1-74 公国戦略会議
「このイモダンゴは、とても良いお味ね、ジョーン」
「はい! 今回はシンプルにバターを絡めた砂糖醤油味にしてみました!」
「バターと醤油の取り合わせが、大変よろしゅうございますね、マリア様」
「ええ、ほんとうね。今日のお紅茶はね、是非、これを入れて飲んでみてちょうだい」
「マリア様、これはなんですか?」
「これはね、リンゴのコンフィチュールよ」
「まあ、なんと高貴な響きが致すものでございますね、マリア様」
「ほんとうです! 言葉の雰囲気が、とてもエレガントな感じがします!」
「コク……これは、大変に素晴らしい風味でございますこと」
「 ! 香り高くて甘くてトロっとして、とても美味しいです! 貴婦人の飲み物です!」
「ええ、そうね。ミチイルが作ってくれたのよ」
「さすが、ミチイル様です!」
「誠でございますね」
「イモダンゴもとても美味しいけれど、このフルーツパウンドケーキも食べてみてちょうだい」
「では、失礼致します……モグ……これはまた、柔らかく風味がございますし、婆にも食べやすいもので大変美味しゅうございますね」
「うわあ! ふわふわしっとりしていて、フルーツとラム酒の香りがぷんぷんしてますし、バターの味がとても美味しいです!」
「でしょう? これも少し前にミチイルが作ってくれたのよ。今ではいつもキッチンに用意してあるわ」
「今はビニール袋もありますもんね! 保存も楽になりました」
「ええ、そうなのだけれど、これはガス袋といって、ビニール袋よりも、もっと長期間保存ができる袋らしいのよ」
「ビニール袋よりも長い間、保存が可能なのでございますか」
「そ、それはすごいです! ビニール袋もすごいですけど、クッキーなども一か月くらい経ってしまうと、さすがにサクサク感が無くなってしまいますし」
「そうね。一か月でも二か月でも保存できるらしいわ。これを使って遠くの人に届くようにしてあげるのも良いとミチイルが言うから、セルフィンに塩を運ぶ者に持たせて、お姉様の所へも届けてもらったのよ」
「それは、メアリ様も大層驚かれたことでございましょう」
「こんなおいしいもの、誰だって驚くに決まってます!」
「そうね。でもセルフィンでは、いまだに昔ながらの生活を送っているでしょう? わたしたちはミチイルのおかげでここ数年、とても豊かに暮らしているけれど」
「そうでございますね、マリア様。私どもも長い間、布一枚を体に巻いて、体を洗う事も無く、乾燥マッツァと雑草と少しの油肉のスープを毎日毎日、でございました」
「ほんとうですよね……美味しいものどころか、お腹いっぱい食べることもできませんでした。夜は寒かったですし、照明も無く暗闇で、夜中に用を足すのすら、手探りでしたから」
「これ、ジョーン、はしたない」
「いいのよ。本当のことだもの。今はサニタリーも完備されているものね。それにこうやって食事だけでなく、娯楽としてお菓子を食べる日が来るなんて、想像をしたこともなかったわね」
「すべてミチイル様の、祝福とご加護の賜物でございます」
「ほんとうです!」
「そうね、女神様にも、より一層、お供えとお祈りを捧げなければいけないわね」
…………
「ところでマリア様、わたし、さっきからずっと気になっている事があるんですけど……」
「まあ、何かしら、ジョーン」
「あの燭台置き棚の上にあるものは、何なんですか?」
「ああ、あれはね、電球という新しい照明なのよ」
「電球、でございますか? 拝見致すのはもちろんですが、誰かから聞いたこともございません」
「ええ、そうでしょうね。ミチイルが最近作り出したものですもの」
「マリア様、照明ということは、燭台のように明るくなるものなのでしょうか」
「ええ、燭台どころか、まるで小さな太陽のように明るくなるのよ。夜になっても、真昼のように明るいわ」
「ええー? そんな事があるんですか!」
「ふふ、わたしも最初はびっくりしたわ。でも、本当なのよ。少し点けてみましょうか」
「マリア様、いくらそれが明るくても、こんな昼日中じゃあ……」
「大丈夫よ。ポチッとな」
「 ! あっ、じっと見てると眩しいくらいに明るいです!」
「まあ、本当に太陽があるかの如しでございます! 長い事、無駄に禄を食んでいるこの婆も、このような奇跡を目の当たりにするのは、初めてでございます」
「すごいです! マリア様、……その、ポチッとな、とは呪文なのでしょうか?」
「呪文ではないのよ。良くわからないのだけれど、ミチイルが電球を操作する時に掛け声をかけているのよ。きっと神の世界の礼儀か何かだと思うわ」
「そうなんですね……神への礼儀」
「恐れ多い事でございますが、礼儀は失してはなりませんから、心して置かねばね、ジョーン」
「はい! お義母様」
「マリア様、この電球が公国に普及するのは、いつ頃になるご予定なのでございましょう?」
「これがあったら、とっても便利ですもんね!」
「それがね、いま北部工業団地の職人たちが頑張っているらしいけれど、作る魔法がなかなか難しいらしいの。それにね、まだガラス石が充分には集まっていないらしくて、いま直ぐには無理なのですって。ガラス石は北部の資源採集場でも拾えるから、そのうち問題はなくなるだろうけれど、電球は需要を満たすほどにはまだ作れないでしょうね。でも、出来次第、先に各工場には導入していくそうよ」
「早く民が使えるようになれば、よろしゅうございますね」
「楽しみです!」
「そうね。ところでカンナ、あなたの着ている服は、とても上品ね。ステキよ」
「恐れ入ります。私は婆ですから、マリア様の様に裾が大きく広がった贅沢な服はふさわしくございませんので、控えめなブラウスとシンプルで襞の少ないスカートに致しております」
「お義母様は、本当に服を作るのが上手です!」
「ほんとうね、わたしも努力はしているけれど、さすがにカンナの足元にも及ばないわ……」
「マリア様こそ、近年に服作りをお始めになったばかりとは思えぬ技量でございます。本日のお召し物は、また一段と高貴なものでございますね」
「ほんとうです! とてもエレガントです!」
「ええ、わたしも気に入っているの。このタイプのスカートは、フレアスカートと言うのですって。腰回りはタイトに、裾に行くにしたがって腰よりも三倍くらいの布を足し増やして縫っていけば、このようにふわりと裾が広がるの。三角形の布を足していくのよ。縫い目は表面に出ないように気をつけるのが大変なのだけれど」
「とても素晴らしい出来栄えでございます」
「うふふ、ありがとう。……そういえばここの所、お父様の消息が伝わって来ないのだけれど、女神様の元へでもご出発なさったのかしら?」
「言われてみれば……大公屋敷でも、ご老公様をお見掛けしないような気が……」
「ジョーンは料飲部を取り仕切って忙しいのだもの、お父様のことなんか、いちいち気にする必要はないわよ」
「私も服飾部の業務がございますので、ご老公様を直接お見掛け致してはおりませんが、ジェームズが申すには、南の畑で農業に勤しんでいらっしゃるとか」
「あら、そうなの? ジェームズもぜんぜん見かけないわね。ちゃんと男爵家別邸に帰っているのかしら?」
「時々、戻らない事もございますが、ご老公様に侍っておるのでございましょう」
「ということは、お父様は、畑仕事にはまって毎日毎日野良仕事をしている、ということなのかしら」
「左様ではないでしょうか」
「ですけど、ご老公様に畑のお仕事なんて、お出来になるんでしょうか」
「失礼ですよ、ジョーン。ジェームズが申すには、もう既に農業部が使っている魔法をすべて修めておしまいになられたそうです。今では、農業部を取り仕切っておいでだと伺っています。ですのでマリア様、ご老公様は、ご心配の必要はございませんのでご安心を」
「お義父様がおっしゃるなら、間違いはないですよね!」
「ま、ミチイルに近寄らないなら、どうでもいいわ。ここ最近、ミチイルがようやく元気を取り戻したのですもの、いま差し出口をたたかれると困るわ」
「ほんとうですね!」
「これ、ジョーン」
「いいのよ。本当のことだもの。ミチイルは救い主だけあって、色々と考える事も多いでしょう? ミチイルの思考時間を奪うことなんて、女神様に楯突くのと同じよ。決して、ミチイルの行く道を妨げるな、とのご神託なのですもの。私は、何があってもミチイルを守るわ。母としては、それはもちろんだけれど、そうでなくても、女神様を信奉する一人の人間として、ミチイルを守らなければならないわ」
「誠、左様でございます。この婆も、微力ながら少しでもお役に立てればと、憚りながら決意致してございます」
「もちろん、わたしもです!」
「二人とも、ありがとう。だから、お兄様一家や、あなたたちの息子や孫もね、変にお膳立てはせずに、自然の流れに任せようと思うの。女神様の御縁があれば、きっとなるようになっていくと思うわ。決して、あなたたちの息子や孫をないがしろにしている訳ではないの。許してちょうだいね」
「め、めっそうもありません!」
「そうでございます。私たちの事など、一切の気遣いはご無用にございます」
「なんか、しんみりしちゃったわね……そういえばジョーン、最近調味料工場はどんな感じなのかしら? ケチャップがとても美味しくなったと評判だけれど」
「はい! オールスパイスを入れるようになってから……」
「ふふふ」
「ほほほ」
「そうですね!」
…………




