3-9 やり直しじゃない
「母上、お待たせ」
「あら、家具とかはもう設置がおわったの?」
「うん。出すだけだから」
「お疲れ様ね。このサンルームは、明るくてとっても落ち着くわ。リンゴの木もサワサワしているし、水の音も心地いいのよ……」
「うん、贅沢にガラスをたくさん使ったしね。まあ、これからは平民が使う魔石の量も格段に増えるし、ガラス石もたくさん手に入るようになると思うから、思い切って作ってみた。それにサンルームは、離宮に入らないと、外からは見えないしね」
「うふふ、何かいけない事をしているみたいで、いいわね!」
「まったく……そう言えばさ、伯父上とかに何の連絡もしないで引っ越してきたけど、母上は知らせた?」
「あら、そう言えば黙って出て来たわね。だって、今日引っ越しなんて、知らなかったのですもの」
「そっか、そうだよね、僕も今日が引っ越しなんて知らなかったもん。あ、そうだ、マーちゃんいる?」
プーーーン シュタッ!
「すくいぬし様、およびでしょうか!」
「うん、悪いんだけどさ、手紙書くから眷属の誰かに頼んで、伯父上に渡して欲しいんだ。眷属たちも伯父上は知っているでしょ? 神聖国の時から農作業をしてくれていたもんね」
「はい、だいじょうぶです!」
「じゃ、ちょっと待ってね…………よし、これでいいかな。じゃ、この手紙をお願いね」
「はい!」
「ふう、これでいいか」
「うふふ もしお兄様が別邸に行っていたら、びっくりしたのでは無いかしら。なにせ、建物ごと無くなっているんですものね」
「ま、特に用も無いだろうし、行ってない事を祈ろう。さて、昼ごはんもまだ食べて無いけどさ、どうする? このサンルームに何か軽食でも出す?」
「そうね、これから料理も大変でしょう? 作り置きの物でも頂こうかしら。あら、そう言えばクーちゃんとマーちゃんの眷属たちの食事はどうするのかしら?」
「そうだよね……」
「そのご心配は無用にございザマス。眷属たちは北で食事を交代でとるザマス」
「おなじく、ぼくたちもだいじょうぶでーす!」
「ま、そっか。何を食べるのか分からないしね……ま、その点は深く考えないようにしよう。でも、マーちゃんとクーちゃんは、僕たちと同じものを食べようよ。クーちゃんは遠慮せずに部屋で食べてね」
「はい! ありがとうございまーす!」
「恐れ入りましてございザマス」
「そっか、そう言えば平民のお手伝いさんが来ないと、食材を別に届けてもらわないとならないんだ」
「あら、そうね。今まではお手伝いさんと一緒に食材も来ていたものね」
「はい! すくいぬし様! ぼくたちではこびます!」
「わたくしの眷属にも食材を運ばせるザマスので、ご心配には及びませんのでございザマス!」
「ああ、じゃ、お願いね。配給所に取りに行ってもいいし、農場地帯とかに直接行ってもいいよ。眷属たちは平民も一目でわかるだろうからね」
「はい!」「かしこまりザマス!」
***
「さてと、じゃ、ホットドッグとピザと、サンドイッチね。はい、みんなどうぞ」
「じゃ、わたしはお水を汲んできて、お茶を淹れ直すわね」
「あ、母上、あそこの噴水ね、井戸の水だから飲み水に使えるよ」
「マリア様、メイドにお任せくださいザマス」
「あら、これくらいの事は自分たちでしていたから、ついつい忘れてしまうわね。じゃ、お願い」
「……ここのサンルームは気持ちがいいけどさ、せっかく光あふれる空間になったけど、テーブルとかが木の色だから、ちょっと残念だね。家具にせめて白い色でも塗れるといいんだけどさ、食紅魔法で白い色の物とか、あった? 母上」
「うーん、どうかしら。白い色にしたい時は、布に精白魔法を直接してしまうから、白い色を使ったことは無いわね」
「あ、そっか。あ、石灰石?とかなら白い染料とかできそう。ティーテーブルセットでもつくってもら」
***
――ピロン ティーテーブルセット魔法が使えるようになりました。お好みの家具が思いのままです
***
「……えっと、カナンに来てからロイド氏もぶっちゃけ過ぎじゃない?」
『はい、救い主様。この地には一切の憂いがございませんので、魔法の自由度が増したのではと思料致します』
「いやいや……ま、いいか。んじゃあさ、ちょっと新しいテーブルとか作っちゃうね、母上」
「あら、楽しみね」
「うん、じゃ行くよ『ティーテーブルセットでホワイトアイアンの猫足テーブルとチェア!』 」
ピカッ ゴトリ
「んまあ! 何かしらこれ! とってもとっても白くて細くて繊細で、模様があったり、あちこちが丸くなったりしているわ!」
「うん、猫足って言うんだけどね、ステキなデザインでしょ?」
「ええ! こんなの見たことが無いわ! ねえミチイル、もしかしてもしかすると、ベッドとかクローゼットとか、寝室のテーブルとかも、こんな感じになったりするのかしら?」
「うん、なるかもね。これはサンルーム用のアイアン家具だけど、魔法に一切条件は無かったからね、木でも作れるだろうし、色もお好みに出来る可能性がある。ま、僕以外だと、目の前に材料とか染料とかは必要だろうけど」
「んま! ミチイル~ うふふ ミチイル~」
「はいはい、母上の部屋の家具とかも、おしゃれにしよう」
「さすがわたしのミチイルね! 何も言わなくてもわかっているだなんて! わたしは幸せ者よ!」
「はいはい、じゃ、ちょっとテーブルとかを取り換えちゃうからさ、いったん収納するよ」
「わかったわ!」
***
「ほんとうにこのテーブルとチェアは、とってもおしゃれでサンルームの雰囲気に合っているわねえ」
「でしょ~」
「救い主様、どなたかがお見えの様でございザマス」
「ん? 悪いけど、ここに案内してもらえる?」
「かしこまりザマス」
***
「ミチイル様……お引越しをなさるなら、一言……」
「ああ、伯父上、ごめんね。何かあった?」
「いえ、製造地帯から別邸が消えたと報告があったものですから、あちこち調べている最中に、手紙が……」
「ああ、そう言えばそうか。みんなもびっくりするよね、そりゃ」
「仕方が無いのよ、お兄様。わたしたちも今日、引っ越しをするなんて思ってもいなかったのですもの」
「まあ、ミチイル様ですからね、建物が消えたり現れたりする程度は些細な事ですけど」
「そうよ! こんな事でいちいち驚いていたら、神聖カナン王国がいくつあっても足りないわよ!」
「ハハ そうかも」
「それにしてもミチイル様、この屋敷はまた、とても優雅で落ち着いた素晴らしい屋敷ですね」
「離宮よ、お兄様。ここは王宮の離れなの。高貴な人が隠れ住む場所なのよ!」
「いや、別に隠れ住んでいる訳じゃないんだけどさ、森の中に住んでみたかっただけなんだ、伯父上。特に変な意味はないよ」
「それなら安心しましたけど……ここなら確かに面倒なことが周りにありませんしね、ここなら落ち着いて暮らせそうです。うらやましい!」
「あら、お兄様もシモンに王をゆずって退位したら、森の中でも海の中でも、お好きなところに住めばいいんじゃないかしら」
「マリア、また姉上みたいな事を言って」
「何ですって! お兄様、言っていいことと」
「伯父上! それで、首都への移転はどうなったの?」
「はい。ミチイル様が作ってくださった平民用の公営住宅も、かなりの数がございましたし、同じ規格の平民住宅も建設しておりますので、後一か月ほどで首都移転が完了する見込みです」
「それは良かったよ。一応公営住宅もナンバリングしたしね、それで一区当たり1平方キロメートルを10分割して10丁目分にしたから、今はそれぞれの2丁目から4丁目に50棟250戸ずつあるからね。ま、それぞれの区の1丁目には公共施設を建てたから、1丁目の残りのスペースは公共用地として残して置いてね。基本的には1ヘクタール当たりに5棟25戸で、敷地に均等にバラけさせて建てたからね、かなりスペースもゆったりしていると思うよ。職人が住宅を作るのは残りの空き地の4丁目部分にしてるんだよね?」
「はい、勿論です」
「なら大丈夫だね。さらに使ってない残りの6丁目分は、当面は空地だね。人口が増えたら住宅を建設しよう。今のままの感じで住宅を建設すれば、一区当たりに450棟の2250戸、一万人くらいは住めて、それが八区あるからね、八万人くらいまでは首都に収容できるはず。ま、公共施設は増やさないとダメだけどね」
「それは、とてつもない人口ですね。いまだかつて、世界のどこも経験した事がないレベルの街になるでしょうね」
「だろうね。それで貴族区はどう? 王宮は問題ない?」
「はい、勿論です。王宮は、見たこともない豪華な建物ですし、照明はスイッチひとつで使えますし、昼間はガラス窓で照明をつけなくても明るいですし、プライベートエリアが二階ですから、分家ともども王族一同、以前よりも落ち着いた、便利で快適な生活を送っております。本当にありがとうございます。他の貴族たちも同様だと思います。いずれの貴族も、神聖国時代よりも大きくて素晴らしい屋敷ですから」
「そうだよね、全部新築だしね~ お祖父さまは元気?」
「はい。相変わらず農業部で頼りにされているようです。まあ、実際はリサが取り仕切っているのでしょうが、父上をうまくおだてて立ててくれますので、父上もまんざらでも無いのでしょう」
「ハハ 伯母上たちは?」
「はい、セルフィン公爵家は、元々姉上が中心でしたし、夫や子供はおまけの扱いですからね、分家などは居るんだか居ないんだかもわかりませんし。ま、傍系王族として、表に出過ぎず、適当に仕事をして、つつましやかに暮らして貰えればいいのではと思います」
「そうね、これからの社交界はお姉様が中心となるんでしょう? ついでにカナン王国の色々なルールの元締めにもなると思うわ。カナン王国の運営の根幹にかかわる事はお兄様とミチイルで決めればよいと思うけれど、ほかの事はお姉様に丸投げしておいたらいいわよ、お兄様」
「そうですね、アドレ伯爵家や各子爵家を取り仕切ってもらいます」
「子爵家と言えば、下級貴族は揃ったの?」
「はい、全て揃いました。元々準男爵家から下りた家ですから、時代が近い順に貴族へ復帰させました。平民の取りまとめは大変でしょうが、義務は果たすでしょう」
「そうそう、平民住宅ね、全部魔石燃料に変更したからね、知ってるとは思うけど。その魔石燃料は、健康ランドに併設した区役所で、子爵に管理させてもらえる? おそらくだけど、平民一家庭当たり、月に2~3個もあれば充分だと思うけど、空魔石と引き換えに魔石を支給して欲しいの。もちろん、帳簿もつけさせてね」
「かしこまりました。魔石は北の資源場?から持って来るように手配します」
「ああ、魔石はね、当面はマーちゃんとかクーちゃんの眷属、ミツバチとアラクネがね、資源場から各区役所まで届けてくれるからね、従業員を手配するのは、もっと後でシステムが確定してからでもいいよ」
「かしこまりました。国のシステムも、何か一新するのでしょうか」
「うん、色々と変えないといけないかなとは思ってるんだけど、数年は今のままでもいいかな。首都の移転が完了したら、製造地帯を果樹園と牧場地帯の間に新設移転するからさ。そして工業地帯も作り直す。どっちも神聖国の建物ままだからね、大規模に作り直すよ」
「そうなのですか……本当に全て、新しくなさるんですね」
「うん。ここは新天地で、新しい王国だもん。全部新しくする。でも、一からやり直すんじゃないんだ。現状で最良の状態の国からスタートしてさ、さらに発展させようよ!」
「そうよ! さすがわたしのミチイルね!」
「そうですね! とても楽しみになってきました」
「ハハ 僕も、地味に面倒くさいけどね」
「まあ、私もそうですけどね」
「大丈夫よ、二人とも。貴族が増えたんですもの、たくさん働かせましょう!」
***