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1-63 禁断の果実

「母上、カンナ、お待たせ~」


「あらミチイル、何か急用だったみたいだけれど、もういいのかしら?」


「うん。留守中でも大丈夫だから」


「 ? そう。それじゃ、ズボンを見てちょうだい。カンナ、お願い」


「かしこまりました。こちら……なのですが、如何でございましょう?」


「うわー、カンナ、すごいね! ズボンだよズボン!」


「気に入ったのかしら? ミチイル」


「うん、これでやっと普通の服が着れるよ!」


「私も、安堵致しました。それでミチイル様、このズボンと、上には何を羽織るのでございましょう?」


「ああ、そういえばそうだよね。今の作務衣じゃね……マントみたいにして羽織る?」


「一応、このようなものをご用意致したのですが……」


「うわ! 作務衣がほんとに作務衣になったよ! うん、これで長い服ともサヨナラできる~ 今までの手術着みたいなものもね、これはこれでバスローブみたいでいいんだけどね! あ、今までの作務衣はパジャマにするとか?」


「いつもの事だけれど、何を言っているのか全然わからないわ……」


「ああ、いいのいいの。こっちの話だから。ボタンとか作れればねー、もっと世界が広がるんだけど、ボタンはともかく、ボタンホールが面倒っていうか」


「ミチイル様、ボタン、とはどんなものでございましょう?」


「うん、どう言ったらいいんだか……今は色々ヒモで結んで留めているでしょ? それをボタンっていう部品を穴に嵌め入れてヒモの代わりにするの。カンナが作ってくれた、この作務衣の丈が短い上着ね、これは前側の布が重なってて内側と外側の二か所で結んで留めているよね? これが、いくつかのボタンに置き替わる感じ。ああ、それ、いいな~ この世界の布は色が生成り色だけど、まるで白衣のコックコートみたいになっ」




***




――ピロン コックコート魔法が使えるようになりました。思いのままコックコートが作れます




***




「アハハ カンナ、ちょっと待ってね『コックコート』 」


ピカッ パサ


「まあ! 少し変わった作務衣が現れたわ! 袖が長くて手首近くまであるのね! ミチイルはいつもすごいわねえ」


「誠でございます! ミチイル様、丸くて平らな木のカケラが縫われておりますが、これがボタン、でございますね?」


「うん、そうだよ。あ、この世界のもので作られるからね、綿でボタンは木製だね」


「これなら、職人に言えばすぐにでも作れると思います。木材を加工して穴をいくつか開けるだけでございますし」


「うん、魔法もあるし、あっという間にできると思う。それにね、たぶん、布地とボタンと糸とか用意すれば、カンナもこの魔法が使えるんじゃないかと思うよ」


「……えっ……このような夢の魔法が……この婆にも」


「うん。すぐには無理かも知れないんだけどね、いま見てたと思うし、イメージはできてると思うんだ。色々練習してみて~ 最初にこのボタンホールだけでも魔法で作れるように練習した方がいいかも。手で縫うの、大変だからね」


「はい。誠にありがとう存じます、ミチイル様。それで……大変申し訳ございませんが、この新しい服を見本にお借りできませんでしょうか」


「うん、いいよ~ あ、せっかくだから、いろんなパターンを作ってみよう!」 


ピカピカピカ


「あらまあ! いろいろな服ができたわ!」


「……!」


「うん。作務衣みたいに前布を左右に深く合わせた感じのと、こっちは布の重なり合わせがボタン部分だけだね、シャツって言うんだけどね。そしてこれは、このシャツの布を薄めにして襟を付けたやつ。これは女性用でブラウスって言うよ。この襟を、大きくしたり、丸くしたり、首全体を覆うようにしたハイネックにしたりね、色々形を変えて作れるの。後、布をたっぷり使ってひだを寄せたりね、ギャザーって言うんだけど、あ、それも作ってみよう」


ピカッ


「ん、んまあ! これはなんて高貴な雰囲気の服なのかしら!」


「左様でございます! これは貴婦人にふさわしい服なのではございませんか?」


「うん、そういえばそうかもね。こういう贅沢な感じのブラウスはね、ドレスシャツとかって言うよ」


「ドレス?」


「うん。ドレスって言ってね、貴婦人しか着ない服があるの」


「なにそれ! もっと詳しく教えてちょうだい!」


「う、うん。色んなタイプがあるとは思うんだけど、基本はスカート、かな……」


「スカート、とは何でございましょう」


「うん。前に腰巻からドロワーズにしたでしょ? そのドロワーズの股下を作らないで、足首くらいまでの長い筒状にして、そのまま履くっていうか……そのスカートも、薄ーい布を何枚か重ねてみたり、ギャザーをいっぱい寄せてみたり、裾の方の布を増やして裾が広がるようにしてみたり、裾にヒラヒラした布を縫い付けたりしてね、スカートにするの。それで上にドレスシャツを着るとね、とてもエレガントな雰囲気の服になるんだよ。布を無駄に多く使う服だとね、仕事の邪魔になっちゃうでしょ? だから、そういう服を着ている人はね、自分で何もしなくてもいい高貴な人なの。だから貴婦人の服」


「えれがんと……貴婦人の服……まあ! なんて素敵な響き!」


「誠でございますね、マリア様」


「うん、ま、色々試行錯誤してみたらいいかも知れない」


「わたしもやるわ!」


「この老体に気合をいれまして、精進致します!」


「ハハハ 母上は無理しない方がいいんじゃないの~? 何もしたことがないでしょ~? 姫なんだし」


「んもう! ミチイルったら! わたしはもう姫じゃないのよ! 大公もお兄様になったし、わたしは姫から分家の行かず後家になったの!」


「行かず後家って、いったいどこでそんな言葉を……ん? 大公がもう代替わりしたの?」


「ええ。少し前にお兄様一家が戻ってきてね。今はお兄様が第31代アタシーノ大公よ。お父様は隠居して、ご老公ね」


「ご老公って……どうしても違うものが浮かんできちゃうけど……いや、そんな事より、引退したお祖父さまは? ここに引っ越して来ないの?」


「え、ええ。そのうち来るかも知れないし、来ないかも知れないし……来させないかも知れないわ」


「 ? それにさ、僕、伯父上とかに挨拶もしてないけど……」


「ああ、そんなのはどうでもいいのよ。会ったところで別に何かいいことがある訳じゃないもの。何の問題も一切ないわ!」


「問題が一切ない、って、なんかこの世界で良く聴くワード」


「ま、そのうち何かがどうにか勝手になるわ。ミチイルは好きなようにすればいいの!」


「うん」


「それもそうなんだけれどミチイル、裏庭に植えた木、なにかとても美味しそうな感じがただよっているのだけれど、あれは何かしら?」


「え? 裏庭?」


「ええ。ミチイルが植えたのでしょう?」


「僕、何もしてな…………あ! 僕、ちょっと見てくるね」




***




「アイちゃん、これは」


『お慈悲が到着しているのではないでしょうか』


「うん、やっぱりそうだよね。もちろん僕は何もしてないし、そもそも朝、東屋でぽやっとしていた時には無かったしね、それに……こんな大木」


『すぐにでも食材として使用可能に思えます』


「うん、そうだね。僕にはリンゴに見えるんだけど、スイカくらいの大きさの……」


『一つで何人分もになりそうでございますね、救い主様』


「うん。そうだね。特に考える必要なんてなかったよ……きっとリンゴだろうし、地球の女神様のお慈悲なんだから、疑うことも必要ないだろうしね」


『その点の御心配は無用と存じます』


「うん、取り敢えず収穫してみよう」


ピカッ ドゴッ


「うわ、なかなかの質量な音を出して落ちちゃったけど、割れても無いし、匂いも見た目もリンゴ。 取り敢えず、キッチンに運んで食べてみよう」


『救い主様の、御心のままに』


「う、わ、重いんだけど……」




***




「さて、こういう時の殺菌消毒&スライサー魔法! ピカピカッ そして皮むき器魔法 ピカッ フォークを刺してーの、女神様、いただきまーす」


シャク


「んまーーい! なにこれ、いや、リンゴだけど、こんなの食べたことがないよ! この世のすべてのリンゴを一つにまとめたような味だと思わない?」


『私めには実体がございませんので』


「あ、そうだったよね~ とにかく、とっても美味しいの! これで一気に世界が広がるね! あ、でも小麦粉まだ使ってなかったわ……いや、オーブンもまだだった……アップルパイとか食べたいね~」


「ちょっとミチイル、大丈夫かしら? 何か大きな声が聞こえたけれど」


「あ、母上。これ、すごく美味しいの。母上もカンナも食べてみてよ」


「あら、見たことが無い食べ物ね」


「うん、リンゴっていうの。果物だよ」


「このような果物、エデンでも見たことはございません」


「え? そうなんだ。エデンの園と言えばリンゴなイメージなのに」


「じゃ、いただきましょう」


「召し上がれ~」



「 !!! 」




***




――禁断の果実が、今頃アタシーノに来たかも知れない




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