1-59 休息
「このイモダンゴは、とても良いお味ね、ジョーン」
「ありがとうございます。今日は、味噌と味醂でタレを作ってみました。田楽味噌と言うそうです」
「本当に濃厚なお味で大変美味しゅうございますね」
「はい、お義母さま」
「ところで、この、上に乾燥した土が乗せられているダンゴは何なのかしら? ジョーン」
「ジョーン、これはゴミではないですか。マリア様、嫁が大変な失礼を」
「ゴミではありません! これはキナコと言って、乾燥大豆を香ばしく炒って粉にして砂糖と混ぜたものです! ミチイル様に教えていただきました!」
「あら、ミチイルが言うのなら間違いはないわね。前もゴミが食べ物に変わったものねえ」
「だから、ゴミではありません! キナコはとてもおいしいですよ! ミチイル様がおっしゃるには、とても栄養があってイソ何とかが女性の美容に良いそうです」
「あら、このキナコがかかったおダンゴは、何だか食欲をそそる感じね。ひとついただこうかしら」
「左様でございますね、マリア様。とても香り高こうございます」
パフっ
「……ン、ンん。なかなかモソモソしているけれど、何か体の中が綺麗になっていく感じがして、美味しいわね、ジョーン」
「これは……年寄りには呼吸が危険な気も致しますが、お若い方なら大丈夫ではないでしょうか。私は大変美味しく頂戴致しましたけれど」
「……」
「それに、本当にこの紅茶というお茶は、とても貴婦人のお味がするわね。味噌との相性に少々疑問はあるけれど……」
「そうでございますね、マリア様。お番茶とは違って、高貴な香りが致します」
「ほんとうですね! 砂糖を入れて飲む飲み物なんて、他にありませんしね!」
「そういわれてみれば、そうねえ」
「それにマリア様、このお紅茶に練乳を入れたものが、大変に美味しゅうございます」
「ほんとうです! イチゴ以外に練乳は使い道がないと思っていましたが、紅茶にこんなに合うなんて!」
「そうね。それにしてもカンナ、あなたこの頃、お肌がより一層白く輝いているのではなくて?」
「まあ、マリア様。私どもも、ミチイル様が建ててくださいました素晴らしい屋敷に越して参って以来、お風呂をいただく事ができるようになりましたので、そのおかげかも知れません。でも、マリア様ほどではございませんよ、ね、ジョーン」
「はい! マリア様は輝くようです! ……お風呂に入れるのがうらやましいです……」
「あらあら、お世辞でもうれしいわ。ありがとう、カンナ、ジョーン。ジョーンも福利厚生施設かカンナの所でお風呂にお入りなさいな。ところでジョーン、例のアレ、そろそろ在庫がないのだけれど」
「ジョーン、私も少々手元が心もとないのですよ」
「……かしこまりました。でもアレを作るのは大変なんですよ! 臭いが漏れないように、渾身の気合を込めて圧力鍋魔法を使わないとならないんですから。アレを制作した後は、しばらく動けなくなってしまいますし、他の仕事が中断されてしまいます」
「ジョーン、アレを作るのは最優先事項です。他の仕事は他にお任せしても良いのではないのかしら」
「そうですよ、ジョーン。仕事を安心して任せられる後進を育成するのも、貴族たるものの務めです」
「……はい、お義母さま」
「でも、アレの効果は素晴らしいわね! 夜に飲んだら次の日の朝、お肌が大変なことになるんですもの」
「ほんとうですね! 私も朝起きて自分の顔を触ったら、手が顔に吸い付くように感じます!」
「左様でございますね、私も娘時代に戻ったかのように感じることもございます」
「ふふ、当面は貴女会だけの秘密ね」
「はい!」
「左様でございますね」
***
――アレ……豚骨スープにハマってしまった貴女会の面々は、夜な夜な燭台片手にキッチンへ行き、こっそり飲んでいるのである
――たまたま目撃した使用人たちの口から噂が広まり、真っ暗なキッチンに小火を灯して、獣の生き血を啜っているだの、魔獣の汁を啜っているだの、魔女汁を作って飲んでいるだの言われている事は、当人たちは知らない
***
「それにしても、ミチイル様、お元気がないご様子でいらっしゃいますね」
「ほんとうにねえ。中庭に作った東屋で、いつもぼんやりしているものね。おそらく疲れたんだと思うのだけれど」
「あれだけの建物を建てたんですから、いくら救い主様でも、お疲れになって当然です!」
「そうね。大きくなったとはいえ、まだまだ子供なんですもの。ミチイルは働きすぎよ」
「左様でございますね。これ以上、ミチイル様のお手を煩わせないように致しませんと」
「そうですよね……もっとレシピを教えていただきたいんですけどね……」
「それはそれよ! でも、交流センターに教会が欲しいって話はミチイルにはしないでおきましょう」
「ええ。私の方から、北部の職人たちに指示して教会を建てるように致します」
「お願いね。ついでだから、交流センターに配給所も建ててもらってちょうだい。年寄りが帰りに配給をもらって帰りたいそうだから」
「かしこまりました」
「ミチイル様、早く元気になればいいんですけど……」
「このままゆっくりしていればいいのよ、一年でも二年でも。救い主だからと言って、ミチイルが全部背負うことなどないんですもの。気が済むまでぼんやりしていればいいの。元々あんまり外に出たがるタイプではないしね、良く独りでぶつぶつ言っている感じの子ですもの。独りでぼんやりしていても、周りが思うほど心配する事ではないわ」
「左様でございますね。周りが心配して色々言って参っても、ミチイル様のお耳には入れることが無い様に徹底致します」
「お願いね、カンナ」
「でも、新大公ご一家との顔合わせも済んでいませんよね。私の夫と息子ともども」
「そうね。大公が代替わりして、お兄様たちが戻っては来たけれど、ミチイルがあんな調子だから待たせているわ」
「ミカエル様が、一日も早く、この別邸にお越しになりたいと駄々を捏ねている由、ジェームズから聞き及んで居りますが……」
「お父様は、いくらでも待たせて置けばいいのよ。いま別邸にお父様が引っ越ししてきたら、ミチイルが休まらないじゃない。そんなのダメよ」
「確かに……ご老公様がいらっしゃったら、一日中、ミチイル様の後をついて回りそうな気がします……」
「お父さまが引っ越しして来ても、ミチイルの邪魔はさせないわ。もし邪魔になるようなら、大公屋敷に追い返すから大丈夫よ」
「ミチイル様には、思う通りに過ごして頂きませんと……ですが、実は私も、ミチイル様にお伺いしたい事もございますが、憚っております」
「あら? 何かあったのかしら、カンナ」
「何があった訳ではございませんが、服の事で少々。以前ミチイル様にズボンというものをお教え頂きまして、その試作品が完成したものですから」
「あら、そうなの? 確か、ドロワーズと同じような感じのものだと言っていたような……」
「はい。大きく構造は変わりません。しかしドロワーズは下着ですので人目にはつきませんが、ズボンは服でございます。一番外側に出る服ですから、布を厚くし、布の密度も上げ、丈夫な生地で縫製しております。丈も長く、足首までございます。今の作務衣とはかなり違う服ですが、そのズボンを履いたとして、お体の上半身はどうなさるのか、上に今まで通りの作務衣を羽織るのか違うのか、良く分からないのでございます。一応、ズボンに合うように作務衣の丈を短くしたものもご用意はしてあるのですが……」
「まあ、それはミチイルじゃないと、さすがに分からないわねえ。ちょっと見せてもらえる? そのズボン」
「かしこまりました。隣の屋敷から持って参ります」
「お願いね」
「それにしてもジョーン、あなたも男爵家当主の妻になったでしょ。仕事は大丈夫なのかしら?」
「はい、マリア様。カンナの時も男爵家の仕事は他に任せておりました。服飾関係が忙しくなりましたので。ですから、私も大丈夫です!」
「そう。あなたの息子のシェイマスも、そろそろミチイルに引きあわせないといけないわね。シェイマスは問題なさそう?」
「はい。小さい頃から、ミチイル様に従うように育てましたので、大丈夫だと思います。ここ数年は私も仕事があったので、使用人に任せることが多かったですけど、今の公国では平民や使用人の方がミチイル様を信仰している状態ですから、逆に大仰な感じかも知れません」
「ふふ、ミチイルは堅苦しいのが嫌いだものね、シェイマスにも、ミチイルには普通に接するように教育しておいてちょうだい」
「かしこまりました」
「お待たせ致しました」
「カンナ、ありがとう。悪いわね……って、これがズボン?なのね?」
「はい。ドロワーズは薄い生地で作務衣の中でも邪魔にならないようにしておりますが、こちらのズボンは、しっかりと作っております。体に合うように、お尻部分に布を足したり致しまして、動きにも問題はございません」
「まあ、確かに複雑な縫い合わせね。でも、これなら動きやすそうだし、見た目もとてもステキよ」
「そう言っていただけて、ほっと致しました」
「ズボンの上に、今の作務衣だとモコモコしすぎるから、ズボンにはやっぱり丈の短い上着が合う気がするわ。上下が分かれた服なんて、見たことも聞いた事も無いけれど、とても素敵」
「ほんとうです! これなら、子供でも、働く大人でも動きやすいのではないでしょうか」
「じゃ、近々これをミチイルに見せてみましょう」




