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1-60 停滞

どのくらい日にちが経ったんだろう。


僕、なんだか疲れちゃってね、毎日毎日、中庭に作った東屋でぼんやりしている。


やっぱり中庭っていいよね。人目に付かないし、妙に落ち着くの。この世界じゃ風もそよそよ吹くだけだしね、日中なら暑くも無く寒くも無く雨も降らないし、とても心地いいよ。庭に花でもあれば、もっといいかも知れないけど、無いよね、どうせ。


なんか公国の暮らしが良くなっていって、食文化も芽生えてきて、飢えることは無くなったのはもちろんだけど、美味しいものが少しずつ増えてるしね、僕の救い主としての責務は果たせているのかな。


この星? 大陸?じゅうに食文化を広げるって、全然想像がつかないよ。なにせ公国から出たこともないしね。えっと、公国は後二つあって、王国は三つあって……この公国以外では、当然、旧態依然とした生活を送っているんだよね。布一枚体に巻いて、ギリギリのものを食べて、早死にして。


そうそう、僕さ、あんまり出歩かないけどね、この公国でおばあちゃんって少ないの。なんでかと思ったら、やっぱり出産で無理がたたったのがずっと尾を引っ張っているのか、女の人は早死になんだって。なにそれ。


そういえば、しまゑばあちゃんも早死にしたな……僕の周りで一番のおばあちゃんは、カンナだけどさ、カンナが何歳だっけ。あ、ジェームズと同じだった気がするから、50歳か……ま、カンナは元気だけど。そりゃそうか、服飾関係で魔法も使いまくってるしね、たぶん長生きしてくれるはず。


トム爺たちも、最近見かけてないけど、元気らしいし。そういえば、北部工業地帯は給食もなにも出してないけど、ちゃんとご飯たべてるのかなあ。ま、運輸部が毎日何十便も行っているからね、食べ物も持って行ってるとは思うけどね。


でも、食べ物を運ぶ手段が、というか梱包手段が、陶器の甕と米俵と麻袋だもんね。もしかしたら木箱くらいはできているかも知れないけど。どっちにしても、長期保存なんて難しいしね、冷蔵品とかはもっと無理だし。


「はあ。こうやってグダグダしてても仕方がないんだけどさ。何か気分転換でも……と思っても何もすることがないよ。確か、マグマとかもないから温泉も無かったよね?」


『はい、救い主様』


「ああ、アイちゃん。なんか久しぶりな気がするね」


『そのような事はございません。私めはいつも救い主様のおそばに控えておりますので』


「ハハ アイちゃんは相変わらずだねぇ。僕、なんか最近疲れているんだよねー」


『救い主様は少々頑張りすぎていらっしゃいます。過去の預言者様以上です』


「そういえば、アブラハムさんも大変だっただろうね、僕以上に。本当に何にもない神話みたいな世界だったんでしょ? この星」


『はい。おとぎ話の方がまだ便利なくらいの世界でございました』


「いつも言っているけど、本当にシンプルな世界っていうか、ぶっちゃけると何もないよね、この世界」


『はい。あの女神(くそ)が自身に必要ではないものを用意しませんでしたので』


「食文化云々はいいとしてもさ、もっと素材とか野菜とかスパイスとかさ、そういうの、欲しかったよ。温泉とか入りたいし、資源とかあるんだか無いんだかわかんないし」


『はい。ですが、救い主様は、まだこの世界のすべての資源を確認されておりません』


「うん、まあそうだよね。でも、この公国で手に入るものはもうないんじゃない? お取り寄せとかはあるかも知れないけどさ、僕が知っているものと乖離が激しすぎてね、何をどうスキルに頼めばいいんだか」


『資源の事に関して言えば、まだ資源はあるとお伝えできます』


「え? この公国にも?」


『はい。ございます。救い主様は、南の王国との境目と、北の石切り場の間しか行動されていらっしゃいません』


「あ、北の方の魔獣エリア? 金属石とか落ちているっていう」


『はい。あの辺りには現在使われていない資源も存在しております。地中深くとかではなく、地上に転がっているような状態です』


「え? それじゃ、僕が行かなくても、もしかして手当たり次第に、そこら辺の変わったものを拾って来てもらったら、何かあるかも知れないの?」


『はい。それに、お取り寄せも、まだ可能性はあるのではないか、と思料致します』


「うん、そうだよね。はあ、やることが増えた」


『何も増えてはおりません。現状でも想定以上のお働きをなさっておいでです。このままでも一向に問題はございません。やってもやらなくても良いのです。ですから、やらなくてはいけない事は増えてはおりませんし、減ってもおりません。なにせ、やらなくても良いのですから』


「ハハ なんか目からウロコな感じ? 最初から存在しないんだから、存在しない的な、哲学?」


『この世界には学問はございませんので』


「そうだよねー 本も無いし、本どころか紙も無いでしょ~ 石板だか銅板だかだもんね。文字はまだ見たことがないけどさ」


『この世界の文字は、文字ではございません。文字と言うより、記号です。文章も現すことが出来ませんし、名詞を記号で羅列するのがせいぜいです。ありとあらゆる文化は何一つございません』


「何一つございません、ってさ、なかなか使うことがない言葉だよね~ この世界じゃ、アイちゃんがいつも言っているけど~」


『事実ですので』


「ハハ アイちゃんも、辛辣ぅ~ はぁ。こうやってアイちゃんに愚痴をこぼしても仕方がないよね~」


『救い主様のは愚痴ではございません。言われても仕方がない事実であり、女神(くそ)の瑕疵ですので』


「いつもアイちゃんは、女神様にきびしいよね~ 女神様のこと、嫌いだもんね、アイちゃん」


『……』


「は~ たまには自分のために趣味として料理でもしようかな~ 最近、料理も、やらなくちゃいけない事になっちゃってたもんね~」


『救い主様の、御心のままに』




***




「ご苦労様。今日の夕飯の支度、始めちゃったかな?」


「ミチイル様、私も今参りました所ですので、これからです」


「あ、そう? じゃ今日の夕飯は、僕がダラダラ作るからね、後片付けもするし、来たばかりで悪いんだけど、自宅に戻ってゆっくり休んでくれる? カンナには僕から言っておくから。あ、そうだ、家族とかいると、なかなか独りでお風呂とか入れないでしょ? 時間もあるだろうし、帰りに福利厚生施設で独り風呂とか楽しんだらどうかな?」


「はい。お心遣いありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」


「うん、ごめんね」


「ありがとうございます。では失礼します」


「さーて、何をしようかな~ 冷蔵庫には……ひと通りのものが入っているし、冷凍庫にも肉類が入っているね……調味料も、うんうん、ほとんど揃っているし……米ももちろん、あ、麦も置いてある。お? 大豆とかトウモロコシとかも置いてあるのか~ まだレシピをまともに出してないけど……ま、僕が住んでる別邸のキッチンだから、今あるものを全部用意してくれているんだろうね、きっと。カンナとかの采配かな……ごめんね、僕、全然気がつかなかったよ」


「さてさて。なんかさっぱり系もいいけど~ でもカツオだしが無いからね~ ちゃんとした味わい深い和食は無理だしね~ お吸い物とか、茶わん蒸しとかは出汁がふんだんにないとだめだし~ あ、貝とかあれば、お吸い物はできるかな~ 魚介類はまだお取り寄せ試してなかったもんね、そういえば」


「じゃあ、洋食か~ あ、まだオーブンも作ってなかったよ。グラタンとかピザとかはまだ作れない~ ナポリタンとか食べようかな~ あ、でも麺を作らないと……うーん、すぐに出来そうっちゃ~できそうだけど……茹でるのが、僕ひとりだと大変な気がするね……ザルも無いし~ あ、そういえばザルはまだ作ってないんじゃ……竹もあるんだしさ、細くして編めばできるよね、ちゃんとした目の細かいやつじゃなくてもさ、料亭とかで良くある天ぷら籠くらいのなら」




***




――ピロン 天ぷら籠魔法が使えるようになりました。思いのまま籠が作れます




***




「おわっ? なんかこのアンドロイドな機械音声も久しぶりに聞いた気がする~ これでザルは作れるね。いっちょ作ってみるかな。 ピカッ おお~ 竹ザル~ あ、これで蒸籠も作れるね、きっと。圧力鍋魔法が万能だから使い勝手ないけどさ~ でも、パスタを茹でた鍋とか今の僕はまだ持てないから、今日は止めておこう。あ、ケチャップつながりで、オムライスとかどうかな~ うん、オムライスにしよう。材料も問題ないしね」


「まず、ご飯を炊かないとね。精白魔法で無洗米にして~ 釜に水と米を入れて~ 火を点ける~ ん? 圧力鍋魔法でご飯も炊けるんじゃないかな。うん、炊けるね、多分。でも、圧力鍋でご飯炊くとグレーになったりするから難しいんだよね~ 炊飯器じゃないし」




***




――ピロン 炊飯器魔法が使えるようになりました。材料と鍋でご飯が自動で炊けます。自動加熱調理も可能です。




***




「お、さっきぶり、アンドロイドさん、早速ご飯を炊こう。 ピカッ お、美味しそう~ とりあえず石臼魔法で天地返ししておこう。石臼魔法はほんと便利。粉砕もできるし、イメージ次第で、ただ混ぜるだけもできるしね。じゃ、ご飯は置いておいて~ チキンライスの具だね。タマネギと……鶏モモ肉。うーん、ピーマンとかキノコとか欲しいよね……ピーマンはもしかしたらお取り寄せ可能かも知れないけどさ、キノコは、そもそも木が無かったんだから無いでしょ。エデンの木にあるのかな? ま、今はいいや。んじゃ、タマネギと鶏モモはコロコロにスライサー魔法で切って、ニンニクは微塵切りにしよう」


「フライパンにバターを溶かしてーの、具材を全部入れて―の、ガスコンロ魔法で強火にしてーの、石臼魔法で混ぜて―の、たっぷりケチャップと砂糖と味醂少しとワインも少し入れて―の、水分が減ってツヤツヤになるまで炒め―の」


「後は、食べる前に仕上げよう。ここまでやっておけば、すぐだしね~ ついでにサラダも適当に作っておこう。食べる時にドレッシングでいいよね。スープは……? ん、これって豚骨スープ? んじゃ、この豚骨スープを使って食事する直前に作ろう。さて、とりあえず洗い物を~ 殺菌消毒ピカピカっと。……ん? あれ? 殺菌消毒で綺麗になるんじゃないの?」


『ならないようです、救い主様』


「ああ、アイちゃん。殺菌消毒で洗い物とか、できるとばっかり思ってたんだけど……」


『殺菌消毒魔法では、殺菌と異物の除去が可能ですから、食材の汚れは異物と判断されないのではないでしょうか』


「あああ、汚れでも、元は食べ物だもんね! だから、おしぼり業者魔法で洗濯が別なのか……ふう。魔法も奥が深いね、フッ。じゃ、今までキッチンの洗い物は、誰かが全部片づけてくれてたの?」


『左様にございます』


「うわ~、それじゃ手間暇がかかるよね、せっかくのファンタジー世界で魔法があるのにさ。食洗機『ピッ』くらい」




***




――ピピロン! 食洗機魔法が使えるようになりました。洗剤があればモノの洗浄乾燥ができます。食べかすもキレイに。生物(いきもの)には使用しないでください




***




「……なんか食い気味に来たね、ロイド氏。よーし、じゃ、食洗機! ピカピカッ おおー、ピカピカッと光ってピカピカになった~ 後はご飯まで休憩休憩~」




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