2-48 エデンの園
さーて、今日はいよいよ、待ちに待った決行の日。
いくら自由にパラダイス王国内を出歩けるとは言っても、僕は目立つ容姿だからね、さっと行ってさっと帰ろうと思う。
***
「ねえ、アイちゃん」
『はい、救い主様』
「エデンの園ってさ、どんなところ?」
『木と花があるだけでございます』
「木ってさ、命の木?と果樹?」
『左様でございます』
「僕は見たことがないからね、どんなのかな~」
『特に特徴はございません。木ですので』
「んもう、アイちゃんにかかったら、何でもひとくくりじゃない」
『事実でございますので』
「もう、シモンみたいな事を言っちゃって~ エデンの木は、エデンの園でしか育たないんだよね?」
『いえ、温度と魔力が豊富に存在すれば、生育は可能でございます』
「あ、そうなの? 昔は育たなかったって話だった気がするけど」
『北部では温度が足りないのではと愚考致します』
「あ、温度ね、温度。と言うことは、熱帯みたいな所じゃ無いとダメってことね?」
『はい。しかし、多少温度が低くとも植物として存在程度はできるかも知れません。ですが、実は生らないと存じます』
「ん? と言うことは、僕なら品種改良なんかができちゃったり?」
『救い主様なら、可能ではと思料致します』
「そっか~ なんか楽しみだよね~ 久しぶりに新たな食物でも手に入るかも知れないし~ ありがと、アイちゃん」
『救い主様の、御心のままに』
***
「ミチイル、待ったかしら」
「大丈夫。ぽやっとしてたから」
「あらあら、相変わらずね。では、出発しましょう!」
「そうしよう!」
***
「あっと言う間に南村も過ぎたね」
「そうね。この辺りもすっかり変わったわね」
「そうだね。一大物流センターだもんね」
「スタイン侯爵家の人たちなのかしら、混血の民が多いけれど」
「足軽グループには違いないとは思うけど、アドレ伯爵家とかもいるかも。魔法の訓練をするように言っておいてあるからね」
「そうなのね。アドレ伯爵家と言えば、そこの御令嬢がお姉様のお気に入りのようね」
「うん。弟子って言ってたよ、伯母上」
「……なにか不穏な空気を感じないかしら」
「うん、感じないでもないけどさ、キャンティは優秀だしね、きちんと貴族を取りまとめられると思う」
「ま、お姉様に任せておきましょうか」
「そうだね」
「そうこう言っているうちに、もうアルビノ商店街ねえ」
「結構人が居るね」
「そうね。王都で物を売り歩くようにもなっているみたいだけれど、それでもまだまだ商店街の品ぞろえには叶わないでしょうし」
「そりゃそうだよね。それに、ここまで来るのも娯楽の一つにもなっていると思うし」
「高級カフェも、順調のようですものね」
「パラダイス王家とかも来ているんだっけ?」
「そうらしいわよ。コーチも使い倒しているようね。まあ、仕事も無いし、他にする事も無いでしょうからね、王家は。遊んでばかり」
「でも、そうじゃないとさ、口うるさくても面倒くさいでしょ」
「そうね! 飼い殺しにしておきましょ!」
「全く、いつもながら人聞きが悪いよ、もう」
「あら、この辺りは初めてだけれど、低品質ながらも石畳道路なのね」
「うん。エデン人が敷いたからね、少しガタガタだけど、土の道よりはマシでしょ」
「そうね。もう南部まで道ができたのかしら」
「どうなんだろうね。今じゃ誰にもどこにも気を遣う必要も無いもんね、最優先で敷いたかも」
「そうよね。南部はスタイン侯爵家の本拠地だもの。でも、神聖国の正式な貴族になったでしょう? スタイン侯爵家の屋敷とかは神聖国内に必要ないのかしら」
「どうだろうね、南村に建てるのなら、魔力の問題もないと思うけど……本当は公都でも問題ないらしいしね、欲しかったら言ってくるんじゃない?」
「ま、それもそうね」
「うわ、この辺りは王都だよね、もう」
「もちろんわたしも来たことが無いけれど、街並みから言ってもそうでしょうね」
「なんか少し懐かしい感じ」
「そうね。とても原始的ね。木造ばかりだけれど、雰囲気は昔の公都を思い出すわ」
「そうだよね。窓の扉も無いし、玄関とかも無いし、キッチンも無さそう」
「もちろんよ。お風呂も無いでしょうし」
「井戸も無いよね? 確か水は中央の湖の水を使っているって聞いたような」
「そうなのかしらね。エデン人の暮らしぶりなんて、聞いたとしても頭を通り過ぎちゃっているものね」
「ハハ ま、確かに~」
「しかし、道もろくに無いし、市街地?もバラバラだし、少し散らかってるね、もちろん公共の建物も無いし、貴族も住んでいるんでしょ? どこが貴族の屋敷なのかもわからないね」
「そうね。神聖国の平民の方が、ずっといい暮らしよね」
「アドレ伯爵家もこんな感じで住んでいるんだろうから、やっぱり南村辺りに屋敷でも用意してあげた方がいいのかも。僕以外はここで魔法は使えないんだから、パラダイス王都には簡単に建築できないもんね。でも僕が人前で魔法を使う訳にはいかないし、王都では無理かな」
「それはそうよ。王都から人払いなんで出来ないのですもの」
「うん。あ、なんか公園みたい」
「この辺りに王宮とかもあるのかしら」
「そういえば、エデンの園なんて、どこにあるか知らないんだけど」
「大丈夫よ、御者の人が知っているはずよ」
「あ、そうか、昔はアルビノ人が人頭税で王都とかに出入りしていたもんね」
「ええ。わたしたちのような大公家とか貴族は、当主しか王都にも来ないけれど」
「これからは、いつでも来れるね」
「別に来たくもないわね。何か古くて汚らしい感じもするし、特に何も無いし、欲しいモノは全て、神聖国にあるのだもの」
「それもそうか。でも、エデンの園があるじゃない」
「マッツァと果物が生えているだけでしょう? 北のブドウ畑と何が違うのよ」
「うーん、それを言われると見も蓋も無いんだけど」
「あら、着いたのではないかしら」
「うん、じゃあ降りよう」
***
「確かに、ごく普通の木が生えていて、マッツァとブドウがあるだけだね」
「何か特徴的な感じでもないし、つまらないわね」
「うん。ま、一応新鮮なマッツァは頂いていこうかな」
「魔法を使っちゃダメよ」
「大丈夫。直接アイテムボックスに収穫するから、誰にも見られないと思うし」
「まあ、ミチイルは本当に便利ね!」
「ハハ ……お? あの木は何の木?」
「気になる木?」
「…………ブドウでもマッツァでも無いみたいね」
「そうね、何か……赤子のお尻のような実ねえ」
「お?おお? もしかして、桃じゃないの!」
「モモ?……桃……桃かしらねえ。昔、ブドウ以外のエデンの果実を食べたけれど、皮を剥く前の果実なんて見てないからわからないわね」
「なんて言う名前なのかな」
「名前なんて無いんじゃないかしら。エデンの果実ですもの」
「そうなのか。ブドウもエデンの果実なのに、こんがらがるじゃん」
「混同する程、外に出してはいなかったと思うわよ」
「ああ、そうか。まったく……じゃ、あれは桃ね! はい、決定!」
「ねえミチイル、あのお尻を食べてみましょうよ」
「桃ね! 今ここで魔法は使うなって言ってたじゃない」
「そうだったわね……仕方がないから、我慢するわ。ミチイル、わかっているわね?」
「はいはい。たっぷり持って帰ろう」
「あら、見たことも無いお花が咲いているわ」
「ほんとだ、すごくいい匂いがするけど……蘭の花かな、ユリかな、なんか蔓みたいな……豆みたいなのがぶら下がっているけど」
「あら、黒くて食べるところが無いけれど、細い大豆の実のような感じかしらね」
「ん? 豆の鞘……いい香り……蘭のような花……! も・し・か・し・て!」
「なあに? 何かステキな物?」
「えっと、とりあえず収穫して~ これを一本ちぎってみよう。ブチっと。クンクン……ぷはあ~」
「なあになあに? クンクン……あら、何か甘い感じの香りがするわね」
「うん。これはね、もぎたて新鮮で発酵とかしてないけどさ、きっとバニラだよ! バニラ! やった~!」
「ものすごい喜び様だけれど、そんなに喜ぶようなお花なの?」
「うん、花もそうだけどさ、この実がね、鞘も使えるしね、これはスイーツ革命が起きる!」
「あら、革命だったの! それを早く言ってちょうだいよ! わたし、革命は大好きなのよ!」
「なんか、ギロチンで処刑されそうに聞こえちゃうから、革命は好きにならないでもらえる? 母上」
「何を言っているの、ミチイル。革命とは、世界がステキに変わる事よ! スイーツ革命! なんてステキ!」
「ああ、そうだね……」
「なあに、ミチイル。テンションが低いわよ。さっきはあんなに喜んでいたのに」
「なんか母上が、そのうち、パンの代わりにクッキー食べろ、とか言いそうで怖いんだけど」
「いやあねえ、そんなバカみたいなことを言う訳ないじゃないの。パンとクッキーの区別もつかなくなったら、女神様の元へ旅立つお年頃よ。わたしには関係が無いけれど、その人はお気の毒ね」
「うん、まあそうなんだけどさ、いや、そうだよねえ。そんな事を言うとは思えないもんね。ま、勝者の歴史だからな~」
「主食とお菓子の区別がつかない年寄りの話はどうでもいいのよ、それで、このバニラで何ができるのかしら?」
「うん、それはもう、色々っていうか、今まで作っていなかったものがたくさん……バニラは香料っていってね、味は無いんだけど風味をつけたり、臭みを感じなくさせたりするんだ。乳製品とか卵とかと一緒に使うとね、バニラの香りで美味しくなるんだよ」
「あら、味が無いのに美味しくなるものなのかしら」
「うん。匂いってね、味でもあるんだ。だから、鼻をつまんで物を食べると、味がしなかったりするんだよ」
「そんな事があるのね! 食文化って、とっても奥が深いわね!」
「うん。だからね、料理だけじゃなくてさ、体を清潔にしたり、服を清潔にしたり、場所を清潔にしたりね、そうすると、空気も清潔になって、匂いが美味しくなってね、結果的に味も美味しくなるんだよ」
「そうだったのね……じゃ、わたしがキレイになるのは、食文化に必須なのね! それはいい事を聞いたわ。わたしがキレイに美しくなれば、ミチイルの偉業の助けとなるだなんて! ああ、これぞ正しく、わたしのライフワークね! 決めたわ! わたし、美しさを追求するわ!」
「ふう。なんか都合よく解釈してない?」
「そんな事はないわよ。いま、わたしに天啓が降りたわ!」
「はいはい。頑張ってね」
「もちろんミチイルあっての事なのよ。だから、ミチイル、美容革命はまだかしら」
「いやいや、バニラ革命が先でしょ、たった今、バニラが手に入ったんだから」
「んもう。じゃ、バニラの次は美容か服飾の革命をお願いね!」
「うーん、そろそろ学園に戻らないとならないしね~」
「はい、決まりね!」
「学園に戻って、ちゃんと卒業しないとね~」
「さすがわたしのミチイルね! わたし、とっても嬉しいわ!」
「ねえ、聞いてる? 母上」
「もちろんよ! さ、エデンの園の用も済ませたし、とっとと帰りましょう。他には目ぼしいものもないじゃない」
「ま、そうだね。エデンのマッツァとブドウと桃、それにバニラも手に入れたしね、もう用はない!」
「じゃ、神聖国へ帰るわよ! コーチまで急ぎましょう! 御者も待ちくたびれているわよ!」
「ついさっきまで、そんな事を微塵も思ってなかったでしょ……そういうとこはシモンと似てるよ。さすがケルビーン」
「わたしはケルビーン50%だけれど、ミチイルはケルビーン100%よ!」
「ああ、そうだった……ま、帰ろうっと」