2-47 新制神聖国歳出
「まず、アルビノ人には紙幣は供給しない。これは今まで通りだね。神聖国内で貨幣経済は導入しないの。現状でうまく行っているからね」
「そうね、みんな幸せそうですもの」
「そうですね。貨幣があると、その多寡で差が生まれてしまいますから」
「うん。だから、アルビノ人の貴族家に紙幣はあげない。今まで通りにしよう。でも、スタイン侯爵家とアドレ伯爵家は、既に貨幣経済だからね、そこには紙幣を支給する。スタイン侯爵家には毎月金札10000枚の一億円、アドレ伯爵家には毎月金札5000枚ね。その代わり、今それぞれの家所属の従業員に人件費を払っているでしょ、それは取りやめ。正式に神聖国の貴族にするからね、今やってもらってる仕事は神聖国の義務にする。それでも、今よりも収入が増えると思うよ。スタイン侯爵家はさらに商売もできるしね、アドレ伯爵家に至っては現在よりも何倍にも何十倍にもなるし。それにね、神聖国の貴族になるんだから、服とかもある程度支給しよう。だから、可処分所得がとっても増えるはず。それは使用人とかの人件費にでも使えるしね」
「そうですね、とてもわかりやすいと思います」
「ええ。服が一番高額ですものね。まあ、美容関係も高額だけれど」
「まあ、その辺の采配は母上とか伯母上に任せるよ。好きにやっちゃって」
「もちろんよ!」
「それで、新設の子爵家には毎月金札1000枚の支給でしたね? ミチイル様」
「うん。一人当たり月に金札10枚ってところかな。足りないなら従業員でもなんでもすればいいと思うよ」
「そうよ! いくらでも働けばいいのよ。機会は与えているのだもの」
「そうですね、その通りです」
「そして、パラダイスの従業員用給料として、毎月金札30万枚の30億円。これは従業員12000人分で、養っている家族も入れて3~4万人分くらいかな」
「今よりもかなり増えましたね」
「うん。どこまで従業員が増えるかわからないけどさ、パラダイス王国の人口は5万人くらいでしょ? このくらいは必要かなと思うんだよね。全員分にしてもいいけど、そんなに仕事もないしさ。それでね、ここから王家の使用人、さっきも出てきた牛とか御者とかも含めてね、王家使用人の組織も作って、そこの従業員の人件費もここから出してもらえる? 伯父上」
「かしこまりました」
「ねえミチイル、王家を優遇しすぎなのではないかしら」
「うん、そうなんだけどさ、王家にはおとなしくしておいてもらった方が都合がいいでしょ? 自分たちが不自由しなければさ、口も出してこないでしょ、多分。それに、そうする事で新たに仕事も作れるからさ。エデン人にさせられる仕事がそんなに無いもんね」
「そうですね、レベルの低い仕事には限りがありますから」
「うん、だからさ、エデンの園からマッツァを取ったりする仕事も作ってね。家畜の飼料に必要だしさ。そして、確かワインを作っていたよね? エデンの果実で」
「はい。現在はアルビノ人は手を引いておりますが」
「うん。それはさ、国で管理しよう。そのワイン人員も従業員にできるしね、何よりワインはエデンで唯一価値のある産品だから、それは神聖国で管理しよう。あ、面倒くさいから、王家にはワイン渡してもいいよ。横流しして勝手に売らなければね。もし、勝手に売ったらさ、王家に支給する紙幣をその分減らしておいてね」
「そうね。損害は賠償させないとね!」
「まあ、愚かな王家ですから、自分たちで直接ワインを売ったりはしないでしょうし、王家の使用人も全員、神聖国の従業員となるのですから、仮に売ろうと思っても、動く人員が居ないのではないですかね」
「ま、そうかもね。それでも、神聖国に与しない人も出てくるでしょ、そういう人を使うかも知れないから。ま、今は食品コンテナも規格化されたしね、そこらで売ったらすぐにバレると思うけど」
「そうよね! さすがわたしのミチイルだわ! こんな事まで見越して運送システムを構築するだなんて!」
「さすがは救い主様ですね、いつも驚かされますが」
「別にそういう訳でもないんだけど……ま、とにかく、大っぴらに人を雇おう。そして、パラダイス王家には月に金札2万枚でしょ、これでパラダイス王国内に供給する紙幣の総額は、月に35億円とか36億円になるね。後は、中央エデンの王家にも月に金札2万枚と、中央エデンの従業員はどのくらいになっているの? 伯父上」
「はい。現在中央エデンの従業員人件費としては、月に金札3万枚程度だったと思います」
「ちょうど、これからのパラダイス人件費の十分の一か。ま、それらを全部合わせると、神聖国がエデンに供給している紙幣の総額は、月に40億円くらいになるね。紙幣は毎月新しく作る訳では無いし、現状を考えると、毎月40億円くらいの物資は、問題なく生産できるよね?」
「はい、問題ありません」
「そしてさ、エデンのマッツァは採取を自由にしよう。下げ渡すんじゃなくて、必要なら勝手に取って食べて、勝手に生きていって、みたいな感じ。これで、神聖国に与したくない人も生きていけるからさ」
「そうね。マッツァは要らないものね、わたしたち」
「エデンの果実はどうしましょうか」
「うん。ブドウでしょ? ブドウもいらないしね」
「あら、たしかブドウともう一つあったわよ。割とみずみずしい果物が」
「そうなの?」
「そうですね、あったと思います。アルビノ人の口にはほとんど入りませんが」
「わたしは食べたことがあるわよ。おいしい果物だった記憶だけれど、あの当時は食べ物が全然なかったのですもの、もしかしたら記憶が美化されているかも知れないわね」
「まあ、それもみんな採取自由でいいよ」
「ねえ、ミチイル、一回エデンの園に行ってみましょうよ。見てみないとわからないじゃない?」
「あ、そうだね。パラダイスが落ち着いたら行ってみよう!」
「それがいいかも知れませんね。では、エデンの園の管理は、ワインのみで、後は採取自由という事でよろしいでしょうか?」
「うん、それでいいよ。それとさ、いい機会だから、ワインも神聖国民に解禁しよう。今まで民にはお酒を出してなかったからね」
「それはいいわね!」
「そうですね、飲みすぎないように供給量を制限して管理をすれば、大丈夫でしょう」
「うん。エデンのワインもあるし、神聖国でもワインの生産は増やせるでしょ?」
「はい、問題は無いと思います。むしろ、エデンよりも神聖国の方が大量に生産できるでしょうし」
「そうだよね、収穫とか仕込みに魔法が使えるもんね」
「そうよね、王国じゃ魔法がろくに使えないのですものね。そんな国、もらっても邪魔なだけよ」
「ほらほら、話が元に戻ってしまいますよ、マリア」
「うん。とりあえずさ、この方針で行こう。伯父上、パラダイス王家と最終の詰めをしておいてね。一応文書にも残しておいてくれる? 契約書ね。ま、向こうは字も読めないからね、意味はないんだけどさ、正式にそうなった、っていう事実が重要だからね」
「かしこまりました」
***
――こうして、パラダイス王国は事実上、ミチイルの自由となった
***
あれから大変だったみたい。
もちろん、パラダイス王国ね。
パラダイス王家は我関せずでさ、表舞台からは引っ込んじゃったの。誰にも文句も言われずに贅沢に溺れて、毎日遊んで暮らしているみたい。ま、もともと大した仕事もしてなかったと思うけどね。
残された貴族たちは、大騒ぎ。
そりゃそうだよね、貴族の身分を失うかも知れないんだもん。だけどさ、神聖国で子爵と認める訳だからさ、問答無用で貴族じゃなくなる訳ではないんだよ、選択はできるんだから。それでね、当然、烏合の衆が寄り集まって、100人単位の新制子爵家にまとまったらしいよ。
ま、今まで王家から下げ渡されていた何倍もの金札が自由に使えるようになるんだからね、拒絶する事もないよね。表面上はともかくとしても、実質的には不労所得が毎月入って来てさ、旧パラダイス貴族間のヒエラルキーも崩壊しちゃったし、特にヘイコラしなくても、みんな同じ貴族になったからね。神聖国のアルビノ貴族はパラダイスには出入りしないからさ、だから、上のものに媚びへつらう機会も減ったしね、今までよりもお金も使えるし、楽になったと思うよ。子爵家以下は、あくまで認めているだけであって正式な神聖国の貴族じゃないからさ、特に義務も課してないからね。
スタイン侯爵家は咽び泣いて喜んだらしいよ。正式な神聖国の貴族で、神聖国民になったんだからね。これからも頑張って欲しい。
アドレ伯爵家は静かに喜んでいたみたい。ま、キャンティも卒業したら社交界で活躍しそうだしさ、そんなに心配もないかな。
そもそも、旧パラダイス貴族とは、紙幣を供給する以外は接点を持たない予定だからね、お金はあげるから勝手にやって、状態だから。ま、そんな事まで責任なんて持てないでしょ、女神信者でもないのにさ。
で、パラダイス王都の整備も始まった。
まあ、整備と言っても道路を敷いているだけだけどね。建物とかまで用意するつもりは無いもん。なにせ、勝手にやってね、状態だしね。
神聖国民は大忙しだよ。
商売は規模も大きくなっちゃったしさ、なにせ、物の生産は神聖国なんだから。パラダイス貴族はもちろん、パラダイス平民よりも働いているんだよ、神聖国民。
ごめんね、宗主国なら本当は楽してピンハネしていくものなのに……
で僕はさ、学園に戻らずに待機。
何の待機ってさ、もちろんエデンの園に行くためだよ。パラダイス王国も落ち着いて来たと思うし、そろそろエデンの園へ出かけてみようかな~
***
「なんだと! もう一度言ってみろ!」
「はい、シンエデン王。パラダイス王国は、事実上、アルビノ人が治める国となったようでございます」
「なんだと! ……前回のエデン会議で、パラダイス王は何か、やる気がない状態に見えたが……呪われたアルビノ人に、偉大なるエデンを明け渡すなど! 断じて許さん! おい、すぐにスローンを呼べ!」
「かしこまりました」
***
「おい、スローン大公。お前、パラダイスの事は知っておったか?」
「いいえ、とんでもございません、何も知りませんでした」
「パラダイスの貴族は、神聖国に認められねば貴族としての籍を失うそうだな。なぜアルビノ人が、偉大なるエデン人に許可など出せるのだ! 世の理が間違って居る! そうは思わんか、スローン大公」
「はい、左様でございます」
「ほう、そうか。お前もそう思うか。ならば、秘密裏に毒草を集めよ」
「それは……」
「呪われたアルビノ人が子を下すのに使っている、おぞましき毒があろう? それを集めるのだ」
「いかほどご用意いたせば」
「いかほどだと? 思う存分使っても無くならん量だ! 北部の呪われた地には、そこらに生えていると言うではないか! そのようなおぞましき草など、エデンにはあるものか! 呪われた土地の呪われたアルビノ人に、古代の神が与えた毒……いや、そう、薬だ!」
「薬……とは、何でございましょう」
「ええい! そんなもんは知らん! とにかく草を集めろ! すぐに使えるようにして献上せよ! 良いな!」
「かしこまりました」
***
――争いの種が、その場にいた事は、誰も知らなかった
***