1-5 公国の食事情
『救い主様が、史上初、私めに投げかけられた質問の答えでございます』
「あぁ、クレープと」
『はい。預言者様が天にお還りになって数百年経った現在でも、その時にできた仕組みに大きな変化はございません。大陸北部で暮らすアルビノ人の国はアタシーノとセルフィンとスローンの3つになり、旧エデンの園で暮らすエデン人の国もパラダイスと中央エデンとシンエデンの3つにはなりましたが、このエデン三王国が北部の三国を属国として扱い、アルビノ人が物を作りエデンで働いて、対価としてマッツァを手に入れて、これを北部へ運び、糊口をしのぐ。北部の三国は属国ですので王家を作ることは許されず、王の代わりに大公という地位を与え、それぞれ公国と呼んでおります』
「それで?」
『救い主様がお生まれになり、現在こうしているこの国は、アタシーノ公国です。預言者様の降臨前はケルビーンの一族と言っておりましたが、預言者様がいらっしゃってのち、アタシーノ国と言われるようになりました。このケルビーン一族は、現在はアタシーノ公国の大公家として存続し、救い主様が今、いらっしゃるのもケルビーン大公家の公都屋敷です。アタシーノ国とは、女神様の国、という意味です。女神様を始め、天に属する存在には真の名があるのですが、それは口にしてはいけない崇高なものですので明かされてはおりません。ですので通称として、この星の女神はアタシーノ神と呼ばれているのです』
「はー、それでアタシーノ星なんだ」
『そして食物が栽培されない土地である事にも変わりなく、このアタシーノ公国においてもエデンから運ばれてきたマッツァが主な食べ物です。このマッツァは、収穫したての時はみずみずしく大変美味なものなのですが、実も大きく重量がありますので、北部へ運ぶ際には乾燥させたものを運んでおります。乾燥させると円形の薄い、地球で言うところの煎餅のようなものになるのです。この煎餅状の乾燥マッツァは、そのまま食べるには厳しいので、叩きつぶして粉にし、水で溶いた後に平たく焼いてクレープにして食すのです』
「あ~、そういうことか!」
『マッツァは完全栄養食なので、生マッツァの場合は、それだけで他に何も食べなくとも良いのですが、乾燥させるとビタミンが一部、失われてしまうのです。ですので、ビタミンを補うため、北部公国の荒れ地に自生している草を食べます。草は、生のままでは食べにくいのでスープに入れます。スープも、出汁となるものもないため、魔獣の塩漬け肉を出汁がわりに使うのです』
「まじゅう……」
『はい。アタシーノ星には、家畜は牛しかおりません。これも預言者様の時代に特別に地球から持ち込んだことになっています。その際、豚と鶏と、少数の生き物も持ち込んだようですが、豚鶏は牛とは違って手間がかかるため、アタシーノ星では農業としては定着しませんでした。他の生き物については適当なところで適当に生きているようです。そして、この豚と鶏なのですが、魔力を求めて北へ北へと移動していき、現在では、魔力のみをエサとして、北部のさらに北側でのみ生息していますので魔獣と呼ばれています。なぜ魔力だけで生きられるのかは、アタシーノ星の七不思議である、と女神が言っています』
「へぇ。ファンタジーだよねぇ」
『魔獣は近場に生息していない上、人間をエサにはしないのですが、時折虫の居所が悪い時に近くで作業している人間に向かってくることがあるので、その際、この魔獣を狩ります。狩った魔獣は塩漬けにして乾燥させ、貴重な調味料として使うのです』
「そうなんだ。肉が調味料とは……でも牛は家畜化したんでしょ? 牛を食べればいいんじゃないの??」
『牛は草と塩だけで生きられるので北部の草原でも飼育可能なのですが、牛を独占したがった強欲なエデン人が、頻繁に牛を差し出すように命令したため、北部からは居なくなりました。現在は、エデン三王国の南側の牧草地帯で、ワイルド農法で放牧されています。ですので当然、北部では口にすることができません。エデンから北部に輸入ができるのは、基本的に乾燥マッツァとドライフルーツだけですので』
「エデン人って、クソだよね。そりゃ女神がどうでもいいって言っても仕方がないかも」
『乾燥したマッツァとは言っても、このアタシーノ公国の1万人が毎日食べる量ともなると膨大です。エデン三王国北の森林地帯と三公国南部の草原との境目に、先ほどお話した昔の拠点、現在ではものづくりの拠点となっている小村がありますが、そこから少し森林地帯に入ったところに倉庫となる交換所を設け、そこまではエデンからエデン人が牛に荷車を牽かせて運びます。そして北部から差し出す税や製品を、また牛でエデン人がエデン三王国まで運んでいるのです』
『そして、ものづくり村の交換所からは、アルビノ人が人力で公都まで運びます。牛も居らず、荷車の使用も許可されていないため、人が担いで運んでいます』
「荷車すら使っちゃだめなの??」
『はい。アタシーノ星のほぼすべての生産品を作っているのはアルビノ人なので、荷車も当然アルビノ人が作ったものなのですが、アルビノ人には木材の使用が許可されていません』
「なに、それ」
『アタシーノ星では、木材として使用可能な森が、先ほどから話しているエデン三王国の北側の森林地帯の木しかありません。森林地帯は魔力がギリギリ存在しない地帯ですので、エデン人が管理するのです。そのため、アルビノ人は木材が使えません。税として納める製品を作る時のみ、エデン三王国から木材が支給されますが、常に足りない程度しか木材が手に入らないのです』
「いやいや、クレープ焼いたりスープ煮たりする熱源はどうしてるの? 石油が出るとか?」
『いいえ。アタシーノ星では、基本的に木材以外、燃料となる資源は用意されていません。石炭も石油もガスも電気も存在しません。ですので平民は、加熱調理という事ができません。救い主様が食されたクレープは平民では焼けませんので、マッツァ粉を水で溶いて啜るだけです。草は生でかじるだけ、スープは作れませんので平民には存在しません』
「………………」
『救い主様がお生まれになったこの家は、まがりなりにも一国の王家相当ですので、エデン三王国の王室から特別に木材の使用を許可されております。ものづくり村で製品を作る際に出た木材の端ゴミを、北部の公国公都の大公屋敷まで運ばせて、それを燃料として調理しているのです』
「言葉がでないよ……それでこの屋敷?もなんかボロく感じるのか……木があまり使われて無いからなんだね」
『はい。大公家のみ特別に木材の使用許可があるとは言っても、そもそも潤沢に使えませんので、家具なども最低限の最低限、建具もあったりなかったりしている屋敷なので、救い主様から見れば、許しがたいほどのアバラ屋かと思います。ですが、平民の家には、そもそも家具などありませんし、建具もありませんので。ちなみに、エデン三王国でも程度は似たり寄ったりです。王国では木材はふんだんに使っていますが、そもそも低文明ですので、家の作りなどは、木なのか石なのかの違い程度で、それほど変わりないと思います。もうお分かりかとも思いますが、エデン三王国の建築物も、そもそもアルビノ人が作ったものですので技術レベルは同じですから』
「……これって…………無理ゲーじゃね?」
***
――ミチイルは、絶望した……
――がしかし、元来くよくよしない性格なので、深く考えずにクレープ草肉を食べつづけ、ぽやっとしながら、また時が過ぎた