2-56 スローン暗躍
「まったく、あの糞王め、何が草を集めろだ。なんでも簡単に命令しやがって!」
「スローン大公、それでどうなさるのです?」
「集めるしかないだろう。セルフィンから持ってきた種も、思うような量が収穫できんのだろう?」
「左様にございます。とても民の腹を満たす程ではございません」
「ならば、エデンのいう事を聞くしかないだろうが。マッツァ無くしては国が滅ぶ」
「では、手配を致します」
***
「グハハ あの馬鹿王め! 約束は取り付けたぞ!」
「うまく行きましたな、スローン大公」
「おう、これで北部はわしのもんだ!」
「神聖国を手に入れても、エデン人では足を踏み入れられませんし、当然と言えば当然でございましょう」
「あの草をバラまけば、やつらの商品が売れなくなるのは確実だ。愚かなエデンの民でも、煎じ汁を混ぜる事くらいはできるであろうよ。して、学園の寮からは攫って来れたのか?」
「いえ、さすがに貴族でございますから、一人でいる事も少ないでしょうし、寮の建物から連れ出すのも難しく」
「なら、平民でも良い。さっさと攫って参れ」
「かしこまりました」
***
「私たちをどうしようってのよ!」
「お前らは、何か得体の知れない力が使えるらしいな」
「誰が言うもんですか!」
「おい、やれ!」
「きゃっ」
「ちょっと! その子に何をしようっていうのよ!」
「きゃっ」
「やめなさいよ!」
「……うっ」
「ほら、早く言わないと、こいつが死ぬかも知れんぞ?
「ごほっ」
「やめなさい! ……そうよ、私たちは奇跡が使えるのよ! 女神様の祝福があるの! アンタ達には使えないわ!」
「ごふっ」
「ああ! やめなさいってば!」
「さあて、次は、こいつにしてみようか」
「……うっ」
「ああ、女神様! 救い主様! どうか!」
「救い主だと?」
「アンタ達になんて話すもんですか!」
「次は、あっちのをやれ!」
「さあ、来い! 恨むんなら、あの女を恨め」
「ぐっ」
「ああやめて! ……そうよ、救い主様が…………」
***
「なに? 魔法が使えるだと? 何だそれは?」
「はい、スローン大公。不思議な力でアルビノ人にしか使えない様でございます」
「グハハ そうかそうか。なら、わしらにも使えるという事だな!」
「いえ、人質が申すには、神聖国人しか使えないようです。スローン人に試させましたが、呪文とやらを唱えさせても、何も起こりませんでした」
「なぜだ! おかしいではないか!」
「女神信仰が必要であるとか、救い主の祝福が無いと使えないなどと申しております」
「ふざけた事を言うのでは無いわ! 馬鹿も休み休み言え!」
「ですが、事実としてスローン人は魔法を使えません」
「ええい、わしが試してみるわ。スローン大公であるこのわしに、やつらに出来ることが出来ぬ訳がない!」
***
「ほう。では、やはり魔法を使うには、女神信仰が必要だと言うんだな? それ無くしては、いくらわしでも直ぐには使えんと?」
「はい、その様でございます」
「そして、エデンでは魔法が使えず、この北部なら使えるんだな?」
「その様に申しております」
「して、その人質共は、何ができるのだ?」
「はい。調理関係の仕事をしていたようでございます。材料と道具があれば、食べ物を作れるとか」
「ほう、そうか。取り合えず、エデンで売れるものを作らせておけ」
「ですが、このスローンには、材料も道具も無いと申しておりますが」
「なんだと! 全く役立たずめ。まあ良い、もうすぐ神聖国が手に入る。それから扱き使うとしよう」
***
「そうか! とうとうやつらは逃げ出しおったか! グハハ 良い良い! すぐに兵を整え、商店街を押さえよ!」
「かしこまりました」
「グハハ! わしらスローンが、世界を治める第一歩としてくれようぞ!」
***
「スローン大公、ご報告が」
「なんだ。兵の準備は進んでおるのだろうな?」
「その件でございますが、どうやらセルフィンから民が逃げ出している様でございます」
「なんと! 戦ってもおらんのに、セルフィンが手に入るでは無いか! わしらの古代神が世界に戻って来たのかも知れんな! グハハ」
「左様でございましょうね。スローン人に恵みを与えるために戻って来て、ケルビーンのやつらにセルフィンを準備をさせたのでございましょう」
「グハハ わしらに国を与えるために準備をさせられた奴らも、哀れなものだな! ここはセルフィンに残っている奴らにも慈悲を授けて奴隷として置いておいてやるか!」
「それが良いでしょう」
***
「なに? セルフィンには誰もおらず、作務衣しか無かっただと?」
「左様でございます。無人となっており、そしてゴミばかりで普通の服は、一着もございませんでした」
「服が手に入らねば、民に工作をさせられんではないか。作務衣ではスローン人だとすぐにバレるぞ」
「はい。急ぎ、服が作れるように研鑽せよと、民に申し付けましょう」
「それで、セルフィンには大量の食物や道具があったのだな?」
「左様でございます」
「ならば、それらを中央エデンで販売しろ」
「かしこまりました」
「これで、紙幣も山のように集まるな! グハハ」
***
「なんだと! もう商品が無くなった? おかしいではないか! なぜ次々用意をせんのだ!」
「スローンの民は、作り方もわかりません」
「道具は作れなくとも、米やら作物は作れるだろうが!」
「それが、残された畑に種を植えてはいるのですが、思うように収穫ができません」
「この役立たずが! ケルビーンに出来てスローンにできないなど、あり得ん!」
「ですが、事実でございます」
「そう言い切る理由はなんだ? 何があると言うのだ?」
「神聖国では、魔法の適性によって仕事を選んでいたようでございます。攫って来た人質どもは、料理をするのに適した者たちであったようで、金工や木工などには詳しくありません。そして、スローン人は魔法を使えないままですので、商品を作ることができません。そもそも、見ても作り方すらわからない物が多いのです」
「……作物なら、お主の論理は通用しまい。さっさと作れ。作物は少し前からスローン人でも問題なく収穫しておったろうが」
「それが、作物類も神聖国とは違うようでございます。神聖国では、大きい実が数多く成り、あっという間に収穫ができるそうです。それには魔法が欠かせないとの事。いま、占領しているセルフィンでも農作業をしておりますが、そもそも実がほとんど成らないそうでございます」
「なぜだ! おかしいではないか!」
「人質が申すには、作物が実るためには畑の妖精の存在が必須との事です。現在のセルフィンやスローンには、畑の妖精が居ないのだとか」
「なんだそれは……ええい、その妖精とやらを連れてこい!」
「かしこまりました」
***
「物を売っているのに、なぜ紙幣が集まらぬのだ!」
「はい。シンエデンにはそもそも紙幣は流通していなかったようでございます。何でも、王が紙幣の受け取りを拒んだとか」
「フン、まったく偉そうにするばかりの能無しだな、あの馬鹿王も」
「それで、神聖国が逃げ去ってから、中央エデンにも紙幣の供給が止まり、流通する紙幣は減る一方で、増えることも無いらしいです」
「なんだと? では紙幣を作れ! なぜ作らん!」
「紙幣はアタシーノの大公家だけが作っていた様で、人質共も、一切の作り方などは知らないと申しております」
「ぐぬぬ」
「しかも中央エデン王国では、パラダイス貴族が商売を始め、神聖国産の商品を、紙幣でのみと条件を付けて高値で販売しております。それもあって中央エデンでは、さらに紙幣が少なくなっておるようでございます」
「なんだと!」
「それと、シンエデン王から紙幣が無理なら貨幣を、との催促がございます」
「フン、適当に銅貨をやっておけ」
「かしこまりました。それと中央エデンからも、早く商品を納入せよ、との事でございます。こちらも、紙幣が無理なら銀貨を納入せよ、との事で」
「なんだと! なぜスローンに言うのだ! 神聖国に言えばよかろうが!」
「セルフィンに代わりスローンが取り仕切ると、大公が仰せになったからでございましょう。神聖国と同じ働きをせよ、との事にございます」
「ぐぬぐぬぐぬ……」
***
「なぜだ……なぜこうもうまくいかんのだ……」
「人質が言うには、救い主が居ないからだ、救い主は数多くの奇跡を成し、民に祝福を与えるのだ、と申しております」
「……そうか。スローンに足りないものは、救い主とやらなのだな?」
「左様にございましょう」
「……救い主を攫って来い」
「不可能でございます。救い主とやらが、どこで何をしているものなのか、人なのか、そうでないのか、何もわかりません」
「人質を拷問して、聞き出せ!」
「これ以上傷めつけると、死ぬかも知れません」
「では、新たな人質を攫って来い」
「無理でございます。神聖国人は、国から出て来ません」
「ええい、攻め入れば良いでは無いか!」
「無理でございます。アタシーノの周りには、天にもそびえんばかりの石が国土を覆っております」
「なんだと? そのような物を作れる訳がなかろうが!」
「ですが、現実に存在しております。どこにも継ぎ目も無く、入り口もございません。人が乗り越えるのは難しいです」
「石でも木でも積み上げて登らせろ!」
「石は運べませんし、木材もございません」
「セルフィンには変な木が数多く生えていると申しておったではないか!」
「はい、ですが、あの木は何をしても切れません。他に切れる木材もございましたが、使えそうなものは全て木材や道具へ加工し、エデンへ売り渡しましたので」
「馬鹿な事を! なぜ木材を使い切ったのだ!」
「大公のご指示でしたが。全て商品にしろ、とのご命令でした。ですが幼木はございますので、そのうちに使える様になるかと」
「……わかった。…………救い主とやらを、自ら差し出させよう」
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「ご無沙汰致しております、シンエデン王」
「ええい! このおぞましき呪われ人の分際で! 今まで参内もせず、何をしておった! 紙幣はどうした! 商品はどうした! お前、偽りばかりを申したな! 今日は死にに来たのか! おい、こいつを殺せ!」
「大変に申し訳ございませんでした、王よ。ありとあらゆる努力をし、一日でも早くシンエデン王へ献上品をお持ちするべく、昼夜を惜しまずに働いておりましたもので。ですが、私どもだけでは、如何ともし難いのでございます。是非、偉大なるシンエデン王のお力を賜りたく」
「ほう、そうか。お前もようやく気がついたのか。殊勝な心がけである。わしにかかれば何事も赤子の手を捻るようなもの、願う事があれば、申してみよ」
「ありがたき幸せ。神聖国にあって、他には無いものが判明致しました。スローン人の、血の滲むような調査により、ようやく新しい情報が手に入ったのでございます」
「クドクドねちっこい奴め。早う申せ」
「はい。神聖国には、救い主というものが居るようでございます。その救い主が手に入れば、世界を手に入れる事も叶いましょう」
「なんだと? どこにいる? どのようなやつなのだ?」
「はい。神聖国に居ると思われますが、見た者は居りませんので、確認できません」
「確認できないものを手には入れられないだろうが、このたわけが!」
「はい。ですので、自ら差し出すように仕向けるのでございます。シンエデン王国は、神聖国には煮え湯を飲まされてばかり。中央エデン王国でも、神聖国の無責任により、現在は困窮していると聞き及んでおります。ですので、シンエデン王国と中央エデン王国で同盟し、神聖国へ攻め入れば宜しいかと存じます」
「馬鹿を申せ! エデン人は北部へ入れんだろうが!」
「はい。ですので、パラダイス王国を動かしましょう。パラダイス王国は、その貴族が神聖国の商品を中央エデンで横流ししているそうでございます。ですので、中央エデンからパラダイスへ抗議を行い、南部の民を差し出させるのです。南部の民は、アルビノ人との混血の民もおりますので、その者たちであれば、北部へは侵入可能でございます。昔の言い伝えがございますので、混血民であれば問題はございません」
「ふむ。だが、パラダイスは動かんぞ。既に王家は無いも同然だ、と噂に聞いておる」
「はい。ですので、中央エデンで不当な商売をしている貴族をつつけば良いのでは無いでしょうか」
「ほう。それはどこのどいつだ?」
「恐れながら、シンエデン王」
「何だ、カンターラ」
「はい。そのパラダイス貴族は、当家の縁者にございます」
「ほう、そうか。おぬしらの一族は、随分と暗躍が好きと見えるな。まさか、このシンエデン王国でも悪事を働いて居るのではあるまいな?」
「とんでもございません、王よ。このカンターラがパラダイス王国の貴族を動かして見せましょう」
「それは心強い! カンターラ侯爵様が居れば、百人にも千人にも値しますな」
「フン、世辞はやめよ、スローン大公。して、お前らは何をするのだ?」
「はい。人質を連れて参ります。救い主が自ら出てくるまで、一人ずつ人質を目の前で殺して行きます。救い主と自称しているくらいですので、民が殺されるのを指を咥えて見てはいないでしょう。必ずや、自ら身を差し出して来るものと存じます」
「悪辣な奴め。して、お前らの兵はいつ神聖国に集まるのだ? パラダイス貴族の兵と合流するのであろうな?」
「いえ、私どもは、セルフィンとの国境を見張っております。神聖国は高い石で囲まれており、侵攻は不可能であるとか。パラダイス方面には出入り口があると調べはついてございますので、王国の連合軍として、そちらへ兵を差し向けるのが宜しいかと存じます。救い主が北部で逃れようとした場合には、私どもが捕えます」
「ふむ、西は海で北は未踏の死の地と聞いて居るからな、確かに南側と東側を固めておけば、誰も逃れられまい。スローン大公、早速そのように進めよ」
「かしこまりました」
「カンターラも、良いな」
「はっ、かしこまりました」
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――戦争が、始まろうとしていた
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