2-50 神24
無事に卒業して神聖国に帰って来た。
卒業式?もちろんそんなものは無いよ。卒業します、気をつけて、てなもんね。
帰りには南村で、スタイン侯爵家とアドレ伯爵家の仮屋敷を予定通り建ててから、僕の別邸へ。
それで帰ってから早速、バニラの品種改良に取り組んだの。
まず、神聖国の気温でも育つバニラを選別して、その次に、匂いがバニラっぽいのを選別、その時に、花が大きいのも分化させておく。
そして、それぞれ大きく早く育つものを品種改良して、例のごとく一か月で収穫できる、大きな蘭の花とたっぷり鞘が取れるバニラがピッカリンコ完成。
すぐさま、茶の木畑エリアで栽培を開始するように指示。まあ、バニラなんて大量には必要ないしね、ほどほどでいいよ。
さあて、裏庭でたっぷりと収穫した、僕用のバニラを使って、お菓子を作ろう!
***
「なーにをつーくろーうっかなー」
「あらミチイル、とっても機嫌がいいのね」
「うん。バニラが出来たからね~」
「あら、いよいよ革命ね!」
「うん。まずはさ、基本の生クリームだよね! バニラの鞘から抽出したバニラエッセンスを使って、生クリームを泡立てまーす」
「生クリームは前からあったじゃない」
「チッチッチ! 別物なの~」
「そうなのかしら。生クリームは、何をどうしても生クリームじゃない」
「まあ、見ててよ。んじゃ、生クリームに砂糖とバニラエッセンスを入れて、キッチンロイドでピカッと~ はい、生クリームの、完成です!」
「だから、以前からとっくに完成しているじゃないの」
「ほらほら、食べてみてよ。あ、なんならリンゴのコンポートもつけてあげるからさ」
「そう? じゃ、少し味見をしてみるわ。キッチンで味見なんて、ちょっと人には見せられないわね」
「いいから、早く! いただきまーす! んー! これこれ~」
「パク……! んまあ!んまあ!んまーーー」
「美味しいでしょ~?」
「これは! これは何なのかしら! これが生クリームだと言うの! ええ、確かに生クリームだけれど、生クリームであって、生クリームでは無いわ! これは、生クリームよ!」
「何を言っているのか、わからないよ、母上」
「これがバニラの力なのね……これは、神の偉業よ、奇跡よ、祝福よ!」
「うん、そうだね」
「なあに、ミチイル、このような奇跡を起こしたっていうのに、やけに静かねえ」
「うん、たとえば目の前にさ、僕よりも怒っている人とか居たりするとさ、怒りが無くなって冷静になったりするじゃない? それ」
「そんな事はどうでもいいわ! もっと他のスイーツは無いのかしら!」
「自分で訊いたくせに……ま、次は~カスタードクリームだ!」
「ミチイル、カスタードクリームも、少し前からあるじゃないの」
「うん、同じものでも別物になるんだよ!」
「まあ、そうね。生クリームも神界の奇跡が起きたものね!」
「うん、じゃ、カスタードクリームをつくりまーす。牛乳を温める時に、バニラのビーンズを入れまーす。そして、カスタードクリームの、完成です!」
「ミチイル、またゴミを入れたでしょう? カスタードクリームの中に、ゴミがいっぱいあるじゃない」
「これはゴミじゃないの! バニラの種なんだから」
「種なんて食べられるのかしら」
「いやいやいや、カボチャの種も食べるし、穀物も全部、種でしょ」
「ええ? 穀物は、種なのかしら?」
「そうだよ、何だと思っていたのさ」
「もちろん実だと思っていたわよ」
「米も麦も大豆もトウモロコシも、全部種なの!」
「そうだったのね」
「じゃ、まだ温かいからさ、冷蔵スキルでピッカリンコして、リンゴのコンポートに添えて、いただきまーす! んーおいしー」
「パク……! これは! これがカスタードクリームだと言うの! これはカスタードクリームであって」
「はいはい、以下略ね。じゃあ、次~ 牛乳と生クリームと砂糖と卵黄を良く混ぜてから一旦濾して、そこにバニラビーンズも加えて、弱火の鍋で温めまーす。混ぜながら温めてとろみがついたらキューブ状にして凍らせまーす。カチカチに凍ったら、これを石臼魔法でペーストにしまーす。滑らかになったら、バニラアイスクリームの、完成です!」
「アイスと言えば、リンゴのアイスではないのかしら。何も具が入っていないようだけれど」
「いいからいいから、さ、いただきまーす! んー」
「ハク……んまあ! これは、まったりして濃厚で、甘い香りもして上品で、後味まで美味しいわ!」
「でしょ~ どれもバニラ無くしては出せない味なんだから~」
「……そうね。これは確かに革命だわ……こんな神界の霊薬をエデンのやつらだけで、何百年も独占していたなんて! 許せないわ!」
「いや、バニラは食べられても使われても無かったからね」
「独占していた事実は揺らがないのよ!」
「うん、まあ、そうだけど」
「次は、クッキー生地にバニラオイルを入れまーす。普通に焼いたら、バニラクッキーの、完成です!」
「まあ! とてもいい香りで風味が豊かね!」
…………
「はい、バニラパウンドの、完成です!」
…………
「はい、バニラシフォンの、完成です!」
…………
「はい、次はキレイに精白した砂糖の中に、バニラの鞘を入れて保存しておきまーす。一か月くらい経ったら、バニラシュガーの、完成です!」
「ミチイル、このお砂糖は何につかうのかしら」
「うん、紅茶に入れてみてよ」
「見た目はキレイな白いお砂糖だけれど……ポチャ……あら! とっても香りのいいお紅茶ね!」
「でしょ~ バニラはね、乳製品と卵に使われる事が多いけどね、こうやって紅茶にも合うんだよ」
「恐ろしいほどに万能なのね、バニラって」
「うん。さあて、最後は母上お待ちかねの~」
「あら、あらあら! もしかして!」
「はーい、石鹸を作る時に、茶の花エキスの代わりにバニラオイルを使いまーす。石鹸を作ったら、バニラ石鹸の、完成です!」
「んまー! 石鹸にも新しい香りが、とうとうできたのね!」
「うん。残念ながら、好き嫌いがある石鹸かも知れないんだけどね、でも香りも長く残ってさ、良い感じだと思うよ。特に女の人は好きかもね」
「まあ! 本当にいい香り! 食べられそうなほどよ!」
「いや、食べないでよ」
「いやあねえ、食べる訳ないじゃないの。それくらいいい香りって事よ」
「まあ、わかってるけどさ、母上だから、何となく」
「んまあ、失礼ね!」
「ハハ じゃあね、はい、これ」
「まあ! 綺麗な器に入ったお花!」
「うん、花瓶って言うんだけどさ、色つきのガラスで作ってみたよ。花を活ける専用の瓶なの」
「とっても美しいわ! それに、こんなお花!」
「うん、この世界ってさ、観賞用の花がないからね、バニラの花を改良して作った、蘭の花だよ」
「蘭! なんてエレガントで高貴でステキな響きなのかしら! それにとってもいい香りだし、お花があでやかよ!」
「うん。数日しか持たないけどね、これをお部屋とかサロンとかに飾っても素敵でしょ」
「そうね! これは世界が度肝を抜くわよ!」
「母上、どんだけ世界の肝を集めれば気が済むのさ。もうけっこう度肝抜いてるはずだけど」
「そうよねえ、今まで抜いた度肝はどこへやったのかしら」
「まったく……」
「うふふ」
「バニラの威力はすごいでしょ~?」
「ほんとうね! こんなステキなものがあるなんて、パラダイス王国を買って、良かったわね!」
「そうだね!」
***
バニラは、早速ジョーンにも色々教えて、神聖国で使われだしたよ。
でも、冷蔵品が多いしね、特に冷凍庫は普及させてないから、アイス類は大公家だけ。バニラ使用スイーツは主に、冷蔵高級品扱いの物が多いから、たまに食べられるごちそうかな。
それに、もちろんエデンには一切流通は禁止。
もともとエデンの物だけどさ、なんかエデンから取り上げたみたいな感じがしないでもないし、冷蔵庫も内緒のままだしね、しばらくはエデンには秘密。
後は、桃かな。
***
という事で、今日は桃の品種改良をば。
まず、例によって神聖国でも育つものを選別、早く育つもの、大きく育つもの、実が大きいもののほか、途中で花がたくさん綺麗なものも。
桃は、綺麗だよね~
はい、とりあえず、母上~
***
「用って、なにかしら、ミチイル。わたし、バニラ石鹸で大忙しなのだけれど」
「うん、見るからになんか睡眠不足みたいね……今日はね、母上が飛び上がって喜ぶものを用意したんだよ」
「まあ、楽しみね!」
「うん、ではまず~ はい、これ!」
「石鹸ね。バニラのような香りはしないけれど」
「うん、これはね、桃の葉っぱのエキスを入れて作った、桃の葉石鹸でーす」
「桃って、エデンの園にあったお尻ね」
「うん。桃の葉はね、肌をキレイにする効果があるんだよ。肌荒れを治めたり、しっとりさせたり、新陳代謝を促進したりするからね、アンチエイジングって言って、歳を取っても肌が綺麗なままにしたりさ」
「な、何ですってー!」
「うん。母上が喜びそうだなって思ってさ」
「な、何ですってー!」
「母上、聞いてる?」
「な、何ですってー!」
「母上……」
「ハッ、なにか遠くへ行っていたような気が……えっと確か、永遠の24歳が、本当に24歳になるのですって?」
「いや、そこまで言ってないけど」
「それは大変な大革命……世界を揺るがすわ……」
「まあ、しょせん石鹸だからね。それでね、こっちは、その桃の葉で作った化粧水で」
「な、何ですってー!」
「そしてこれが、その桃の葉のお茶で」
「な、何ですってー!」
「そしてこっちは、桃の葉エキス入り入浴剤で」
「な、何ですってー!」
「そして、こっちは桃の花ね」
「な、何ですってー!」
「きれいでしょ、桃の花」
「な、何ですってー!」
「あ、母上が壊れてるね」
「な、何ですってー!」
「僕の言葉がリフレインして幻聴が聞こえてるとか?」
「な、何ですってー!」
「睡眠不足になるまで作業なんてしない方が美容のためなのにね」
「な、何ですってー!」
「寝ずに作業とかさ、逆効果じゃないのかなあ」
「な、何ですってー!」
「とりあえず、桃の葉茶でも飲んでおこうっと」
「な、何ですってー!」
ズズッ
***
「はあはあ……わたし、いま何をしていたのかしら……夢だったのかしら?」
「あ、気がついたの? 大丈夫? ちゃんと息吸ってた?」
「そうだわ! 『神24シリーズ』の事ね、そうだったわ」
「桃の葉の事? なんか、総選挙とかしてそうだけど」
「それでミチイル、この『神24シリーズ』の生産指示は、もちろん終わっているのよね?」
「え? 別に何もしてないけど」
「作り方は? レシピはどこ? 在庫はどこかしら?」
「えっと、作り方は適当で、レシピは僕の頭の中で、在庫はこれで全部だけど」
「ああ、ミチイル! あなたって、ほんとうにすごいわ! もちろん何もお願いしなくても、山のような在庫を用意してくれるのでしょう? なんて親孝行の可愛い子なのかしら! 奇跡を起こして母の私を本当の24歳にしてくれるだなんて!」
「いや、そんなつもりは無いけどさ、母上、今でも十代に見えるんだから、24歳になったら逆に老けてない?」
「いやあねえ、ミチイル、女の価値は24歳がピークなのよ!」
「えっと、それどこの昭和の情報なの?」
「え? どこかしら……でも、24歳が価値があるのは本当よ! だって、なぜかわたしがそう思うんですもの」
「……うん、そうだね。じゃ、夕ご飯は何にする?」
「そうねえ、色々やらなくちゃいけない事が、さらにたくさん出て来た気がするから、手軽にささっとお茶漬けでいいわ」
「うんうん、母上、少しゆっくりしてよね。たぶん、世界が急激に変わり過ぎて、何かがどうにかなったんだと思うんだ。僕、母上が心配だからね、何でも作ってあげるから」
「ありがとう! じゃ、神24シリーズのレシピを」
「はいはい、母上、夕ご飯はもうちょっと待っててね」
「だから、レシピ」
「はいはい」
「レシピ」
「はいはい」
***
はあ、母上が正気を取り戻すまで、大変だったよ。
そういえば、以前もこんな事があった気がするなあ……
バニラと桃で、こんな事になっちゃうなんて……
エデンの園の魔力って、怖いよね……
***
――ミチイルの所為なのではないだろうか
***