3-51 報告
「ごめんね、伯父上、呼びつけちゃって」
「とんでもありません」
「まずはお茶でもどうぞ」
「いただきます……して、これは何でしょう?」
「うん、アイス大福だよ。まだジョーンから伝わってない?」
「はい、初めて見ます。ここの所、ダンゴの種類がものすごく増えてはいるのですが……」
「ハハ ダンゴ革命が起きちゃったからね。それが落ち着くまでは色々動かないかも」
「ん? これはとっても美味しいですね。餅とアイスが、こんなにも美味しいとは」
「うん。これは出来立てを食べないとね、いくら求肥とは言え硬くなっちゃうから、とっても贅沢なお菓子だよ」
「そうなのですね……モグモグ……」
「それでね、伯父上。この世界の変化の事は、何か知っている? 例えば、海産部から何か聞いているとかさ」
「ええ……海の水が増えたり減ったりしている事は聞いていますが、後はこれと言って何もありません」
「そっか。誰も舟で遠くへ行ったりもしてないんだね?」
「勿論です。ミチイル様のご指示を違える者など、この神聖カナン王国にはおりませんよ」
「ハハ 良いんだか悪いんだか……まあね、世界の事なんだけどさ、エデンの大陸が二つの島に分かれちゃったの」
「ええ? 大陸が島に? どういう事でしょうか」
「うん。月が出来たのはもちろん知ってるでしょ? その月って言うのはね、空に浮かんで光っているけどね、それは海にも影響があるんだ。いや、光っている事は問題では無いんだけど」
「いつも光の形が変わっていますよね。それで暦も確認できるようになりましたし」
「うん。でね、その月はね、海の水を引き寄せる力があるんだ」
「う、海の、水を……さすがは女神様の御業ですね。想像もつきません」
「うん。でね、その月が海の水を上にひっぱるから、海水の高さが変わるの」
「ああ! それで! 月が現れたから海が変化するようになったのですね」
「うん。それでね、月が海を引っ張るからね、海水面が高くなったりするでしょ? その時にね、エデンの王国があった所がね、海に沈んじゃうの。ま、本当はそれだけじゃ無いみたいなんだけど、とにかく、海水面が変動してね、エデンの王国は海に沈んで、無くなっちゃった」
「え……ええっと……それでは王国はどうなったのですか?」
「うん。エデンの王国はね、三つとも無くなった。国が無くなったの。エデン人もほとんど居なくなったみたい。あの大洪水ね、このカナンに居たから僕たちは良くわかって無いけど、その時に色々沈んでね、エデン人もいっぱい沈んで、星に還ったんだって」
「そう、そうだったのですか……とてもいい気味だと言う気持ちと、何だか少しだけ……」
「うん、まあね。でも、それは女神様の采配だから。女神様の神託は伯父上も聞いたでしょ?」
「勿論です。悔い改めて祈り、高い所へ行けとの事でした」
「うん。それに従った人たちは生き残ったけど、従わなかった人たちは死んだの。だから、それはしょうがないんだけどね、実は、特に積極的に神託に従わなかったスローン人も、殆ど生き残ったみたい」
「そうなのですか……とても女神様の星に必要な者どもとは思えませんが」
「うん。でもさ、女神様の采配だから、僕たちが何かを言う事も考える事も、おこがましいからね、それは置いておくんだけど、問題なのはね、そのスローン人が、エデンの南部の西に生き残った混血民を攻め滅ぼそうとしてたの」
「そ、そんな! せっかく生き残ったのに、そんな愚かな事を?」
「うん。まあ、理由は良くは分かるような分からないような感じなんだけどね、もう攻め滅ぼされる寸前だったんだ。それで僕がね、エデンの南部の混血民の村というか、パラダイス王国の南部ね、今はもう南の島なんだけど、そこの東側に神聖国で作ったのと同じ石壁を作って来た」
「では、東から攻め入っては来れないと?」
「うん。スローン人とエデン人の生き残りの兵だったらしいけど、僕ははっきりとは見てないんだ。でも、これで混血の人達が攻め滅ぼされる可能性は低くなったと思う」
「そうですか……正直、私からすれば、その混血民も、さんざんミチイル様の慈悲を受けておきながら、土壇場で手のひらを返した裏切りものですが」
「うん。そういう意見もあるね。でもさ、その混血の人達は、女神様に祈りを捧げているの。だからさ、見捨てる事もできなかった」
「そ、それは……確かにミチイル様は救い主様ですからね、女神様を信仰している者どもを、放っておく事も難しいでしょうね」
「ま、そんな御大層な事でも無いんだけどさ、戦争で死んだりはして欲しくなかったんだ。でさ、南部は、なんか色々ギリギリだったの。ま、僕はずっと行った事が無かったからね、初めて見たけど、木は無いし資源も無いし、川も無いの。畑はね、多少はあったけど、あれなら暮らしていくのでギリギリだと思う。後は本当に草しか生えていないような、なだらかな感じだった」
「そうでしたか……ですが、あの混血民は、その作物すらも勝手に売りさばいたりしていたはずです。作物どころか、アルビノ商店街で購入した製品まで横流しもして」
「うん。でも、それをしていた人たちは、大洪水で死んだみたい」
「当然でしょう」
「それでね、生き残っている混血民は、誰かは知らないけどさ、ま、どう考えてもスタイン侯爵の傘下だった人達かなと思う」
「ですが、このカナンに移動する時、南村の交易口に兵を進めたやつらでは?」
「そうかもね。どういういきさつでそうなったかは分からないんだけど、今では女神様に真摯に祈りを捧げているらしいの。だから、僕がどうこうと言う事でも無いしね、とりあえず、東に壁を作ってね、ついでに畑とかも作って、少しだけ資材とかも置いてきた。森も作ったから、木材にも困らないとは思う」
「そのようなお慈悲を……さすがは救い主様ですね」
「まあね、面倒くさかったけどさ」
「そこはさすが、ケルビーンですね」
「伯父上もでしょ! それでさ、当分は問題も無いだろうけどさ、スタイン侯爵家に知らせるかどうか……どうしよう?」
「うーん。神聖国は全員、このカナンに来ましたからね、向こうに残っている者はおりませんが、混血民と言うくくりにしてみれば……スタイン侯爵家で見知った人や、もしかしたら親族も残して来た可能性もありますね」
「でしょ……だから、一応知らせた方がいいような気もするんだよね……」
「ですが、それを知ったからと言って、何かが変わる訳ではありませんよ」
「うん、そうなんだけどね、向こうでは魔力が無くてね、魔法も使えないみたい」
「それは元からでは無いですか?」
「うん、確かそうだったね。でもさ、ほら……今はさ……魔力が回復しなくても……」
「ああ、魔石で魔法が使えますね」
「うん……だから、魔石さえあれば、南部の混血民の所でさ、色々できるかも知れないでしょ? 僕はもう何もしないけど」
「ミチイル様が、その混血民に何かをする必要など、ありませんよ。なにせ、救い主様に刃を向けて来たのですから。ミチイル様が、私の知らないところで、それほどの慈悲を恵んでおあげになったとは、びっくりですが、もうそれで充分のはずです」
「うん、そうかな、とも思う。でもさ、スタイン侯爵家にもね、選択肢はあげてもいいかなって思うんだ。もし、スタイン侯爵家が南部に戻りたいんならさ、そうさせてあげたらどうかなって」
「うーん……」
「知らないままなら知らないでいいんだけどさ、このカナンと大陸、じゃなかったエデンの島はかなり近いんだよね。何年かしたら、何かの拍子で知ってしまうかもしれない。そうなったらさ、隠していた事で神聖カナン王国に隔意を持ってしまうかも」
「……そうですね。隠しておいても良い事は無さそうな気がしてきました。……わかりました。話はして置きましょう」
「うん。ごめんね、嫌な役回りをさせて」
「とんでもありません。これでも一応、この王国の王ですからね……面倒くさいですが」
「ハハ ほんとだよね~ スローンは何で戦争までして国を手に入れたいんだか、全然分からないよ」
「馬鹿なのでしょうね。スローン大公は、数分も話せば馬鹿だと直ぐに判明するレベルの馬鹿ですから」
「伯父上もスローンが嫌いなんだね。母上も、いつも悪口ばかり言ってたもんね」
「悪口ではありませんよ、事実ですから」
「辛辣~! ま、それで……言いにくいんだけどさ……もう一つあるんだよね」
「……もしかして、そのスローンの事ですか?」
「さすが伯父上、相変わらず察しが良いね」
「ミチイル様の慈悲深さは、これでも良く知っていますからね」
「ハハ そのスローンだけどね、二つの国に割れちゃってるみたい。一つはね、女神信仰をしていてセルフィンで暮らしてる。もう一つは、スローンだね」
「スローン人が、女神様を信仰? とても信じられません」
「僕は良く知らないんだけどさ、でも、それは事実には間違いないの。だからね、セルフィンで暮らしているスローン人が殺されないように、セルフィンの東にも石壁を作って来た」
「それは……すんなりと受け入れにくいですね……なにせ、セルフィンは攻め盗られたも同然ですから」
「そうだよね……でも、セルフィンに色々残して来たから、スローン人が生き残って来たとも言えるみたい。じゃないと、エデンの王国が海に沈んだからね、もうマッツァも手に入らないから、セルフィンが無かったら食べる物も手に入らなかったと思う」
「そうなのですか……女神様がスローン人を残した事といい、セルフィンをそのまま捨てざるを得なかった状況といい、もしかしたら、女神様の計画だったのかも知れませんね」
「そうだね。色々な状況とかが繋がっている感じがするもんね。僕もさ、色々置いたままのセルフィンには心残りがあったんだ。それでさ、残したままだったセルフィンの川舟を使って、海を渡った南部に攻め入ったらしいからね。セルフィンからも色々引きあげておけば良かったんだけど、結果として戦争に使われちゃった」
「そんな事を! あれは、そのような使い方をする物では無いと言うのに」
「うん。そんなつもりなんて全然無かったけどね、思わぬものが争いの手段になっちゃう。でもさ、それは文明の発展と紙一重なんだ。だからね、教育は大事なの」
「それで、ミチイル様は学校をお創りになったんですね……歴史の授業なども、最初期から取り入れてましたし」
「うん。切磋琢磨はして欲しいけど、なるべく無益に争わないで欲しいからさ。戦争とかはさ、無駄でしょ? その間は国の発展も止まっちゃうし、その労力を違う所に使った方が、世界が良くなると思うし。ま、そんな単純な話でも無いかも知れないんだけどね、でも、色々とやりたいことが増えて選択肢が広がったらさ、自分がやりたいことを頑張ってさ、そうしたら戦争とかは面倒にならない?」
「クックック なるかも知れませんね。それでミチイル様は、色々な物を作って広めて来た訳ですか」
「いやいや、本当にそんな御大層な話じゃ無いんだけどさ、楽しい事が増えたら、忙しくもなるしさ、いいかなって。それに、食べる物とかに不自由をしなければ、戦争とかもしたくないでしょ?」
「それはそうでしょうね。わざわざ遠くまで出かけて行って、食べる物にも水にも不自由して、風呂にも入れずスイーツも食べられず、服を着替える事もままなりませんしね、挙句の果てには死んでしまうかも知れないとなると、戦争に出かけたい民など、いませんよ」
「うん。仮に王が戦争をしたくてもさ、民が動かなかったら戦争にならないからね、そういう風になればいいなとは、ほんの少しだけ思うんだ。ま、戦争の事は置いておいてさ、豊かで困らず、色々な人が自分に向いた仕事ができる国だと、単純に幸せな国かなと思う」
「ですね。この神聖カナン王国は、正にそう言う国だと思います。カナンに来て、ますますそうなりましたね。今でさえ、日々色々な物が増えて行ってます」
「だよね~」
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「ハハハ そうだったんだ~」
「クックック あ、そろそろお暇しましょうかね……では、スタイン侯爵には話をしておきます」
「うん、よろしくね、伯父上」




