2-54 撤収
「ふう。とりあえず、出来る事は今のところ、これくらいかな。でも、何もしないよりは、気が楽だよ。僕の気が楽になるかどうかの問題じゃないけど」
『いえ、救い主様の御気分の具合は、人間どもの生死よりも重要でございます』
「んもう、アイちゃんったら。さ、もう夜中だしね、誰も居るはずも無いし、このアルビノ商店街を撤収しよう。なんか、寮の建物とかをバラすのも勿体ないけどね」
『丸ごと収納すれば宜しいのでは無いかと愚考致します』
「え、丸ごと? 丸ごとって、建物ごと?」
『左様にございます』
「できるかな、そんな事」
『バンガローの収納と、何も変わりございませんが』
「……おう……そうか。じゃ、遠慮なくピッカリンコにピッカリンコ……」
「ついでに道路も剥がしちゃえ。あ、井戸が残ったね。井戸は……どうしよう?」
『収納可能なのではと愚考致します』
「……そうなのね。ま、ピッカリンコ…………と。さて、これで中央エデンとはキレイさっぱり、おさらばだ!」
『お疲れ様でございました』
「うん。ちょっと疲れたけど、とりあえず南村まで歩こうかな」
『少々お待ちくださいませ』
「え? うん」
プーーーン シュタッ!
「すくいぬし様~ おまたせしました!」
「ああ、マーちゃん。早くない?」
「だいじょうぶです! けんぞくがはたらいています!」
「そういえば、夜中に雨が降るんだったっけ?」
『左様にございます』
「マーちゃん達は大丈夫なの?」
「はい! なにももんだいありません!」
「そう。良くわかんないけど、問題が無いならいいか~ 雨が上がってから南村に移動する?」
「どちらでもだいじょうぶです!」
『救い主様が濡れないようにせよ』
「はい! では、雨があがってからでおねがいします!」
「じゃ、何もないから、バンガローでも出して、仮眠しておこうかな」
『それが宜しいでしょう』
「うん、じゃあ、そうするね。雨が上がったら教えてくれる?」
『かしこまりました』
***
『おい! 一級天使! 弱き民は集めたのか?』
「は、はい、特級天使様! ですが、どのくらいのにんずうでぜんぶなのか、わかりませんでした……」
『そうだな。救い主様が国元へお帰りになったら、他の者どもが確認するであろう』
「はい! このエデンのよわきたみで、まほうがつかえるものは、あつめたとおもいます!」
『よろしい。スローンに攫われた救い主様の民はどうだ?』
「それが……よくわかりませんでした……」
『そうか。仕方が無い。ご苦労であった。これからも救い主様のため、身を粉にして働け!』
「か、かしこまりました、特級天使様!」
***
中央エデンのアルビノ商店街は、更地にした。
人が移動したのを確認してから、セルフィンの南村も更地にして、急ぎ公都へ戻った。本当は、セルフィンの色々な物も収納したかったけど、当然まだ民の移動は完了していないからさ、仕方が無い。
***
「それで伯父上、スローンの子達から色々聞いたかな」
「はい。おおよそ予想通りでした。今まで確証が無かったので、とても助かりました。ありがとうございました」
「ま、証拠とかじゃないけどさ、確認できただけでもマシか。それで、詳しく聞きたいから詳細をお願いできる?」
「はい。スローンとシンエデン王国は、同盟関係を結んだようです。目的は、神聖国の排除と、神聖国の乗っ取りのようですね。そのために、シンエデン人が中央エデンに入り込み、神聖国で雇われて商店街で働き、毒草をエデン人の食物に混ぜ入れていたようです。エデン人の従業員が急激に増えましたからね、精査が甘くなったかも知れません」
「そうかもね。それに前はシェイマスも居たからね、今は管理体制が少し、緩かったのかも知れない」
「はい。それと、中央エデン貴族から、従業員を多数、紹介されていた事も調べで判明しました」
「ん? 中央エデンは被害者だけでは無いかも?って事?」
「わかりませんが、中央エデンの高位貴族の紹介で商店街の従業員となった者が増えていたようです」
「きな臭いね」
「ええ」
「でも、自分たちの国の民が被害を受けたってのに、王は何の対処もしないのか」
「エデン王族ですから、さもありなんと言った感じでしょう」
「それと、誘拐された人たちだけど、ある程度は戻って来たかな?」
「はい。少なくともアタシーノの民は戻ったようです。セルフィンの民は、まだ全員公都への避難が完了していないため、確認が取れない状況です」
「まあ、そうだよね。民の記録とかもあるんだっけ?」
「はい、住所と名前、家族構成などは記録を取ってあるはずです」
「じゃ、神聖国民が全員揃ったら、誰が居なくなったか判るね」
「だと思います」
「それとさ、スタイン侯爵家とアドレ伯爵家はどうする?」
「アドレ伯爵家はパラダイスが活動範囲ですから、今回の件の影響はありません。スタイン侯爵家は、中央エデン方面への出入りが無くなるだけでしょう」
「そう。パラダイスも、いつどうなるか分からないからさ、引き上げを検討した方がいいかも知れない」
「そうですね」
「引き上げるとしたら、何か問題があるかな」
「はい。まず、パラダイス王国の運営をどうするか、そして、南部の混血民をどうするか、主にこの二点です」
「アドレ伯爵家は問題ないの?」
「はい。パラダイス貴族をまとめていますので、パラダイスから引きあげれば、それで終わりになると思います。今は南村の仮屋敷が事実上の本拠地でしょうし」
「ああ、王都には使用人をって話だったけど、使用人は混血じゃないのかも知れないね」
「はい。アドレ伯爵家の分家含めた一族全員でも20名も居ないようですから、屋敷を増築すれば、問題は無いと思います」
「そうすると、南部か……3000人くらい居るんだもんね、混血の民は」
「そうと聞いておりますが、私が直接見た訳では無いので、スタイン侯爵家の申告での情報です」
「ま、足軽さんなら問題ないでしょ。本当に先が読めないからね、南部の混血民も、神聖国に集めた方がいいかも知れない。今回みたいに急に色々事態が動いても、南部から神聖国への移動は簡単じゃないでしょ?」
「そうですね。なにせ王都を通らなくてはなりませんから、今回のように、自由に動けないかも知れません」
「だよね。じゃあ、スタイン侯爵家にさ、南部の民も、希望者だけでいいから、神聖国の南村への移住を進めるように指示してもらえる?」
「かしこまりました」
「そして、パラダイス王国か……どうしよう」
「そもそもの条約として、アルビノ人に危害を加えたら一斉に引き上げる、となっております。ですので、引きあげてもルール上は問題はありません。ただ、現在では、神聖国無くしてはパラダイスは国として存続が不可能なレベルです。混乱必至でしょう」
「ま、そうだよね。じゃあさ、とりあえず他の二王国とは断交するけど、パラダイスに紙幣を供給するのは今まで通りにしておこうか。でも、南部の混血民は、神聖国へ移住を進めるからね、移住が完了次第、再度考えよう。それが終われば、何の問題も無く、北部に籠れるから」
「そうですね。商売の方はどうしましょうか」
「うーん、また誘拐でもされたら嫌だからさ、アルビノ商店街でのみ、商売をしよう。王都の中を売り歩いたり、そういうのは神聖国民はしない。今まで通り、エデン人の従業員を使うのはいいけど、神聖国民の可動範囲は、アルビノ商店街まで。これでどう?」
「いいと思います。商店街なら、国へ戻ろうと思えば、小走りすれば1時間もかからず南村ですから。それに、スローン人が入り込んでも今はすぐに分かりますし、紙幣の供給も、アルビノ商店街で行って、エデン人に取りに来させれば良いと思います。もちろん、王家にも取りに来させましょう」
「そうだね。それでさ、エデン会議はどうなるの? 前回も前々回も伯父上、出なかったでしょ」
「そうですね。次はシンエデンで開催でしょうが、この情勢ですから、もちろん欠席します。来年パラダイスでやるなら、その時は、その時に考えましょう」
「そうだね。ま、もうどうでもいいしね。このまま北部に籠る事になるんだろうし、パラダイスが従順なら今のまま、面倒くさくなるようなら、パラダイスも切ろう」
「かしこまりました」
「はあ、後どのくらい誘拐された人がいるのかな……」
「少数なのでは無いでしょうか。中央エデンとシンエデンには、もう神聖国民は居ないんでしたよね」
「一応、そうだって事なんだけどね……」
「パラダイスでは、そういう話はありませんし、中央エデンでは貴族がシンエデンに呼応した可能性もありますが、パラダイス貴族では、その可能性は現時点で低いです。なにせ、紙幣を供給しているのは神聖国ですので。その神聖国に、むやみに刃を向けるとも思えませんし」
「でもさ、エデン人だよ?」
「……そう言われてしまうと、返答に困りますね」
「うん。とにかく、攫われた人を助けるのもそうだけど、もう新たに攫われないようにする。セルフィンとアタシーノの間に、壁を作ろうと思うんだ」
「商店街の塀のようなものでしょうか」
「うん。少なくとも、今の状態だと、どこから侵入されるか分からないし、防げもしないからね。もう東側には紙幣はもちろん人も物も行かないから、壁で塞いでも関係ないと思うし。本当は、セルフィンとスローンの間にすればいいんだろうけどさ、国土が広すぎると警戒もできないから」
「そうですね、実際、この旧アタシーノだけでも、国境を警戒しようと思っても無理なのでは無いかと思いますし」
「うん。南北で60kmくらいはあるでしょ、資源石を拾う所まで含めたら」
「はい。しかも、それでも魔力山までは全然到達していませんから、最北部は事実上、国境が無い状態でしょうし」
「そうなんだよね。魔力山には近づけないって話だけど、どこまでは行けるのかもわかんないんだよね……試す訳にもいかないから」
「ですね。私達は試せませんが、スローンなら試すかも知れませんし」
「ほんと、民を攫うようなバカどもだからね、人体実験くらいやりそう」
「それで、セルフィンは事実上、放棄するという事ですね?」
「うん。胸を張って言える事じゃないけど、そうせざるを得ないと思う」
「何も問題はありませんよ、特に思い入れがある土地でもありません。ま、それはこのアタシーノも同じですけれどね」
「うん、伯母上もそう言っていたけどさ……」
「大丈夫です。そもそもの話をすると、元々はケルビーンの一族ですからね、セルフィンも。要するに、このアタシーノ地方が祖先の地ですから、そこへ戻るだけですよ」
「そうか。そうだね。うん。セルフィンの民の移住が済んだら、一度セルフィンへ行って、色々持って帰りたいとは思ってるんだけどね」
「無理はなさらない方が良いです。物はどうにでもできますが、人の命、特に、ミチイル様の安全は、何をおいても最優先ですから。私は、ミチイル様がセルフィンへ行く必要は無いと思っています。神聖国民が誘拐されていますからね、どんな情報がスローンに行ったか、わかりません。もしかすると、ミチイル様の情報も流れている可能性がありますから」
「ああ、そうなのか……はあ、仕方ない。セルフィンの事はできるだけ、無理はしないという方向にするよ」
「お願いします」
「それで公都の住宅は足りた?」
「まだセルフィンの全員が来ておりませんので。でも、一時的には交流センターや学校などへ収容できても、暮らしていくとなると、新たな建物が必要です」
「うん、じゃ、公営住宅を作っておこうかな。5000戸分で長屋を1000棟作れば、全員収容できるだろうしね。公都の土地は余っているし」
「願っても無い事ですが、無理はなさらないでください」
「うん。それと、畑の方はどうなるかな」
「はい。何も問題はございません。現在外へ出している食料を、そのまま自国で消費するだけですので。セルフィンの民分も、一か月もあれば作物も取れますし、在庫もありますからね、心配は無いと思います。それに、畑は民でも魔法で作れますから」
「そうか、そうだよね。じゃあ、住むところは僕が、食料は農業部が、服は……材料さえあればセルフィンの人も作れるかな」
「はい。そもそもセルフィンの民も、生産員ですから。労働力が増えますよ」
「そうだった! なんか昔のイメージなんだよね、セルフィンには色々あげなくちゃ、みたいな気分になってたよ、僕」
「今は技術も変わりありませんよ、父上達がずっと住んで、セルフィンの民を指導して来ましたからね」
「ほんとだ! ああ、なんか少し楽になったよ、伯父上。ありがとう」
「とんでもない事でございます」
「じゃ、新たな住宅を作っちゃおう! 伯父上、人払いの手配をお願いね」
「かしこまりました」