1-50 万能ダレ
今日は給食センターの定休日。
あれから数日、僕はゆっくりしたよ。
ピーター爺からはまだ連絡が無いけど、今までにない馬車、じゃなかったコーチを頼んだからね、きっと色々試行錯誤してくれているんだろうと思う。
今日は、しばらく放置してしまった、味醂を作りたい。
日本酒は難しすぎるからね。
麹菌作業場に行こう。
***
「さて、今日は味醂を作りたいと思いまーす」
「なにか、こうやって新しいものを作るのも久しぶりな気がするわねえ」
「本当ですね、マリア様。ところでミチイル様、味醂とは何でしょうか?」
「うん、味醂とはね、味噌や醤油と、とっても相性が良くてね、甘くてね、色々な臭みも取ってくれてね、料理がつやつやに仕上がるの。タレに使うとね、とろみもつくし美味しくなるし艶々ピカピカに仕上がる、一家に一本常備しておく調味料だよ」
「そんなにたくさん作れるのかしら、ミチイル」
「ええっと、ものの例えだよ……では早速、まず味噌を仕込んでいるのと同じ大きさの甕にね、培養してもらっている米麹を半分くらい入れて~ そしてその麹がヒタヒタになるくらい水も入れて~ そして石臼魔法で良く混ぜまーす。混ざったら、その甕の中に、ずっと使わず溜まっていく一方だったラム酒をドバドバ入れまーす。だいたい甕がいっぱいになる少し手前くらいまで入れたら、石臼で良く混ぜまーす。後は時々混ぜながら数日発酵させれば、味醂の、完成です!」
「あら、それだけなの?」
「随分あっさり作業が終わりましたが……」
「うん。米麹ができている時点で、仕事の半分以上が終わってるからね。それで今日は時間が無いので~ 『醸造スキル』 」
ピッカリンコ
「はい、これで味醂になりました~ 後は布で絞って~ あれ? もしかして布で絞らなくても抽出でいけるんじゃ……では『抽出』 」
ピカッ ドジャー
「……うん、もっと早く気づくべきだった。あ、でもちゃんとイメージできないと抽出できないからね、布で絞るのも必要だよ、うん。で、搾りかすは例によってコンポストして、家畜の飼料にしてもらってね。実は味醂の搾りかす、味醂粕も美味しいけどね」
「これは、見た目は透明だし、そんなに匂いも無いし、確かにトロっとしているような気はするのだけれど……」
「ミチイル様、味見してもよろしいですか?」
「うん。ちょっとスプーンで試してみて~ ついでに、この味醂粕も……少し乾かして板状にして七輪で炙ろう。焼き網も出来たしね! さあ、『パスタマシーン』そして『干物』 」
ピカピカッ
「うわあ、搾りかすが板みたいになりました!」
「うん。パスタマシーン魔法はね、今まで金属加工にしか使ってなかったけど、本来は調理の魔法なの。好きな厚さに固形を延ばせるよ。さて、この板味醂粕を七輪の焼き網の上に乗せて焼いてくれる? ジョーン」
「かしこまりました」
「味醂の味はどう?」
「ええ、お酒も感じるけれど、甘いわ。これがどう料理になるのか、わからないけれど……」
「確かに甘いですね、マリア様。イモダンゴのタレに混ぜると美味しくなる気がします」
「さっすがジョーン! いつも着眼点がすごいね! あ、板味醂粕に少し焦げ目が付いたころが食べごろだよ。そろそろいいかも。皿に盛ってフォークで小さくして食べてみて」
「ん、これは甘くて独特な風味ね。たくさんは食べられないけれど」
「なにか……なにか色々使えそうな気がします」
「うん。料理は後にして、先に酢も作っちゃおう。では、これまた味噌を仕込んでいるサイズの甕に、半分くらいまでラム酒を入れまーす。そしてその中に、水を甕いっぱいより少し前、さっきの味醂の時みたいに、そのくらい水を足しまーす。そして、ワイン酢をコップ一杯くらい入れまーす。後は良く混ぜて、これも数日発酵させれば、酢の、完成です!」
「これはワイン酢とは違うものなのかしら? ミチイル」
「うん、根本的には同じなんだけど、ワイン酢は色も紫色だし、ブドウの風味もあるんだけどね、この酢は、透明だし癖が少ないんだよ。とは言っても、本当は日本酒っていうお酒からつくるんだけど、今は無いからね、代わりにラム酒を使っているの。ラム酒はね、この世界では徳利で保存しているから透明なの。本当は木の樽とかで長期間保存すると色も濃くなって風味も増すんだけど、うちで作っているラム酒は、陶器保存だからね、ホワイトラムっていうんだけど」
「ラム酒にも色々種類があるのですね」
「うん、本当はね。で、このラム酒にブドウ酢の中にいる酢を作る菌をね、いま足したの。これでお酒の成分が酸っぱい酢に変わっていくんだよ。ホワイトラムとはいえ、ラム酒の風味と、ごくわずかとはいえブドウの成分が入っているから、実際はどうなるかわからないんだけど……で、例によって時間が無いから、今日はスキルで酢にしちゃうね。 ピッカリンコ はい、酢になりました~ これは沈殿物とか殆どないからね、このまま徳利保存にしよう。それでね、次に酢を仕込むときに、前に作った酢をね、ブドウ酢の代わりに入れてね。そうして継いで行ったら、ずっと酢が作れると思うから」
「かしこまりました。麹菌の作業員に伝え、味醂ともども仕込むようにしておきます」
「うん、よろしくね。それじゃあ、お待ちかね、味醂と酢も使って、新しいメニューを作ります!」
「パチパチパチ」
「ではまず、醤油と味醂を同量混ぜて、万能ダレを作っておきまーす。醤油はあまり使って来なかったからたくさんあるでしょ? このタレは……本当はかえし、って言うんだけど、万能だから、いつもたくさん作って常に置いておいてね。保存は甕のままで冷蔵庫じゃなくても大丈夫だから。そしたら、鶏肉を小さめの一口大に切って、金串でも竹串でも、あ、竹串もそのうち作ってもらってね、それに一つずつ刺していきまーす。だいたい4つか5つくらい刺したものを数本用意したら、七輪の焼き網の上に置いて、弱火で焼きまーす。その時に、この万能ダレを塗りながら焼いていきまーす。その間に、豚肉を薄めに切って、同じように焼き網で万能ダレを塗りながら焼いていきまーす。刷毛とか欲しいよねぇ。さ、その間に僕はハンバーグを作って~と。ピカピカピカ このハンバーグもフライパンで普通に焼きまーす。ハンバーグが焼けたら万能ダレを入れて、ガスコンロ魔法の強火で汁気を飛ばしまーす。豚肉は焼けたらご飯の上に乗せて、万能ダレを少しだけ上からかけまーす。鶏肉は串に刺したまま皿に盛りまーす。さ、これで、焼き鳥と豚丼と照り焼きハンバーグの、完成です!」
「まあまあまあ! 何なのかしら、この強烈に食欲をそそる香ばしい匂いは!」
「本当です……私、もう我慢できません」
「ささ、食べよう。いただきまーす」
「 ! これはまた、とにかく美味しくて香ばしい匂いがたまらないわ! 焼いている時の煙も味がしそうなくらいに感じたけれど!」
「ほんとうに、マリア様。醤油は溜まっていく一方でしたけど、このような使い方があるとは……これは味噌よりも消費が速いかも知れません」
「うん、そう思うよ。それでね、今回初食材、山椒があるから、これを石臼魔法で粉にしたものを、豚丼にちょっとだけかけて食べてみて」
「まあ、豚丼もとても甘くて美味しいけれど、この山椒を振りかけると一気に風味が増して、少しピリッとしてさっぱりもして」
「ミチイル様、この山椒は焼き鳥にも合うのではないでしょうか」
「ほんと、ジョーンはいつも着眼点がすごいね! そうやって、自由に色々試してみて、自分だけの料理をどんどん作っていって!」
「精進します」
「うん、それでね、この万能ダレの網焼きはね、欠点があって、煙がすごいの。だから今日はここでやったけどね、給食に出す時は外で焼いた方がいいと思う」
「七輪を増やしてもらっておきます」
「まあ、このハンバーグは今までのと全然違うわね! とてもご飯が欲しくてたまらないわ!」
「本当です~ これはお年寄りも好みそうな味ですし、ご飯が足りなくなる人が続出しそうです」
「そうかもね~ この万能ダレで焼いたものは、照り焼きっていう料理法なの。他のものも色々照り焼きにできるからね」
「じゃ、お次は~ ニンジンをニンジンシリシリのように切りまーす。そして油で炒めまーす。炒まったら、万能ダレを適量入れて、強火にして汁気をとばして、ニンジンのキンピラの、完成です!」
「さ、どんどん行くよ! 次は、鍋の水にたっぷりの昆布をふやかしておいたのを火にかけまーす。お湯が沸いたら昆布を全部取り出しまーす。大根とニンジンを薄く小さく切ったものを入れて少し煮まーす。ここに鶏肉を小さく切ったのを入れてさらに煮まーす。煮えたら、そこに味醂粕を味噌の代わりに入れまーす。塩分が無いので、味を見ながら塩を足して器に盛り、粕汁の、完成です!」
「ささ、次は、さっき出汁を取った後の昆布を、スライサー魔法で細切りにしまーす。そのあと、鍋かフライパンに切った昆布と油を少し入れて七輪の火にかけまーす。水を足しながら煮るか、圧力鍋魔法を使って昆布が十分に柔らかくなってから、万能ダレを適量入れて、強火にしてさらに煮まーす。汁気が少なくなったら、昆布の佃煮の、完成です! 山椒の粉をちょっと混ぜても良し、おにぎりに入れても良し、ご飯と一緒に食べても良し、日持ちもするから冷蔵庫が無くても数日保存ができまーす」
「さて、ここらで禁断のメニューを教えたいと思います! まず、生まれたばかりの卵を持ってきてもらいます。これは絶対です。ま、食中毒菌もいませんけどね! その、昨日か今日生まれた卵を、器に盛ったご飯の上を少しへこませてから、そこへそっと割入れまーす。後は上から万能ダレを少量、お好みでかけて、卵とタレとご飯を混ぜて食べまーす。はい、卵かけご飯の、完成です! これは好き嫌いがあるので、好きな人だけ食べてくださーい、というか衛生状態が心配なので、当面は大公家だけの禁断メニューにしてくださーい」
「さささ、次は」
「ちょっと、ミチイル~ 私たち、お腹いっぱいでもう何も食べられないのよ~ 続きは次の定休日にしてもらえないかしら」
「私からもお願いします」
「ハハ そうだね~ じゃ、続きは次にしよう~」
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――禁断の……地球のあの島国以外で食べると命を落とすと言われているほどの禁断の料理が、アタシーノ星に持ち込まれた




