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3-57 壁の東側

「あー、腹が減ったな」


「そーだなー。一日に一回しか食いもんも食えねーしな」


「噂だとよ、スローンの西側のセルフィンじゃ、食い物があふれてるっつー話じゃねーか」


「らしーな。それによ、混血んトコも食いもんがいっぱいあるらしーぜ」


「はあ、南部辺りに残っているエデン人は、どんくらいになったんだかよお」


「わかんねー たいぶ減ったんじゃねーか」


「スローンに攫われたからか?」


「じゃねーの」


「俺らみたいによ、強ええもんは逃げて生き延びてるけどよ、弱ええもんは死んだか?」


「じゃねーの」


「そろそろ俺らでよ、スローンを片づけようぜ」


「どうやって海を渡るんだよ」


「それな。でもよ、噂じゃ海の壁の下は、通れるらしいぜ」


「馬鹿じゃねーの、海に入ったら死ぬじゃんよ」


「いや、そーでもねーらしいぜ。ちょっとだけ水に潜ればいいってよ」


「それで、どーするよ?」


「そりゃおめー、西に行って脅してよ、食いもんをアルビノに献上させるに決まってんだろーがよ」


「逆にスローンにしてやられてんのにか? 馬鹿じゃね?」


「スローンだからだろーよ。神聖国のアルビノなら、エデン人の言うこと聞くんじゃねーの」


「そーか! それはいいな! あれだけ食いもんを偉大なるエデンに献上してたんだしな、今まで気がつかなかったぜ」


「だろー? ありったけのエデン人を集めてよ、攻め込もうぜ」


「いいな! これで腹いっぱい食えるぞ!」




***




「まだセルフィンを攻められんのか!」


「はい、スローン大公。壁は高く聳えておりますので」


「ええい、石を運ばせて積み上げるのはどうなっておる!」


「はい、随時行っておりますが、壁の向こうへ乗り越える前に、セルフィンに撃退されております。石の足場を作ったせいで、逆にそこが狙われる始末にございます」


「この、愚かもんが! そのような分かり切った事を! セルフィンに目を付けられる前に、石の足場をさっさと動かせ! たわけが!」


「ですが、運ぶだけでも重労働の上、大変な時間がかかるのです。石は、簡単には運べません」


「どいつもこいつも、できんできんと、そればかり言いおって! ではどうするのだ! もうこの国の食いもんも少ないんだろうが!」


「はい。ですが、エデン人が順調に死んで行きますので、スローンで収穫された作物で、何とか暮らして行けますので」


「おぬしは馬鹿か! それだけでは足りんと言っておるのだ! では南はどうなのだ!」


「南には、しばらく誰も向かってはおりません。とてもそのような余裕はございません」


「エデン人を使えば良いであろうが!」


「エデンから攫って来たエデン人を、エデンに向かわせるのですか?」


「もはやスローンの奴隷だろうが! 奴隷は主人の言う事を聞くものだろう!」


「では、スローン大公が直々に南部へ出向かれるので?」


「馬鹿を申すな! わしが動いてどうする!」


「ですが、主人とはすなわち、スローン大公の事でございます。主人はただ一人だけ。スローン大公が動かなければ、誰も動きませんが」


「まったく、役立たずの能無しどもめ。わしが居ないと兵も出せんのか!」


「スローン大公あっての、この国でございますから」


「そうか。わしほど優秀な者も居るまいからな。仕方が無い、スローン人の全員で南部へ攻め入るぞ」


「全員ですか?」


「当たり前だろう! この世界の王たるわしが、直々に出向くのだぞ! 民は全員、平伏しながら付き従え!」


「ですが、畑で作物を作るものが居なくなりますが」


「ならば、年寄りと子供は残しても良い!」


「お言葉ですが、年寄りも子供も、もはやスローンには居りません」


「何だと! なぜだ! 死んだか!」


「いえ、壁が出来る前に、年寄りや子供、母親などはセルフィンへ逃れたものが多かったのです」


「なに! なぜこの素晴らしいスローンから、奴隷扱いのセルフィンへ行くのだ!」


「わかりませんが、もはや、このスローン公国には、民もろくに居りません」


「スローン公国では無い! スローン帝国だ! わしは、世界の皇帝ぞ!」


「では、スローン人の残り全員で、南部へ攻め込むのですか?」


「そうだと言っておる! 何度も言わせるな!」


「作物の管理は」


「エデンから、ありったけのエデン人を攫って来て、働かせれば良いでは無いか!」


「ですが、エデン人は北部では生きては行けません」


「ええい、愚痴愚痴と、くどい! おぬしはいう事に従っておれば良いのだ! わかったな!」


「かしこまりました」




***




――こうして、南島からは壁の東に住むエデン人が、北島からは壁の東側のスローン人が、それぞれ総勢で海へと向かった




***




「おい! 海が無えじゃねーかよ!」


「マジか!」


「これなら北へ渡れるな! おい、おめーら! スローンへ攻め込むぞ! ありったけの力をふり絞れ!」




***




「スローン大公」


「なんだ」


「海の水がございません」


「なんだと! ではどうなっておるのだ!」


「砂地が続いております」


「グハハ! 古代の神は、やはりわしらの味方か! わしの移動に合わせて、海まで消え失せたか! 神もわしに恐れ入っておると見える! グハハ!」


「では、このまま全員で南部へ?」


「分かりきった事を申すな! 神もわしらの味方なのだぞ! 何を恐れることがあろうか! グハハ!」


「かしこまりました」


「民と奴隷に告ぐ! この世界の皇帝たるわしに続け! 南部を手中に収めるのだ!」




***




「あー、疲れた~ アイちゃんにバレないようにステルスモードで帰って来たけど……いくら一瞬しか留守にしてなかったとは言っても、さすがにノアの洪水の水は引いてるわよね? うーんと、どれどれ……」


「きゃー! まずいまずい! 大陸が海で二つに分かれちゃってるじゃない! 洪水は終わったんでしょ! なんで海が引かないのよ! エデンの園は……ぎゃー! 海にすっぽり沈んじゃってるじゃないの! まずいまずい! これじゃゴミ共の食べ物も無くなって、またアイちゃんに叱られちゃう!」


「……どうしよう……ま、取り敢えず、この辺の海の水を取っちゃって、と……ああ、エデンの園も無くなってるわね……全く、こんな一瞬の短い間で命の木とかも消え失せちゃうものなのね。せっかくのあたしの渾身作の木だったっていうのに……クンクン……ん? あら? 何かしら! とってもとってもいい匂い!」


「うわーー! こんなに食べ物がいっぱいじゃないの! いやーん、どれも美味しそうよ! ま、取り敢えず海の水は取ったしね、少しすれば、また木も生えるでしょ! あたしのやる事は完璧だもの~ さ、気を取り直して、うわー、本当に食べ物がいっぱい! あたしの星って、とってもステキね!」


「……うーん、どれもレベルが上がったわね~ ま、お姉様の星ほどでは無いけど~ でも、普段の食事なら、これで充分よ! ん? クンクン……あら! これはチョコレートじゃないの! ついさっき送ったばかりなのに、(みちる)ってば、本当に仕事が速いわ~ さ、チョコチョコ~」


「……モグモグ……あ、肝心の星神力を確認しなくちゃね! えっと……フンガッフッフ! ちょっと、チョコが喉に詰まって神なのに死ぬかと思ったわ! 何これ! とってもとっても星神力がいっぱいじゃない! すごいわ、ステキ! あたしの星! これで胸を張って大宇宙中央管理センターに威張れるわね! だって、こんなに短い間に、こんなにもたくさん星神力を貯めるなんて! 史上最速じゃないかしら! うふふ~ さ、チョコでも食べましょう! うわー、トリュフの詰め合わせじゃないの! ステキよ! すごいわ! すごいわ、あたし!」


『おい、女神』


「フンガッ……あ、アイちゃん、お、お疲れ様~」


『手も口もベタベタにしやがって、イイ御身分だな』


「ま、まあね、ほら、一応あたし、神だもの、ね?」


『ね?じゃねーわ。それで今、何をやってやがる?』


「何って、この星の運営計画をチェックして、改善プランを策定していたところなのよ、うん、忙しかったのよ!」


『そうか。で、海の水が減っているようだが?』


「え? 何のこと……あ、あたし、うっかりしてた? あら、どうして海の水を取ったんだったかしら」


『知らねーわ。救い主様の国で、海が減ったと大騒ぎなんだが?』


「あら、それはごめんなさい。あたしの民は元気なのかしら?」


『そりゃもう、救い主様が日々、血の滲むようなお働きをなさっておいでだからな。人間どもも増えて、万事順調だぞ』


「それは良かったわ! だからこんなに星神力があふれているのね! ほんとうにすごいわ!」


『救い主様は、偉大なお方だからな。慈悲に溢れ、民にも心を配っていらっしゃる。どこぞの女神と違ってな』


「あ、あら、そんな女神も居るのね、困ったものね~」


『で、いつまで海を取り去ったままにするつもりなんだ? あん?』


「あ、いやいや、ちょっと神の力を試していただけなのよ。もう解決したから、すぐに戻すわよ、それっ」


『んじゃーな。お疲れ』


「アイちゃんも、いつもありがとう。あたし、アイちゃんにはとっても感謝しているの」


『なんだ、藪から棒に』


「だって、こんなあたしなのに、ずっとあたしの星で働いてくれて、今じゃ強力にイエスキリストのサポートもしてくれているし」


『コラ! その名で呼ぶな! コズミックレコードに記録されるだろーが!』


「ああ、ごめんごめん。だからね、アイちゃん。今の(みちる)のサポートが終わったら、アイちゃんを返してあげるわ」


『なんだと? 急にどうした? 腐ったもんでも食ったか?』


「いやあねえ、あたしの星の美味しい物を食べていただけよ。とても美味しいし、星神力はあふれ返っているし、ほんとうに素晴らしい星になったわ。だから、天使たちも開放すべきだと思うのよ。もう充分働いてくれたでしょ? えっと、ハチとクモも、もう、すぐにでも返すわ」


『いやいや、ちょ待てよ! せめてあいつらに確認してからにしてやれ。あいつらも救い主様を気に入ってるからな』


「そうなの? 皆が仲良くしてくれて、あたしも嬉しいわ。まあ、そうね、一応天使たちにも確認しましょう。でも、アイちゃんは悪いけど、(みちる)にもうしばらく付き合って欲しいの。そういう約束をしているもの」


『勿論、そのつもりだ。心配は要らないぞ』


「ありがとう、アイちゃん」


『だがな、救い主様に期限を設定して差し上げて欲しい。このまま、この星に長い事縛られ続けるのは、忍びないからな』


「ええ、もちろんよ。こんなに早く星神力が貯まるなんて思って無かったの。だから、ある程度の目途が立ってから、その時に考えようと思っていたのよ。決して、永遠に縛り付けるつもりでは無かったの。アイちゃんもよ。だから、寿命を設定するわ。(みちる)に話した方がいいかしら?」


『いや、救い主様は何もご存じでは無い。このまま知らない方が幸せだろうと思う』


「わかったわ。じゃ、救い主の派遣期限を設定するわね。ちょっとまって……」




***




――ピンポンパンポーン


――大宇宙中央管理センターからのお知らせです




***




「え? 何かしら」


『おめー、また何かやらかしたのか!』




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