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3-38 エデン南島2

あれから……あの大洪水から1年が過ぎたか……


この1年は、休む暇も無かったな……


新たな国境に土を盛り、それを乗り越えねば混血国に入れぬようにしてから、東から来るエデンの民は激減したしな、混血国に残っていたエデン人も、多くは女神様を信仰してはおったが、一部のそうで無い者どもは東へ追い払った。


今、この国に残っているのは、全員、女神様に祈りを捧げている者たちだ。


畑の作物も、神聖国のようには到底いかないが、年に2回くらいは穀物も収穫できる。その他の野菜などは年に3回や、葉物野菜などはそれ以上収穫ができる。


あの世界の大変化から、日中でも雨が降るようになったからな、湖も枯れる事も無く、農業用水にも充分使える。それに、昔に比べたら暖かくなった。以前は夜になると少し肌寒かったが、今は寒い事は無くなった。そして、暑い事もないからな、却って過ごしやすい。


混血国は、結局2000人くらいで落ち着いたな。


これなら、今のように畑を耕し、種をまいて収穫し、保存もしながら生きていける。もちろん、余裕などは無いが、腹を減らして動けなくなるような者は居ない。これだけでも、大変な祝福だ。


食べ物があると言うことは、なんとありがたい事か……


毎日、国中で感謝の祈りを捧げながら、女神様の恵みを食べておる。


夜空に浮かぶ、光……毎日のように少しずつ形を変えながら、ずっと光っておるな。あれは女神様の慈悲だと言う者が多いが、そうかも知れん。幾日かすると、以前のように真っ暗闇の日が出てくるが、その暗闇の日は、愚かだった昔を忘れないために、女神様が戒めをわれらに与えているのだと思う。


だから、暗闇の日にはランプも消し、女神様に祈る日と定めた。


決して、決して過去を忘れてはならぬ……


そして、海だ。


王都があった辺りは、海の底とは言え、海の高さが変化していくからな、一番海が浅い時間には、ギリギリ海の中を行けるのでは無いかと思う。


だが、向こう側は見えん。一体どうなっているのかも、わからん。


エデンの王都が海に沈み、南側の大陸は残った。南側は王都よりは丘になっていたからな、その高さがある分、海に沈まなかったのだろう。そう考えれば、神聖国などの北部地帯も、海には沈んでいないはずだ。南村までしか行った事はないが、北部はそれよりも高くなっていくと聞いていたからな、神聖国は無傷で残っているはずだ。


だから、海が一番浅い時間帯に、海の中を歩いて向こうに行こうかと、幾度も幾度も考えてはみたが……そもそも、どの面下げて神聖国へ行けると言うのか。


いくら人質を取られ、エデンの王国から強制的に命令されたとはいえ、神聖国に刃を向け、救い主様を差し出すように伝えたのは、わしらだぞ……こうやって、生きていけているだけでも過分なお慈悲であるのに……


だから、余計な事は考えるのを止めた。


とにかく、日々をつつがなく暮らしていく、日々の恵みに感謝し、働き、大切に食物を頂き、争わず、国民が協力して生きていく、それだけで幸せと言うものだろう。


混血国の民も、多くがそう思っているらしく、女神様への祈りが絶えることは無いと聞く。


ああ、もっと早くに気づくべきであったな……




***




「報告は、以上です」


「そうか、ご苦労だったな。この1年も、何とか無事に生きていく事が出来た。これもひとえに、女神様のお慈悲の賜物だな」


「はい。それと救い主様ですね。救い主様が前もって作物などを恵んでくださらなければ、今頃は全員死んでいたでしょうし」


「そうだな。今では米も充分だ。田んぼは難しかったはずだがな、頻繁に湖の水を撒いて、水を絶やさないようにしたおかげか、安定的に収穫できるようになったな」


「はい。麦は畑を変えながら栽培する必要があるから、できれば米がいいと、以前に言われていましたからね、そのためには水が充分無ければダメだとも伝えられておりましたし」


「そうだな。あの時は訳がわからんままだったが、いざ、自分たちだけでやってみると、救い主様のおっしゃる事は、全て正しかった。それに米は、粉にせずとも食事にできる。小麦は、頑張って粉にしても平らにして焼くしか無いがな、マッツァナン、だったか、いや、マッツァでは無いから、ナン、だな」


「はい。もはやエデンの果実は手に入りませんが、酵母を砂糖で増やす方法は普及しておりましたから、各家庭で作り続けています。パンは手間暇がかかりますし、オーブンもありませんからね、作れません」


「そうか。米の藁で袋を作るのも、今では問題が無くなったのだったな」


「はい。神聖国では魔法を使っていたようでしたが、米の藁でリネン布のように織り込み、藁布を作って藁の縄で縛るようにすれば作れます。藁は燃やすこともできますし、玄米を精白するのは大変ですが、それ以外は米の方が、麦よりは役に立ちますね。麦の藁はとても硬いので、布にすることもできませんし」


「そうか。玄米は、大きな木材で叩くのであったかな、擦りつけるのであったか」


「はい、上から木材を落として叩くようにすると、米の糠がだんだんと取れてくるようです。これも、神聖国では魔法を使っていたようですが、南部では魔法が殆ど使えないと言うことで、救い主様から魔法を使わない精白方法が伝授されておりましたので。ですが、魔法で精白したような、真っ白な米にはなりませんが」


「そうだな。神聖国から入って来ていた米のご飯は、輝くような白であったな。まるで、アルビノ人の肌のように、白い飯であった」


「そう考えると、あれも女神様の祝福だったんでしょうね、なにせ、米まで白いんですから」


「かも知れんな。それで、エデンの民と混血民との混血政策はどうだ?」


「はい。強制はしないようにしておりますが、そもそも魔力器官を持つ子を産むためには、混血との間に子を儲ける必要があると知れ渡りましたので、特に政策を推進しなくても、エデンの女は皆、こぞって混血に娶ってもらおうと必死ですので、このまま行けば、将来は混血民のみの国になると思います」


「そうか、本当にエデンの民が消えうせるのだな」


「はい。ですが、エデンの民自体も、女神様の祝福を、せめて子孫にはと考えているようです。日々の暮らしには不自由はありませんが、やはり女神様に滅ぼされた国の末裔であることは、重荷になっているようです。妻を娶れなくなったエデン人の男は、東へ去って行く者も多いようですし」


「しかたあるまい。別に身分制度を取っている訳でも無いのだからな、昔のエデンのように差別などをしているのではあるまい?」


「もちろんです。エデン人も混血民も、一切の区別はしておりません。女神信仰があるか無いかで、区別するだけです、信仰の無い者は、今ではこの国から居なくなりましたが」


「それなら良いな。して、東のエデン人はどうだ?」


「はい。ここの所は動きがありません。見かける事すら、減っているとの報告です」


「そうか。さらに東側に向かったのやも知れんな。一番東はスローンの南側であるしな、もしかしたら、大洪水前にスローンから作物の種くらいは行き渡っていたのかも知れんしな」


「そうですね、そうかも知れません」


「まあ、確認をする気も無いしな、ここでは確認の仕様も無い。混血国が問題無いのなら、そのままにしておくのが良いであろう」


「はい。もし、助けを求めにエデン人が来た場合は」


「以前の様にしろ。だが、今では混血国も多少の食糧の余裕があるな? 種くらいは渡しても良いかも知れん」


「わかりました。では、もし、女神信仰をしていると申告して来た場合はいかがしましょうか」


「うむ。その場合はな、何か食い物を渡して、その場で食させよ。まあ、貴重だが、ごく少量の砂糖でも良い。それを、女神様の慈悲であると言って舐めさせろ。その際に、女神様へ祈りを捧げてから食すようなら受け入れろ。祈りもせずに食すなら、そのまま追い払え」


「それは良い方法ですね。女神信仰をしているなら、当然、『いただきまーす』とお祈りしてから食べますからね」


「そうだ。追い返す場合は、理由を明かすな。祈らなかったからだ、などと知れ渡っては選別ができなくなるからな」


「わかりました。それにしても男爵は、良く色々な事を考えつきますね」


「もう男爵では無いと言うに……それは、救い主様が民を選別なさる際、魔法が使えるかどうかで判断をなされたと言う話を聞いていたからな、今じゃ魔法は使えんから魔法の代わりに祈りで判断するのはどうかと思っただけだ」


「なるほど」


「それにな、いくら小知恵が回っても、肝心な時に正しい判断ができなかったのだ。意味もあるまいよ」


「そうですね……あの時の話をしても始まりませんが……ですが、男爵がこの国を治めていなければ、もっと多くの民が死に失せていたでしょう。そう考えると、男爵をここに残したのは、女神様の采配なのかも知れませんね」


「いや、わしの愚かな選択の結果だ。ま、今さらだ」


「ですが、もはやこの国に男爵は無くてはならぬお方。この混血国の王となられはしないのですか?」


「そのような資格も無ければ、なるつもりもない。この国は、女神様に祈りを捧げ、食物をお供えしてお慈悲を賜っておる。それを続けていくだけだ。わしの後の事は……わからんが、子らには間違いを二度と起こさないように、よくよく言い聞かせねばならんな」


「神聖国のように紙に書いて残せればいいのですが」


「それは無理な話だ。紙は木材が必要と言っていたしな、それに魔法が無ければ紙は作れん。簡単には作れんから、貨幣の代わりに紙幣を使っていたのだからな」


「そうでしたね……残り少なくなっていた紙幣も、ほとんどは海の底ですもんね。混血民も多少は持っていますが、今では宝物のようになっています」


「そうだな……もはや何も買えんが、今よりも豊かだった時代を思い出すものだしな、言い伝えと共に、子らに引き継いで行くのも良いのではないか」


「ですね。紙幣自体が、奇跡の塊ですもんね。何をどうしても作れませんし、今より減ることはあっても、増えることもありませんしね、まだ2年しか経っていませんが、思い起こすと夢物語では無かったかと感じるくらいですから」


「正しくそうだな。……あれからもう2年。他の国がどうなったかは知らんが、混血国は来年も何とかなるだろう。問題らしい問題も無く、安定してきているからな。子供も少しは増えたのだしな、これからも生まれてくるであろう。豊かな時に比べれば、今の暮らしは心もとないが、それよりも以前の数百年の事を思えば、今でも充分に恵まれておる」


「そうですね、本当にそうだと思います。なにせ、マッツァとわずかな干果実、それに牛乳程度と、ごくごくたまの肉くらいしか食べるものがありませんでしたからね」


「そうだ。今で充分なのだ。より一層の感謝と祈りと捧げものをするように、今一度民に伝えよ」


「わかりました」




***




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