1-2 異世界転移
僕は北海・道。ほっかいどうじゃなくて、姓は「きたうみ」名は「みちる」。
三代続く料理研究家一家の三代目で25歳。
ちなみに170cmで60kg、色白で自称細マッチョで、世間では「どさんこ王子」と言われている。
絶対狙って名前つけたよね、おかん。妹も夕子だし。
子供の頃から母の北海こがねに日本中を連れまわされ、農林水産業を始めとした日本の食文化に触れて大きくなった。なぜ「林」まで行くのか当時は良く理解できなかったが、食を守るには山も重要だからだと、今なら知っている。
母のこがねは「うみママ」の愛称で、「空飛ぶ料理研究家」と言われるくらいに忙しく、また人気のある料理研究家。いつも出版やテレビ出演で家にいなかったので、実際に面倒をみてくれたのは祖母の北海しまゑと手伝いさんだった。
母に地位を譲って一線を退いた祖母は「うみばぁば」として時折テレビに出るくらいだったので、基本的には自宅に居て僕と3歳年下の妹の親代わりだった。
入り婿だった父は既に他界している。妹が生まれた頃に亡くなったので実際ほとんど記憶に残っていない。
祖父も母が生まれてすぐに亡くなったらしいので、もしかしたら男は早死に家系なのかも知れない。
そんな祖母も、僕が中学校を卒業するころに他界してしまった。とてもやさしく、たくさん料理を教えてくれたし、いろいろなものを作って食べさせてくれた。祖母の死によって、祖母が始めた料理研究家の家を継ぐ三代目として自覚し、高校生からは母のアシスタントとしてアルバイトをし、大学は栄養学科へ進学して学生時代もアシスタントとして経験を積んだ。
そして大学卒業と同時に料理研究家一家の三代目としてデビュー。
北海道だし、物腰柔らかな感じの僕だったので「どさんこ王子」と呼ばれて徐々に人気が出た。
雑誌の企画や地方のテレビ出演などで着実に成果をあげ、デビュー三年目にしてようやく、念願の初レシピ本を出版することになり、これでも結構忙しい。
今日も地方のテレビ出演のために、マネージャーの運転する車に乗って高速道路を進んでいるところ。サクッと仕事を済ませてとんぼ返りし、初レシピ本の最終確認をしなければ……
などと思っていると、ドン、と何かがぶつかって乗っている車が大きく横揺れし、急ブレーキを踏んだのか、車がスピンしている。仕事をしながらシートベルトもせずに後部座席に居た僕は、開いた車のドアから高速道路に投げ出され、ゴロゴロ転がって高架道路から落ちてしまった。
不思議とどこも痛くなかったが、あぁ、これで死ぬんだな、なんて考えていた。
意識が遠のき、目をつぶりながら落下し「どさんこ王子のズボラ飯」の発売が見たかったな、なんて思いながら最後の時を迎えた……
そして、どのくらいの時間が経ったのか。
目覚めてもないのに、あたりが白くまぶしくなり、僕の世界のすべてが白一色になった……
***
『ようこそ、アタシーノ星へ。あなたがいらっしゃるのを待っていました。イエスキリストよ』
目を開けてみると、そこは温かく白一色で天井も壁も床も無い世界だった。
そして、なにやら神々しい女性のシルエットだけ浮かんで見える。
『……イエスキリストよ……』
「 ? あ、はい??」
『あなたは先ほどお亡くなりになりました。ここはあなたの居た地球とは別の世界のアタシーノ。わたくしがこの星を作った女神です』
「そうなんですか」
『イエスキリストに、折り入ってお願いがあります』
「はい、と言うか、イエスキリストって、もしかして僕の事ですか?」
『もちろんです。あなたはこのアタシーノ星に、救い主イエスキリストとして召喚されました』
「えぇっと……」
『あなたは地球の神が厳選に厳選を重ねて選ばれた魂。このアタシーノ星を救ってくれる存在なのです』
「はぁ。僕にそんなことができるとも思えませんが……具体的には何が求められているんですか?」
『イエスキリストの使命は、このアタシーノに文明を起こし、女神信仰を布教し、食文化を蔓延させ、信者を使って美味しい食べ物を女神に捧げさせることです』
「……美味しい食べ物?」
『はい、美味しい食べ物です。地球の島国で作られていた、ありとあらゆる美味しい食べ物をアタシーノ星でも作り、それをこの世界中で女神に捧げさせる、これがイエスキリストの使命です』
「島国って、日本のことです?……他には何もしなくても良いのですか?」
『はい。美味しい食べ物が最重要事項、かつ最優先事項です。その他のことは、気が向いて余力があれば、で結構です。美味しい食べ物が女神に捧げられることで、この星が使える「星神力」が貯まるのです。この星神力は、食べ物が美味しければ美味しいほど、星じゅうで捧げられた総回数が多ければ多いほど、速くたくさん貯まるのです。そしてこの星神力は、この星が発展し、成熟し、星の使命を全うさせるのに欠かすことのできない力なのです』
「そんなに重要な力なのですか……特に戦争をしたり、人類を救ったり、魔王を倒したりする必要はない、と?」
『もちろんです。全人類の罪を背負って全身から血を吹きそれでも死ねない苦しみに耐えた後に、さらに十字架で磔にされて串刺しにされる必要もありません。そしてそもそも魔王はアタシーノ星にはいません。魔力に満ちた世界ですので魔法は使えますが、魔人とかもいませんので安心してください。文明は低く、食文化はゼロに等しいです。一から文明を起こすことになるかも知れません。ですが、美味しいものだけできれば文明さえも必要ないのです。人類を救う事など必要ありません。もちろん、イエスキリストが人類を救いたい、と思うのであれば、お好きなように行動していただいても構いませんよ』
「はぁ。食文化を広めて、美味しいものを国じゅうで作って女神に捧げるだけ……」
『はい。後は、女神信仰を隆盛させて敬虔な信者を増やし、毎日祈りを捧げさせれば、完璧です』
「 (なんか副音声が聞こえたような気もするけど)それならギリギリなんとかイメージができます。……が、なんの力も無ければ難しいと思います」
『もちろんです。そこは十分なサポート体制が既に整っています。そして、この星でイエスキリストに与えられる能力についても既に調整済みで、イエスキリストが!ここで!今すぐにでも「イエス!」とお返事していただけたら、瞬時に即座に能力がイエスキリストのものとなります!! さあ!!!』
「…………(なんか女神が鼻息荒くドヤ顔してる?ような気がする……シルエットしか見えないし多分気のせいだろうけど) 」
『それに! イエスキリストに与えられる能力は、本来の救い主に与えられる力をすべて、食文化スキルとして今すぐ授けます。心配要りません!』
「 (なんか圧がすごい……)食文化スキル?……はともかく、正直、心配しか湧いてこないのですが……」
『何も心配する必要はありません。何も知らなくても、この星の成り立ちから地球の知識の一部までを把握している大変優秀眉目秀麗でグレートな天使を、イエスキリストのサポートにお付けします』
「そんな天使様が一緒に居たら、目立って問題にならないんですか?」
『心配要りません。サポートにつける優秀で美しい天使は、わたくしの分身です。わたくしの知識を使って作りあげたAIですので、基本的には見えません。しかしいつでも念話で意思疎通が可能です。呼びかければ直ぐに返答があるはずです。天使の名前はアイちゃんです』
「……話は理解しました。女神信仰を広め、美味しいものを作って捧げ、救い主の力で食文化スキル?が使えて……別に魔法も使える?んでしたっけ?」
『はい。食文化スキルは強力ですし、イエスキリストは魔法が使い放題です。素晴らしい天使が一生サポートしますし、何度も言うようですが、人類を救う必要も世界平和を構築する必要も、魔王を倒す必要もありません。様々な事は気にせずに、美味しいものを捧げてもらうだけです』
「……わかりました。せっかく選んでいただいたので、頑張ってみようと思います。ただひとつだけ、お願いがあるのですが……」
『何でもおっしゃってください』
「イエスキリストと呼ばれるのは、非常に恐れ多く抵抗感が強いので、せめて違う名前でお願いします」
『わかりました。それではアタシーノ星に誕生後には、道と名付けられるよう、アイちゃんに伝えておきます』
「ありがとうございます」
『では、これから転生が始まります。自我が芽生えるまでしばらくかかるでしょうが、意識がはっきりした後は、アイちゃんを頼ってください。スキルや魔法についてもアイちゃんに訊いてください。とても頼りになります』
***
――こうして道は、異世界転生を果たした
――アタシーノの救い主として……
***
「あー、疲れた。疲れすぎ。さすが救い主ね。預言者の召喚とはレベチで星神力が減っちゃったわ。つーか、もうほとんど残ってないし……あ、やばい、気を失いそう……さっさと残りのやる事やっちゃって、寝よ」
「後の事は、アイちゃん、頼んだわよ~」
***
――こうして星神力を使い果たした女神は、しばらく昼寝することになった