2-49 卒業
バニラも気になるんだけどさ、シモンが神聖国に戻って来た……
卒業したんだって!
やばいじゃん。僕の卒業も迫っているって事だもんさ。
それで取り合えず、急ぎ学園へ行く事にした。マーちゃんに抱えられて急ぎ戻ってから、数か月もずっと神聖国に居たからね、そりゃシモンも卒業するよ……
***
「お疲れさまでした、ミチイル様」
「ああ、シェイマス、久しぶり。ごめんね、本当はシェイマスも卒業だったのに」
「とんでも無い事でございます」
「それでさ、何か変わった事はあった?」
「特に何もございません。強いて言えば、少し客が減った事くらいでしょうか」
「あ、そうなんだ。何か理由があるのかな」
「わかりませんが、ずっと忙しかったので、適正な状態になったような気がします」
「そうだよね、需要が一巡したら、落ち着くもんだしね、問題が無いならいいと思う。それで、足軽君とかは?」
「はい。スタイン侯爵令息は、色々お忙しいようでございます」
「まあ、そうだよね。家を揺るがす大変革だったし」
「はい。卒業を見据えて、後をグループの者に引き継いだりしている様でございます」
「ああ、後を継続させて維持もしないとならないもんね」
「はい」
「シェイマスの後は、どうなるの?」
「はい。寮の管理は寮監がおりますが、寮生の取りまとめは、ソフィア様がなさいます」
「ソフィアって言うと、シモンの妹だね。僕、会った事がないけどさ」
「左様でございますね。ミチイル様は、特別なお方でございますので」
「特別だと、身内に会わないものなの?」
「はい。特に女性ですと、どのような所へ嫁ぐことになるかもわかりませんから、家の内情はあまり知らせないものでございます」
「ああ、そっか。記録も無い時代なら、なおさらだよね。人の記憶が財産なんだ。なんでも教えちゃうと、そりゃまずいのか」
「はい。ですが、神聖国元首の令嬢ですから、学園でも一目置かれる事でしょう。変な輩に縁づかなければ良いのですが」
「まあね、人の心は自由にならないからね。ま、本人が考えればいいと思うよ。それじゃ、特に僕は会わなくてもいいね」
「はい。いずれにしても、ミチイル様と入れ替わりで学園へいらっしゃると思います。ミチイル様のご卒業の際には、私も、アドレ伯爵令嬢も、スタイン侯爵令息も、皆、卒業致します」
「それで、キャンティは?」
「はい。アドレ伯爵令嬢も、お忙しくしていらっしゃいます。カフェの引継ぎもございますし」
「そっか。そう言えば、食券販売はどうしようかね?」
「それは、カフェのフロントで普通に販売する事になると思います。食券販売で便宜を図る必要がある者も、おりませんから」
「そうだね。ある意味商売だしね、スタイン家もアドレ家も混血だったし女神信奉者だから良かったけど、他の人に利益供与は要らないもんね」
「左様でございます」
「それにしても、この寮も一気に人が入れ替わるねえ」
「左様でございすね。しかしミチイル様のお部屋は、卒業後も、しばらくそのままになさっておいた方が良いと存じます」
「ああ、中央エデンにでも用があった時に使えるからね。でも、特に用があるとも思えないけど」
「寮の部屋は余っておりますので、備えは肝心でございます」
「まあ、そうだね。僕が許可しないと部屋にも入れないだろうから、セキュリティも大丈夫だし、いいか」
「はい。学園にはいつから行かれますか?」
「そうだね……面倒くさい……」
***
「いいか、我々偉大なるエデン人は、うんたらかんたら……」
「さあ、難解な引き算を致しますよ! 11-5は? はい、そこのあなた」
「見ろ! 良く見たか! 見たな! いや、まだだ……」
***
「もはや、懐かしい気分になるね、授業も」
「私は、とてもそのような心持にはなれません」
「まあ、僕は学園に全然通わなかったもんね。半分も通ったかなあ」
「どうでしょうか。元々ミチイル様が通う必要などございませんでしたし」
「まあね。でも、食文化が少しは広まったと思うから、我慢した甲斐も少しはあったかな」
「左様でございますね」
「でもなんかさあ、ほんの少し、学園の空気が、なんて言うか距離が遠くなったっていうか、ヒソヒソしているっていうか、そんな感じがしない?」
「どうでしょうか。私には良くわかりませんが、以前のように突撃される事が無くなったので、静かに感じられるのかも知れませんね」
「あ、そうかも。ま、静かならいいか~」
「そうでございますね。思えば入学当初は、色々と騒がしかったものでございました」
「本当だよねえ、王族に絡まれたりさ」
「今この学園では、ミチイル様は事実上のパラダイス貴族の頂点でいらっしゃいますからね、ミチイル様が王族相当でございますよ」
「そっか。パラダイス貴族は、僕たちに絡みようも無いのか。ま、以前から特に何も言われもしなかったけどね」
「中央エデン貴族も、似たようなものでございましょう。シンエデン貴族くらいでしょうかね、相変わらずなのは」
「王族とかいるんだ?」
「いえ、居ないとは思いますが、シンエデン貴族はおりますので、憎々し気な雰囲気で遠巻きに見てくる程度でございます」
「そうだったんだ。僕、あんまり人の事を見てないからね」
「はい、お目汚しになるだけでございますから、ミチイル様がご覧になる必要もございません」
「ま、以前よりも暮らしやすくなったのなら、シモンの妹も変な事にはならないだろうしね」
「コーチが参っております。では寮へ」
***
「ミチイル様、大変ご無沙汰しております。ご挨拶が遅れまして、申し訳もございません。また、当アドレ伯爵家を御取立て頂き、感謝の言葉もございません。引き続き誠心誠意、努めて参りますので、どうぞ宜しくお願いいたします」
「お久しぶりでゴザル、ミチイル様。当家も一層のお引き立て、誠にありがたく、感謝を申し上げるのでゴザル」
「二人とも、久しぶり。忙しいみたいだね。足軽君は卒業したら、どうするの?」
「はい。自分はもちろん、家業の差配をするのでゴザル。王国間の物流もゴザルし、南部の農業もゴザルし、それの販売もゴザルので、いつもあちこちを走り回る事になると思うのでゴザル」
「そうだよね。神聖国の物流は、スタイン侯爵家がメインになったもんね。これからもよろしくね」
「もちろんでゴザル」
「キャンティはどうするの?」
「はい。わたくしは、メアリ様の薫陶を頂き続けまして、パラダイス貴族を牛耳って参る所存にございます。パラダイス貴族も、中央エデン貴族のように躾けますので、どうぞご安心くださいませ」
「全然安心できないけどさ、まあ、よろしくね」
「身命を賭しまして、必ずやミチイル様の行かれる道の雑草を払ってみせましょう」
「ハハ…… それで、学園の色々を継いでくれる人を用意している最中なの?」
「そうでゴザルが、自分の後は、学園では特に必要もないのでゴザル。当家のグループの者が入学いたすので、その者に申し伝えておく程度の事でゴザル」
「わたくしの方も、カフェを取り仕切る方は神聖国の従業員でございますので、学園では特に、何かを継がせるような事はございません」
「まあ、そうだよね。学園なんて、何もする事がないところだしね、眠たいのを我慢するくらいが最大の努力だもん」
「左様でございますね。学園の授業内容も、そのうちに考える時が来るやも知れませんね」
「セバス侯爵令息様のおっしゃる通りにございます! いつまでも旧態依然とした噴飯物の授業内容でございますから。特に、歴史の授業は、早急に何とか致しませんと!」
「まあ、シンエデンとかもあるからさ、ただでさえ、パラダイス王国の一件では面白くないはずだしね、別に実害がある訳じゃないからさ、もっと世界が落ち着くまで下手にいじらない方がいいんじゃないかな」
「ミチイル様は、お慈悲が深うあらせられます!」
「本当でゴザルな。パラダイス王家の処遇も、大変な厚遇であると聞き及んでいるのでゴザル」
「左様でございます! あのようなゴミムシども、生かしてもらえるだけでもありが」
「キャンティ! そんな事を余所で言ったらダメだよ~ 面倒くさくなるだけだからね」
「失礼致しました」
「それで、生活の拠点はどこになるの?」
「自分は南村が多くなると思うのでゴザル。バンガローも使わせていただいておるのでゴザル」
「いや、バンガローは拠点にできるようなものじゃ無いけど」
「充分でゴザル。とても快適でゴザルし、寝に帰るだけでゴザルので」
「いやいや、せめて南村にスタイン侯爵家の屋敷を用意しないとダメかな、やっぱり。公都でもいいんだけど」
「当家の者は、まだ公都には足を踏み入れた事がございませんのでゴザル。それに、南村は一番多く経由するのでゴザルゆえ、公都よりは南村の方が都合が良いのでゴザル」
「じゃあ、南村の適当な所に、スタイン侯爵家の屋敷を建てよう。他の所との兼ね合いもあるからね、セバス侯爵家の別邸があるんだけど、その別邸と同じ屋敷でいいかな。家族が4~5人くらいは暮らせると思う」
「本当にありがたい話でゴザル。いつも甘えてばかりで心苦しいのでゴザルが、どうぞ宜しくお願い致しますのでゴザル」
「うん。それで、キャンティの拠点は?」
「はい。わたくしは王都の屋敷がございますので、そこに戻ります」
「でもさ、王都の屋敷って、屋敷とも言えないような建物なんじゃない?」
「はい、もちろんでございます。この寮とは比べ物にもなりません」
「左様でしょうね。普通の建物は、扉も何もありませんし、トイレも無いのが当たり前ですからね」
「左様でゴザルな、セバス侯爵令息」
「僕さ、王都では建築はできないからね、南村なら建てられるんだけど、アドレ伯爵家は王都に住んでいないとまずいの?」
「そのような事はございませんが、当家では南村に屋敷を建てられる伝手がございませんので」
「ああ、そうだよね。神聖国は紙幣は流通してないしね、必要な時に必要な分を供給しているからさ、食べ物も着る物も住む家も。じゃ、とりあえずアドレ伯爵家の屋敷も、南村に建てておこう。スタイン侯爵家はジェームズと同じ家だから、それよりは小さめで。ま、4人くらいしか住めないからね、足軽君ちもだけど、ちゃんとした屋敷はそのうち職人を手配とかするとして、とりあえず仮屋敷、みたいな感じで使ったらどうかな?」
「有難き幸せにございます。王都のアドレ家の方には使用人を常駐させ、わたくしどもは神聖国南村へ参りたいと存じます」
「うん、僕が卒業してからになるけどね、建築は直ぐ終わるから、みんな一緒に卒業するんだろうし、帰る時は神聖国の街道経由でしょ? 帰りにでも建てちゃおう!」
「この目でミチイル様の奇跡を見られるのでゴザルな」
「左様にございますか! メアリ様から伺ってはおりますが、この目で直にみられようとは! ああ、女神様!」
「二人とも、大げさなんだけど」
「大げさでも何でもございません、ミチイル様。私もミチイル様が目の前で公都を整備したり、平民学校を御建てになられたのを拝見致しましたが、正しく神の御業、奇跡にございました」
「あれ、公都の移転の時は、あの群衆の中にシェイマスが居たの?」
「勿論でございます。あの折は、旧アタシーノの貴族は全員、あの場に居りました。ミチイル様の奇跡をしかと目に焼き付け、世々後世まで伝えるように、とのお達しでございましたので」
「そうだったんだ……なんか人がいっぱいいるなっていう記憶なんだけど、だれもしゃべって無かったし、何しに来たんだろうと思ってたよ」
「ミチイル様には、お声がけは厳禁でございましたので」
「そっか。ま、今でも大した変わって無いかもね」
「左様でございますね」
「じゃあさ、後は、卒業だ! みんな、これからも宜しくね」
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――こうしてミチイルは、二年間に及んだ退屈な学園生活を終えた
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