2-60 大洪水
「マリア、もう神聖国の全員が約束の地へ向かったよ。後は私達だけ。最後のコーチに乗って、約束の地へ行こう」
「……お兄様」
「少しは落ち着いた?」
「ええ、ごめんなさい。ミチイルは?」
「最後の仕上げをするみたいだね」
「そう。お姉様とかお父様とか、他のみんなはもう?」
「心配要らないよ。全員約束の地へ向かったから」
「わかったわ。じゃ、お兄様、行きましょう」
***
「……こ、これはまた!」
「ミチイルの……奇跡……なのでしょうね、きっと」
「海が、割れてるよ、マリア……」
「ほんとうね。しかも、ずっと海の中に道が繋がっているわね」
「救い主様である事は、疑った事も無いけどね、本当に神の御業だ……」
「そうね。よもやこんな景色を見る日が来るなんて、想像もした事が無かったわね……」
「さ、いよいよ大陸を離れるよ。アタシーノの景色も見納めだ! 約束の地では、どんな生活が待っているだろうね! マリア!」
「ええ! お兄様、ありがとう! 楽しみね!」
「本当だ、クックック」
「うふふ」
***
「あ、伯父上に母上、お疲れ様」
「あらミチイル、大陸の仕上げは終わったのかしら?」
「うん。アタシーノは更地になった」
「さぞや、さっぱりした土地になったでしょうねえ」
「うん、伯父上。お祖父さま達は?」
「避難所で色々取り仕切っています。セバス家も、シモンも」
「ああ、そうか。避難所は30棟くらいに分かれているからね、それぞれ管理者みたいな人が居た方がいいもんね」
「ええ、ミチイル様が全て整えてくださったので、付属のキッチンで料理も始まっていると思いますよ」
「そっか。良かったよ。そろそろ暗くなっちゃうからね、少し心配だったけど、取り敢えず一息つけるね」
「ええ、そうね。ミチイルも疲れたでしょう? 少し休んだらどうかしら」
「うん、そうしようかな。避難所に事務所みたいなのを作って置いたけど、そこは何かに使ってる?」
「いえ、空いています。そちらで休んでください、ミチイル様」
「うん、ありがとう。じゃ、後でまたね」
***
「アイちゃん、これで一安心かなあ?」
『左様でございましょう。では救い主様、そろそろ洪水となっても宜しいですか?』
「え? アイちゃんが起こすの?」
『とんでも無い事でございます。あの女神が行いますので』
「ああ、そうだよね、びっくりした。アイちゃん、何でもできるからさ、てっきり」
『私めは、連絡をするだけでございます。救い主様、ご用がお済でしたら、海の魔法を解除して頂きたく』
「ああ、ごめんごめん。えっと、『解除?』 」
『ありがとうございます。では、少々失礼を致します』
「うん、僕は少し寝ているね」
***
『おい! くそ! 救い主様の準備が完了したぞ?』
「あら、随分早かったのね。わかったわ。じゃあ、神の力を使うわよ。星神力もすっからかんになりそうだから、終わった後は、アイちゃん、宜しくお願いね」
『お、おう……珍しく殊勝だな……』
「わたしは怒っているのよ。この人間ども、わたしが苦労してお姉様から融通してもらった救い主を……絶対に許さないわ。全員、きれいさっぱり片づけるわよ」
『救い主様との約束は、守れよ?』
「……わかっているわよ。悔い改めて避難したやつらは死なないはずよ。じゃ、そろそろやるわよ。あなたも戻りなさい」
『……かしこまりました』
***
「さあて、やるわ! えい! ノアの大洪水カモン! ふう、後は確認確認……と。えっと、借りパク大宇宙無次元力は……もうプラマイゼロね。ずいぶんと星神力が貯まったものだわ! このまま行けばもっともっと貯まったのに……ああ、くそ人間どもが」
「もう魔力山は要らないわね。取り合えず適当な感じで地中に蓋をして、と。後は山を崩して、捨ててしまえ! えい!」
「あっ! ちょっと怒りで頑張り過ぎたかしら……ああ! 勢い余って大宇宙に! まずいまずい! 星のカケラならともかく、星のカスなんて放り出しちゃったら! とりあえず急いで固めておかなくちゃ、後で大宇宙中央管理センターから不法投棄罪で厳罰が来ちゃう! えっと、よいしょよいしょっと……あー、やばかったわ。とりあえず丸めといたから、えっと、どうしようかしら……ま、適当にあたしの星の周りでも回して置こうっと」
「あ! 北極に溜まりに溜まっていた色んな石が、海に落ちちゃったわね……ま、少しは大陸側にも残ったから、大丈夫でしょ。ちょっと海に沈んだのがもったいないわね……あ、そうだわ。約束の地カナンは煙突なんだから、星と繋がってるわよね、そこに出てくるようにしちゃいましょ。ポンっとな。資源が無限に湧いて出る方が、便利に決まってるものね! 便利にしたら、しただけ美味しい物に繋がるはず! いやだ~ あたしってば、賢い~!」
「あら、ちょっと約束の地カナンに魔力が集中しちゃったわね……ま、仕方が無いわね。大陸から魔力の放出が減ったんですもの。もう一つの出口から循環させる必要があるわ。じゃないと、あたしの星が死んじゃうもの。あたしの民は、少々魔力が濃くても影響ないから大丈夫よ! いやん、逆にもっとステキな民になるわね、きっとそうよ! これで、さらに美味しいものが増えるわ!」
「あらあら、やっぱり成層圏まで到達していた山を崩すと、とっても影響が大きいのね……大陸が、ヒビだらけじゃないの。地震でも起きちゃったかしら。でも、約束の地カナンには影響が無いから、大丈夫よね、きっと。大陸に残っているのは、死んでも誰も困らないゴミだもの、埋まって死のうがつぶれて死のうが、関係ないわ! ……あら、でも少しは残さないと、ダメだったような……いや、大丈夫よ、きっと。悔い改めていれば、このくらいでは死なないはずよね! そうに決まっているわ!」
「あっ、さすがに宇宙まで届く山を削ったからかしら、割と宇宙に飛んで行ったと思っていたけど、ちょっと予想以上に海に入っちゃったみたいね……海の面積が増えた気がするわ……ま、少しくらい海面が上がった所で、なんていう事もないわね! 大陸もちゃんと……うん、残っているし! ……ちょっと、大陸が南北に分かれちゃったみたいだけど……うん、何も問題は無いわ!」
「あ、そう言えば川が無いと、いくらクズみたいな人間どもでも本当に死ぬわね。ほんとにもう、面倒ったら無いわ。仕方ない、川も流してやろうかしら。元々三本くらいあったはずだから、それでいいわね。はい!」
「あら、いやだ、あたしったら、ノアの大洪水なんだから、海面がいつもより上昇しているだけよね。少しすれば、海の水は減るはずよ。もう、心配して損したじゃないの! 今はこんなに大陸が小さいけど、洪水が終われば元に戻るわね! あー、良かった~ エデンの園が海に沈んじゃったから、ゴミ人間どもの食べ物が無くなる所だったじゃない。あぶないあぶない、またアイちゃんに叱られちゃう所だったもの。でも、ギリギリセーフ! さすが、あたし!」
「あ、いよいよ星神力が無くなっちゃうわ……でも、今後は増える一方なんだから! 最後の力を振り絞って~ お姉様~ 今行くわね~ あ、やばい、気を失いそう……アイちゃん、後は良しなに~」
***
ポンッ!
***
「うわ! なに? 何が起こったの?」
『何も心配はございません、救い主様』
「え、でもポンッ、って結構な音がしたけど?」
『大洪水が始まったのです。この約束の地には、影響は一切ございませんので、どうぞご安心を』
「ああ、そうなんだ……アイちゃんが言うと、安心感が違うね~」
プーーーン シュタッ!
「すくいぬし様~ たいへんでーす! 山からいろいろたくさんがポンって」
『そこの一級天使! 些細な事で救い主様を煩わせるでない!』
「は、はい!」
「え? 何か大変なんじゃないの?」
『何も問題はございません。少々、星の脈の流れに変化が生じただけでございます。どうぞご安心を』
「あ、そうなんだ。ま、大洪水が起こるくらいだもんね、そりゃ星も色々変わってもおかしくないか」
『左様にございます。そこの一級天使! 何も問題は無いな?』
「は、はい! なにももんだいありません! アイちゃん様!」
『救い主様、どうぞごゆっくりお休みください』
「うん……ありがと、アイちゃん。それにマーちゃんも」
『救い主様の、御心のままに』
***
「ミチイル、起きているかしら」
「うん、母上」
「何か、ポンってすごい音がしたけれど、大丈夫かしら」
「うん、何も問題ないみたい。洪水が始まったんだってさ」
「あら、そうなの。ここにいると全然わからないわね」
「まあ、もうとっくに夜だし真っ暗だからね、何も見えないし」
「ええ、そうね。なにも問題は無いのね? 誰にも危険も無いのね?」
「うん、大丈夫」
「良かったわ……それを聞いたら、みんなも安心するわね。それと、食事の用意が整ったようなのよ。みんなで一緒に食事にしましょう!」
「はーい」
「マーちゃんも一緒に行きましょうね!」
「はい! マリア様!」
***
――アタシーノ星の北極にあった、大宇宙へ力を放出する魔力山は無くなり、これにより、雫型だった星は球体になった
――その衝撃はすさまじく、大陸では史上初の大地震が起こり、多くの者が消え失せた
――星の質量の五分の一にも及ぶ魔力山は、その多くが大宇宙へ投げ飛ばされたが、宇宙粗大ゴミの一歩手前で、ぎりぎりアタシーノ星の衛星となった
――残りの魔力山の残骸は海へ沈み、ノアの大洪水の水ともども大波が発生した
――その波が大陸を襲い、さらに多くの者が消え失せた
――大波は、ひび割れた大陸を洗い流し、あるいは浸み込み、石が転がる荒れ地を、なだらかな丘へと変えた
――そして、幾度も押し寄せる海水により削られ、大陸は縮小した
――さらに、低い土地であったエデンの園は、ノアの洪水が引いた後も、魔力山が沈んだ事により上昇した海水に覆われ、海へ沈んだままとなった
――また、アタシーノ星に新たに誕生した月は、潮の満ち引きを生み出し、日々、海面の高さが変化するようになった
――そして、赤道直下が海となった星は、気候変動が起こり、それぞれの島の平均気温は上昇し、日中でも雨が降るようになった
――また、赤道直下が海となった大陸は、北島と南島に分かれた
――北島にはスローン人が、南島には南部の民が生き残った
――そして、多くのエデン人は、一瞬のうちに、星へと還った
――こうして、ノアの洪水は、アタシーノ星に大きな変化をもたらし、終焉を迎えたのだった……
***