3-28 役所実務
なんかね、役所の実務が大変なんだってさ。
なんだろうね?
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「ミチイル様、申し訳ありません、お邪魔して」
「いやいや、別に何の邪魔でもないよ、伯父上。それで? 何か役所が大変だとか?」
「はい。健康ランドに併設されている区役所で、様々な実務を行っておりますが、今までの住民票の整備に加えて、魔石の交換や、紙幣の支給、それに預金業務に、国民メダルの支給と管理……今では実務が増えてしまって、中々スムーズに事が運びません」
「区の管理は子爵で、丁目の管理は男爵でしょ? 家としての業務だろうし、一族からそれぞれ数人は役人が居るんじゃない?」
「はい、ですが、色々な処理が追い付かないそうです」
「そっか。まあ人口も増えたんだっけ?」
「はい。現在は34000人ほどになっております」
「ええ? 2年くらいで4000人も増えたの?」
「はい。外から移住してくる民は居りませんので、増えた分は全て子供です。若い夫婦の家庭ではもちろん、それなりの年齢の夫婦の所も含めて、かなり多くの家で子供が生まれております」
「うわ、ベビーブームか……1学年1500人分くらいで職業学校とか作ったけどさ、それじゃ数年後にはもう足りないんだ……各区の平民学校は二学年に増えたけど、大丈夫だよね?」
「はい。それぞれの区に計8校ありますので、現在は余裕がある状態ですが、数年後には……足りないかも知れません。一校当たり、一学年に300人くらいに増えるとすると、二学年分で600人になってしまいますので」
「はあ、そうだよね。今は教室が10個ある校舎だから……単純に倍くらいの規模の学校にしないとね」
「はい、それは数年後の事なので、建築も教師も準備の期間がありますから、何とかなるとは思います」
「だけど、役所の仕事か……具体的には、何が一番、手間取っている感じなの?」
「はい。住民票を探し出すのが、一苦労も二苦労もあるようです」
「ん? 住民票を探す? 今はどんな風に保管しているの? 住民票」
「はい。役所の中の棚に、積んであると思います。その束から手続きに来た家庭の住民票を探すのが、とても時間がかかるようなのです」
「えっと、住民票は分類してあるんだよね?」
「分類……とは……」
「えっと、もしかして、ただバサーっと紙の束を積み重ねているだけなの?」
「はい。丁目を管理する男爵家が居りますので、自分の管理する丁目の分は、まとめていると思います」
「いやいや、丁目ってさ、人口1000人で250家庭とかあるわけでしょ? それを全部一緒くたにしてる?」
「はい。それで、そこから探すのが大変らしいのです」
「そりゃそうでしょ。住民票ってさ、どんなの? 紙が一枚なの? それともノート状?」
「一枚の紙に、住所と家族の名前が書いてあると思います。最近は、それに預金や魔石の支給の記録など、もう余白も無いほどで、住民票を見ても、意味がわからない状態だとか」
「ああ……そう言えば事務仕事なんてものは、この世界に無かったんだったよね……じゃあ、何とかしないと……取り敢えずさ、住民票はノートって言うか、冊子にしよう。それで、住民登録部分は定型のパターンを印刷して、それを使う。魔石の管理も預金通帳も、定型のひな型を作って、それに記入するようにして、事務を簡略化する方向で。見本は僕が作るからさ、それをコピーして印刷して冊子にして使ってもらえる?」
「良くわからないのですが……」
「ああ、そうだよね。じゃ、住民票のひな型は……アイシング魔法でピカッ、はい、こんな感じの票に。そして魔石管理票と預金通帳は、ピカッ、ま、こんな感じでいいんじゃないかな。一覧表みたいになっていてさ、日付と出入りを記入する。この住民票冊子は、住所で管理だからね、引っ越しとかしているかどうかは分からないけど、住所が変わったら、ちゃんと住所を変更して欲しい。そして、国民メダルのナンバーも住民票には書いてね。ここの欄。この国民メダルのナンバーは、一人一人専用の番号だからね、番号は増やしていくだけで、死亡したりしても使いまわしたりはしないようにしてもらえる?」
「かしこまりました。それで、家族が死亡した場合はどのように処理をするのでしょうか」
「うん、まず住民票のその人の欄に線を引いて、死亡年月日とか記入する感じ? 子供が結婚とかしても線を引いて、日付を記入して、新たな住所とかを書いておく感じかな。これは住民票だけど、戸籍って言って、国民の一生を管理する書類も兼ねる感じかな。結婚したりして別な住所に住むようになったら、新たに住民票の冊子を作って行くの。その冊子に記入されている人が全員居なくなったら、その冊子は抹消扱いにして、別に保存かな。あまり使う事も無いけどさ、一応取って置いたら、未来の国の運営に役に立つ時が来るかもしれない」
「なにか、とても壮大なシステムですね……」
「うん、そうだけどさ、これをしっかりやって置くと、人口もすぐにわかるしね、平均年齢とかもわかるようになるし、どのくらい紙幣を印刷するかとか、どのくらい食料を生産するとか、工業製品も何家庭分をどのくらいで生産するとか、色々な運営の予定も立てられるからね、後で慌てたりしないで済むよ。下級貴族たちで人が足りないなら、役所の公務員を増やしてもいいし、男爵も増やしてもいいと思う。民は貴族に管理されることに慣れているからね、平民が取り仕切るよりは抵抗感が低いかも知れないし」
「そうですね。エデンの王国と違って、神聖カナン王国は貴族に執務の義務がありますから、貴族を増やしても無駄飯食らいが増える訳ではありませんし」
「うん、公僕なんて言い方もあるくらいだからね、国民のしもべって意味だけど」
「私なんて、まさしくそれです」
「ハハ ま、王様は一番偉いけど、一番責任もあるのが普通だからね、民に対する責任があるんだもん。楽じゃ無いよね」
「はあ、何でケルビーンに生まれたのか」
「ほんとだよね。でもさ、生まれてくる場所は選べないしさ、きっと女神様の采配だと思うよ」
「はい……そう考えると、文句も言えませんね」
「うん、頑張ってね。それでさ、住民票を冊子にして、情報量を増やし、同じひな型で統一して記入するようになればさ、調べたい情報とかも探しやすいんだけど、それに加えてね、ファイリングって言うんだけど、その冊子の保管方法も作らないとダメかな。まずはさ、例えばたくさん棚を作ってね、ここの棚は、一区二丁目の1番棟から10番棟の住民票、こっちは一区二丁目の11番棟から20番棟、みたいにして、棚にも住所を振る感じ? そうすればさ、手続きに来た人から住所を聞いて、それに対応する棚番を探して、名前と国民メダルの番号を確認すれば、本人の確認もできるし、手続きをする住民票も直ぐに探せるでしょ?」
「なるほど、棚にも住所をつけて、そこに住民票を住まわせるのですね」
「ふふ、そうだね。そうしたらさ、少なくとも住民票を探す時間が、とっても短くなるでしょ、探すと言うよりは取りに行くって感じだからね」
「そうですね、そうなると、とても実務が速くなりそうです」
「うん。それにさ、受付の人と、探す人を分けたりもできるしね、分業もやりやすくなって、効率もアップする」
「夢のようですね」
「ハハ これをファイリングって言うんだけど、事務作業の基本だからね。それでさ、今は棚の話をしたけどさ、引き出しを作ってもいいかなと思う。棚はノートを立てて入れて置くだけなんだけどさ、何かの拍子で落ちたりすると、抜けとかズレとか発生するからね、棚に扉を付けてもいいんだけどさ、手続きが多くなると結局ずっと扉を開けっぱなしになるでしょ、だから、引き出しにしまっておく」
「その、ひきだしとは」
「うん、ちょっとまってね。取り敢えず、木で小さな棚を作ろう。茶箱とまな板と密閉シーラーでピカッと。ここにさ、棚板のついた木の箱が出来たでしょ? そして、この棚板にすっぽり収まる茶箱をピカッ、でツマミを密閉シーラーでくっつけて、この棚板の中に入れる」
「おお! その箱を棚板にすっぽり納める訳ですね」
「うん。そうすれば、中の冊子とか書類とかは密閉空間だからね、知らないうちにどこかに行ったりし難いでしょ」
「なるほど! そして書類を出したい時には、そのツマミを引けば、箱が出てくると」
「うん、箱を引き出すから、引き出しね」
「ほうほう、引き出し、ですか」
「うん。これはね、書類だけじゃなくて、下着とか服とか、カトラリーや食料品でもさ、色々な物を収納する家具に使えるんだ。って言うか、なんで今まで作らなかったんだか……すっかり忘れていたよ。普通に棚板に扉のクローゼットで満足してたからねえ」
「それは、確かに不便と思ったこともありませんね」
「うん。でもさ、引き出しがあると、便利になるでしょ?」
「でしょうね。細かい物とか、手紙とか、そういうのも入れやすいですし」
「うん。机に引き出しをつけたりすればね、便利なんだよ。ほんと、もっと早く気がつけば良かった」
「私も、もっと早くにミチイル様に相談すべきでした」
「ま、この引き出しは工業地帯で問題なく作れると思うからさ、これから作ってもらうようにしよう。役所と貴族に行きわたったらさ、魔道具と一緒に販売したらどうかな」
「そうですね、そうしましょう」
「じゃ、この小さな引き出しは見本で使ってもらってさ、工業地帯には伯父上から指示して置いてもらえるかな? それと、引き出しの一番後ろ側はね、少し隙間が開くように作ってね。じゃないと引き出しが空気圧で最後まで収まらなくなっちゃうから」
「かしこまりました」
「それでさ、魔道具の方はどう? オーブン魔道具しか無いけどさ」
「はい。多くの国民が欲しがっているようです。ですが、大量生産はまだできないので、随時販売している状態ですね」
「もう少し作る職人を増やす?」
「いえ、そもそも紙幣もそんなに貯まっては居ないでしょうし。今、購入している家庭は、家族全員分を貯めたりしているようですから、欲しいものが増えると、居酒屋を我慢している男どもがうるさいでしょうし、オーブン魔道具は適度に販売した方が良いかも知れません」
「そっか、そうだよね。もっと商品が増えたら、紙幣の供給も増やして行こう。それで、キッチンカーはどんな?」
「はい。最近では、個人個人が色々と工夫をしているようですよ。同じような物でも、あそこのとは違うとか、そんな感じで食べ比べなんかをしていると聞いています」
「うん、いいね。じゃ、特に問題は無し?」
「はい。むしろ、キッチンカーをもっと増やして欲しいとか、自分もやってみたいなどの要望が上がっているほどです」
「そう。もっと増やしてもいいけど、まだ一年も経ってないからね、少しずつの方がいいかも知れないけど……ま、魔道具と違って高額な商品じゃないから、どんどん増やしてもいいかも知れない。でもさ、キッチンカーは専業になるから、他の仕事の職人とか従業員が減っちゃったらさ、国の運営に影響とかあるんじゃない?」
「今の所、国民は思いっきり働いては居ない状態ですので、何も問題はありません」
「まあ、神聖国時代が働き過ぎだっただけのような気がするけどね、それじゃキッチンカーは増やそうか。それで、居酒屋は?」
「はい、連日満員だそうです」
「そう。それも増やした方がいいかも知れないね。それか、紙幣の支給を増やして、今の健康ランドのレストランを、販売に変えるか」
「それでもいいかも知れませんね。ただ、年寄りとかは困る家庭もあるかも知れません。自分で食事を作り難い年寄りなどは、健康ランドで食事を摂るのが生命の維持に不可欠でしょうし」
「ああ、そうだよね。それか、年寄りの施設を分けたりしてもいいかもね。今までは幼児と一緒だったけど、それだけ子供ばっかりになったら、年寄りだけで落ち着いた環境とかを望んでいる人も居るかも知れない」
「そうですね、健康ランドは乳幼児であふれ返っていますので」
「じゃあさ、シルバーセンターでも作って、年寄りが静かに過ごして、食事も給食で出すようにしようか。それで健康ランドのレストランは販売形式に変更すれば、居酒屋の負担も少しは減るかな」
「かしこまりました。そのように手配します」
「シルバーセンターは、首都の南に僕が建てようかな。老人ホームって言うんだけどさ、自分たちで家事をするのが大変な老人達を集めて暮らして貰う集合住宅なの。希望者は、そこで暮らしてもいいし、そこに毎日通って、友達と会ったりお風呂に入ったり食事をしたりしてもいい感じね」
「それは、とても素晴らしい施設だと思います。長生きするようになっては来ましたけど、その分、自分たちだけで色々やって暮らしていくのは大変な年寄りも出てきていますので。昔は、そうなる前に女神様の元へ行っていたんですけどね……」
「そっか……じゃ、首都の南の空き地に、南区を作るからさ、その街道沿いに健康ランドと集合住宅を合わせたようなシルバーセンターを作るからね、後はいいように運用してね。足りなければ、増やして行ってもらえる?」
「かしこまりました」
「それと、紙幣の支給は増やす方向で、準備だけはしておいてもらえる? まずは、現状の役所事務が改善されないとね、さらに仕事を積み上げたら何もできなくなっちゃうし」
「そうですね、住民票の冊子を作らせて、住所付きの棚の引き出しで管理し、役所の実務を改善して、それからにしましょう」
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