1-15 迷いと決意
南の村から戻ってきたら、次の日の朝だった。
いや、本当は戻ってきた記憶もないんだけど。
トム爺が連れて帰ってきてくれたらしい。お礼も言えなかったけど、すぐにでもまた南の村へ連れて行ってもらうつもりだし、その時でもいいよね。
……と思っていたんだけど、大公家の屋敷内が、なんかソワソワしてるんだよねぇ。母上に、次の機会の話をしても、ちょっと待ってね、って言われるだけだし。
そんなこんなで数日経ってしまった。
***
「アイちゃん」
『はい、救い主様』
「最近なんか屋敷内がソワソワしてると思うんだけどさ、何かあったのかな」
『何の問題もないと思いますが』
「そう? この間、南の村で結構魔法とか使ったじゃない? だから何か騒ぎにでもなってるのかなって」
『救い主様がどんな魔法をお使いになっても、この世界では何の問題もございません』
「でもさ、ようやく魔法が使えるようになったと思ったら、一日のうちにたくさん魔法が使えるようになっちゃってさ、もっと考えてから試してみればよかったかなって」
『そもそも救い主様は、その魔法を使うために、この世界に降臨なさったようなものです。ですから、魔法を使うのは推奨されこそすれ、障りが生じるようなものではございません。今のところ、エデン人に救い主様の存在が知れ渡ることも考えられませんし、せいぜい、この公国内で救い主様の御威光が広く流布された結果生じる、些末な雑事が増える程度です。その雑事も、救い主様が思い煩う事も、お手を煩わせることもございません。周りのものどもが片付ければよい事ですから』
「うーん」
『もし、救い主様が憂慮されているような、国の混乱を生むような事になったとしても、魔法で解決できます。救い主様の魔法は万能です。その気になれば、一国を消し去ることすら可能です』
「それはちょっと、こわいかな、……うん……そうだ、僕だけじゃなくて、皆がもっと魔法を使えたら、相対的に僕の異常さが減るような気がする」
『救い主様が魔法の理を構築すればするほど、この世界に魔法が馴染みます。今、無意識に魔法を使っている民も、救い主様の構築した理を使えば、意識的に魔法が使えるようになります。これは、この世界で現在もう既に証明されています』
「そうなの? そうしたら、もっと文明が進むよね。美味しい食べ物たくさん食べて、行きたいところに行って、生きていくためだけじゃなくて、娯楽のために時間もお金も使えるように……って、お金、使えない世界なんだった」
『救い主様が、お好きな様に変えれば良いのです』
「どうしたらいいのか、ちょっと想像つかないけど、今のままじゃダメだってことはわかる。お金のことを考えれば、そもそも価値あるものが無いとならないし。この世界じゃ、今あるものをいくら作っても生きていくために必要なものを作っている、っていう価値しかないもんね。価値を高くするには皆が欲しいって思うものや、皆が食べたいって思うようなものを生み出さないと」
『救い主様なら、造作も無い事です』
「新たな価値を生み出すためには……時間に余裕がないと無理だよね。生きるために、使える時間を限界ギリギリまで使ってるんじゃ、新たなものを生み出す時間がないんだもん」
『さすが救い主様、ご慧眼に感服いたします』
「とりあえず、いま色々な製品を制作するのにかかっている時間を減らして、皆の時間に余裕を作らないと」
『正に、先だって救い主様が構築した魔法です』
「そっか、そうだね。もっと魔法が使えるようになって、作業の効率が良くなって、他にもモノを作るようにして、農業とか、漁業とか、教育とかもして。そうすると、さらに効率が良くなって、好循環になっていくね」
「あ、そうそう、美味しいものをたくさん作って、女神様にお供えしないといけなかったね。あ、信仰も広めないとならないんだった。皆が女神様に感謝して食べ物を捧げるようにしないと……あ、捧げるのは料理だったっかな?」
「僕が魔法を作って、たくさん使えば、間接的に女神様の威光がアップするよね。そうだよ、僕は救い主なんだから、ある意味、女神信仰の広告塔なんだ。隠れるよりは目立つ方が、信仰が広まるじゃん」
「くよくよするなんて、僕らしくなかった~ 結局いくら考えたって、なるようにしかならないもんね~ 魔法もバンバン使って、皆にも魔法を覚えてもらおう。時間は有限だしね~」
『…………』
「アイちゃん、ありがとう。アイちゃんはブレないよね~ いつも僕のこと、全肯定だもんね~ハハハ」
『救い主様の、御心のままに』
「うん、そうと決まれば~」
***
「母上~」
「は~い、ちょっと待ってね…………お待たせ。どうしたの? ミチイル」
「うん、僕、また南の村に行く~ 母上も忙しそうだし、僕が直接トム爺に頼んでもいい?」
「……ごめんなさいね、ミチイルに気を遣わせちゃって。大丈夫よ、私が手配しておくから。明日でいいかしら?」
「うん。……それと僕ね、救い主として色々することに決めたの。母上にも迷惑かけるかも。ごめんね」
「……ミチイル……何を言うの! 迷惑だなんて、絶対にないわ。私こそミチイルに心配かけちゃって、ごめんなさいね。大丈夫よ、ミチイルは思った通りに、何でもしてちょうだい」
「は~い」
***
「お父様」
「何だ、マリア」
「お父様も、さっさと覚悟をお決めください。ミチイルが抑圧されて、かわいそうです」
「……何じゃ、藪から棒に」
「ミチイルは、救い主として行動すると決めたようです。まだ3歳なのに。3歳のミチイルが決められるのに、恥ずかしくないのですか? お父様」
「うーむ」
「なら、いいわ。ミチイルに嫌われても知らないから」
「そ、それは、その、あんまりじゃないか……?」
「いい歳して、いつまでもグダグダしてるからよ! シャンとしなさい! お姉様にいいつけるわよ!」
「ぐっ、それは、面倒だな……わかった。そうだな。そもそもわしらが、どうこうできる問題じゃ無かったな。ミチイルを守ることばかり考えていたが、隠してばかりいても仕方がない。万が一、エデンにバレたとしても、どうせエデン人は、やつらが言う呪われの地の北部には足を踏み入れられないんだからな。そうだ、そう考えると、救い主様を守るのに打ってつけじゃないか、我が家は。ハハハッ、そうだそうだ、公国には救い主様を害する馬鹿もおらんし、ミチイルの好きにしてもらおう!」
「んもう、気づくのが遅いのよ、お父様は!」
「ハハハ」
***
「ミチイル~、約束通りトム爺のところに連れて行ってあげるわよ~」
「はーい」
***
「ト~ム爺~、準備はできてるかしら?」
「おう、マリア様に坊ちゃん、ずっと待っとったぞ!」
「あら、ドン爺もいるのね」
「ほっほっほ、ご無沙汰しとるの、マリア様、坊ちゃん」
「トム爺、この前はありがと。今日もよろしくね。ドン爺もいっしょに行くの?」
「もちろんじゃとも。なあ、トム」
「おうよ!」
「じゃ、トム爺もドン爺も、ミチイルの事、よろしくお願いするわね」
「母上~、行ってきま~す」
***
――こうして、お供の愉快な二人を引き連れた、高貴なお方の旅が始まった




