしょうねえ、オーッホッホ」


「相変わらず、無慈悲じゃの」


「そこ、お父様! だまらっしゃい! 頼りないお父様に代わって、誰がこの家を取り仕切っていたと思っているのかしら! 子供ながらに、わたくしがお母様の代わりをしなかったら、ケルビーン大公家だって今頃どうなっていたか。それを忘れておしまいになるとは、お父様もいよいよ女神様へご挨拶なさりたいようね。何ならわたくしがお手伝いをして差し上げてもよろしくてよ」


「……わかったわ。とにかく、ミチイルには私が話します。どうするかはミチイルが決めます。その結果にものを申すことは許しません。これは、救い主の母として、絶対です。ミチイルはわたしが守ります!」


「わしもおるしな! 安心せい!」


「……マリア、では、救い主様に宜しくお伝え申し上げてちょうだい。お願いするわね」


「わかりました、お姉様。明日にでも結果をお話いたします」




***




さて、晩御飯の用意もできたし~ 後は母上が帰ってくるのを待つばかり。


電球ができたからね、夕ご飯じゃなくて、晩御飯も食べられるんだよね~


今日の晩御飯は、鰹のタタキ。スライスオニオンにセリを刻んでたっぷり下に敷いて、甘酢と醤油を混ぜたポン酢にスライスニンニクつき。それに、ポテトサラダ、トウモロコシご飯と蒸しブロッコリーのマヨネーズ添え、大根の味噌汁。


トウモロコシの用途は、家畜の飼料がメインだけど、時々こうして料理にしたりするんだよね。


さて、後は盛り付けるだけにしたし、部屋で休憩でもしようかな。あ、考えてみれば、もう盛り付けちゃって、それをアイテムボックスに入れて置いたらさ、後は出すだけで直ぐに晩御飯食べれるじゃん。冷めないしね~


便利便利~


「あ、母上~ お帰り。ちょうど晩御飯ができたとこだよ」


「あら、今日はミチイルが晩御飯まで作ってくれたのね、ありがとう」


「うん、もうご飯にしよう。ダイニングで座ってて」


「わたしも配膳するわ」




***




「このポテトサラダは、とても美味しいわね。ジャガイモはあっさりとしている野菜だけれど、マヨネーズがあると、とてもはっきりした味になって、食べ応えがあるわね」


「うん、そうだね~ 余ったポテトサラダの上にね、チーズを乗せてオーブンで焼いても美味しいんだよ」


「それも美味しそうね。鰹のタタキも、最初は魚の臭いが強いと思ったけれど、ポン酢とニンニクで臭みも減るし、下の野菜はサラダだし、さっぱりして美味しいわ」


「うん、鰹はドレッシングをかけても美味しいしね~」


「ご飯も、きれいな黄色でステキよ」


「うん、そうだね……っていうか、元気なくない? 母上」


「そう? そうかしら」


「うん。大公屋敷に出かけてたんでしょ? 何かあったの?」


「ええ、何かあったわけではないのだけれど……お姉様が突然きたのよ」


「お姉様っていうと、セルフィンに嫁いだ、伯母上?」


「ええ、そうね。ミチイルが産まれてすぐに、セルフィン大公家の次期大公へ嫁いだわ。今はセルフィンも代替わりして、お姉様が大公夫人ね」


「へえ、そうだったんだ。セルフィンとは仲が良いって話だったもんね」


「ええ。そもそも昔は同じ一族だったもの。スローンとは仲が良くはないけれど、セルフィンとは近い関係ね」


「そうなんだ~ なんでアルビノ人の国は三つに分かれたの?」


「そもそもエデンの王国が三つに分かれちゃってね、それぞれ属国を一つずつ持つことで、エデンでのバランスを取ったのね。だから、アルビノ人が揉めて三つに分かれた訳ではないらしいわ。昔語りによると」


「そうなのか……でも、その割には、スローン公国とは仲良くないんだね」


「ええ、スローンは女神信仰を捨ててしまったのよ。だから、アタシーノ公国ともセルフィン公国とも親密ではないの。スローンは、その真南にあるシンエデン王国と仲が良いわ」


「ふーん。隣のセルフィンまでは、どのくらいの距離があるの? ここから」


「わたしもセルフィンには行ったことが無いけれど、だいたい100kmと聞いているわ。パラダイスよりもずっと遠いわね」


「というと、足の速い人だと一日で着くけど、日帰りは無理か。普通の人だと、一日でも着かないかもね」


「ええ、そうね。昔は道が悪くて、もう少し時間がかかったと思うけれど、今は舗装道路がセルフィン国境までつながったらしいから、わたしでもギリギリ夜に着くかも知れないわ。体力が持てば、だけれど」


「普通に考えると、途中で一泊だよね。宿場町とか」


「そんなものはないはずよ。それに、以前はエデンの森林の近くを通っていたしね、水にも苦労したわ。中央エデンに行く時に、その道を通って行くから」


「そっか、母上は学園に行ったんだもんね。じゃ、いまは北側を街道が通ったから……いや、大陸に川が三本なんだから、北を通ろうが水には困るのか」


「でしょうね。でも、セルフィンまでは牛で行けないけれど、国境までは牛で塩を運んでいるはずよ。このアタシーノ公国の中なら、かなり楽になったと思うわ」


「あ、セルフィンにバレない様に、牛や荷車とかは、途中で降りてたんだね。当然服も昔の服を着て。でも、石の街道を通す時、よくバレなかったよね」


「国境近くまでしか街道は通してないと思うわ。セルフィンの民と出会うのは塩のやり取りの時だけだから、誰もいないときにササっと工事をしたんでしょう」


「そっか。隠すのも大変なんだね」


「そうね、何より、エデンの王国に人頭税で行っている民が、とても大変だと思うわ。豊かな生活から一転、昔ながらの原始人生活をしないとならないのだもの」


「ああ……そうなのか……そうなんだよね、改めて考えると」


「ええ、お兄様一家も大変だったと思うわ。うわさだけは民から耳に入ってくるけれど、実際は恩恵を受けられないまま10年くらいパラダイスにいたんですもの」


「それもこれも、僕のせいだね」


「違うわ! 違うのよ! これはわたしたちの国の問題なの。ミチイルが居なかったとしても、元の奴隷みたいな生活のままなんだもの。ミチイルの所為ではないでしょう?」


「ま、そうか。それで、その伯母上は、何をしにアタシーノ公国に来たの? そんな感じだと、気軽に里帰りなんかできなさそうだけど」


「そうね。公国には独自の外交権は与えられていないし、国をまたいで移動するのは、憚られることですもの。お姉様はね、前にわたしが送ったパウンドケーキを食べてね……」


「ああ、そうか。いきなり珍しい食べ物が届いて……あ、ガス袋ができて、遠方に配送可能になったから……はあ、そりゃあね、クレープ草肉の毎日なのに、いきなりケーキとか……混乱して当然だね」


「ええ、そうね。わたしが悪かったのよ。いままで、長期で保存できる新しい料理はなかったから……ミチイルが長期保存をできるようにしてくれたから、つい、お姉様に送ってしまったの」


「ううん、母上は何も悪くない。僕ね、救い主としての使命があって、それはね、この世界に美味しいものを広げて、女神信仰を隆盛させてね、女神様に祈りと美味しい料理を、世界中で捧げてもらう、ってことなの。だから、この国だけじゃなくて、いずれ、世界中に何とかして出て行かないといけないんだ」


「……そうだったのね……ご神託も……ずっと隠せ、ではなくて、救い主様が覚醒なさるまで、と言われたのだったわ。それはそうよね、ずっと隠れていたら、世界中に広められないもの……」


「うん、だからね、今はこの公国の地盤を固める時期だと思っているんだけど、いずれは、外へ目を向けないとならないの。もしかしたら、それが今、なのかも知れない。でもね、まだまだ公国が盤石ではないと思うの。食べ物一つとっても、外に出すには、まず公国内が食べ物で溢れて、余分が出るようにしないとね、食べ物出せないでしょ。だから、公国の民、全員が、ありあまる生産能力を身に着けてからじゃないと、と思っていたんだ」


「そう。そう考えると、セルフィンに構っている余裕はないわね」


「うん、でもさ、セルフィンがセルフィンで努力するようなら、出来ることもあると思うの。例えば、米とか農作物をセルフィンが自分たちで作って食べればいいと思うし。うん、基本的には農業は自分たちでやってもらって、工業製品は、当面こっちから輸出、とかかな」


「でも、いきなり農業なんて、できるのかしら」


「それはわからない。向こうから女神信仰に篤い人を研修に来させて、この国で学んでもらうとか、こっちからも少数で向こうへいって農業指導するとか、そういうのから始めないとダメかも。それでも、一国の飢えを満たすのには、結構時間がかかるよね」


「そうね。でも、まずは最低限の食料の自立支援、ってところから始める感じがいいわね」


「母上、ほんとうにキャリアウーマンみたい! 女性政治家みたいでかっこいいよ!」


「うふふ かっこいい女もいいわね! 美しくて高貴でエレガントでかっこいいキャリアウーマン……とってもステキ!」


「ハハ じゃ、形から入ろう。服も増やしたり……あ、そうだ。服を効率的に縫える可能性がある魔法を試そうと思ってたんだった」


「んまあ! そんなものがあるの?」


「うん、まだわかんないの。検証してからだね」


「楽しみね! ……って、そういう話じゃなかったわ。セルフィンから来ているお姉様が、ミチイルに会いたがっているのだけれど、どうする?」


「うん、僕、会うよ。あ、ついでに伯父上にも会いたい。政治の話をしたいから」


「わかったわ。明日でもいいかしら?」


「うん、いいよ~」




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