2-43 中央エデン情勢
物流革命が起きた。
あっという間に拠点間物流システムが整備されてね、神聖国外では足軽運送がメインで担うことになった。神聖国内は相変わらずアルビノ人がやらないとダメだけどね、総合的には速く、そして効率的に物流が行えるようになったよ。
いやあ、物流は経済の血液、だなんて、誰が言ったか知らないけど本当だよ。
モノが動く動く。モノが動くからさ、販売機会の喪失?っていうのかな、品切れとかが激減したよ。牛の移動も比較的短い距離の往復だしさ、牛の交換も御者の交換もできるしね、物流スピードが落ちないね。
施政者たちの間の手紙もね、手紙ボックスで毎日配送ルートが出来て、スムーズになったらしい。今までは、手紙を送る度に、牛と御者をそれ用に手配していたらしいからね。
神聖国外向けの商品を南村へ運ぶのは、神聖国民しかできないからさ、南村とかで滞在する人が増えたかも知れないけど、今まで数泊の旅程をこなして行ったり来たりしていたから、それに比べればね、随時人員は入れ替えるようにして、公都の自宅に帰れるアルビノ人も増えたらしい。
そして足軽運送は、最近は南村の滞在が増えていたからね、魔法の訓練とかしてるし、南村で泊まる機会が増えて南部に帰れなくても問題はないみたいよ。南村から各王国方面へは、足軽運送がメインで行うからさ、どうしても南村が運送拠点になっちゃうから。
まあ何にせよ、モノが動いて働く人の負担が減って、より経済が活発化したよ。
あ、そうそう、コーチを値下げしたらさ、早速聞きつけた中央エデン王家で購入したらしい。伯母上だろうけどね、裏で糸を引いているのは。パラダイス王家はまだだけどね、伯父上もエデン会議に行ったらしいから、もうすぐ結果も出るだろう。
ま、コーチが欲しいって言われたら売ればいいだけだからね、僕は居なくても大丈夫なんだから、そろそろ学園に行くか。二年生になってから、まともに学園に行ってないからね、僕。
それに、闇市の事も気になるしね……
***
「ミチイル様、お久しぶりでございます。長旅お疲れ様でございました」
「うん、シェイマス。何か変わった事は……あったね。詳しい話を聞かせてくれる?」
「かしこまりました」
「シモンは?」
「学園レストランでは無いかと存じます」
「ああ、夕ご飯か。シェイマスは食べた?」
「まだでございますが、後で丼物でも頂きます」
「じゃさ、僕の部屋で何か食べながら話をしよう」
「かしこまりました。恐れ入ります」
***
「それで、闇市ができてるんだって?」
「ヤミイチ……ええ、神聖国の許可なく、神聖国民のふりをして中央エデンで物を売っているようです」
「どんなモノを?」
「はい。米や麦、野菜に、野菜の茎と思われる燃料、塩に黒い砂糖に下品なワイン、リネンの作務衣や布、そして粗悪な金物などの日用品などでございます」
「ああ、そんなもんだろうね、そりゃ。魔法も使えないんだしさ。でも、魔法が使えないと金物一つも大変じゃない」
「ですが、昔はそれが普通でございましたので。スローン人と思われる者どもは、神聖国の販売価格よりも安く売っているようでございますので、それなりに需要があるようです」
「ああ、低品質のを安い価格で売れば、そりゃ買う人も多いよね。そもそも低品質かどうかなんて、比較するものが無いとわからないしね。平民なら、作物を手にするのも初めて、なんて人も多いだろうし」
「そうなのでしょう。まだ食物の加工品や調理品は売られていないようでございます。ですが、玄米は人気のようです。おにぎりを購入する値段で、玄米が1kgほど買えるようですので、七輪と燃料と鍋があれば、米と塩でシンプルなおにぎりは簡単に作れますので」
「ああ、そうだよね。おにぎり二個セットで銀札1枚か。それが同じ値段で米1kgだと六合ちょっとだもんね、おにぎりが12個できるか。玄米を白米にはできないだろうけど」
「燃料も、1kgで銀札1枚のようでございます。神聖国よりも十分の一の値段ですので、割と人気があるようでございます」
「ああ、神聖国ブランドのは籾殻炭がメインか。コンポスト燃料はもう作ってないもんね。で、スローンはコンポスト燃料相当の野菜の茎を切断して売っている、と」
「では無いかと存じます。誰か人を遣わせて手に入れようと思いましたが、大公から様子見をせよ、とご指示がございましたので、何もしておりません」
「ああ、いいよいいよ。下手に動くと向こうを警戒させるからね、向こうが巧妙に隠れちゃうと、後々大変だからさ、とりあえず人に危害を加えないなら、そのままにしておく方針なの。だから、シェイマスもあまり気にしないで。別に神聖国は何も困らないからね」
「左様でございましたか。勿論ミチイル様のご指示に従います。寮のスローン人は如何致しましょう」
「うーん、あれから人数は増えたり減ったりしてるの?」
「いえ、スローン大公子息が帰国してからは、寮の人数に変化はございません」
「そう。じゃ、モノが減ったりもしてないのかな」
「はい。特にそのような報告は受けておりません」
「じゃ、寮のスローン人はそのままにしてあげて。何をどこまで関わったかも分からないしね、分からない事はどうしようもないから。何も悪さもしないんなら、いいよ」
「かしこまりました。ミチイル様のお慈悲に、打ち震える事でございましょう」
「いやいや、変な事を強制したりしないでよ、シェイマス」
「勿論でございます。神聖国では、強制はご法度でございますから、ご心配なく」
「ところで、商売の方はどう?」
「はい。順調でございます。物販も伸びておりますし、カフェの利用も多いです。王族を始め、高位貴族も頻繁に利用しているそうでございます」
「ああ、以前からだったみたいだけど、増えたんだ」
「はい。中央エデン王家ではコーチを購入したらしく、颯爽とコーチを乗り回しているようでございます」
「そっか。足軽運送も大変だ」
「いえ、足軽運送は中央エデン王家のコーチは扱っていないようでございます」
「そうなの? どうやってコーチを動かしているの?」
「はい。仕事が無くなっていた中央エデンの南部貴族にコーチを運行させているようでございます」
「ああ、そう言えば、そんなのも居たね」
「はい。抗議致しましょうか」
「いや、いいよ。向こうがどう運用しようとも、売った後は関係ないしね。好きにさせよう」
「かしこまりました」
「シモンは……どうせ相変わらずだろうからいいか。足軽君は元気?」
「はい。現在は一時的に帰国していらっしゃいます。物流革命の件で、色々とあるのでございましょうね。そろそろお戻りのはずでございます」
「ああ、エデンの王国内は足軽物流がメインだからね。アルビノ人はあまり王国へ来なくてもいい様にしたんだ」
「左様でございましたか」
「うん。色々心配事もあるしね。それで、キャンティは?」
「はい。スタイン男爵令息がいらっしゃらないので、学園レストラン関係の食券の販売などにお忙しいようでいらっしゃいます」
「そうだよね。一人じゃ大変かな」
「いえ、お付きの者も居りますし、色々と扱き使えるような人材も増えた様子でいらっしゃいますので、心配無いかと存じます」
「ええ……なんか良い意味に聞こえないんだけど」
「とんでもない事にございます。アドレ侯爵令嬢は大変に才覚がおありの様で、うまくカフェなどを捌いていらっしゃいます。学園内においても、下手な王族よりも権力があるやも知れません」
「けんりょく……」
「メアリ様の薫陶をお受けでいらっしゃいますからね、影響が大きいのかも知れません」
「ま、伯母上は優秀だからね、変な事にはしないと思うし、僕がイチイチ口を出さなくても、商売が順調ならいいか」
「左様でございますね。中央エデン王家でも、ワンピースを着ている女性がチラホラいるみたいですし」
「あ、そうなの。伯母上、張り切ってたからね。王家を丸裸にするとか何とか」
「メアリ様なら、冗談ではございませんでしょう」
「ハハ そうなのかな。キャンティがそんな感じになったら、どうしようね」
「何も困ることはございませんでしょう。牛耳る事ができる女性が増えることは、歓迎すべき事にございます」
「そうかな。神聖国では女性も結構活躍してたもんね、最初から」
「はい。ケルビーン一族の女性は、昔から優秀であったそうでございますので、適材適所なのでしょうね」
「そっか。ま、伯母上も居るしね、キャンティが世界の女性たちから浮いちゃう事もないか」
「左様でございましょうね、メアリ様を超えるような女性がいるとも思えません」
「ハハ シェイマスも、言うよね~」
「シモン様なら、事実だから、とおっしゃるでしょうね」
「だろうね~ 伯父上と良く似てるしね。それで、学園はどんな感じ?」
「はい。特に揉め事も無く。昨年と違い、うるさい王族が居ませんので、比較的平和なのでは無いかと存じます」
「そういえば、そうだったねえ。授業内容は相変わらず?」
「変わるとも思えません」
「だよね。ああ、行きたくない……」
「ミチイル様が行かなくとも良いのでは無いでしょうか」
「うん、まあね。でもさ、シモンが文句を言いそう」
「……否定はできません」
コンコン
「ミチイル様~ ようやく戻ってきたの~?」
「ああ、噂をすればシモン。どうぞ」
「んもう、ミチイル様は半分くらいしか学園に通ってなくなくなーい?」
「シモン様!」
「ハハ だって、面倒くさいもん」
「そうだよね~ 前みたいに嫌な雰囲気ではないけどさ、面倒な事には変わりないもんね~」
「……左様ではございますが、未来の神聖国元首として、自覚をおもち」
「はーーい」
「学園の雰囲気が良くなったんだ? シモン」
「うん、ミチイル様。嫌な感じで絡んでくる人とかは居ないよ~」
「神聖国に逆らっても、何も良い事はございませんしね、そもそも神聖国に雇われている王国人も増えましたから」
「そっか。そうだよね、富の源泉だもんね、神聖国は。見方を変えれば、王家に楯突くようなもんだから」
「ミチイル様、王になっちゃう~?」
「だーかーらー」
「はーい、わかってまーす」
「そう言えばさ、シモンもシェイマスも、僕よりは数か月は早く生まれているでしょ? という事は、僕よりも17歳になるのが早くない?」
「うん! 早く17歳になって、さっさと帰りたい~」
「シモン様はお帰りになったとしても、私はミチイル様のご卒業まで学園に残りますので、ご心配なく」
「いや、シモンについてた方がいいんじゃないの? セバス家としては」
「いいえ。そのような事はございません」
「そうだよ~ミチイル様」
「大公家の執事なのに?」
「ミチイル様も、まごうこと無き大公家のお方でいらっしゃいますから」
「そうだよ~ ミチイル様~ シェイマスがミチイル様の元でいっぱい学んでくれればさ、後で僕の負担が減るじゃない~ シェイマスにはミチイル様の意向を存分に取り入れてもらわないとね~」
「シモン様!」
「ハハ シモンは楽する事ばっかり考えてるよね~」
「うん、そりゃそうでしょ~ どうせ逃れられないんだったらさ、少しでも楽しとかないとね~」
「そりゃそうだ。シモン、賢いね!」
「でしょ~」
「……お二人とも……」
***