1-8 公国の経済事情
「母上~」
「どうしたの?」
「訊きたいことがあるんだけど、前にドン爺のところに行ったでしょ~? 公都には、ドン爺みたいな引退した職人はたくさんいるの?」
「ええ、居るわよ。何かあったの?」
「何かある訳じゃないんだけどさぁ、公都にはあんまり人が居ないなって思ったから。ドン爺の家も、なんか工房じゃなくて普通の家だったし、他にも店とか工房とか?そんな感じの建物も見当たらなかったから、もしかしたら公都には引退した職人ばかりなのかなって」
「そうね。前も少し話したけれど、年寄りと女子供以外の現役職人の多くは、公国の南にある村とエデン三王国で働いているのよ。ずっとそこに住んでいるわけではなくて、ある程度の期間で入れ替わっているのだけれど」
「そうなんだ。公都ってあんまり若い人、居ないなって感じたけど、そういうことなんだね」
「ええ。職人に興味があるの?」
「うん、興味っていうか、色々知りたいなって思って」
「それなら、お祖父様に話を聞いてみたらいいと思うわ。ちょうどエデン会議から戻ってきていると思うし、ミチイルが顔を見せたら、お祖父さま喜ぶと思うわよ」
「わかった~」
***
「お祖父さま~」
「ミチイルか。久しぶりじゃの」
「ちょっと訊きたい事があるんだけど、いい?」
「なんじゃなんじゃ?」
「公国の職人って、公都じゃないところで働いているんでしょ? 何で公都で働かないの? 家族は公都にいるっぽいのに」
「それはの、アルビノ人の国は、エデン三王国に税を納めなければならんからじゃ。アルビノ人とエデン人には過去のいきさつがあっての、ミチイルは救い主じゃから、おそらく色々女神様から知識が与えられておると思うんじゃが、税を払うために、そしてマッツァを手に入れるために、公都から離れて暮らさざるを得ないものが多いのじゃ」
「うん、ある程度は知っているけど、それは何とかならないのかなって思って」
「ミチイルは賢くて優しいのう。じゃが、どうにもならん事じゃ。アルビノ人は多くの製品を作っておるが、その製品を公都で作っても、エデンに持っていくのが大変なんじゃ。道もろくに無ければ荷車もない、牛も居ないから、人が運ばなければならん。公都を南の村へ移せば、多くの人が楽になるかも知れん。でもな、そうすると今度は水が手に入らんのじゃ。このアタシーノ公国に流れているアタシーノ川はの、公国南側の草原地帯あたりに行くと、水がのうなってしまうんじゃ」
「水が無くなるの??」
「そうじゃ。水無川、いうての、草原あたりの南側は乾燥気味じゃからか、水が土に吸われてしもうて、のうなるんじゃ。大昔のアブラハム様という預言者様の言い伝えではの、消えた水は伏流水というのになって、エデンの王国に湧き出ているそうじゃ。確かにエデンの王国の王都には、たいそう大きい湖があっての、その枯れることのない湖の水を王都中に張り巡らせて、何万人ものエデン人を生かしておる。その水路を作ったのはアルビノ人じゃけどの。話が少しそれてしもうたが、そういう訳で南の村には多くの人は住めんのじゃ」
「なるほど……」
「じゃから、南の村へ行く者たちは、アタシーノ川が消える前あたりで水を汲んで、南の村まで持っていくんじゃよ。重労働じゃな」
「そうだね。何とかなればいいんだけど……それで、南の村ではどんなことをしているの?」
「そうじゃなぁ、エデンの王国で使っているものの殆ど全部を作っておるな」
「全部?」
「うむ。まず、貨幣を鋳造しておる。アタシーノ公国の場合は金貨じゃな。それに、家具、鍛冶、金物、食器や木箱、樽などの木工製品、そして塩じゃな。後は北部から石を切り出してきて南の村まで運んでおる。鋳造や鍛冶につかう金砂や金属石も、北部で集めて南の村へ運んでおるな。その他には布や服は公都で女どもが作っておる。今言ったこれらは税として全てエデンに納める決まりじゃ」
「公都で女が作る布や服はの、草原にあるリネン草が原料となっておって、それを刈って集めたり、普段食べる雑草を集めたり、子供の面倒をみたりするのは、公都におる引退した年寄りじゃ。税は他にも人頭税と言うものがあっての、エデンの王国で働く職人や雑用係としてアルビノ人を一定の数、三王国の王都に住まわせねばならん。これら全ての税を納めれば、マッツァが公国に下げ渡されるんじゃ。このマッツァを皆に平等に分け与え、それで何とか公国1万人が生きておるんじゃ」
「貨幣を作っているんなら、その貨幣で税を支払えばいいんじゃないの?」
「貨幣は税の代わりにはならん。税だけでのうて、何の代わりにもならんよ」
「貨幣があれば、何でも買えるでしょ?」
「買える、とは……なにかモヤモヤしてくるが、何じゃ?」
「えっ? 貨幣は他のものと交換できるでしょ? 必要な量は変わるかも知れないけど、貨幣で何でも手に入れられると思うんだけど」
「貨幣を出しても、何も手に入らんぞ。あんな何の役にも立たんもん誰も欲しがらん。貨幣で喜ぶのは貴族だけじゃ。貴族は貨幣を集めて見せびらかすのが仕事みたいなもんじゃからな。じゃから、貨幣には見せびらかす以外の使い道はない。貨幣を出しても誰も何にも交換してくれんのじゃからな」
「じゃ、その貴族に貨幣を払って、マッツァと交換してもらえばどう?」
「マッツァを持っているのは王家だけじゃ。王家はそのマッツァを各貴族を始め、王国中の平民にも下げ渡している。それぞれに必要な分しか下げ渡しておらんから、下げ渡されたそのマッツァを誰かに渡してしもうたら、自分たちが食べるもんがのうなってしまうんじゃ。王家以外の貴族や平民が持っている貨幣は、全て王家から褒美として下げ渡されたものでの、貨幣が多ければ多いほど、王家から褒められた証となるんじゃよ」
「じゃから、貨幣をマッツァと交換してくれるのは、王家だけなのじゃ。今でも貨幣は王家に納めておる。それと引き換えに公国民全員分のマッツァを手に入れているようなものじゃ。これを『買う』というのなら、王家から買っている、と言えるやも知れんな」
「ということは、貨幣は王家にしか使えない、っていうことなんだね?」
「うむ。アルビノ人は貨幣を持つことを禁止されておるし、そもそも貨幣があっても、何にも使えん。ただでさえ少ないマッツァを人に渡したら、それはアルビノ人にとっては、命を渡しているようなもんじゃからな」
(……貨幣はまさかの王家専用……)
(そして王国も公国も貨幣流通経済社会が存在しなかった!)
「ということは、みんな仕事をしているけど、それは王国に税を払うためで、自分たちが使うためじゃないってこと?」
「石と塩と布や服は、アルビノ人でもまぁまぁ自由に使えるの。金物も、鋳造後の残り火で金属を加工するのは黙認されておるから、少しは使える。貨幣や木材なんかは使用も所持もアルビノ人には禁止じゃ。仮に隠れて鋳造したくても、木材が使えんから、鍛冶や鋳造は森林地帯の近くでしかやれんのじゃよ。北部には木材が無いからの。いずれにせよ、製品も公国に必要な分だけを皆で公平に分配するからの、自分で使うためにものを作ってはおらんの」
(……再び、まさかの共産社会だった……)
(何か話を忘れているような……そうだ、魔法魔法)
「そのいろいろな仕事をしている職人だけど、やっぱり得意不得意とか技術の高低とかあるの?」
「あるのう。技術が高いものは、他のものよりも何倍も仕事ができるからのう、一人で何人分もの仕事ができるんじゃよ」
「すごいね」
「みんなが皆、出来るようになる訳ではないからの。それでも努力をしていけば、そうでない人の倍くらいの仕事はできるようになると言われておるの。じゃから、並みの人間の2倍の仕事ができるようになって、ようやく一人前じゃな」
( ! 確実に魔法使ってるね、これ)
「そうなんだ~ 今度南の村に行ってみたいんだけど~ お祖父さま」
「ん? そうかそうか。もう少し大きくなったらの、いくらでも手配するからの、早く大きくなるんじゃぞ!」
「は~い」
***
「ミチイル様は、聡明でお優しいですな、マリア様」
「 ! あぁ、セバス。もう、びっくりするじゃないの」
「申し訳ありません。旦那様とミチイル様の心温まる貴重な交流を邪魔するのも無粋と思いまして、ここに隠れておりました。マリア様の百面相も、とても面白うございましたよ」
「もう、いやねぇ、セバスったら。でも、お父様ったら、なんでミチイルに話す時は年寄り口調なのかしらね」
「旦那様はおそらく、ステキなお祖父さま、とミチイル様に思ってもらいたいのでしょう」
「あの口調で、ステキなお祖父さまって、ミチイルが思うかしらねぇ……」
「………………」
***
――ミチイルも、幼児モードであざと可愛く相対しているので、そこはお互い様である