1-46 禁断の解禁
母上たちに石鹸を教えてから、数日、大公家の女性たちは全員、こぞって顔を洗い出した。
一日に何回も洗おうとするから、洗いすぎると肌が弱くなって、おばあちゃんみたいになるよ、と教えてあげたら、なぜもっと早くいわないの!と母上に文句をいわれたよ。
ついでに髪も洗えば? と、ぽろっと言ったら、またぞろ髪を洗い出したのはいいけど、髪がゴワゴワするとかなんとかいうからさ、ワイン酢と綿実油を桶の水に少しずつ入れて、仕上げに髪をすすぐといいよと教えたら、それから何も言ってこないので、放置している。
頭や顔とか洗えると最初に言ったはずなんだけど、頭と髪は別物に考えていたみたいね。お風呂の事も言った気がするけど、燃料がないんだから無理だよね。時折母上は、まだ何が言いたげなオーラを発しているような気もするけど、考えないようにしよう。
なんとなく、母上は、おしゃれとか美容にはまりそうな気がするし、これ以上、面倒くさい事にならないように、気をつけよう。
さて、今日は麹菌作業場に来ている。
麹菌の具合は、と……順調に増やしているみたいね。後は作業員に任せて置こう。
味噌の仕込みは……ジョーンが毎日一甕ずつ仕込んでくれているみたいだからね、減るよりは増えていっていると思う。
たまり醤油は増え続けているね。これはまだ使っていないから当然だけど。たまり醤油は冷蔵庫へ入れて置いてもらう事にしよう。火入れもしてないし、発酵が進んじゃうからね。
麴菌作業場も、ほとんど僕の研究室みたいな感じに使っちゃってるけど、僕が作った建物だから、いいよね~
さ、今日は片栗粉を作ろうと思う。
ジャガイモはあるし、これを石臼してペーストにしてから、水に晒して、上澄みを乾かせばできるはず。
「さあ、やるぞ!」
「あらあら~ 今日は何をするつもりなのかしら~ん?」
「母上、最近ご機嫌がいいよね」
「うふふ。うふふ。別に何もないのよ~ うふふ」
「こないだ、久しぶりにエデンから帰ってきた平民の人に、どこの娘さんですか?って言われたからでしょ~?」
「うふふ、いやあねえミチイル、私が娘な訳、無いじゃなあ~い。こんなに大きい息子もいるのだもの~」
「はいはい。じゃ、ジャガイモを石臼してーの、水を入れてーの……あとは沈殿するのを待つばかり。……うんと、暇だよねえ。砂糖魔法みたいに、でんぷんだけ抽出とかできれ」
***
――ピロン 抽出魔法が使えるようになりました。お好みのものを抽出できます
***
「ば、ね、さて! 『抽出で片栗粉!』 」
ピカッ パフパフパフ
「はあ、出来た。……はい、今日はもう、おわり~」
「え? もう? 私、ついてこなくても良かったかしら……今日も何か、心が躍るような経験ができるのかと思っていたのだけれど……」
「…………」
「思っていたのだけれど?」
「……うん。じゃあ、母上に、母上用の石鹼を作ってあげる。特別なのを作るからね」
「まあまあまあ! なにか催促したみたいで悪いわねえ、ミチイル」
「……じゃ、ちょっと、大公家の裏庭から椿を取ってくるから、少し待ってて」
「気を付けるのよ~」
***
久しぶりに、以前植えた椿の木へ来てみた。
おお、咲いてる咲いてる、白い花。
っていうか、これ、本当に椿なんだろうか……このワサワサ出ている新芽、お茶の葉っぱみたい……ん?
ブチッ クンクン
! これはお茶の匂いがする……ま、茶の木はツバキ科だし、似たような匂いでもおかしくはないけど……ま、今度確認しよう。
とりあえず、白い花を多めに摘んで作業場へ戻ろう。
***
「母上、お待たせ~」
「あら、いい香り。それは屋敷の裏の木ね。この公国じゃ、食物じゃないのに花が咲く木なんて珍しいものね」
「言われてみれば、そうかも。見るための花とか無いもんね。ま、それは置いておいて、綿実油とー、灰とー、あ、抽出しないと。 『抽出でアロマオイル』 」
ピカッ ポタ
「うん、これで花のオイルが取れたから、後は全部合わせて~ 『廃油石鹸』 」
ピカッ コロリンコロリン
「さあ、できたよ! 今回は、おしゃれに円形の石鹸にしてみました!」
「まあ、ありがとう、ミチイル。でも、何が特別なのかしら?」
「ま、ちょっとそこのシンクで使ってみてよ、母上」
「わかったわ~ モコモコ あ! あら! あらあら! これはなんていい香り!」
「うん、ジャスミン系の香りがするよね~ 椿は一本しかないし、花があんまり取れないから、量は作れないけど~」
「まあ、本当にいい香り……さ、ミチイル、用が済んだのなら屋敷へ戻りましょう! 早く髪を洗わないと!」
「はいはい」
***
母上は、よほど香り付きの石鹸が気に入ったらしい。
母上は、お姫様だしね、今まで魔法をあまり使ってこなかったんだけど、魔法の練習を始めた。
ま、魔力はあるし、そうめん水道管に魔力を流して水も出せるんだから、そのうち思い通りに使えるようになると思う。石鹸を自分で作るんだってさ。思う存分頑張ってほしい。
さて、今日は給食センターの定休日。
例によって、キッチンへ。
「さて、今日は、いよいよ、お待ちかねの新メニューです!」
「パチパチパチ」
「じゃ、ジョーン、鶏肉を一口大より少し大きめに切ってくれるかな。あ、小さめの鍋に菜種油を半分くらい入れて、七輪の火にかけておいてね。そして、切った鶏肉に、たまり醤油と砂糖を少しと、石臼しておいたニンニクペーストを少しだけ入れて、混ぜまーす。そしたら、しばらく味をなじませておいて、そこへ卵を一個、割り入れまーす。良く混ぜたら、じゃじゃーん、この片栗粉を適量入れて、さらに良く混ぜまーす。そして、鶏肉を一つずつ、熱くなった鍋の油へ入れまーす。油は、とってもとっても熱いからね、お湯なんかよりもずっと温度高いからね、気を付けて。鍋は絶対にひっくり返さないようにね。鶏肉をいくつか入れたら、ガスコンロ魔法で火力を強めまーす。ジュワジュワいってたのが、パチパチに変わったら、油から出しまーす。これで、鶏肉の唐揚げの、完成です!」
「まあ、ミチイル、これはとても、香ばしい匂い、ニンニクの匂いもあるかしら」
「そうですね、マリア様。ニンニクだけではなくて、醤油の香りもあるのではないでしょうか」
「うん、醤油はね、少しだけ焦げると、とってもいい匂いになってね、おいしいんだよ。さ、金串に刺して、食べよう」
「いただきまーす」
「はふはふ、久しぶりに唐揚げ食べた~ やっぱり鶏肉は唐揚げだよね~ レモン欲しい」
「はふっ、とっても熱いわ! でも、鶏肉がこんなに美味しいなんて……そぼろもあっさりして美味しかったけれど、この唐揚げはとてもしっかりした味ね!」
「ほんとうに……これは、男の方々は取りあいになるのではないでしょうか」
「うん、そうだろうね~ 揚げたてが一番美味しいんだけどね、これは冷めても美味しいんだよ。今日は鶏のもも肉でつくったけどね、胸肉でも美味しいし、ササミでも美味しいんだから」
「それはとても美味しそうですね」
「はい、じゃ、次! 鶏肉を揚げた鍋はそのまま弱火にしておいてね。では、ナスを縦半分にして、皮の方に何本か切り目を浅く入れまーす。そして、春菊は洗って葉っぱを食べやすくちぎっておきまーす。カボチャも四分の一に切って種を取ってから、さらに薄くスライスしまーす。あ、忘れてたけどカボチャの種はきれいに洗って干してから鍋で焼くとね、食べられるから。カボチャを切る時、包丁だと危ない場合は、スライサー魔法を使ってくださーい。そして、ニンジンも薄ーく輪切りにしておきまーす。野菜の下ごしらえが終わったら、米をボウルに入れて石臼魔法で粉にしまーす。粉になったら片栗粉を同じくらいの量、そこへ足しまーす。そしたら、そのボウルに水を少しずつ入れて、石臼魔法で滑らかに混ぜまーす。トロトロになるくらい水を入れてくださーい。そしてその液体、衣っていうんだけど、それに、ワイン酢を少しだけ入れまーす。準備が整ったら、下ごしらえをした野菜を一種類ずつ、その液体にドボンと入れて、ひとつずつ熱い油に入れまーす。一度にたくさん入れないでくださーい。周りがカリっとしたら、野菜天ぷらの、完成です!」
「まあ、野菜がこんなになってしまうのね。炒め物とは違って、なにかカリカリしていそうだわ」
「そうですね、マリア様。炒め物はくたっとしていますけど、これは皿に盛りつけても薪のように高さがありますね」
「では、塩をちょっとだけつけて、いただきまーす!」
「んまあ、野菜がこんなに食べ応えのある感じになって、とても美味しいわ!」
「そうですね、しかも野菜の色がとてもきれいです」
「あー、天つゆ欲しい。カツオが欲しい……ま、仕方ない。じゃ、次! 次は禁断の食べ物だよ! まず、ジャガイモを皮付きのまま、くし形切りにしまーす。くし形ってのはね、ちょっと僕がやってみるね。ジャガイモを半分にして、そのあと皮から真ん中に向かって切っていくの、こうやって。そうそう、そんな感じ。全部切り終わったら、ボウルに入れて、漬物にするくらいの塩を振りかけて、全体を混ぜまーす。しばらくすると、水分が出てくるので、その水分を拭き取りながら、熱い油に入れまーす。ある程度の量をいっぺんに入れても大丈夫~ そしたら、ジャガイモが浮いてくるまで揚げまーす。火加減は中火でーす。ジャガイモが浮いてきたら、油から出して皿に盛って、フライドポテトの、完成です!」
「これは……ただジャガイモを揚げただけではないの? ミチイル」
「うん、本当にそれ以上でもそれ以下でもないんだけどね、これが止まらなくなるくらい美味しいんだよ」
「楽しみね、じゃ、いただきましょう!」
パクパク
「うわー、これは何なんでしょうか……さっきのカボチャの天ぷらとはまた違って、とてもホクホクなのに香ばしくカラッとしています」
「本当ね、天ぷらと違って、何もつけてないのに味わい深いわ。びっくりするほど美味しい訳じゃないのだけれど、なんだか手が止まらないわね」
「うん。塩味が美味しいの。ジャガイモに前もって味をつけずに、そのまま揚げて、揚げた後に塩を振るのが多いんだけどね、こうやってあらかじめジャガイモに塩をしておくとね、味も均一になるし、なによりジャガイモが吸う油の量がね、とっても少なくて済むの。だから、油の節約にもなるし年寄りでも食べられるよ。しかも、このフライドポテトにケチャップをちょっとつけて食べても美味しいの。でもこれは、太るからね~」
「太るってのが、良くわからないけれど、とにかく危険な香りがただよう言葉だわね」
「ハハ じゃ、今日の最後、行きまーす! まず、ジャガイモを皮むき魔法でペロンと皮を剥きまーす。そして、圧力鍋魔法でジャガイモを柔らかく加熱しまーす。ジャガイモが柔らかくなったら、熱いうちにジャガイモの重さの半分くらいの片栗粉を入れまーす。計量器魔法を使っても使わずに目分量でも構いませーん。そしてさらにそこへ、米粉も適量入れまーす。米粉は無くても大丈夫ですけど、入れた方がしっかりモチモチしまーす。そしたら全部まとめて石臼魔法で混ぜまーす。混ぜていくと弾力が出てきて一塊になるので、そうなったら、手で、ハンバーグよりもかなり小さめに平べったく丸く成型しながら、熱い油へ入れまーす。油は中火でーす。揚げている生地が良い感じの色になったら、油から引き揚げて皿に盛りまーす。そして、醤油と砂糖を同量混ぜ合わせたタレを上からかけて、イモダンゴの、完成です!」
「なにやら素朴で地味な見た目なのね」
「でも、匂いがとても香ばしいです」
「では、いただきまーす!」
「まあ、これは、なにか、食べたことも無いのに懐かしい味がするわね。さっきのフライドポテトと材料がほとんど変わらないのに、こんなに食感が違うなんて! 醤油の味も、とても美味しいのね」
「本当ですね、とってもモチモチしていて、ご飯とも少し違いますし、このような食感のものは初めて食べました。このタレは、違うものにかけても美味しそうです」
「うん、さすがジョーンだね。このタレは応用が利くよ。それにね、今はジャガイモで作ったけど、全く同じ作り方でカボチャダンゴもできるからね。カボチャダンゴは揚げずに小さく丸めて味噌汁の具にしても美味しいよ。このイモダンゴも揚げずに油を入れたフライパンで焼いても美味しいし。あ、そうそう、味噌だれでも美味しいんだけど、それは少し後にしよう」
「かしこまりました。早速給食のメニューに取り入れたいと思います」
「うん、それと、油は毎日新しいのを使って、使い終わった油は布で濾してゴミを取り除いてから、廃油石鹸用に別に保管してね。お願いね~」
***
――揚げ物が、この世界にも登場した




