1-3 アタシーノ公国
――アタシーノ星にある唯一の大陸、エデン大陸
――その大陸の北西部、北極にある魔力山から流れ出ずるアタシーノ川沿いに、白人であるアルビノ人の国、アタシーノ公国がある
――そこは季節もなく一年中涼しく、食物も採れない地
――人々は日々、ギリギリで飢えをしのいで何とか生き延びていた
――そのアタシーノ公国の主であるケルビーン大公家に、心も姿も美しい一人の乙女がいた
***
「女神様、今日も一日、何とか無事に終えることができました。明日も公国民に食物が与えられますように」
――マリアよ……
「 ?! 何、この光は……」
――敬虔な乙女、マリアよ……
「私の事でしょうか??(とても眩しくて何も見えないわ……)」
――左様。そなたの願いは聞き届けられるであろう……
「 ! 明日も公国民に食物が与えられるのですか?」
――明日だけではない。この先長く、祝福されるであろう……
「ありがとうございます! 女神様!」
――女神ではない、女神のしもべ、天使である……
「ありがとうございます、天使様」
――ただし……
「 ? はい」
――そなたが試練を乗り越えねばならぬ……
「私のようなものに何ができるのでしょうか?」
――今現在、この世界で、この試練を乗り越えられるものは、そなただけ……
――そなたが試練を乗り越えなければ、この世界は滅ぶであろう……
「そんな! 私は何をすれば良いのでしょうか? 命を投げうってでも試練を果たしたいと存じます」
――よくぞ申した、マリアよ……
――この後、そなたの胎に、女神の御子、救い主様が降臨なさる……
――そなたは胎の御子を育て、無事にお産み申し上げねばならぬ……
――その後は、邪なモノどもに見つからぬように、ひそかにお育て申し上げよ……
「 ! 私は生娘で婚約も結婚もまだなのですが、御子を身ごもることができるのでしょうか?」
――無論である……
――むしろ、救い主様が降臨なされるのは、乙女の胎だけと決まっておる……
「私のようなものに、そのような大役、恐れ多い事でございます。身命を賭しまして、必ずや救い主様を健やかに御産み申し上げ、お育て奉る所存でございます」
――うむ。時が来れば救い主様は、御自ら覚醒なさり、さまざまな祝福を行うようになるであろう……
――それまでの間、邪なモノどもから御守りするため、救い主様としてではなく、この国の子として、慈愛を捧げて御育てせよ……
――そして、救い主様が覚醒なさった後は、すべて救い主様にお任せ致し、すべて救い主様のご指示に従い、救い主様の行かれる道を決して塞いではならぬ……しかと心得よ
「かしこまりました。この試練については、私一人で行わなければならないのでしょうか?」
――そなた一人では不可能であろう……この国の長と、その一族で一丸となって試練を乗り越えるがよい……
――そして、救い主様が御生誕あそばされた際には、「道」と名付けよ……
「えぇっと、ミ……?」
――道だ……
「かしこまりました。謹んで、この試練、お受け申し上げ奉ります」
***
「お父様、今よろしいでしょうか」
「なんだ? マリア」
「ただいま天使様がご降臨になり、私に神託を下されました」
「なに? 本当か? ……いや、すまん、マリアが嘘などつくはずもないな」
「はい、本当の事です。ご神託では、私の胎に神の御子、救い主様が御降臨くださって、この世界を御救いくださるそうです。救い主様を、大公家一丸となって守り、お育て申し上げよ、そして名前は『ミチイル』と名付けよ、との天使様のご指示です」
「……うむ。あいわかった。……救い主様を御守りするためには、このことが知られないようにせねばならぬな。……これより大公家の使用人は固定とし、許可なき者の屋敷への出入りも禁止。……マリアは病で臥せったことにして屋敷からは一歩も出てはならぬ。未婚のマリアが出産したとなれば、不必要に注目を集めるだろうから、お産まれになった救い主様は、わしの庶子として育てよう。その方がおそらく都合がよいだろう」
「わかりました、お父様。よろしくお願いします」
「うむ。わしに任せよ。……そなたはもはや、そなただけの体ではない。細心の注意を払い、体調を整えるように」
「はい……あっ、ただいま救い主様が、ご降臨あそばされました。……私の胎におわします」
「……そ、そうか。心静かに部屋に戻り、つつがなく過ごすように」
「はい。では後はよろしくお願いします」
***
――こうして道は、アタシーノに転生した
――ミチイル・ケルビーンとして
――……みちる、ってちゃんと伝えたはずなのだが……
***
「大公様、ただいまミチイル様が無事、お産まれ遊ばしました」
「セバスか。うむ、ご苦労。後は取り決めのように計らえ」
「かしこまりました」
***
「マリア様、大変お疲れさまでございました。もう大丈夫ですよ、それはそれは、見たこと聞いたことがないくらいの安産でございましたから」
「ありがとう、カンナ。初めてだから良く解らないけれど、確かに死ぬような思いはしなかったわ」
「はい、普通ならば今のようにお話しすることも儘ならないほど、疲れ果てるものでございます」
「そうよね、私のお母様だって、私を産んだ後に亡くなったんだもの」
「さぁ、マリア様、御子様ですよ!」
「……こ、これが御子様、いえミチイル様、いえ、ミチイルね」
「まぁ! マリア様、ミチイル様はとても珍しい見目をしていらっしゃるわ!」
「そうねジョーン、金の髪に…………眼はまだわからないのね」
「この髪のお色だけでも、大変に神々しゅうございますね」
「ほんとにねぇ、カンナ。目立たないように育てなければならないのに、難しいかも知れないわ……」
***
――ミチイルが金髪に産まれたのは、『どさんこ王子』と呼ばれていたことを知った女神が『王子と言えば金髪碧眼よね』などと言っていたせいである
――もうしばらく後、当然のようにミチイルの碧眼が発覚し、ケルビーン家一同がさらに頭を抱えることになるのだが、今はまだ喜びの方が勝っているらしい
――そして、このアタシーノ星で金髪碧眼なのは、ミチイルただ一人だけという事実をミチイルが知るのは、ずっと先の事になるのであった……
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(……うーん、なんかぽやっとしてる……)
(どのくらい時間がたったのかなぁ)
(そういえば、訊くの忘れたけど前世の記憶ってどうなってるのかなぁ……)
(なんか赤ちゃんになってるっぽいけど……ま、いいか)
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(どのくらい時間が経ったのかなぁ)
(おかん、元気かなぁ。ま、元気だろうけど……)
(レシピは出版されたかなぁ。ほぼ完成してたし、僕が死んだとしても販売してるよね……)
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(……なんかぼろい建物って感じ。この綺麗な女の人がお母さんなんだろうなぁ)
(でもいい加減、ちゃんとした食べ物が食べたいよなぁ)
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(お? いよいよ離乳食が始まるのかぁ)
(小さくちぎったクレープ?に良くわからない草? なんかの肉のカケラ?が入ったスープね、薄味だけど)
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(今日もクレープに草と油肉のスープか……)
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(クレープ、草肉スープ)
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(クレープ、草肉)
……
(クレープ、草肉)
……
……
『クレープ、草肉、ってオイ! そろそろ違うものが食べたいんだけど、どういうこと?』
『救い主様、お目覚め、祝着至極にございます』
『ん? 誰? つか何が起こってるの?』
『私め、AIのアイちゃんでございます。救い主様が覚醒し、心と体が無事に定着なさり、私めに呼びかけられたので、ようやくお目通りが叶いました』
『お目通りっていうか、姿が見えないけど……つか音声も出てないけど……念話、だよね?』
『何もご説明申し上げてもおりませんのに、さすがでございます。救い主様のご慧眼に深く痛み入り、恐懼に恐れおののき、おののいて』
『っていうか、もう少し普通に話してくれない? アイちゃん? お願い』
『私にとってはこれで普通ですが、救い主様のご指示とあらば、なるべく普通に致すよう、努力致します』
『ありがと』
『それと救い主様、救い主様はもう普通に声をお出しになれるかと存じます』
「あ、ほんとだ」
『それでは、私からご説明をさせていただきます』
***
――アイちゃんの、長い長い説明が、これから始まる
――救い主としてのミチイルの人生も、ようやく始まるのである