3-6 カナン元年
「話と言うのはね、暦、カレンダーって言うんだけど、これを国として設定する。昨日の夜、空を見た? 伯父上」
「はい。その件もお伺いしようと思っていました」
「うん。あれはね、月って言って、カクカクシカジカなの」
「そうでしたか……月で時間を計れるとは」
「うん。でね、一昨日のカナン島に上陸した日がね、神聖カナン王国暦で一年、元年とも言うけどね、そして1月1日にする。今日はカナン1年1月3日だね。ここにカレンダーがあるからさ、渡すね。このカレンダーで日付を確かめて行ったら、カナン王国の全員が同じ日を共有できるんだよ。今までもさ、やろうと思えばやれたかも知れないけどね、日付がずれちゃたら、再統一できなかったの。でもね、今は月があるからね、これからは月を見ればズレた日付も再統一できるんだよ。毎月一回、月が見えなくて真っ暗になる日が来るの。それを新月っていうんだけどね、これが毎月一日の始まり。朔日とも言うけどね、これで日付が仮にズレちゃたとしてもリセットできるの。それで、これは日めくりカレンダーっていうんだけど、こっちのは一年分が一覧になっているから。このカレンダーはね、紙さえあれば新魔法でいくらでも作れるからさ、後で魔法は教えるからね」
「……これは! とても便利なものですね。今までは金星が見えたら、なんて数日のズレが当たり前でしたし、今日は何日目なのかも良くわかりませんでしたから、詳しい記録のしようもありませんでしたし」
「うん。この暦はね、王国の治世の証でもあるからね。この暦を使えば統制も取りやすくなるし、何日後でも何か月後でも、あらかじめ決めて置いて予定がたてられる。それにね、誕生日って言うんだけどさ、子供が生まれた日もはっきりするからね、それをお祝いしたりもするんだよ」
「まあ! 生まれた日まではっきりするのね!」
「それは、年齢もはっきりしますね」
「うん。それだけでも治世がやりやすいでしょ。民の記録もさ、住所と名前のほかに生年月日も記録できるからね、その分、間違いも減るし、学校なんかの入学もね、全員一緒の日にして卒業も全員一緒にできるしね、色々な運営がやりやすくなるから」
「かしこまりました。すぐさま導入します」
「うん。それでね、新しい首都なんだけどさ、仮首都と同じく東西南北3kmの合計9平方キロメートルにするんだ。それで、その中央の1平方キロメートルは貴族区にして、今の大街道はその周りを迂回する感じにする。そして、その貴族区の建物は僕が建てるんだけどね、平民の住宅は、職人に建てさせてもらえる? 技術とかさ、継承して欲しいし、自分たちで工夫もして欲しいし。以前の公都の時のように、僕が見本をひとつ作るからさ、それを真似てもらってもいいし、国として平民の住宅をどういう風にするか、自分たちで決めたいなら、それでもいいよ。ただ、当面は全員同じ住宅にした方がいいとは思う。変に違いがあったらさ、揉め事の種になっても困るからね」
「はい。では、新たな平民用住宅の見本は、ミチイル様にお願いしたいです」
「うん、わかった。貴族の区の建物は、前みたいに僕が適当に建てちゃってもいい? ケルビーン王家の王宮を始めとしてさ」
「もちろんです。ミチイル様の手が足りないなら職人を手配いたしますが、ミチイル様なら、周りに余計な人が居ない方がやりやすいでしょうから、完全にお任せします」
「うん、王宮とか、屋敷の希望とかは、あるかな? 他の貴族も含めてだけど」
「そのようなものは、一切ございません。そもそも、どういう屋敷が良いとか便利とか、そんな事もわかりませんので」
「そうよね。ミチイルが色々作ってくれるまで、屋敷の便利さなんて、考えたことも無かったのですものね」
「ハハ そっか。じゃ、貴族区は僕の自由にしちゃうね。貴族区とさ、平民用の見本住宅と、公共施設ね、それが完成したら、平民用住居を建て始めてもらって、全員分が完成したら、新首都が正式に稼働する感じかな。もちろん、住宅が出来次第、少しずつ引っ越しはして行ってね。その後に今の仮首都は更地に戻すから。だから、貴族区が完成したら、伯父上たち貴族は先に引っ越してもいいよ。仮首都とはそんなに離れてないしね、コーチなら15分とかそんなもんだろうし」
「かしこまりました。何から何まで、申し訳ありません」
「何を言っているのさ、伯父上。僕こそ、面倒な国の運営を丸投げしてるからね、こちらこそ申し訳ないよ。じゃあ、僕は適当に新首都を作り始めちゃうからね、カレンダーの件は、よろしくね~」
***
「マーちゃん、悪いんだけどさ、資源が湧いているところ、見たいんだ。連れて行ってくれる?」
「かしこまりました! ではいきまーす」
「うわー、いつもながら、マーちゃんは速いね!」
「はい! とべますので!」
「しっかし、本当に平らな盆地というか、カルデラだね。緑色の大地だし、キレイ」
「はい!」
「マーちゃんたちは、ここでも受粉をしているの?」
「はい! もちろんでーす! ここにも花がありますので!」
「そっか。その花は、木も?湖の近くなんだっけ?」
「はい! みずうみのまわりにしか、しょくぶつはありませんので!」
「そうなんだ。後は、ずっとこんな感じの土地なの?」
「はい!」
「なんか、ほんとに人が住みやすいように作られているんだね、カナンは」
「ぼくには、よくわかりません! ずっとこうでーす!」
「ハハ そりゃそうだよね、女神様が作ったんだもん。あ、もしかして、資源が湧いているところはあそこ?」
「はい!」
「うわー、本当に次から次へと何かが噴出しているっていうか、湧いてるって言うか……こんなに次々と湧いてるんなら、確かに不足はしなさそう。でも、これまでに湧いていたものはどうなったの? このペースで何百年も湧いていたら、資源の在庫でカルデラが埋まっちゃいそうだけど」
「はい! しげんがでるようになったのは、ごくごくさいきんですので」
「あ、そうなんだ。きっと、それまでは土地が資源で埋まってしまわないように、ちゃんと計画していたんだろうね、女神様。すごいね~」
「は、はい……」
「じゃあ、この辺りで降ろしてくれる?」
「かしこまりました!」
シュタッ!
「ありがと。色んな石とかが山のように積もってる。中心から自噴しているのかな、資源は。ふーん、魔石をも使いきれないくらいある感じだし、ほかの色々な石とかも……金とかもあるのかな。金砂だったら集めるの大変かも知れないね。でもアイテムボックスに金はたくさんあるしね、別に資源として取れなくても問題はないよね。あ、スライムフィルムもあるんだね……うん?なんで? スライムは魔力山の生き物じゃ?」
『はい、救い主様』
「スライムは魔力山に住んでいたんでしょ? 話では魔力山は無くなったんじゃなかったっけ?」
『はい。山としては無くなりました。しかし、海の中に沈んでしまった北極の海底から、魔力を始め、資源やスライムが湧きだしているのは変わりがございません。その一部、というか大部分が、こちらのカナンからも排出されているようでございます』
「えっと、魔力山の跡は海に沈んじゃって、その海底から資源とかも湧いているんだけど、そこから湧いているのよりは、この資源口から湧いている方が量が多いの?」
『左様でございます。スライムも湧いているのですが、湧きだした頃には死んでいるため、フィルムの状態で噴出しているものと思料致します』
「あ、そうなの。ま、こんな状態じゃ生きてはいられないか。都合がいいから、有難く使わせてもらおう。ん? 海スライムは今まで通りなの?」
『左様にございます。この島の海岸に打ち上げられているものと思料致します』
「そうなんだ。海岸で一晩過ごしたときには気づかなかったけど……」
『あの時は、この星中が大洪水でございましたので』
「あ、そうか。海中もぐちゃぐちゃになったんだろうね。せっかく植えた昆布も無くなっちゃったかな。鰹は大丈夫だったんだろうか」
『はい。昆布も鰹も無事でございます。このカナンが守られていたように、それらも守護されていましたので』
「ああ、女神様って本当にすごいよね。ちゃんと食べ物とかを守ってくれていたんだ!」
『……昆布は、この島周辺にも流れ着いたはずでございますので、直に収穫もできる事と存じます。鰹に関しては、既に水揚げが可能でございます』
「あ! そういえば舟をまだ作って無かったよ! 大変、漁業部の人達、何にもできないよね」
『舟につきましても、この島へ流れ着いたものと思料致します』
「んまあ! とっても至れり尽くせりじゃん!」
「すくいぬし様、まるでマリア様みたいでーす!」
「ハハ 驚き過ぎちゃったよ。じゃ、海の方は何も心配が要らないね」
『一切、ご心配の必要はございません』
「ああ、ありがと、アイちゃん。じゃあ海の方はいいとして、ここの資源は、この小山の端っこから資源を採取していけば、上からすこしずつ崩れてきて、危険も無く採取できるね?」
「はい! それにぼくたちはとべますので、もっと上からもとれまーす」
「あ、そうか。民が資源を採取するなら、資源の小山の端っこから取って、マーちゃんたちなら好きな所から取ればいいんだ。工業地帯にさ、資源用のスペースを作っておくからね、そこに資源を入れておいてもらえる? 足りなくならないように、常に補充する感じで」
「かしこまりました! おまかせくださーい!」
「よろしくね。それでさ、資源とかの憂いは無くなったからさ、植物の所へ案内してもらってもいいかな? マーちゃん」
「かしこまりました!」
***
「あ、あれが湖だね」
「はい、すくいぬし様!」
「お、結構大きいね?」
『はい、救い主様。南北で10km程度はあるかと存じます』
「まあまあだよね。沼って感じの大きさではあるけどさ、特に必要でもないし、マーちゃんやクーちゃん達には充分な大きさなんでしょ?」
『天使とその眷属どもには、充分過ぎる大きさでございましょう』
「そうだよね。飲み水だけ用が足りればいいんだろうし。あ、植物が生えてるね」
「はい! 実とか花もたくさんあります!」
「そっか。あれ? 雨が降って来たんじゃない? 今まで深夜にしか雨が降って無かったと思うけど?」
『左様でございますが、星に変化が起き、気候変動も起きましたので、雨が深夜以外にも降るようになったようでございます』
「ああ、そうなんだ。僕の知らないところで、本当に色々変化があったんだね、この星。そう言えばさ、マーちゃん達は雨は大丈夫なの?」
「はい! ぼくたちはもんだいありません!」
『ですが救い主様、どの程度の雨となるかは存じませんが、今日の所は引き返した方が宜しいのではと思料致します』
「うーん、せっかく目の前まで来たけど……ま、いつでも来れるしね。確かに土砂降りなんかになっても困るし、一度引き返そうか」
『ハチの一級天使! 救い主様が濡れないよう、死力を尽くして戻れ!』
「は、はい! かしこまりました、アイちゃん様!」
「ハハ ごめんね。またの機会によろしくね」