1-32 文明の
南の畑にきて、菜種に石臼魔法を使った。
石臼魔法は結構前に解禁されていたけど、使いどころが無かったからね、今回から有効に活用しようと思う。
***
「ミチイル様、これは……何をなさったのでしょうか?」
「うん、これはね、石臼っていう魔法なんだけど、粉にしたり細かくしたりできるの。貯蔵している乾燥トウモロコシも石臼魔法で粉にできるしね、菜種もこの魔法で細かく擂り潰せるの。それで、細かく擂り潰した菜種を甕に入れたんだけど、しばらく放っておくと、上に油が浮かんできて、その他の澱が下に沈むから、上の油だけを掬って、いろいろ使うの。トウモロコシの粉はね、乾燥マッツァを焼くときと同じ使い方ができてね、食事として食べられるよ」
「油、ですか……良くわかりません」
「揚げ物っていう料理に使うしね、そうでなくても、熱した鍋に油をいれて野菜を加熱するの。炒め物って言うんだけど、それを塩で味付けするとね、とってもとっても美味しいんだよ」
「ミチイル、ここで試しに作ってみたらどうかしら? リサ、ミチイルの指示で動いてちょうだい、前のご飯の時のように」
「かしこまりました」
***
以前に作った七輪と籾殻炭を用意してもらった。火を点けるのは僕だ。フランベ魔法があるからね、すぐに火が点く。ま、リサ達もフランベできるんだけど、僕、フランベ魔法を使う機会が無かったからね、使ってみたかったの。
せっかくなので、アルミカップ魔法で銅の中華鍋を作ってみた。フライパンの方が使いやすいとは思ったんだけど、持ち手をつけるのが無理っぽかったの。これは鍛冶職人じゃないとできないよね……そして、銅でしゃもじの長い感じのと金串も数本作成。
畑から、ナスを持ってきてもらった。塩は、おにぎりの時の甕に入ったままだったから、それを使用。あ、切る道具いるよね。まな板魔法と匠の包丁魔法で解決。さあさあ!
***
「じゃ、リサ、中華鍋を七輪の上にのせて、さっき石臼魔法で擂り潰した甕から、菜種油を少しだけ掬ってきてくれる? 多分、少しは上澄みがあるはずだから。銅のしゃもじを使ってね」
「その菜種油を熱くなってきた鍋に入れて、今度はナスをね、一口で食べられるサイズに切って、どんどん中華鍋に入れていって~ うん、ああ、そのくらいでいいかな。そして、その長いしゃもじで鍋の中の上下を返すような感じで、そうそう、油は熱くなるとはねるからね、気をつけて。ナスがツヤツヤになって少ししんなりしてきたら、塩をね、おにぎりの時に使うくらいの量をパラパラと振りかけて、最後に混ぜる。鍋を火からおろして、完成です!」
「ミチイル様、とても簡単であっけなく作れましたが、油を使う以外に、特に変わった事は無かったように思うのですが……」
「うん、そうなの、リサ。加熱する、塩で味をつける、というのはね、今までの煮たり茹でたり焼いたりと同じなの。でもね、油を使うってところが、今までと全く違うの。別物なんだよ。食べてみないとわからないから、みんなで食べよう!」
「そうね、食べてみないとね、なにせ食べたこと無いんだもの。さあ、食べましょう」
「熱いから口に入れるとき、ものすごく気をつけてね。油を使うと、煮たりする時より、とてもとても熱くなるから。じゃ、この金串の先に、鍋の中のナスを一つ刺して、食べてみて~」
「いただきます」
!!!
***
はい。おにぎりリターンズ。
ナスと油の相性たるや、他の追随を許さぬよね。
塩オンリーの味付けだけど、今まで食べたことがない味なんだもん。野菜だけと違って、コクがあるからね。
ということで、リサが石臼魔法を練習し、習得してから、菜種は石臼魔法で擂り潰して甕に入れて、上澄みは別の甕に入れ直して大公家へ運び、下に沈んだ澱は、まとめて違う甕に入れてとりあえず貯蔵庫で保存してもらう事にした。
そのうち大公家に菜種油が届くと思う。
そして、貯蔵庫をいくつか建ててから、母上と屋敷に帰って来た。
甕と油の運搬の手配は母上がやってくれると言うので、僕は部屋に戻って考え事。
***
菜種油が手に入る目途がついた。
調味料?と言えるかどうかわからないけど、料理の幅が一気に広がるのは間違いない。
そして、油ができたということは……行燈がつくれるんじゃね?
この世界には月がないから、夜は暗闇。なぜか空に見える星も少ないの。星が少ないから金星銀星銅星も良く見えて、期間を推し量れるんだけどね。時計が欲しい。
でも、どっちにしても夜は真っ暗。何もできないから、寝るしかないの。
でも、行燈程度でも明かりがあれば、結構変わると思うんだ。
上澄みの菜種油をとった後に残る澱にも、当然ながら油分がたっぷり残ってる。それを、布に包んで絞れば、少し濁るだろうけど結構な量の油がとれるはず。それを行燈に使えば、残り油を有効に使えるし、夜の明かりにもなるし、一石二鳥でしょ。
フランベ魔法で火がつけられる平民も多くなっているようだし、今は普段から七輪でご飯炊いたりしているからね、以前と違って公国社会に火が溢れてるもん。行燈ができても大丈夫だと思うんだ。
火事には気をつけないとならないけどね、これは文明が進めば仕方がない、と割り切ろう。
とりあえず、銅皿の真ん中に金棒を狭い間隔で2本立てて、その間に長い芯を挟み、皿の中には菜種の二番絞り油を入れるように作る。
二番絞り油というのは面倒だから、行燈油と呼ぼうかな。
芯の素材は……リネンの紐とかならいけるね。2本の金棒に上向きにリネンの芯を挟んで、残りの芯は皿の行燈油に浸かるようにしておけば、ほんとに行燈として使えるはず。
とりあえず、ドン爺に行燈の制作を頼もう。
***
「坊ちゃん! さあ、南の村へ行こうかの! カッカッカ!」
「トム爺、いつもごめんね~」
「なんの! さ、おんぶじゃぞ! カッカッカ!」
***
「ドン爺、いる~?」
「これはミチイル様、ようこそおいでくださいました」
「あ、金工部の親方、ひさしぶり」
「おお、坊ちゃん、なんだか久しいのう、ほっほっほ」
「あ、ドン爺~ 今日はね、作って欲しいものがあるんだ~」
「ほっほっほ。そうかのそうかの、わしが何でも作るからのう!」
「おう、ドン。おんしもようやく坊ちゃんの役に立てる時が来たの~ わしはいつも役に立っとるけどの! カッカッカ!」
「ほう、そうくるかの、あれはたしか」
「ドン爺! まずはね、銅で小さな皿を作るの。そして、細めの短い金棒、銅でも何でもいいんだけど、短い金棒を2本作ってね、その金棒を銅の小皿の真ん中に、ほんの少しだけ離して2本を並べて立てて、小皿にくっつけて欲しいの。溶接しないとつけられないから、僕だけじゃ、できないんだ!」
「ほっほっほ。それしきの事、朝飯前じゃ」
「おんし、できるんかの! わしほど坊ちゃんの役にも立っとらんジジィだしの! カッカッカ!」
「パラダイスにいる時じゃったかのう、おんしが」
「トム爺! ほんとうに申し訳ないんだけどさ、南の畑に行って、菜種油を少し貰ってきて欲しいんだ。僕、忘れちゃって」
「おしきた! 小さい甕くらいでええかの?」
「うん、お願いね~ トム爺より足が速い人はいないもんね、いつもごめんね~」
「カッカッカ! 坊ちゃんの頼みなら、飛んで行って戻ってくるわい!」
「体を動かすくらいしか能がないからのう、こんジジィは。せいぜい急ぐんじゃな~」
「なにおう!」
「トム爺! 気をつけてね~ なるべく早く油がくると嬉しいな~」
「合点! 坊ちゃん、すぐに戻ってくるからの! カッカッ~カ~~」
「ふう。ドン爺、トム爺をあんまりからかわないでよ」
「ほっほっほ。坊ちゃん、皿と金棒は、こんくらいでええじゃろうか?」
「あ、程よいね~ この皿の真下にね、太めの金棒を一本溶接してね、さらにその金棒の下に、真っ平の台を溶接するの。そうすると、皿に足がついて、手で持ちやすいの。燭台っていう器具なんだよ」
「ほうほう、どう使うのかピンとこんのじゃが、坊ちゃんがいわれる通りに溶接してみようかのう、ほっほっほ」
***
「こんなもんでどうじゃろう? 坊ちゃん」
「うんうん、ちょうど良さそう。ドン爺、これをね、たくさん作って欲しいの。下の足部分がついてる燭台はね、大公家関係の分だけでいいからさ、足のない皿部分だけ、これは行燈っていうんだけど、できるだけたくさん必要なの。平民の家に支給するつもりだから」
「ほうほう、燭台と行燈、じゃな。して、何に使う道具なんじゃ?」
「ここにリネンの細い紐、ある~?」
「ミチイル様、これでどうでしょうか」
「あ、とてもちょうどいいよ、ありがとう、親方」
「坊ちゃ~ん! わし急いで戻ってきたぞ~い! カッカッカ!」
「あ、トム爺、ありがと。お疲れ様」
「なんのなんの! カッカッカ!」
「それでね、今はこの行燈の方を使おうかな、この行燈の皿に立てた2本の棒にリネンの紐を上向きに挟んで、紐の残りは皿の中に納まるように入れておくの。そして、皿の中に菜種油、行燈油って呼ぶんだけど、これを入れて少し待つ」
「ほうほう」
「あ、滲みるの時間かかるから、油を紐の上から掛けちゃおう。そしてね、フランベ!」
「おおおー! 火が点いたぞい! さすが坊ちゃんじゃ、カッカッカ!」
「……坊ちゃん、火が小さすぎて、これじゃ、ご飯も炊けんがのう……」
「ハハ ご飯を炊くものじゃないの。夜に火を点けて明かりにするんだよ」
!!!
***
――この世界に初めて、照明が生まれた




