閑話8 神具とは
「このイモダンゴは、とても良いお味ね、ジョーン」
「はい! 小さいイモダンゴを茹でて、短い串に刺してゴマダレをかけてみました! 皮つきゴマペーストと砂糖と万能ダレを混ぜたものです!」
「誠に、大変風味が豊かでございますね」
「ええ、ほんとうね。タレがこんなに黒いのも、珍しい食べ物だわ。でも、ゴマの香りが素晴らしいわね」
「はい! みたらし団子とゴマダレ団子は、ダンゴの鉄板なのだそうです!」
「鉄板と言えば、お好み焼きのキッチンカーを作っているのですって?」
「はい! ずっと以前にミチイル様がなさろうとしていましたが、色々あって実現していなかったのです」
「以前は、エデンの王国で販売するというお話でございましたね」
「そうね、手間がかかるから取りやめにしたのだったかしら」
「はい! ですが今は、民に余裕がありますから!」
「それに、紙幣も導入することになったものね」
「左様にございます、マリア様。ケルビーン王家とセバス侯爵家でのみ、紙幣とコインは製造可能との事でございます」
「はい! 夫のセバスも、忙しくなったと言っております」
「そうね、大変ね。でも、紙幣の発行は権力と密接に結びついているという話ですもの、他の家に任せるわけにはいかないわね」
「誠でございますね、マリア様。その栄誉ある大役の一端を頂戴するとは、セバス侯爵家の誇りでございます」
「ほんとうです! お義母様!」
「これからも、よろしくお願いするわね、二人とも。ではこちらの、今日のスイーツも食べてみてちょうだい」
「これも、誠に涼やかなスイーツでございますね」
「ほんとうです! キラキラしています! 錦玉でしょうか?」
「いえ、これはね、梅ゼリーと言うのですって。神24シリーズの若い実があるでしょう? 梅干しに使う青い実。それを砂糖で煮て、その汁と実でゼリーにしたらしいのよ」
「大変に美しい、上品で高貴なスイーツでございますね」
「ほんとうです!」
「では、いただきましょう」
「まあ……これは誠にあっさりと爽やかで、滋味深いお味にございます」
「ほんとうです! 梅干しがこんなスイーツになるなんて!」
「ジョーン、これは梅干しでは無いのよ。ミチイルは梅の甘露煮と言っていたわね。梅と言うものがどういうものかは分からないけれど、これは本当の梅よりは酸味が少ないと言っていたわね」
「ですが、とても爽やかな酸味がございます。それに、なんと鮮やかな色でございましょう」
「ほんとうです! こんなに鮮やかで深い緑色は、色粉にもありません!」
「そうよね。なんでも、銅のお鍋で煮ると、何かがどうにか反応して、どうとかって言っていたような気がするわ。わたしにはさっぱり理解できなかったもの、きっと神の国の秘策なのよ」
「誠でございましょうね、マリア様。このような深く底知れぬ緑色なぞ、生まれてこの方、この婆ですら拝見した事もございません」
「銅のお鍋で煮るときに、何かをするのでしょうか?」
「わからないわ、ジョーン。でもそう言えば、何かを持って、青い実をつついて居たかしら……それに、本当は何日も必要だったり、とても時間がかかるものだとも言っていたわね」
「そうですか……」
「後でミチイルに訊いてごらんなさいな」
「はい! それよりマリア様、わたし、さっきから気になっているんですけど…………あれはなんですか?」
「うふふ、あれはね、琴、と言うのよ」
「この高貴なサロンに相応しい、優雅な意匠が施されたものでございますね」
「琴……見た事も聞いたこともありません!」
「誠に。これは何をするものなのでございましょう」
「これはね、楽器と言って、音を出すものなの。これで、神の国に居るかの如しの心持になるのよ」
「そ、それは!」
「この婆には、想像も難かしゅうございます」
「そうよね。でも、とても魂を揺さぶられるような音が鳴るの」
「これは、ミチイル様の神具なのでしょうか!」
「そうでしょうとも、ジョーン。このように美しく複雑で、凡人には近寄りがたいお品ですからね」
「いえ、そんな事はないのよ。これも国中で広めたいと言っていたもの。ただ、今は工業地帯の職人たちに研究をさせているのだけれど、これだけ複雑なものでしょう? なかなか思うようには行かないらしいの。ミチイルは、そのうちに出来るようになる、なんて言うのだけれど」
「これは、作るのがとても大変だと思います!」
「誠に、ジョーン。色も彫刻も然ることながら、この……まるで織物のような……経糸のような複雑さでございますものね」
「ええ、そうね。でも、行く行くは作られると思うわ。だって、ミチイルがそう言っているのですもの」
「そうですね! ミチイル様がおっしゃるなら、そうなるに決まっています!」
「誠に。ミチイル様の天啓には、間違いなどございません」
「マリア様! マリア様は、この神具を使えるんですか!」
「ええ。ミチイルから手ほどきを受けているの」
「では! 是非、見てみたいです!」
「ええ、いいわ。でもね、楽器は見るものでは無くて聴くものらしいの。わたしは、見るのも美しいしステキだと思うのだけれど……さあ、準備するわね」
…………
ミ・ミレド・ド・レ・レ・ミレド ソ・ソファミ・ミ・レドレミドー……
…………
「……ほう……誠、心が洗われるような心持が致しました……このまま女神様の元へ召されるかと……」
「ほんとうです! お義母様! 目をつむっていたら、天上の風景が見えました……」
「そうよね。わたしもそう思うの。本当に、琴を弾いていると心が清らかになっていくのよ」
「マリア様! 他の音はないのでしょうか!」
「ええ、あるわよ。楽器で演奏するものはね、曲、と言うの。それで、歌と言って人が声に出して歌うのもあるわ。じゃあ、他のも弾いてみましょうか」
…………
さーくーらー さーくーらー のーやーまーもーさーとおもー みーわーたーすーかーぎいりー…………
…………
「はう……なんてステキな! うっとりしました! さっきより天上の景色がはっきり見えました! これは間違いなく、神具です!」
「誠ですね、何かが心の奥底から湧き上がってくる心持にございました……」
「これは、神の国の音楽なのよ。ミチイルが言うにはね、何か神の国の取り決めがあって、歌があったり楽器の音だけだったりするらしいわ。なんでも、楽器の音だけなら問題は無いけれど、声に出して歌うと、何か大変に面倒が起こったりもするらしいの。わたしには良くわからないのだけれど、神の取り決めですもの、全国民が守らなければならないわ」
「左様でございますね、マリア様」
「これは、琴が出回るようになったら、きつく厳命するように夫のセバスに伝えます!」
「ええ、そうしてちょうだい」
「ですがマリア様、民に琴が渡る前に、貴族たちで話し合いが必要なのではございませんでしょうか」
「ええそうね、カンナ。ミチイルもね、先に貴族たちが琴を弾くようにと言っていたもの」
「左様でございましたか……では、この婆も、憚りながら精進致したいと存じます」
「わたしも、……なるべく頑張ります!」
「うふふ、無理はしなくていいのよ、ジョーン。ミチイルもね、無理は絶対にダメだって言うの。無理をして楽器を弾くと、何か大変な取り返しのつかない事になるらしいのよ……わたし、何か恐ろしくなってしまって、そのあたりは詳しくは聞いてはいないのだけれど」
「そ、それは大変です! 国が滅んでしまうかも知れません!」
「ま、誠にございますね……これは、心して取り組みませんと……」
「そんなに怯えなくても大丈夫よ。この琴は、誰でも音が出せるもの。でも、もう一つ神具があってね、そちらの方は、とても難しいの。わたしも少しは練習をしているのだけれど、全然思うようにならないのよ」
「まあ! この神具以上に難しいものが……婆には及びもつかぬものなのでございましょうね」
「ええ、誰も見た事もないものよ。とても大きなもので、この琴のように持ち運びができるサイズではないの。客間に設置してあるけれど、本当に大変で……」
「どのように大変なのでしょうか?」
「ジョーン、それがね、手があるでしょう? そして指があるでしょう? そして指は5本あるでしょう? そして手は両手があるから、指は全部で10本あるでしょう? その10本の指をね、同時に別々に動かすのよ」
「そ、そんな事が人間にできるんですか!」
「それがね、ミチイルはその神具を扱えるのよ。でも、わたしがやると、思うようにはできないの」
「それは、さすが救い主様であらせられると、いう事なのでございましょうね」
「ええ、そうなんだと思うわ。その神具は、パイプオルガンというものなのだけれど、この琴よりもずっとずっと、複雑な音がいくつも同時に出るの。和音……だったかしら、何か神界のルールがあるらしくてね、適当に音を出してもダメなのですって。伴奏?だったかしら、それは音は基本的に三つで……ああ、もう、覚えられないわ!」
「そ、そんなに難解な神具なのですか!」
「それ程の物が神界では当たり前なのでございましたら、この琴なら、さぞや人間に扱いやすい部類の品なのでございましょうね……」
「ええ、そうだと思うわ。まあ、琴が出来てきたら、カンナもジョーンも、頑張ってみてちょうだい」
「及ばずながら、老骨を叩き全霊を持って取り組む所存でございます」
「わたしも、侯爵夫人として、恥ずかしくないように頑張ってみます!」
「ええ、無理はしないでちょうだいね。さ、神ジュースでも飲んで、落ち着きましょうか」
「神ジュースは美味しいですもんね!」
「誠に。それにとても美しいオレンジ色でございますし」
「ほんとうね。色がとてもキレイ。少し酸味があるのも、慣れると逆に良いのよね」
「そうです! 酸味で時々咳がでちゃいますけど」
「誠ですね、ジョーン。年寄りなどには気をつける必要がございますね。私は問題なく美味しく頂きますけれど」
「カンナは若いものね」
「本当です!」
「この所、この神ジュースを毎日頂いております。そう致しますと、お肌がより白くなって来た様に感じる事もございます」
「お義母様は、以前よりも白くなっています!」
「そうね、カンナは年々、若くなって行ってるわ」
「恐れ多い事でございます。これも全て、ミチイル様のお慈悲でございます」
「そうです! 全て、ミチイル様ですから!」
「ほんとうね。さ、ジョーン、ミチイルに訊きたい事があるんでしょう?」
「あ、忘れる所でした!」
「うふふ、ジョーンも全然、歳を取っていないわよ」
「……なにか、いつまでも子供だと言われている気がします!」
「そこがジョーンの良い所ですよ」
「……誰も否定してくれませんでした!」
「うふふ」
「おほほ」
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