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1-65 聖母

「ミチイル~ 元気じゃったか~ この屋敷は立派じゃの~」


「あ、お祖父さま~ なんか久しぶり?」


「そうじゃそうじゃ~ お祖父さまはミチイルに会いたかったんじゃぞ~」


「……お・父・様」


「な、なんじゃマリア。そんなスンッとした顔してからに」


「お父様は約束も忘れてしまう位、耄碌なさったのかしら? それとも女神様の元へ旅立ちたくなったのかしら? 何なら私がお手伝いをして差し上げてもよろしくてよ」


「そ、そんな事を言うとは……まるでメアリのようじゃな……」


「なんですって! わたしがお姉様みたいですって? 言っていい冗談とダメな冗談があるのよ、お父様!」


「そ、そうじゃな……」


「それでお父様、ここには何をしにいらしたの? まさかとは思いますけれど、お引越しをなさるおつもりではありませんわよね? そんな訳ありませんわ。お父様は約束はきちんと守ってくださる方ですもの。まさかまさか、お父様が約束を反故にするなど、そんな事、あるはずもございませんわよ、ね? お父様」


「も、もちろんじゃ……」


「母上~ なんかチベスナみたいな顔になっているけど……」


「チベスナが何のことかはわからないけれど、ミチイルは何も一切気にする必要はないのよ」


「なんか、たびたび耳にする気がするよね~ 何も一切必要ない系のワード」


「さ、お祖父さまはお忙しいから、もうお帰りよ。お父様、気をつけてお帰りくださいませ」


「ま、マリア……」


「そうだ! ちょうど新作のお菓子でお茶をするところだったんだよ。お祖父さまも一緒にお茶を飲もう。さ、座って~」


「み、ミチイル~ なんて優しくて可愛いんじゃ! 母に似ずに良かったのう~」


「お父様。まだ明るいうちから寝言を言うようになるなんて、お姉様もセルフィンから呼んだ方が良いのではないかしら。お父様も最後にお姉様にお会いしたいでしょう?」


「……う」


「まあまあ、母上~ 紅茶入れたから~ ちょっと時間長くなったから少し渋いかも~ 後で新しいの作り直そう。はい、アップルタルト。あ、生クリームもかけてあげるね」


「あら、ミチイル、ありがとう」


「はい、お祖父さまもお茶どうぞ~」


「おお~ やさしいのう」


「はい、お祖父さまのタルト。お祖父さまも生クリームかけよう」


「じゃ、いただきまーす」


「んまあ! ミチイル、これは何なのかしら? サクッと崩れるバターが濃厚なナン……タルトに、さっきのリンゴ?かしら? でも全然違うわよ! いい香りがするし、ほろ苦いけど甘いわ! この白いのが生クリーム? 一緒に食べると女神様の元へ向かいそうになっちゃう!」


「ほうほう、これは初めて見るし初めての味じゃの! 甘くて苦くてうまいの! わしも女神様の元へ向かいそうじゃ! グフグフッ」


「ご遠慮なくどうぞ、お父様。後の事は一切心配ございませんからご安心召されて?」


「ま、マリ……」


「母上~ お茶も飲んでみて」


「あ、そうね。ズズッ あら?あらあら? 何かお紅茶以外の貴婦人にふさわしい香りがするわ!」


「ほー、わしは紅茶とやらは初めてじゃからのう。番茶なら良く飲むんじゃが」


「ハハ それはね、このリンゴの皮を茶葉と一緒に使ったの。そうすると、皮の香りが紅茶にほんのり移るんだよ。上品な感じでしょ?」


「ええ、ほんとうに! 今度の貴女会でさっそく披露するわ!」


「じゃ、その時にこのアップルタルトも作ってあげる~」


「あら、ミチイルはやさしいわね。どこかの年寄りみたいに聞き分けのないこともしないし、本当にミチイルはいい子ね」


「……」


「あ、お祖父さま、お祖父さまの部屋、見る? 他のみんなの部屋と特に変わりはないんだけどね、東棟の一番奥の静かな部屋だよ」


「おお~ ミチイル、お祖父さまも部屋が見たかったんじゃ!」


「ああ、ミチイル、これから私とお父様で大切な大切な会議があるの。お祖父さまのお部屋は、またいつか、女神様の御縁があったらにしましょう」


「あ、そうなの? じゃ、僕、部屋に戻ってるね、お祖父さま、また遊びに来てね~」


「み、ミチイル……」


「…………お父様。わかっているわね?」


「は、はひ……」




***




「は~疲れたよ……なんかさ、いつになく母上がピリピリしてたけど……何かあったのかな。あんな母上、初めてみたんだけど」


『母は強し、と言ったところでしょう、救い主様』


「なんか良くわかんないけど、お祖父さまと一緒に暮らすのはもっと先の方がいいかもね~」


『マリアに任せておくのが一番良いのではと思料致します』


「うん、そうだね。あ、新作魔法を試してみよう」


ピカッ カチャカチャ


「うわ、ほんとにティーセットなんだけど……ティーポットにティーカップにソーサーにデザートプレート、クリーマーも全部白。磁器?なのかな。何をどうしたら赤茶色が白になるのさ?」


『魔法とはそういうものでございます』


「うん、そうだった。磁器の作り方は良くわかんないけど骨?カルシウムとかなんとかを粘土に混ぜるんだっけね。ま、考えてもわからない事は考えても仕方ないよね~ 僕は何でも作れるけど、これ、トム爺とかなら骨がいるって事だよね。トム爺にこの魔法を教えよう。最近会ってないしね~」


『救い主様の御心のままに』




***



あれからしばらく時が過ぎた。


僕は、ぼちぼち人と会ったりしてるけど、独りでいる方が気楽だな、なんて思っちゃう。これって、異世界鬱かな。そんな病気あるかもわかんないけどね。


でも僕、この世界じゃ異物じゃない?


みんなとどのくらいの距離で接していいのか、いまだに良くわかんない。


イエスキリストもさ、友達とか居なかったのかな。弟子はいっぱいいたけど友達とかそういうの、ちょっとしか読んでないけどさ、聖書には出てこない気がするよねぇ。奇跡を起こしてばかりだしさ、普通、そんな人と友達になんかなるわけないよね……はあ、僕も同じか。


ま、別に僕は友達とか必要ないんだけどさ。子供みたいに遊んでいる暇もないしね。歳と体は10歳でも、中身は前世と合計で35歳だもん。母上よりも年上じゃん。


僕には救い主の責務もあるしね、個人的な人間関係とかは邪魔になるかも知れない。


もう変に気を使ったりするのは、やめようかな。特に子供っぽくするのもやめよう。ま、僕はもともと子供っぽいけどね。


家族は別としても、誰かと仲良くしようとか争わないようにしようとか、そういうのも、考えるのはやめよう。


この世界に与える影響とかさ、色々考えてもさ、そもそも、異物の僕が影響云々なんて、ちゃんちゃらおかしいよね。チートで異物な僕なんだから、人間らしくとか一般人らしくとか、そんなことを考えるだけ無駄だもんね。


ああ、こんなことを無意識に意識してたから、人と会ったりするのが億劫っていうか、疲れるって思ったりするんだね、きっと。そういう意味では、この別邸で母上と二人で暮らすのは、とっても気楽なんだ。僕が自然体で居られるから。人間関係云々とかさ、母上には考えなくて済むもんね。なんせ、母親なんだもん。魂は地球から来た僕だけど、この体は母上が産んでくれたんだしね。


もしかしたら、母上は、僕のこんな感じをわかっているのかも知れないね。なんか、お祖父さまに引っ越しして欲しくなさそうな感じだもん。いくら親族でも、やっぱり母上とは違うしね。


あ、僕が新大公一家とかと顔合わせをしていないのも、もしかしたら母上が気を回してくれているのかも知れない。普通は親族だし顔くらいは知ってるでしょ。


あ、そういえば、ジョーンの息子も居るって言ってたよね。なんか、僕と鉢合わせしないようにしているとかなんとか……僕と同い年なんだっけ。あ、新大公の公子も僕と同い年だったよね。


ああ、想像しただけで、憂鬱。子供に合わせないと、とか色々考えちゃうもんね。


いつも思いついた事をろくに考え無しにしちゃってるからね、僕。子供が近くにいたら、いろいろ言われそう。……今まで周りにいた大人たちは、僕のやることにイチイチくちをはさんだり、してなかったね、思い返せば。ああ、僕、そういう環境が整えられていたのか……


うん。


もう自然体で生きていこうかな。


救い主としての責務は、仕事と思おう。もともと料理研究家なんだもん。やってる仕事は、そう変わらないよね?


『私めには与えられた知識しかございませんので正確には判断できませんが、料理を生み出し、人に伝える、という一点においては同じであると愚考致します』


「ああ、アイちゃん。うん、そうだね。もっとシンプルに考えよう。僕は料理研究家。その仕事をするために、色々準備したり、何かの制作を依頼したり、プロジェクト組んだり、テレビに出たり、出版したり、時には、地球のおかんのように食文化を守ったり育成したり、そういうのも料理研究家の仕事かも知れない。うん」


『この星では少々レベルが違いますが』


「ハハ ほんとだね! レベルっていうか、レベル無し? 何もかも、一からやらないとならないもんね~ うん、でも、美味しいものを作って、みんなに美味しいものを食べて欲しい、っていうのは、どこでも同じだもん。うん。僕は料理研究家として、普通に暮らそう。変に気をつかったりはしないでおこう。その方が楽だしね、誰かと話したければ話せばいいし、話したくなければ話さなければいいよね。人間関係も、変に構築したり、しがらみを作ったり、そういうのはしないようにするよ。うん」


『救い主様は、お好きになされば良いのです』


「ハハ アイちゃんは相変わらずだよね~ 僕って、いつもグダグダ考えちゃうもんね~」


『無理もない事と存じます。別な世界からこんな世界に生まれて義務まで負わされて、戸惑ったりしない方が異常なのではないかと思料致します』


「ハハ そういえばそうかもね~ よく小説とかじゃ、これで異世界無双! みたいな感じで楽しそうだけどね。でもさ、異世界定番商品って、よくできているよね~ 低文化で低技術でも少ない材料で実現可能で、社会に与えるインパクトが大きいものばかりだもん。さすが、定番になるだけあると思う~」


『私めにはその知識が与えられていないようです』


「あ、そうだよね~ ラノベの知識は天使には必要がないかも~ 神にも必要はないよね~」




***




「やっぱりお姉様の星のラノベは、最っ高に面白いわ! こんなに楽しい時間を過ごせるのに読まないなんて、お姉様ったらなんてもったいないの……あたしの星でも本くらいさっさと作って欲しいわ~」


「あらあら、神はやる事が割とあるでしょう? 読み物を読んでいるほど暇ではないのよ。あちこちで我儘な祈りとか捧げられるし、あれクレこれクレ彼女クレだの、そんなことをお願いされてもねえ、努力なさい、としか言えないのに。ところであなた、あなたの星に帰らなくて大丈夫なのかしら?」


「えー、大丈夫大丈夫。いまイイとこだから、話かけないで~ あ、お姉様~ チョコレートちょうだい~ はあ、あたしの星でも早くチョコの一つや三つ捧げてくれないかしら」




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