3-42 エデン南島3
「何? それは誠の事なのか?」
「はい、男爵。東から逃げてくるエデン人が少しずつ増えてきておりますので、そのエデン人が、そのように申しております」
「ふーむ……いち時期、全く見かけなくなっていたエデン人だったが……まさか北部へ攫われていたとは」
「そうですね。北部と言えば、神聖国を除けばスローン公国でしょう」
「そうだな。神聖国は、跡形も無く消えていたんだったな?」
「はい。海が浅い時間帯に、海へ分け入り向こうへ渡った者が、そう申しておりましたので」
「そうか。だが、良く渡れたな」
「はい。それは大変だったようでございます。海が腰の辺りまで浅くなった時に、急いで向こうへ渡らなければならないそうで……何とか向こうに渡った時には、もう海の水が増えて来ており、ギリギリだったようですよ」
「向こう側は全く見えないが……どのくらいの距離があったのだ?」
「はい。時間は正確ではありませんが、おそらく数時間……4~5時間程度は海の中を進んだでしょう」
「海の中をどの程度の速度で歩けるものかは分からんが……10km程度はあるだろうな」
「いえ、海が一番浅くなった時は、割と普通に歩けたと言っておりましたので、もう少し距離はあるものと思います」
「……とすると、20kmくらいはあったかも知れんな……」
「はい。エデンの王都やエデンの園はもちろん、王都の北にあった森も無くなっていたそうですが、おそらくその辺りまでは海では無いかとの事でした」
「そうか……で、神聖国があった場所は、一切何もない荒れ地だったと……」
「はい。以前の石の壁の残骸と思われるもの以外、一切何も無かったそうです。草も生えない荒れ地だったようで……」
「ならば、神聖国はもう大陸には無いんだな……どこかへ行ったのか……とすればエデン人を攫っているのはスローンだろう。神聖国が無いと言うことは……当然旧セルフィンも一緒だろう……どこへ行ったかは分らんが……そもそも東からスローンが攻め入ったはずであるし、北には逃げる場所も無いと聞く。無論、東に行くとも思えんからな……おそらく、神の国に行ったのであろうな……」
「かも知れませんね。神の国を標榜している国だったのですから、神の国へ招かれても不思議ではありませんし」
「そうだろう。北部から南部に侵攻しているのはスローンで確定だな。そもそも神聖国へ戦争をしかけようとしていたのだ、今、生き残っている者で戦争をしようなどと思うのは、スローンくらいだろう」
「はい。それで、助けを求めてきたエデン人はどうしましょう?」
「どうもこうも、そもそも混血とは一緒に暮らせないのであろう?」
「はい。ですが、混血どころかアルビノ人に攫われて北部へ連れて行かれるよりは、こちらの方がマシなのでしょう」
「全く、エデン人と言うやつらは、どうしようもないな。いつもいつも自分たちでは動かず、誰かに何かをしてもらおうとする」
「本当にそうですね」
「そのエデン人達も、今までと同じだ。適当な食い物をその場で食べさせ、女神様へお祈りをするようなら受け入れる。そうで無ければ、追い返せ」
「かしこまりました」
***
「今年は、より一層、作物が収穫できているな」
「そうですね、男爵」
「これも女神様のお慈悲であろうな」
「私もそう思います」
「今は余裕もあるのか?」
「はい。食糧の余裕は多少ありますが、なにせ資源がありませんので、新たな武器や道具などは作れません」
「数多くあった空き家の残り物はどうだ?」
「はい。殆ど残っておりません。石材はそれなりに残っていますが、木材は少なくなったと思います」
「そうか。もう使えんな。昔に救い主様にお慈悲を頂いた桐の森はどうだ?」
「はい。着実に成長はしておりますが、まだ木材にするには心もとないと思います。後2年程度は必要なのでは無いかと民が申しておりますが」
「はあ、仕方が無いか。せめて武器でも作れれば良かったが」
「はい。ですが、無いものは……」
「そうだな。エデン人は、そう怖がる物でも無いが……スローン人と思しきやつらも居ると言うのだな?」
「はい。アルビノ人を見たと報告が」
「そうか。スローンだとすると……まあ、もうスローンだろうが、そうするとシンエデンの南部に侵攻するであろう。一番近いのだからな。そして少しずつ西へ西へと来て……とうとう混血国までたどり着いたのか」
「でしょうね」
「どうしたものか……して、攫われたエデン人はどうなるのだ?」
「よく分からないそうですが、二度と帰っては来ないそうです。スローン人から聞いた話として語る所によると、向こうで死んでしまっているエデン人が多いようです」
「そうか……それなら……死ぬよりはマシと思って、こっちに来るのだな」
「はい。ですが、その数も多くはありません。一体、どのくらいのエデン人が居なくなったのか」
「まあ、分からないな。そもそも、あの大洪水から、どのくらいのエデン人が生き残ったのかすら、分からないのだからな」
「そうですね」
「いずれにせよ、スローン人が目撃されているとなると、戦争は避けられんだろう」
「はい」
「東の国境を高くしよう。土を掘る道具はどうなっている?」
「はい。畑を増やすのに使っておりますが」
「食糧の生産は落ち着いたのだな?」
「はい。備蓄も行っております」
「では、道具類を国境へ。そして土をさらに盛ろう」
「わかりました」
***
「とうとう来たか……」
「はい……」
「敵は、どの程度の人数なのか?」
「それ程ではありません。数百人も居ないでしょう。そのうち、スローン人は数十人程度かと思います」
「そうか。なら、こちらは千人だな。集められるか?」
「女子供を抜かして、年寄りを動員しても千人には届きません」
「だろうな……そもそも2000人程度の人口なのだからな……だが、ここで屈しては意味がない。女神様のお慈悲で生かされているのだ。戦うしか無いだろう」
「そうですね」
「取り敢えず、向こうは何と言って来ているのだ?」
「はい。スローンへ下れと」
「下って、その後はどうするのだ?」
「人を差し出せと」
「エデン人の奴隷だけでは飽き足らないのか……なんと強欲な。いくら奴隷を増やしても、何がどうなる訳でもあるまいに」
「そうですね。正直、戦争に人手を割くくらいなら、その分を農作業に回した方が、ずっと豊かになりますから」
「バカなのだろうな、スローン大公は」
「でしょうね。元々評判は最悪でした。神聖国があった時も、色々と暗躍していましたし」
「そうだな。エデンの王国が無くなった今、なおさらその愚かさが際立つな」
「はい。バカなエデン王族が軒並み消え失せましたからね」
「取り合えず、のらりくらりとかわせ。その間に、できるだけ武器を作ろう」
「わかりました」
「それと、国民全員で女神様に祈る。そして、救い主様にも祈りを捧げ、悔い改め、慈悲を願おう」
「……虫が良すぎやしませんか?」
「もっともだが、もう方法が無い。祈りを捧げて慈悲を希う以外に、出来る事が少ない」
「そうですね……わかりました」
***
――こうして、一部を除き、アタシーノ星中で女神に祈りが捧げられるようになった
――そして、救い主にも。
――エデン大陸の生き残りは、幾日も幾日も、一心不乱に祈り続けた
――その結果、星の星神力は過去最高潮に増す事になる
***
「ハッ! あら、あたし、お姉様の星に来て……ああ、力尽きてすぐに寝てしまったんだわ。はあ、それにしてもノアの洪水は疲れたわ……もう二度と御免よ」
「あら、お目覚めかしら? 今回は直ぐに起きたのね。いきなりやって来て、倒れこむように寝てしまうのですもの、とてもびっくりしたのよ」
「ああ、ごめんなさい、お姉様」
「それで、洪水はうまくできたのかしら?」
「ええ、バッチリよ!」
「そう、それは良かったわ。きちんと人間を残したのでしょう」
「それは当たり前よ! あたしの民は全員残したし、他のゴミも一部は残ったはずよ」
「はずって、あなた……」
「大丈夫よ! 仮に残らなくても、あたしの民がたくさんいるもの。それに、こんなに早く目が覚めて……うわ、あたしに転送される星神力が、ものすごい事になっているわ!」
「あら、さすがに洪水を経ると信仰が高まるわね。あなたに転送されてくる力と言う事は……星の維持に必要な力以上に星神力が産み出されているわね」
「ええ、そうよ。前はいつもギリギリだったけど、今は目が覚めるくらいにたっぷり転送されているわ! それに、ノアの洪水を起こした時でも既に、創星の時に使った無次元の力は返したもの」
「まあ! それはすごいじゃないの! こんなに早く力を返すだなんて! わたしの星でも、何千年もかかったのに、すごいわ!」
「えへへ……お姉様からもらった救い主がね、とってもとっても良い働きをしてくれてるみたい。あたしの星の特級天使も、その救い主がお気に入りでね、何くれとなく世話をしている感じだったわ」
「そう、それなら安心ね。わたしも適当に選んだ甲斐があったわ」
「ええ、本当にありがとう、お姉様! さて、力にも余裕があるし、お姉様の星にいる間に何か送っておこうかしら」
「あらあら、少しは大人になったのね、誰に何を言われなくても、自分の星の事を心配するなんて」
「ええ。星を造って運営していくのって、本当に大変なのね。こんな事を何千年もしているお姉様を、尊敬するわ!」
「ふふふ、過ぎてしまえば、あっという間だったわねえ。わたしの星も、そろそろ最終仕上げに差し掛かるかも知れないけれど」
「ええ?そうなの? 確か……なんだったっけ……うーんと……」
「あらあら、ちゃんと覚えていないとダメよ。所属している太陽系を人間が超えた時点で、一区切りね。それか信仰率が100%になるか、どちらかよ」
「ああ、そうだった! でも、それはそれで大変なんじゃない? 信仰率が100%だなんて、強制でもしない限りは無理だし、それに、あたしには想像もつかないわよ、無次元の力も使わずに星を出るなんて」
「ええ、本当にそうね。わたしの地球では信仰率を達成するのは、もう無理でしょうし……でも、宇宙へ出る事が出来るように、少しずつ文明を発展させて行っているのよ。無次元の力は使えないけれど、他の技術を使えるようにすれば、人間達は技術を使って、星の外へ出ようとするもの」
「不思議よね~ 別に星にこもって美味しいものだけ食べていればいいのに」
「仕方が無いのよ、そういうプログラムなんですもの」
「そうだけど~ でも面倒くさいじゃないの~ それなりの人に、それなりの神託を注意深く与えて行って、技術を発展させて行くんだっけ……? あー、考えただけでも面倒くさい!」
「ええ、そうだけれど……時々は勢い余って、世界で同時に同じような発明が起こってみたりしてね……誰か一人に技術革新を起こさせるのはね、結構大変なのよ。あちこちで同じ技術革新を起こしてしまったら、争いの種の餌食になってしまうもの。争わないように競争させるのは、大変なのよね……」
「そんな面倒な事、あたしはイヤ! 別に星が発展しなくてもいいもん。美味しいものを永遠に捧げてくれればいいわ!」
「あなたねえ、区切りが付いたら天使も救い主も開放してあげないとダメよ。いつまでも抱え込めないのですからね」
「あ、そうだった……」
「そうだった、ってあなた、救い主は最近だから良いとしても、天使たちはまだ一度も開放していないのかしら?」
「えっと……えっと……長い休みがあったような……でも、ちゃんと開放は……してないかも」
「本当にもう、しようがない子ね。ちゃんと天使も、そして救い主も区切りが付いたら開放するのよ? いいわね? そうでなければ、大宇宙中央管理センターから監査員が乗り込んできて、とても大変な事になるわよ」
「ええ! そうだったっけ? とても大変ってなによ?」
「知らないわよ。でも、そう言われているのだもの、逆らう必要も無いでしょう?」
「……お姉様は、天使とか開放しているの?」
「勿論よ。少し前は、この地球中で大活躍してもらっていたけれど、今は誰も居ないわね。後で救い主が再降臨する予定だから、その時にでもまた天使の派遣を依頼するわ」
「そうなんだ……面倒くさい……」
「あなたの星の救い主は、再降臨させるのかしら」
「そんな事は考えてないの……そもそも死なないようにしてあるし」
「それはダメよ! きちんと使命を全うさせなさい。今からでも遅くは無いわ。まだ行ったばかりでしょう? ほんの一瞬しか時が過ぎては居ないのだから」
「わ、わかったわ……取り敢えず、お姉様の星にいる間に何かを送って、それから一度、あたしの星に戻るわ……色々設定し直して、そうしたらまた来るわね!」
「あらあら、大人になったのかと思ったけれど、相変わらずいつまでも子供ね……とにかく、きちんと始末を付けてから、またいらっしゃいな」
「はーい!」
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