1-38 異世界定番の二品
さて、キッチンは~
食堂スペースとキッチンの間には、カウンターの窓が切ってあって、皿のやりとりもスムーズだ。
教会くらい、地球で言うところの学校の教室くらいの広さのキッチンは左側壁一面が火を使うエリア。
上にちゃんと、石造りで煙突も設置されているし、扉付の小さい窓もある。
石造りのかまどが4つ並び、それ以外は石の台の上に七輪が10台。下には燃料一時置きスペースかな。
反対側の壁一面には、小さい窓は同じだけど、こっちはシンク。魔力を流している間だけ水が出る、そうめん水道管がずらっと並んで、排水設備も完備だ。シンクは石造りで、下側は、鍋が収納できるスペース。シンクの端っこには、扉付きの勝手口。内側からカンヌキで施錠するタイプね。
奥の壁には、扉がついていない部屋が二つ。一つはかまど側で、これは燃料庫かな。もう一つは反対側だけど、これは常温食糧庫だね。石の棚がずらっと設置されている。
そして、燃料庫と食糧庫の間には、扉付の冷蔵庫がある。燃料庫食糧庫には小窓がついているけど、冷蔵庫は真っ暗。ま、温度を保つために仕方ないよね……
キッチンの加熱設備とシンクの間の空間には、石づくりの大きな調理台が4台ある。ここで調理をしたり、盛り付けしたり、作業をしたりするんだね。20人くらいで仕事ができそう。
その調理台の下には、これまた石の棚が何段かあって、ここは食器とかを収納できるスペースだと思う。
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「す、すごいです、ミチイル様。このような広さで設備の整ったキッチンは見たことも聞いたこともありません」
「そうだろうね。この給食センターは、今できる最高の設備だから。道具と食材がそろったら、ここで料理の練習をしよう。まず、ジョーンに僕が教えるからね!」
「はい、よろしくお願いします」
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土木部から分離した、家畜農場部には、肉各種と加工肉、牛乳、卵を冷蔵庫に運び入れるように指示。牛乳は、いままで子牛に飲ませていたけど、冷蔵庫もあるし使い始めることにしたよ。
農業部には、米を始め各種野菜に、油、砂糖にラム酒、ワインと、酸っぱくなったワイン酢、さらに、籾殻炭にコンポスト薪を大量に、給食センターへ届けてもらう。
もちろん、海産部の塩も手配済み。
これらは、本格稼働したら、毎日運送してもらわないといけない。
そして、金工部には、包丁、銅の皿、銅のスープ皿、銅フライパン、銅の寸胴鍋に、銅のボウルたくさん、それに贅沢だけど鉄でご飯用の羽釜、銅のへらやしゃもじ、銅のカトラリーを注文。ナイフやフォークは大公家では使い始めたけど、民にも広めよう。スプーンはもう普及しているからね。そしてついでに、開き扉の蝶番と錠前をコピーして作れるようにも指示した。
木工班には、まな板、羽釜やフライパンの蓋、洗い物用の寿司桶、端材で菜箸も作ってもらう。桐は数少ないからね、ふんだんには使えないの。
そして、土木部には、甕魔法で小さな蓋無し甕、これはコップに使おうと思うんだけど、それを大量に作ってもらう……ん?あれ?……もしかしたら甕魔法で陶器の食器がつくれるんじゃない? ま、あとにしよ。……それと、甕の保存容器もたくさん必要。
野菜や穀類以外の食材の収納容器は、全部陶器だからね。割れるし、運ぶの重いし、運搬方法を見直そう。
公国中が大忙しになってしまった。
もちろん、僕も。
食文化って、裾野が広いよね……こんなにも大勢の人たちが働いたり、ものを作ったり。
さあ、まともな食文化を始めちゃおう!
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「さて、今日から料理教室を始めるんだけどね、用意はい~い? ジョーン」
「はい。緊張します」
「母上は~?」
「もちろんよ! といっても、何ができるのかも、わからないのだけれど……」
「ハハ 母上は姫だから、見てるだけでいいよ~」
「んもう、ミチイルったら」
「とりあえずね、調味料を作りたいと思いまーす! 調味料とはね、料理に味をつけるものなの。今までは塩と砂糖くらいしか無かったけど、これからは、異世界定番のケチャップというものを作っていきます」
「 ? イセカイ……」
「あ、真に受けないで適当に流してね~ では、かまどの火にかけた寸動鍋にね、トマトをいっぱいいっぱい入れてくれる? そして、それを鍋の中で石臼魔法で細かくするの。魔法は僕がするからね。こうやって、トマトが液体になるまで石臼したら、嵩が減ったでしょ? これより多いと他の分量が狂うから、これくらいにしておいてね。 そしたら、塩をこのコップに半分、廃糖蜜をコップに一杯、ワインもコップに一杯、そして砂糖をコップに三杯いれて、長いしゃもじで混ぜまーす。後は、火にかけたまま、ぐつぐつ言ってくるまで蓋をしないで混ぜ続けてね。止めると焦げちゃうから。しばらくすると、ボコボコ言ってくるから、気をつけて。ケチャップが飛んできて、大変なことになるからね。そうやってしばらく続けているとね、トマトがだんだん濃縮してきて」
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――ピロン 濃縮魔法が使えるようになりました。お好みに濃縮できます
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「ああああーー! 僕の苦労が水の泡~ うそうそ、ありがとうございます、有効活用します」
「ミチイル……(いつもの事だけれど、今日はまた一段と格別に変ね……大丈夫かしら) 」
「という具合に、ケチャップを作るのは手間暇がかかるんだけど、これを一瞬で解決する魔法を教えまーす!」
「最初から、その魔法を教えてくれれば早かったのではないかしら? ミチイル」
「……………………」
「いえ、ミチイル様には、きっと深いお考えがあるものだと思います」
「ありがと、ジョーン。では、新しい魔法で~『濃縮!』 」
ピカッ
「え? お鍋の中のトマトが半分くらいに減っちゃったわよ? ミチイル」
「はい。これが濃縮でーす。こうすると、トマトの水が減った分、とても濃厚な味になって美味しいの~ ちょっとスプーンですくって味見してみて~」
「マリア様、こちらを。ミチイル様も」
「うん、ありがと。さて、熱いかも知れないから、気をつけて味見してみて」
「ペロッ…… ! 食べたことがない味だけれど、とても美味しいわ!」
「……本当ですね。トマトは今までサラダでしか食べておりませんでしたが……こんな味になるとは……これは何かにかけて食べるのでしょうか?」
「うん、ちょっと複雑さが少ないけど、紛れもなくケチャップ~ これはね、かけてもいいし、つけてもいいし、炒めてもいいし、混ぜてもいいし、ほんとうに色々使えるんだよ。後はこれを保存用の甕に入れて、蓋をして保存。使うときは、綺麗なスプーンとかで掬ってね。あ、魔法で濃縮したから、保存前にちゃんと加熱して、殺菌消毒したほうが」
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――ピロン 殺菌消毒魔法が使えるようになりました。異物を排除し、殺菌消毒ができます。
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「えっとー、それでは甕に詰めた後に使う魔法も教えまーす! それ『殺菌消毒』 」
ピカッ
「これで大丈夫。これは必ずしてね。しないと腐って星に還っちゃうからね」
「かしこまりました」
「ミチイル、これで何か料理を作ってくれないかしら」
「わかった~ それじゃ、乾燥マッツァと牛肉と豚肉、塩、そしてタマネギと卵と、油も持ってきてくれる? ジョーン」
「はい、こちらに揃えました」
「そしたら、乾燥マッツァは石臼魔法で粉にして置いてといて、牛肉と豚肉も同じくらいの量を一緒に石臼魔法で細かくして、タマネギも石臼魔法を一瞬だけ軽~くかけて微塵切り、全部終わったら、塩少し足してボウルに入れて、ゆっくりの石臼魔法で混ぜまーす。粘りが出たら、卵も、とりあえず1個割って入れてさらに混ぜまーす。ゆるくなっちゃうので、この生地が一塊になるくらいマッツァの粉を足して、まだ良く混ぜまーす。そしたら、手で小さく丸めて……あ、これは僕が見本を見せるね。手は綺麗にしておいてね。こうやって空気が入らないように小さく丸めたら、平たくして真ん中をくぼませて、油を少しいれて火にかけたフライパンに入れまーす。とりあえず3つね。蓋ある? 蓋をして、全体が白っぽくなるまで焼きまーす。そうしたら、上下をひっくり返して、蓋をしないで焼きまーす。中まで焼けたら、さっきのケチャップとワインをコップに半分くらいずつ、肉を焼いているフライパンに入れて~ 汁気が少なくなったら、皿に盛って、これまた異世界定番ハンバーグの、完成です!」
「…………さっきから、とてもとてもいい匂いだわ……ステーキと少し似てるわね」
「うん、ハンバーグステーキとも言うよ。同じ系統の料理だけど、ステーキよりやわらかくて食べやすいの。端っこのとか硬い部分とかの肉も使えて無駄もないし、お年寄りや子供でも大丈夫~」
「ミチイル様、いただいてみてもよろしいでしょうか?」
「ああ、ごめんごめん、じゃ、フォークで切って食べてみて~ いただきまーす!」
!!!
***
――こうして、ミチイルの料理教室が始まった




