2-59 更地
「とりあえず、この辺りかな?」
『左様にございます』
「じゃあ、まずは海の時間を止めようと思うけどさ、約束の地を見たことが無いんだけど……」
『そこの一級天使、救い主様をお抱え申し上げ、上空へ案内せよ』
「かしこまりました!」
「ん? 向こうに山? 確かに火山島みたいなのが見える」
『そこが約束の地でございます』
「わかった。じゃ、このまま抱えててくれる? マーちゃん」
「かしこまりました!」
「じゃあ、とりあえず、この辺りの海の時間を止めよう」
ピッカリンコ
「そして、この海岸からあの島まで、海水を収納」
ピッカリンコ
「まだ海水が残っているね、もう少し収納」
ピッカリンコ
「石の道が出て来たね?」
『左様でございます』
「ああ、この道なら確かに、コーチも通れるくらい平らだから大丈夫かな。この道はどのくらい維持されるの?」
『救い主様が解除されるまででございます』
「んじゃ、皆が移動するまで、このままね」
***
「ああ、伯父上、約束の地までの道を作って来たからさ、皆の移動を開始してもらえる?」
「その道は、歩いて渡るものなのでしょうか?」
「いや、コーチも使えると思う」
「では、コーチも仕立てる事にしましょう」
「母上は?」
「休ませております」
「そう。どこまで指示が伝わったかな? 北部の工業団地に使いは行った?」
「はい、既に出発しておりますので、今頃は民の移動が始まっているかも知れません」
「じゃ、北部へ行ってくる。とにかく、どんどん約束の地へ移動させて。向こうでは数万人程度が滞在できる土地があるらしいから、今晩はそこで過ごす事になるかも知れないんだけど」
「大丈夫です。何とかしましょう」
「うん、じゃ、また後でね」
***
「北部工業団地に来るのも久しぶりだな……」
「ミチイル様」
「あ、金工の親方だね、久しぶり」
「はい。もう民の移動は終了致しました。既に全員、公都へ向かっております」
「うん、ここに来る途中で民が移動しているのが見えた」
「着の身着のままで、との事でしたが」
「うん、これから僕が、この工業団地を丸ごと持っていくから、親方も公都に向かってくれる? 公都に着けば、その後の指示があると思うから」
「かしこまりました」
「さあ、丸ごと収納だ。竹の森も、全部収納!」
ピッカリンコ
「少ししてから、戻ろうか。戻りながら道路を剥がして行こう。よろしくね、マーちゃん」
「かしこまりました!」
***
その後、公都方面に戻りながら道路を収納していき、家畜農場まで来た。
来たんだけど……生き物を無次元空間に入れるのがね、今までずっとして来なかったんだけどさ……どうしよう。うーん、仮にこのまま置いて行っても死んじゃう可能性が高いよね。
うん、気が進まないけど、農場ごと収納しよう。無次元の世界で元気に農場にいるイメージを崩さなければ、うん、行ける。
で、ピッカリンコ!
みんな、元気で生きて! 後で食べちゃうかも知れないけど、ごめんね……
そして、果樹園に桐の森に……ワイン工場、テンサイ畑に砂糖工場、加工肉工場……ああ、たくさん作って来たなあ……そうそう、茶の木も忘れたらダメだよね。っていうか、丸ごと全部、収納!
そして、中央工業団地は後回しにして、南方面へ行こう。北部よりは早く連絡が行っているはず。
あ、ああ、そうだった、混血の侵略軍がいるんだったよ……見つかると面倒だから、引き返そう。その間に、畑を全部収納して置こうかな。
ちょっと、南側の事もあるし、一度戻ろう。
***
「伯父上、進捗状況はどう?」
「はい。既に多数が約束の地へ渡っていると思われます」
「あ、順調だね……それで南村だけどさ、侵略軍が居るんだったよね? 近くまで行ってから思い出して引き返して来たんだけど」
「はい、数百人がいると思われます」
「じゃあ、取り合えず南村からは、どのくらい引きあげられそうなの? 全員引きあげたら困るよね?」
「そうですね、スタイン侯爵家の者たちが武力を持っていますので、その者たちで交易口を固めましょう」
「そういえば、エデンの王国に何か武力が必要な時に、兵を出す家だったもんね、忘れてたよ」
「そうですね、それで足軽と言われているらしいですが」
「まあ、それだけじゃなさそうだけど、それはいいや。じゃ、南村を全撤収できるようになったら、教えてもらえる?」
「かしこまりました」
***
――全世界の、愚かな人間どもよ!
――悔い改めよ!
――悔い改めねば、お前たちは滅ぶであろう!
――神は、お怒りである!
――今から後、この世界が滅びに包まれる!
――悔い改める者は、神に祈り、高い土地へ行け!
――悔い改めぬ者どもは、苦しみののちに全て死ぬ!
――これは、最後の慈悲である!
――救い主に刃向かってはならぬ!
――早々に、悔い改めよ!
――愚かな人間どもよ!
***
「うわ! 何だ? 今のは」
「おい、南部へ戻ろう」
「そうだ、神が怒っていると言ってる」
「高い所へ行かなくては」
「南部は王都よりも高いぞ」
「急げ急げ!」
***
「なんだなんだ、このバカげた声は?」
「わかりません、シンエデン王よ」
「救い主?とは、これからわしらに膝まづく事になる、その救い主か?」
「左様でございましょう」
「どういう技を使ったか知らんが、逆らうな、などと片腹痛いわ」
「あ、お前たち、どこへ行く!」
「おい、ちょっと待て!」
「なんだ? なぜあ奴らは走っている?」
「わかりません、逃げているのでしょうか」
「後で厳罰に処せ!」
「御意」
***
「スローン大公、今の声は……」
「どんな技を使ったのかはわからんが、大方救い主とやらが魔法でも使って、兵を怖気づかせる計略でも図ったのであろう」
「ですが……」
「うわーー」
「おい! 逃げるな! 待て!」
「こんな所で死んでたまるか!」
「おい! こら! 人質を置いて行くな!」
「大公、如何しましょう?」
「この馬鹿どもが! 逃げるな! たかが計略にそそのかされおって! おい! ……ダメだな。仕切り直すしかあるまい。戻るぞ」
「人質はどうしましょう?」
「そんな者を運んでいては、兵が瓦解するだろうが! 置いていけ!」
「か、かしこまりました」
***
「アイちゃん! 今の声は?」
『全世界に遍く届く神託にございましょう』
「それはいいけどさ、もう洪水が起きちゃう!」
『一切の心配はございません。救い主様の御準備が整うまで、洪水は起きませんので、ご安心を』
「そうなの? それならいいんだけど……」
「すくいぬし様! ひとじちをつれていたよわきたみたちが、ひとじちをおいてにげていきます!」
「え? 人質を置いて?」
「はい!」
「じゃあ、今なら助けられる?」
「はい! もちろんです!」
「じゃあ、直ぐに助けて来て!」
「かしこまりましたー!」
***
「伯父上、人質は戻った?」
「はい、5人全員が戻ったようです」
「ああ、良かった! どこか悪い所とか無い?」
「はい。少し衰弱しておりますが、命に別状は無いようです」
「良かったよ……何か酷い被害とか……その……女の人達だと思うし……」
「はい。聞き取りの結果、多少の暴力はあったそうですが、女性の尊厳に関わるような事は無かったようです」
「ああ! 本当に良かった! じゃあ、これでもう憂いは無いね!」
「はい。ですが、いつ洪水が起きるのかと、みな気が気じゃ無い様子です」
「ああ、それは大丈夫なんだって。僕の準備ができるまで、洪水は起きないってさ」
「それは! では、民には落ち着いて行動するように、心配は要らないと伝えましょう!」
「うん、よろしくね」
「はい、それと、南村の交易口に屯っていた混血兵も、声を聞いて逃げ帰ったようだ、との事です」
「あ、それじゃあ、南村は全部、引きはがしても大丈夫?」
「はい、心置きなく」
「じゃあ、剥がしてくるよ。もう南側の畑は収納したからね、後は南村と公都と、中央工業団地だけ。北側はもう更地にしたから」
「さすが、救い主様ですね」
「そうだね! 僕、今が一番、救い主で良かったって思っているよ!」
「ミチイル様のお元気が戻られて、ほっとしました」
「うん、それじゃ、行ってくるね」
***
「ミチイル様、ご無沙汰しているのでゴザル」
「ああ、足軽君! なんか久しぶりだね」
「はい。それで、混血兵は全員居なくなりました」
「らしいね。僕はこれから南村を全部引っ剥がして収納するからね、もちろん、スタイン侯爵家の屋敷も、アドレ伯爵家の屋敷も、そのまま収納するからさ、着の身着のままで公都西の海岸へ向かってくれる? コーチも荷車も牛も、そのまま歩いて約束の地へ渡れるから」
「かしこまりましたでゴザル。では、後ほど、約束の地で」
「うん、気をつけてね」
***
南村も、全撤収した。
そして、唯一の出入り口であった交易口も塞ぐ。これで、気が変わって兵が戻って来ても大丈夫。約束の地へ行くまでの間くらいなら、充分に時間稼ぎもできるはず。
さ、道路も全部剥がしながら、公都へ戻ろうか。
***
「伯父上、民の移動はどんな感じ?」
「はい、そろそろ半分程度は移動したかと思います」
「という事は、暗くなる前くらいには移動は完了できるかな」
「大丈夫だと思います」
「じゃあ、僕は一度、約束の地へ行って、避難所みたいな建物を建ててくるから。とりあえず、雨風しのげる場所がないとさ、何日くらいでどうなるか、分からないんだけど、街を作ったりするのは洪水の後じゃ無いとダメだと思うから、数日間はしのげそうな大きな建物を建ててくるから」
「かしこまりました」
***
「じゃ、マーちゃん、約束の地へ連れて行って!」
「かしこまりました! かいがんぞいの、へいちへごあんないしまーす」
…………
「お? 想像よりも、かなり大陸に近くない?」
『左様でございます、救い主様』
「数キロくらい?」
『5kmもございません』
「いや、ものすごく近いね。道を作る時に見たのと、随分違うよ。こんなに近いとは」
『はい。救い主様の民も、苦も無く移動できるでしょう』
「あ、本当に火山島だね。山すそに高台みたいな平地があるけど」
『左様でございます。山に近い側に居れば、洪水の影響もございませんでしょう』
「そうなの? 安心したよ……じゃ、早速、避難所を建てよう。山側に下ろしてくれる? マーちゃん」
「かしこまりました!」
シュタッ!
「おお! ミチイル! お祖父さまじゃ~!」
「ああ! お祖父さま、元気そうだね」
「ミチイル~ 会いたかったんじゃ~ こんなに大きくなってからに~」
「ハハ そりゃもう大人だし」
「そうかそうか、ミチイルが元気そうで、なによりじゃ!」
「いや、こっちのセリフなんだけど……って、こんな事を話している場合じゃないの。僕、みんなの避難所作りに来たんだ。山のギリギリに建てるからね、後は、お祖父さまに任せちゃってもいい?」
「もちろんじゃ! お祖父さまに任せとくんじゃ~!」
「んじゃ、よろしくね!」
***
約束の地カナンは、海の中の飛び出た火山島そのものな感じ。だけど、山すそに土地があって、海岸からだんだん高くなっていく感じだから、一番高い平地に、牛舎や牛の囲いと、1000人くらいは雑魚寝できそうな建物を、取り合えず30棟繋げて建てた。少々足りないかも知れないけど、数日だろうから、我慢して貰おう。
そして、食料をできるだけ下ろし、井戸も作って、避難所のキッチンに接続し、また大陸へ戻る。
公都の収納とかもあるからね。
***
「伯父上、進捗状況はどう?」
「はい。北部も南部も、もう誰も居ません。中央工業団地、この別邸の辺りも、公都ももう少しで無人になります。おそらく最後の一団が出発したら、いよいよ無人となります」
「そう。約束の地に避難所建てて来たからね、お祖父さまが居たから頼んできたけど、水と食料も用意しておいたから、向こうに着いたら、適当にしておいてもらえる?」
「かしこまりました」
***
そして、公都も中央工業団地も僕の別邸も、道路も井戸も、倉庫も作物も、様々な在庫類も、一切合切全部、全てを収納して、神聖国が更地になった。
***