3-36 貴族会
「お集まりの皆様、新年おめでとうございます。昨日は建国祭にて、各自、女神様に祈りを捧げ、雑煮を始め様々な料理をお供えくださったものと思います。こうして無事に、カナン4年を迎えられました事、誠に喜ばしい事でございます。では、初代ケルビーン王より、お言葉を賜りたいと存じます」
「えー、こうしてカナン王国の成人貴族が一同に集まり、新年を迎えられた事、ひとえに女神様と救い主様、そして聖母様の祝福の賜物であると思います。これを機に、本日をもって、この神聖カナン王国の国教を、正式に女神教と定めます。異議のある物は、申し出るように」
「異議など、あろうはずもございません。当然の事と存じ奉ります」
「セルフィン公爵夫人、ありがとうございました。他に異議や意見など、ある者は申し出るように」
「恐れながらセバス侯爵、国教を正式に女神教と定めるとの事でゴザルが、今までと何か違いがあるのでゴザルか?」
「はい、スタイン侯爵。今までと特に違いはございませんが、女神様及び、救い主様を信仰しない者は、神聖カナン王国の国民とは認められなくなります」
「では、特に今までと何も変わりは無いのでゴザルな。それは当然の事ゆえ」
「左様でございます。全ての国民は、女神様そして救い主様の大いなる御業、尽きる事の無いお慈悲によって生かされております」
「アドレ伯爵令嬢のおっしゃる通りにございます。女神教で無いものが、この神聖カナン王国に存在する事など、許される事ではございません」
「はい、スタイン侯爵、アドレ伯爵令嬢、そしてセルフィン公爵夫人、ご意見ありがとうございました。他に意見のある者は?」
「もし、女神教……と言うか、女神様や救い主様に祈りたくないと言う者がいた場合は、どうなるんですか~?」
「はい、シモン王太子殿下。その場合は、ある程度の荷物を持たせた上で、眷属様により大陸へ送還となります」
「そうなんだ~ ま、それはそうだよね~ 恵みだけ受け取って感謝の祈りもしないんじゃあねえ」
「シモン王太子殿下。お言葉にお気をつけ遊ばせ!」
「はーい、伯母上」
「他に意見のある者は?」
「はい、セバス侯爵。救い主様や聖母様は、この貴族会へはお越し頂け無いのでしょうか。私達下々の下級貴族は、中々お目通りが叶いません」
「そのような恐れ多い事を申すものではございません! 救い主様は、王族であって王族の範疇を超えた、この神聖カナン王国で最も尊きお方。やんごとなき至高の存在であらせられます。その様なお方に、このような現世の集まりに行幸を願うなど、以ての外にございます!」
「し、失礼致しました、セルフィン公爵夫人」
「はい、救い主様並びに聖母様は、この先も、この様な俗世の集まりにはお越しになりません。また、王国内で恐れ多くも拝謁を賜る機会に恵まれた場合でも、決して膝まづいて祈りを捧げたりはしないように。良いですね? これは民にも遍く厳命してください。子爵方と男爵方、わかりましたね?」
「はい、かしこまりました、セバス宰相」「はい、かしこまりました」「ザワザワ」
「では、特にご意見も無い様ですので、今日、本日より神聖カナン王国の国教は、女神教と定めます」
パチパチパチパチ ザワザワザワザワ
「では、上級貴族から順に、初代ケルビーン王の御前へ進み、謁見の栄誉を。セルフィン公爵家、ご一同、どうぞ」
「本日、この目出度き良き日に、ケルビーン王並びに王族の御方々に拝謁を賜り、恐悦至極に存じ奉ります。わたくし共セルフィン公爵家一同、神聖カナン王国の発展のため、女神様のお慈悲に報いるため、そして救い主様の偉大なる御世の実現、そして維持発展のため、身を粉にして鋭意努力致します所存、本年もどうぞ、宜しゅうお願い申し上げます」
「はい、セルフィン公爵夫人。よろしく」
「では、セバス侯爵家一同、どうぞ」
「恐れながら、父侯爵に成り代わり、私、次期セバス侯爵であるシェイマスが、一族一同と共に、ケルビーン王にご挨拶を申し上げます。また………………」
***
「では、上級貴族の皆様は、中広間にて軽食のご用意がございますので、そちらへお移りください。下級貴族の方々は、引き出物がございますので、そちらをお持ちになり、各家で女神様及び救い主様のお慈悲に思いを馳せて頂きます様、お願いいたします。本日は、お疲れ様でした」
***
「ミハイル、引き出物とは何だったのかしら?」
「はい、姉上。何でも、紅白餅という非常にお目出度い餅だそうですよ。救い主様が御指示をくださいました」
「それは! 大変な祝福ではございませんの! さぞかし下級貴族も喜びに打ち震えたに決まっております!」
「はい、セルフィン公爵夫人。救い主様のお慈悲ですので、皆、有難く押し頂きながら帰路についた様です」
「そうなの? でもそれは当然ね、セバス」
「メアリ様! 本日の……この素晴らしいスイーツの数々は……どのようなご経緯の物でございますの?」
「キャンティ、さすがは次期王国貴族を取りまとめるご令嬢ね、目の付け所がいいわ!」
「恐縮にございます」
「これはね、アフタヌーンティーセットと言うのだそうよ。恐れ多くも救い主様が、高貴なる者に相応しいスイーツとして、マリアに下知を下さったそうなの。それをジョーンが色々手配して、このように素晴らしい仕立てになったの」
「まあ! それは身に余る光栄でございますね、メアリ様」
「ええ、本当ね、キャンティ。それに、このケーキスタンドと言うものが、とても素晴らしいわ。お皿が三段になっているなど、実際に目に致すまで想像もできませんでした。神の国のものらしいですけれど、スイーツばかりでは無くて、美しくエレガントなサンドイッチもございますでしょう?」
「ほんとうです! サンドイッチに焼き菓子、生クリームを使ったスイーツ、フルーツのお菓子! まるで夢のようなスタンドです! ここにダンゴが無いのが残念です」
「ええ、本当にそうね、ジョーン。ですけれど、おダンゴは……このケーキスタンドに加えるのは、どうかと思いますわね。それと、食物以外でも救い主様の御業の数々がございますでしょう? お琴に音楽、この様な絹のドレスに、染め物の柄、友禅、でしたかしら、この布地も素晴らしいものね」
「はい! これはマリア様も絶賛でした!」
「でしょうね。それに、何と言っても、このティアラ! このような女神様の御威光を宿した神具を与えられるなど、大変な栄誉! この栄誉に恥じないように、貴族は心せねばなりません!」
「そうですね! メアリ様! それに、ステンドグラスも美しいです! 教会にもありますけど、離宮にもたくさん設置されていて、とても神々しいですよ!」
「そうだったのですね、ジョーン様。わたくしも、しばらく救い主様にお目通りする栄誉を頂ける機会がございませんので、少々残念でございます」
「気にする事は無いのよ、キャンティ。わたくしだって、救い主様の御世のお邪魔をしては大変ですもの、離宮には参上致さないように気をつけておりますの」
「左様でいらっしゃいましたか、メアリ様。救い主様の伯母上であらせられるメアリ様でさえ、そのようにお心を砕いておいででしたら、わたくしなど、残念に思う事すら、おこがましゅうございました。大変な失礼を致しました」
「気にする事はないですよ、キャンティ嬢。ミチイル様は決して、人を遠ざけている訳ではありませんからね」
「お気遣い恐れ入ります、ケルビーン王陛下」
「アハハ この場には、昔からの貴族しか居ないからさ~ キャンティも、もっと楽にしなよ~」
「シモンは、もっと王族らしくなさい!」
「はーい、伯母上」
「ところで、ハンナはどうなさったの? ミハイル」
「貴族会の謁見が終わりましたので、下がりましたよ」
「まあ、ハンナは王妃とは言え、人前が苦手だものね、無理をする事も無いわね」
「ええ、ミチイル様も無理はしないようにと、いつも仰っておいでですからね、適材適所だとか」
「そうね、ミハイル。救い主様は、いつも多くの人の事を気遣っておいでなのね。恐れ多くも、有難い事でございます」
「ほんとうです! ミチイル様は、ほんとうに偉大なお方です! ですが、少しもエデン王族のように偉ぶった所がありませんし!」
「そうだね、ジョーン。私も、いつも治世のご指示を頂きに離宮に上がりますけど、ミチイル様はご自分の方針を押し付けるのではなく、~してもらえる?とおっしゃいますからね。私に意見を求める事もあるくらいですから」
「まあ、そうなの、ミハイル! さすがは救い主様でいらっしゃいます! ミハイルに意見など、求めなくとも構いませんのに」
「ええ、姉上。私もそう思いますけどね、ミチイル様は、強制するという事がお嫌いなのでしょうね」
「そうだね~ ミチイル様は、まるで先の事を全部知っているように色々計画立てるけど~ でも、絶対にこうしろ!とは言わないもんね~」
「左様ですね、シモン様。私なぞにもいつも、シェイマス悪いね、などとおっしゃっておいででございました」
「そうでゴザルな。ですが、皆にはとてもやさしかったでゴザルのに、エデンの王族と対峙した時には、毅然としておいででゴザルので、頼もしくも感じたでゴザル」
「そう言えば、ホル21世も、あの学園でご一緒でしたわね」
「左様でゴザル、セルフィン公爵夫人。公爵夫人も学園寮においでになりましたでゴザルね……あれから何年経ったでゴザルか……」
「もう5年近くになるのでは無いでしょうか、わたくしも学園生活をご一緒させて頂く栄誉を頂けて、本当に、本当に、どれほど女神様と救い主様に感謝を申し上げたか」
「そうでゴザルな、キャンティ嬢。学園でミチイル様にお慈悲を頂かなかったら、今頃、当家もアドレ家も、どうなっていたか、わからないのでゴザル」
「そうですわね、わたくしも、救い主様にお慈悲を縋らなかったら、セルフィンの民も今頃はスローン公国と同じような感じだったかも知れないのですもの、本当に、いくら感謝をお祈り申し上げても、足りません。生きている間はもちろん、死してもなお、祈りを捧げませんと」
「クックック 姉上はいつも大げさですからね、そんな事だからミチイル様にお会いし難いんじゃないですか」
「そこ! ミハイル! だまらっしゃい!」
「ですが! ミチイル様は離宮で良く、物思いにふけっていらっしゃいますから、きっと、深いお考えがあるのです! わたしたちは、それを邪魔してはならないと思います!」
「そうですね、ジョーンのいう通りですよ、姉上」
「そこ! ミハイル! だまらっしゃい!」
「ですが、本当に今頃、どうなっているのでしょうか……エデンの大陸は」
「それは分りませんね、シェイマス。ミチイル様はエデン大陸の事を話題にすら出してませんからね」
「そうなのですか? 王陛下」
「そうですよ、シェイマス! でも、ミチイル様は何でもご存じですから、きっと深い訳があるのに決まっています!」
「……そうですね、母上」
「そうね、ジョーンのいう通りでございましょう。わたくし共、下々が考える事ではございません。わたくし達、神聖カナン王国の貴族は、この王国を守り、発展させ、救い主様の御世を末永く続けて行かなければなりません!」
「メアリ様のおっしゃる通りにございますね。わたくしも、メアリ様の御指導を一層賜りたく、お願い申し上げます」
「あら、キャンティは今のままでも充分よ。とても素晴らしい御令嬢ですもの。是非、ケルビーン王家に迎えるべきね。どうかしら? シモン、キャンティ」
「そ、その様な事……恐れ多くて、わたくしなど……」
「いいんじゃないかな。キャンティ嬢は姉上の薫陶を受けて数年、貴族連中も取りまとめているし、王妃として申し分無いよ」
「陛下……で、ですが……わたくしは混血でございます。偉大なるケルビーン王家に、混血の血を入れるなど、恐れ多く」
「そんな心配はいりませんよ! ミチイル様は、アルビノ人の血を引いていれば、魔力器官があるとおっしゃっています! 見た目が少し違う以外は、アルビノ人と混血民に、違いは無いと思います!」
「そうよ、ジョーンの言う通りです。魔力器官があるのなら、問題はございません。むしろ、アルビノ人と混血民は、本当に一つの国になったのだと、民にも知らしめる事になりますもの、逆にとても良いお話だと存じます。わたくしの弟子のキャンティは、王妃に相応しいわ」
「シモンはどうなの? キャンティ嬢と結婚する?」
「王陛下、本人を目前にして、そのような……ですが、シモン様は学園の時から、キャンティ嬢に良い印象をお持ちでした」
「シェイマス、そうなのです? シモン? どうなの?」
「んもう~ シェイマスったら、こんなみんなの前でバラさないでよ~ 僕は、キャンティと結婚したい、かな~」
「あらあら、キャンティはシモンの事、嫌では無いのでしょう?」
「は、はいメアリ様……いつも、おやさしい所が……素晴らしいと存じますが……」
「ま、こんなに寄ってたかって問い詰めても、進む話も進みませんよ。シモン、それとキャンティ嬢、もう少し二人で色々と話合ってはどうですか? 今決めなくてもいいですし、二人でもっと会う機会を持って、お互いにもっと知ってからでも遅くはないですよ」
「まあ! ミハイルが父親みたいな事を! お父様もびっくりするわね!」
「姉上……父親ですからね、娘も居ますし。姉上こそ、自分の息子の嫁の心配でもしたらどうです?」
「ああ、それはセルフィン貴族から、適当な娘を嫁に迎える事になると存じますので、ご心配には及びません!」
「ああ、これ以上、王家の息のかかったものは……姉上だけで、お腹いっぱいなのでしょうね、セルフィン家も」
「そこ! ミハイル! だまらっしゃい!」
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