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3-37 エデン南島1

――ノアの大洪水後、南北に分かれたエデン大陸


――その南島には、混血民が1000人程と、エデンの民の生き残りが数千人……


――それぞれ、必死に生きていた




***




「男爵様! また東からエデンの民が押し寄せて来ています!」


「もうどうしようもない。そもそも混血民でさえ、生きていくのが精いっぱいだ。木材も救い主様のお慈悲の桐の森があるだけだぞ。日々の暮らしの調理には作物の茎を使えば良いが、家すらも満足に建てられん上に、金属も無い土地なのだぞ! 武器も作れん!」


「では、どうしましょうか」


「方針は変わらん。女神様に祈りを捧げる者だけ、受け入れる。そうで無い者は、わずかな種を与えて追い返せ!」


「わかりました」




***




「ふう、こう毎日毎日、エデンの民が押し寄せて来るとは。神聖国の南村では使えていた魔法も、ほとんど使えなくなったと言うのにな……魔法で畑を広げる事もできん。以前からの畑に……何とか人の手で少しずつ、畑を広げて種を植え、ギリギリ飢えを凌ぐので精一杯だ」


「魔法とは、本当に女神様の祝福だったのでしょうね」


「そうだな。特に深くも考えずに、女神様に毎日祈って、魔法の練習をしていただけだったがな。しかし、魔法は女神様の祝福だと何度も何度も言われていたんだった……もはや、このエデンの大陸には、女神様の祝福が無いのかも知れんな」


「そ、そんな……」


「そもそも、昔の言い伝えの通りに、エデンの王国が女神様に選ばれた民だとすれば、滅びるはずがない。色の白いアルビノ人は、神の祝福が剥がされた、などと尤もらしく言い伝わっておったがな、魔法ひとつ取ってみても、女神様の祝福がどちらにあったのか、考えるまでも無い事だ」


「そうですね……エデンの王国は、尽きる事のないマッツァと果物があるだけでしたからね……神聖国のように、色々な作物が溢れていた訳では無かったですし」


「そうだ。それにだ、エデンのマッツァが神の祝福だったのなら、それはもはや海の底なのだ。それから考えても、神の祝福はエデンには無いのだぞ。片や魔法で豊かな国、片や唯一の恵みが海に沈み、消え失せた国。どちらが女神様の祝福を受けているか、赤子でも分かろうに」


「そう考えると、アルビノ人の血を受け継いでいる私達は、本当に祝福を受けていたのですね」


「だろう。そして、その女神様の御神託に背いたのだ。祝福である魔法が使えなくなったとしても、何もおかしくは無い。だが、本来ならそこで、エデンの王国民と同じように、死に絶えるはずだったのを、救い主様のお慈悲で今がある。畑も、牛も、多少の燃料も、作物も、木材も……そしてリネンや綿、何とか布地を織って、ギリギリ服を纏えるのだ。針などもあるしな、糸は手で紡ぐこともできるから、昔の作務衣くらいなら、少ないながらも生産が可能だな。シャツやズボンなどは……無理だな。そこに人員を割ける余裕が無い」


「そうですね、まずは食料の生産が第一ですから……せめて、エデンの王国民が居なければ、もう少し何とかなるんでしょうけど」


「そうだな……でも、考えてみればな……女神様の祝福を受けていたのがアルビノ人、そしてエデンの王国の祝福は、昔はあったのかも知れんが今は無くなった。なぜ、女神様はエデンの王国民を多数、御許に召されたのか……どのくらい生き残っているのかは分からんが、少なくとも三国合わせて十万以上の王国民が死んだだろう。 もしかすると、エデンの王国民は全員死んでしかるべきだったのやも知れん。お慈悲でギリギリ南へ行き、残ったものがいるだけで、本来は全員死んでいるべきだった、そうは考えられんか?」


「はい……確かに、言われてみれば、その可能性もある気がします。そうなると、私達混血民は、どういう位置づけなのでしょうか」


「うーむ……魔法はほとんど使えんが、全く使えなくなった訳ではない。一日に一回か二回くらいはフランベ魔法を使える。それだけでも、女神様の祝福が剥がされて無くなったとは言えん。そうではないか?」


「はい、魔法が祝福そのものだとすると、ほんの少しでも魔法が使える時点で、まだ女神様の祝福が混血民にあるのは明確な事実だと思います」


「となると、だ。やはり女神様に祈らないものは、生きていく資格が無いと考えても良いのでは無いか。生きているだけでも、過分なお慈悲、その上、混血民に食べ物を集って生きていくなど、女神様の御意思に反する事であろうよ」


「そうかも知れません……では、今まで通り、女神様に祈るのなら受け入れ、祈らないのなら追い返す。種を与えるのはどうしましょうか」


「種は与えなくても良いのでは無いか。もしくは、以前に種を与えた者たちから、分けてもらうように交渉しろ、と言っても良い。混血民から種を分け与えられた者たちなのだ、自分たちが栽培して、種を増やし、そしてそれを同族に与えるのは、むしろ義務であろうよ。そもそも人から恵んでもらったものなのだ、それをさらに、他の人に与えるのは、女神様の御意思に叶うであろう? それをしないのならば、そもそも生きていく価値も無い。なにせ、女神様の御意思に背いておるのだからな」


「そうですね、わかりました。では、これからは種も与えずに、追い返す。そして、力ずくで押し入って来た場合はどうしましょうか」


「そもそもやつらはエデンの王国民だ。やつらと戦うなら、こっちは負けぬだろう。多くは南部に住んでいた男爵家の係累だろうがな、ろくに働いていなかったのは変わりあるまい。体も成っておらん者たちに負けることはあるまいよ。やつらはそもそも、歩いて来ておるのだ。南部の者なら牛を飼っておるのだから、せめて牛を連れてくるであろうよ。それも無しとなると、働く気の無いもの達だろうな。中央エデンでも、シンエデンでも、作物の種は売られて居ったからな。スローン人が勝手に売りさばいていたであろう? その種は、まあ穀物だが、穀物はすなわち種だぞ。その種を栽培して居ったはずだな、南部の東側でも」


「……スローン人だけでは無く、混血の南部貴族も、色々と横流しして勝手に売っていましたね……そいつらは死に絶えたようですが……そう言えば、それで王国が揉めたりしていましたが、その後、神聖国から買わなくても栽培すれば手に入る、という風潮がありましたね。王都では栽培する訳がありませんし、栽培するとしたら南部でしょうからね、考えてみれば、南部の王国民は、作物が多少は手に入ってもおかしくありませんでした」


「本当だな。洪水やら何やらで、今までこうやって落ち着いて考える事もせんかったからな……やはり、どう考えても、混血民が南部のエデンの民を養っていく義務も理由も無い。混血民は混血民でまとまり、まずは生きて行く事だ。そして、食い詰めたエデンの民が来たら、追い返す。力ずくで来たら、殺しても構わん。そもそも、死んでいて当然の民なのだからな」


「そうですね……わかりました」


「それと、皆がなるべく固まって住んだ方が良いだろう。新たに家は建てられんが……畑仕事以外の者は、なるべく家を移築するように手配を頼む。湖、畑と森は移動できんからな、その範囲を囲って守るしかあるまい。幸い、畑などは湖の周りにあるしな、飲み水にも困らんだろう。……死んだ者の家が、あちこちにあるな?」


「はい。ちょうど畑と森は湖近くの王都寄りに作っていましたし、それより南や東寄りには多くの無人地帯があります」


「では、その家を解体し、木材は新たな村の中心となる地へ運ぶ。石材は……神聖国が塀を作って閉じこもったように、石の塀が作れれば良いが……とても石材も足りんし、何より時間も労働力も足りん。新たな村……混血村の少し東に新たな国境を設定し、そこに石の代わりに土を盛ったらどうか」


「土を盛る……土を掘る道具も必要になりますが……」


「一度、空き家を確認せねばな。どのくらい空き家があるのやら」


「はい、二千や三千はあるかと思います」


「それだけあれば、木材も取れるだろうし、石材も少しはあるな。混血村で固まって住むために使う建築材以外は、東の国境整備に回せ。そして空き家の道具類も集め、土を掘る道具は新たな国境へ運び、土で壁を作れ」


「わかりました」




***




「なに? 生き残ったエデンの民は、いくら祈っても魔法が使えるようにならないだと?」


「はい、男爵様」


「うーむ……そう言えば神聖国の南村で魔法の練習をしていた時、何て言っていたか……混血民なら魔力器官があるから……などと言われておったのでは無かったか」


「はい……思い返してみれば……確かにそうでした」


「と言うことは……魔法が使えるかそうでないかは、女神様に祈るだけでは無くて、混血かどうかが決定的な要素なのでは無いか」


「そう……なるかも知れません」


「やはり、血で祝福が決まるのだろうな。混血とエデン人の間の子は、全員、混血民と同じ見た目になるからな……今、混血村にいるエデン人は、女神様に祈りを捧げておるか?」


「……いいえ、全員ではありません」


「そうか。ではこの先、女神様に祈りを捧げない者は、東へ追い払うようにせねばなるまい。その際には、多少の種や食物を持たせ、この混血国から立ち退くように通達せよ」


「わかりました。抵抗した場合はどうしましょうか」


「……従わなければ、殺せ。そもそも、女神様を信仰しないものは死ぬのが道義だ。まあ、殺すまでは行くまいよ。東からのエデン人も、追い払ったら居なくなるのだったな?」


「はい。特に武力を行使したりはしておりません。ここは混血の国であると言えば、そのような国では暮らせないと言って、立ち去りますので」


「そうか。無用に殺さずとも良いのは助かるな。特に生きている価値もない者どもとは言え、殺してしまうのは良い気分では無いからな」


「はい。ですが……私たちも生きている価値はあるのでしょうか」


「……エデンの民と、そう変わらぬかも知れんな。だが、生きておるのは事実。そして、ギリギリではあるが、この先も暮らしていく術が与えられておる。エデンの民にも、それなりに与えられておったやも知れぬが、今はエデンの国そのものが無くなったのだ。そもそも、働きもせずに生きておったのが、今考えるとおかしな話よ」


「そうですね……混血民も働いてはおりましたが、神聖国のアルビノ人に比べたら……あれ程は働いていませんでしたし」


「そうだな。神聖国では、民が休む間もなく働いておったな。あれだけ働いている民なのだ、女神様も祝福なさりたくもなるだろう。それに引きかえ、エデンの民は……」


「女神様が処分なさっても、ある意味では当然ですね」


「そうだ。だが、この混血国に今いるエデンの民の生き残りも同じだぞ。女神様を信仰し、混血民と同じ程度か、それ以上に働かない者は混血国の国民としては認めん。そもそも混血でも無いしな」


「わかりました。強制する訳ではありませんしね、選ばせるんですから」


「そうだ。神聖国では、強制はするな、と言われておったからな、それは女神様の教えに違いない」


「だと思います。そう考えれば、最後のご神託も各々が選ぶものでしたね」


「そうだ! 自分の行動を選んだ結果、ただ生き残った者、生きていく術が与えられて生き残った者に分かれたのだ!」


「そうです! その通りだと思います!」


「女神様に感謝と祈りを捧げ、少なくとも混血国の民が飢えずに済むようにしなければならん!」


「はい!」




***




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