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1-4 世界の成り立ち

『それではまず、ざっとこの世界の歴史をご説明申し上げます』


「……歴史? ずいぶん迂遠な感じだねぇ」


『はい。なぜ救い主様が毎日、クレープと草肉しか召し上がれないのか、これは世界の歴史と切っても切れない深い因縁がございます』


『女神がこの星をつくった当初、人間達は皆、暑くも無く寒くも無く飢えもせず、争いのない働かなくても良いエデンの園で暮らしておりました』


『エデンの園には、女神が用意した「命の木」があり、その命の木の実は、採っても採っても果てることのない完全栄養食の実で、エデンの民の全員が、倒れる程にむさぼり食しても余りあり、さらに果実の木も多くございましたので、民は皆、食っちゃ寝、食っちゃ寝しており、ただただ人間が繁殖するばかりでした』


『これを憂えた女神は、民に向上心を生じさせるため、「争いの種」をエデンに植えました。これにより、競争心が生まれ工夫が生まれ、文明が発達するかに思えましたが、実際に起こったのは競争ではなく戦争でした』


『命の木を少しでも我が物にしようと、力の強い者たちが囲い、怒った他の者たちが奪い、そしてまた奪い返し、を繰り返したのです。そのうち、力の弱い者たちが、思うように命の木の実を食せなくなってきました』


「うん。どこでも似たようなことになるよね。地球でも歴史が証明しているし」


『はい。エデンの民は大柄で、褐色の肌をしており黒髪黒目なのですが、力の弱い者たちは肌の色が薄くなり、髪の色も目の色も薄くなっていたので、「この者たちは神から見放されたのだ」という風潮が蔓延したのです。それにより、ますます虐げられるようになった力の弱い者たちは、住む場所を追われ、命の木の実も十分に手に入らず、さらに奴隷として労働を強要されるようになって行きました』


『そしてとうとう、力の弱い民はエデンの園から出ることを決意し、弱き民は全員、エデンの園の北へ新天地を求めて動き出したのです。ですが、この大陸ではエデンの園周辺以外は気温が低く、広大な森を抜けてさらに北にあった土地は、草しか生えない痩せた土地でした。その痩せた土地に、持ってきた命の木の実や果物を植え付けてみても、枯れるばかりでした』


「せつないね……」


『命の木の実やエデンの果実が育たないのは、気温のせいばかりではなく、魔力が無いことも原因でした。エデンの園には魔力は一切ただよっては居ないのですが、エデンの園の中心、この星の赤道なのですが、そこの地中深くでは魔力の流れがあるのです。とても深いので魔力が漏れて地上には出てこないのですが、命の木とエデンの果樹は女神の祝福があるので、地中深くに根を伸ばし、この赤道の魔力を吸い上げることができるのです。そのため無限に収穫できる枯れない植物として、存在し続けられるのです。ですから、そもそもエデンの園から出してしまえば、後は枯れるのみでした』


「それで、その力の弱い民たちはどうしたの?」


『当面は、持ってきた命の木の実でしのいでいたのですが、体に力が入らなくなるものが続出するようになってしまいました。当時も現在も認識されていないのですが、この大陸のエデンの園より北側は、辺りに魔力がただよう土地なのです。大陸の北、北極には頂上が見えないくらい高い岩山があって、その山からは魔力が噴出しているのです。その魔力は大陸上を南下していくのですが、エデンの園の北にある森林地帯に到達する頃には拡散し切ってしまい、森林地帯から南側には、エデンの園を含め、魔力がありません。エデンで実る命の木の実や果実にも、魔力はありません』


「エデンの実を食べても、魔力がない、と」


『はい。そして魔力がない所で作られた人間達は、魔力にさらされては生きられないのです。それを知らない人間達は、ただただ弱って倒れ、後は死にゆくばかり、といった状況に陥ってしまいました』


「でも、いまも末裔達は生きているんでしょ? 朧げだけど最近の記憶の中に、褐色肌で黒髪の人とか居る記憶がないし」


『さすが、さすが! 我が救い主様は聡明でいらっしゃって、私め、地に平伏したくなる衝動を抑えきれませぬ』


「いや、アイちゃん、実体がないんじゃなかったっけ? 地面にひれふせないでしょ」


『救い主様のご命令とあれば、私め、そこら辺の豚の中にでも入り込み、豚ともども五体投地いたしますが、では早速』


「いやいや、冗談だよ。そんなことしなくていいし、しないで!」


『かしこまりました』


『話が少々反れてしまいましたが、ただよう魔力に晒されてしまった弱き民は、虫の息で死ぬのを待つばかりでした。それを哀れに思った女神は、弱き民に、その体に入り込んだ魔力を集め、その一部を栄養として体が死なない程度に吸収、余った魔力は体の外へ排出する器官を授けたのです。これにより、死を免れた弱き民は、大陸北部で暮らしていけるようになりました』


『この仕組みは、魔力器官とよばれる内臓が体の中にあって動作するので、人においては女神に授けられた弱き民しか持っていませんし、弱き民の血によって受け継がれていくので、後天的に魔力器官を得ることは不可能です。したがって、現在もエデンの民には魔力器官がありませんし、世界に魔力があることも、弱き民に魔力器官があることも、今でもアタシーノ世界では知られていないままです』


「ふむふむ」


『話を戻します。死なない程度に生きていられると言っても、飢えが無くなるわけではありませんでした。あくまで最低限の祝福だったのです。その頃、弱き民を追い出したエデンの民は、自分たちのために命の木の実や果実を収穫し、集め、自分たちのもとへ運んでくる奴隷の存在無くば、自分たちが働かなければならないということに、ようやく気づきました』


「馬鹿だねぇ」


『はい。この馬鹿さ加減は現在も継続中でございますが、いったん措いておきます。そのため、エデンの園北部の森林地帯を抜けた草原に居た弱き民を追いかけ、「働かせてやる。代わりに死なない程度に命の木の実を恵んでやろう。喜べ」と取引を持ち掛けました。弱き民は、他に選択肢も無かったので、しぶしぶ従うことにしたのです』


『いつ殺されるかわからず怯える暮らしに辟易していた弱き民は、住む場所はエデンの園北の森林地帯の北側草原に村を作って暮らし、働く者たちはエデンの園に働きに行く、という生活スタイルを作り出しました。そしてエデン大陸は、エデンの民が暮らすエデンの国と、弱き民が暮らす北部の村とに分かれることになったのです』


『このままでは弱き民の繁栄は望めません。悪くすれば滅亡する危険性も孕んでいます。これを憂えた女神は、預言者を地上に遣わしました』


「えっ? 救い主の僕以外にも派遣された人がいるの? マジで?」


『はい、いらっしゃいました。今から何百年も前のことです。そのお方は、救い主様と同じく地球からこの世界に降臨なさいました。救い主様が生きておられた時代よりも、ざっと1000年ほど前に生きていらっしゃった方だと思います。預言者アブラハム様と呼ばれていました。救い主様がイメージするアブラハムとは別の方です。私めが天使としてこのアタシーノ星に派遣されてきたのも、その頃です。私めは天使として預言者様をサポートするため、女神の知識とともに地球の知識も地球の神から一部頂戴して作られたのです』


「なるほど……だからアイちゃんは地球の事も知っているんだね」


『はい。その預言者様は基本的な魔法を駆使しながら弱き民、その頃には肌の色もさらに薄まって白色になっていましたのでアルビノ人と呼ばれるようになりましたが、そのアルビノ人をとりまとめて、森林地帯よりもさらに北部に村をつくり、国を興したのです。エデンと離れすぎると命の木の実が手に入りにくくなってしまうので、エデンで働く者たちには、森林地帯そばの村をそのまま拠点として生活させました。エデンで得た命の木の実、これも「マッツァ」と呼ばれるようになりましたが、このマッツァを北部の国まで運んで、アルビノ人達の主食とし、生き延びてきたのです』


『預言者様は、女神信仰を起こして広め、建築、土木、農業など、文明を起こしました。私めもサポート致しましたが、預言者様はとても努力なさって何とか国を発展、維持しました。様々な生産物をエデンに運び、引き換えにマッツァを手に入れる、こういう貿易の仕組みが確立したのです。これを妬んだエデン人達は、預言者や技術を奪おうと画策し、北部へ攻め込みました。しかし、エデン北の森林地帯草原にさしかかると全員が全員、体調不良となるのです。いくら攻め入ろうとしても何度試しても同じです。既にお話したように魔力に晒され続けると人間が弱り死にますが、魔力の存在は知られていませんので、エデン人達はこれを「呪いの地」と認識し、近寄らないようにしたのです』


「ほうほう」


『この住み分けは現在でも変わっていません。預言者様が死力を尽くした結果、アタシーノ星の文明は、地球で言うところの紀元前ローマ時代程度まで発展しましたが、そこで発展が止まったまま、現在に至ります』


「ということは、いま僕が居るこの国は、アブラハムが作った国ということだね? そして僕はアルビノ人だ」


『さすが、さすが! 左様でございます。そしていよいよ、救い主様の、お生まれになって初めての命令にお答えする時がやってまいりました』


「なんの話?」




――昔語りに、すっかりひきこまれていたミチイルは、そもそも何の話をしていたか、すっかり忘れていた……




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