1-42 母上と散歩
僕、ここのところ忙しくて、余裕が無かったかも知れない。このままじゃダメ、と思って、ここのところ何もせず、ゆっくり過ごしている。
……ずっと心に引っかかっていたんだよね、トム爺たちの事。
今までのこの世界だったらトム爺たち、もうすぐ死んじゃう歳なんだもん。お腹いっぱい食べて、少しでも楽に過ごして、栄養も摂ってほしかったんだ。
だから、ものすごく急いで色々やってきたんだけど……
何が良かったのかは分からないけど、トム爺たちは元気いっぱいだし、死ぬ気がしないって言ってるから大丈夫だよね?
『はい、救い主様』
「ああ、アイちゃん。トム爺たち、寿命の60歳が近くなってきたけどさ、元気いっぱいなんだよね。トム爺は相変わらず僕をおんぶして歩いているし。やっぱり栄養状態が良くなって来たからなのかな」
『はい、もちろんそれも大きな要素であると思いますが、魔力器官が大きくなったのが、寿命が延びた最大の原因では無いかと愚考致します』
「ああ! トム爺たちは魔法を使いまくっているもんね! うっかりしてたよ。魔力器官は生きるためのエネルギーを取り込めるんだったもんね!」
『左様にございます』
「そうだよ! 魔法を使えば使うほど、寿命が延びるんだ! ああ、僕、ほっとしたよ。トム爺たちがもうすぐ死んじゃうって思ってたから」
『まだまだ大丈夫な気が致します』
「ハハ 僕もそう思う。じゃ、年寄りたちに魔法をいっぱい使ってもらって、元気で過ごしてもらおう!」
『救い主様の御心のままに』
「うん、そうと決まれば~」
***
麴菌関係のことを進めるためには、まず、落ち着いて作業ができる、広いスペースが必要だと思うんだ。
なので、給食センターの裏手あたりに、新たに麹菌作業場を建てた。建物は給食センターのキッチンと同じ感じだけど、貯蔵スペースを広くつくったの。色々発酵させないとならないからね。
そして、とりあえず、米と大豆と塩と甕、ラム酒とワイン、燃料や仕込みの道具なども運び入れてもらう事に。
その準備が行われている間、公都を見てみたい。僕、通り過ぎるだけで、全然まともにみてなかったからね。
***
「母上~ 準備はいい?」
「ええ、もちろんよミチイル。じゃ、出かけましょうか」
「はーい」
「なんだかこうして散歩するのも、久しぶりじゃないかしら」
「そうだね、忙しいもんね」
「そうね。でも、以前に比べたら何もかも変わったわね。服も以前みたいに布で巻いただけじゃなくなって、こうして作務衣を着るようになって、とても動きやすくて快適になったわ」
「うん。今じゃ公都の人たちは、ほとんど作務衣だね」
「それに、今も歩いているけれど、歩くのだって、以前の公国では布を足に巻いていただけだったのに、今じゃこうやってサンダルもあるから、とても歩きやすいわ。足も痛くならないし」
「うん、そのうち、もっと丈夫で、足を全部覆う革靴とかできるようになると思う」
「エデンだとそんな感じの木靴なのよ。でも、この皮の履物の方がずっといいわ。縫物で柔らかいのだものね。それに皮だけじゃなくて、布も縫えるようになって……このリネントートバッグも軽くて便利だわ。私には特に中に入れて運ぶようなものは無いのだけれど、歩くときに持っていると、なぜだか自分がデキル女になった気分に浸れるから不思議ね」
「うん、僕はそのイメージがどこから来たのかが不思議……」
「夜だって、日が落ちても燭台があって明るいし、寝るときだって、牛毛皮の上に横になって羽毛布団もあって暖かいものね。もう以前のように、体に巻いていた布一枚かけただけでは眠れないもの」
「そうだね。窓にも開き扉が付いたし、玄関も錠前付きの立派な扉になったから、隙間風も減ったしね」
「そうよ。屋根だって、大公家の屋敷は平民と違って特別に木でできているけれど、ミチイルがさらに銅板葺きをしてくれたから、雨漏りもなくなったみたいよ」
「そういえば、雨っていつ降っているの? 僕、記憶にないんだけど」
「あら? そうね、雨は毎日深夜に降るから、ミチイルは寝ている時だものね、見たことが無くてもおかしくないわね。私だって、雨が降っているとは気づくけれど、少し前まで外は真っ暗だったから見たことはなかったわ。燭台ができてから、窓から少し、雨が見えるようになったけれど」
「え? 雨って毎日降るの? それも夜に?」
「ええ、なぜかはわからないけれど、ずっとそうね。でも、それも長い間ではなくて、ザザーッと少し降って終わりなのよ」
「ええー まるで畑に散水する感じじゃん……しかも毎日。だから畑に水をやらなくても作物が育つのか……」
「食事だって、マッツァナンもそれなりに美味しいものだけれど、ご飯にお肉にサラダに漬物にスープ、ソーセージにベーコン、給食やイチゴ……それに、大公家でしか飲んでいないけれど、お酒。本当に食事が増えたわ」
「お祖父さまなんて、イチゴに砂糖とラム酒かけたものばかり食べていたもんね」
「ふふ、そうね、今はハンバーグに夢中ね。平民も、大公家より種類は少ないとはいえ、お腹がいっぱいになるまで食べられるようになったんだもの。火だって使えるようになったし、全部ミチイルのおかげね」
「うん、そうなのかも知れないけど、その代わり、みんなが忙しくなっちゃった」
「そんなこと気にする必要はないわ。皆、争うようにして仕事を取り合っているわよ。仕事が楽しいみたいね。自分たちが仕事をすればするほど、どんどん国が変わっていって、自分たちの生活も良くなっていくのが幸せだ、と言っているらしいわ」
「みんながそう思ってくれているなら、僕も安心したよ」
「ふふ、皆、感謝しているわ。それで、今日はどこへ行きたいのかしら?」
「うん、公都の衛生状態を確認しようと思って」
「あらあら、なんだか難しい言葉ね」
「ハハ 洗濯とかさ、洗い物とか、水とか、あと、排泄物の処理とか」
「わたしにも良くはわからないけれど……」
「母上は大公家のお姫様だもん、仕方がないでしょ~」
「ミチイルったら、またそんなことを言って。それならミチイルだって大公家の公子様じゃないの」
「公子様って、跡取りじゃないと言わないんじゃない?」
「あら、そうだったかしら……それなら公子様はシモンになるのかしら」
「シモンって?」
「そうね、ミチイルは会ったことが無いわよね。私も、ミチイルが生まれる前に少ししか会ってはいないのだけれど、シモンはミチイルのいとこよ。私のお兄様の息子」
「母上のお兄様っていうと、お祖父さまの息子で次期当主の?」
「そうよ。今は家族でパラダイスにいるわ。もう10年くらいは向こうにいるわね。お兄様はミハイルっていうのよ。妻はハンナで、息子はシモンなの。娘もいるわ。だからシモンとミチイルはいとこ同士ね。ミチイルより少しだけ早く生まれたけれど、ミチイルと同じ歳なのよ」
「僕、全然知らなかったよ。誰も教えてくれないし」
「ミチイルにはね、誰にも遠慮しないで育ってもらうことに大公家として決定したの。それにね、ミチイルは1歳くらいの頃から普通に話もできたし、同じ歳くらいの子供と一緒にいると、とても不自然でしょう? だから、ミチイルの周りには子供が居ないようにしているのよ」
「そうだったんだ……僕、みんなに負担をかけてるんだね」
「だから! そんなことは全然ないの! そうやってミチイルが周りに気を使ってしまわないように、今のようにしているのよ。お願いだから、そんなことは思わないでちょうだい」
「うん、わかったよ」
「子供たちの分別がつくようになったら、ミチイルとも引き合わせる予定だから、そう遠くないうちに会えるわ」
「たち、って、シモン以外にもいるの?」
「ええ。ジョーンの息子のシェイマスがいるのよ。シモンと同じくらいに産まれたわ」
「え? じゃあ、男爵家屋敷にいるの?」
「ええ、そうよ」
「僕、全然気づかなかったよ。セバスとカンナの孫、だよね」
「そうね。セバスの息子のジェイコブの息子ね。ジェイコブはパラダイスでお兄様についているわ」
「そっか」
「まあ、会った事もない人達の話をしても頭に入らないでしょ? そのうち嫌でも会うわよ」
「ハハ あ、あの辺りはリネン草の繊維を処理している石プールがあるみたいだね」
「そうね。アタシーノ川から水を引いてきているのよ。公都の中に三本この小川があるわね。この小川の南の方でリネン草の処理をして、さらに南で洗濯をしているようよ」
「そりゃそうだよね、飲み水だし、上流で洗濯とかしたら大変」
「ええ。あそこで洗濯をしているのが見えるわね」
「洗濯というか、川に布を入れてジャブジャブしているだけ、だね……」
「私はしたことがないけれど、洗濯はそういうものじゃないのかしら」
「洗剤とか、石鹸とかはないらしいしね。洗剤はともかく、石鹸くらいなら作れそうな気がするな……動物の脂も使えたよね……あ、椿油は……まだ一本しか植えてないし……あ、綿実油が作れそうだよね、綿をとった後、種は保存してもらっているし。菜種油系はね、行燈もそうだけど、これから揚げ物を広める予定だからなぁ、石鹸にする余裕もなさそうだし……あ、そういえば揚げ物の廃油で廃油石鹸とか意識高い系のひ」
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――ピロン 廃油石鹸魔法が使えるようになりました。油脂と灰で意識高い系石鹸が作れます
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「とたち……うん、揚げ物の廃油と捨てていた家畜の脂で石鹸を作ろう。灰はふんだんにあるしね!」
「ふふ、好きになさいな」
「うん。あの洗濯した洗濯物は家に持って帰って干すのかなぁ」
「そうでしょうね。大きな布一枚を体に巻いていた時は、窓とかを塞ぐように布を吊るして干していたみたいだけれど」
「あ、小さいころに見た平民の家の窓に、扉代わりに布がかかっていたけど、あれは扉代わりじゃなくて、洗濯ものを干していたのか……」
「そうなんじゃないかしら。ただ、今は、作務衣になったでしょ? だから窓にじゃなくて、家の中で作務衣を吊るして干しているのでしょうね」
「絞るのも干すのも重労働だよ……クリーニング屋とか作れば……いや、服とか布も生成り色しかないんだから、個人の服の判別も無理だよね、全部同じ色の同じような布の洗濯とか、おしぼり業者じゃないんだから」
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――ピロン おしぼり業者魔法が使えるようになりました。水と洗剤があれば、未使用おしぼりにできます
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「みしようおしぼり……どういうことよ?」
『はい、救い主様。おそらくですが、洗濯済みで絞ってある状態になるのでは無いかと思料致します』
『あ、そういうことか! ありがとうアイちゃん』
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「なんか、すごい勢いで色々解決しそう。後は干すだけだよね。今は物干し竿で干しているのかなあ」
「私には良くわからないのだけれど、以前は各家庭に金属棒が1~2本だけ支給されていて、それにかけて干していたのではないかしら。今は、干すものが増えて大変になったとカンナがちょっと前に言っていたわ」
「そうだよね、木材使えないんだもんね」
「ああ、でもたしか、コンポスト薪にする前の長い茎を物干しに使っているとか、言っていたかも……知れないのだけれど、なにせ私は洗濯も物干しも経験がないから、ほんとうにわからないの、ごめんなさいね、ミチイル」
「ううん、じゃ後でカンナにでも訊いてみようかな」
「……あ! リネンの紐を渡して干しているのも見たことがある気がするわ! 後は……」
「母上~ 大丈夫だから~ でも、ロープで干すなら洗濯ばさみとかがあると便利だよね、きっと。木材は使えないけど……あ、そういえば全部金属でできた、あれ、なんていう道具だっけな……金属の枠に金属の洗濯ばさみがたくさんぶら下がっていて、魚の干物なんかにもつか」
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――ピロン 干物魔法が使えるようになりました。干物が思いのままです
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「……うん。犬も歩けば棒に当たるっていうのかな、やっぱり現場に来ないとね……でも、思いのままの干物って……当然魚の干物もできるんだろうけど、っていうか材料要求されて無いし、そもそも魚、見た事ないんだけど。ま、何かを乾かせるんだから、もちろん洗濯物も乾くよね!」
「その顔だと、なにか色々解決したのかしら、ミチイル」
「うん。あと一つ気になることがあるけど、それは今度にするよ」
「じゃ、屋敷に帰りましょうか」
「はーい」




