2-41 闇市
中央エデンでの商売は順調だしね、取り合えずやる事も無くなったから、僕は神聖国に帰ることにしたよ。
各王家にもワンピースの販売を解禁したしね、あっと言う間に売れてるらしいよ。伯母上は毎日高笑いが止まらないだろう。
世界中に毎月何十億円も紙幣をバラまいているしね、もう活気がすごい!
アルビノ商店街も連日満員御礼、それだけじゃなくて、屋台も引いて王都でも売り歩いているって話だしさ、世界中に紙幣を配って、世界中にものを売って、世界中から紙幣を集めてる。
ま、世界中と言ってもさ、大陸の中央から西側だけなんだけどね。
どうやったらシンエデンまで進出できるのか、ちょっと今は思いつかないからね、しばらくはこのままにして置こう。
という事で、
***
「ただいま~」
「あら、ミチイル、お帰りなさい」
「うん。何か変わった事とか、あった?」
「特には無いわよ。農業生産もマーちゃん達が頑張ってくれているしね。今じゃ、マーちゃん達は人気者なのよ」
「そっか。工業生産はどう?」
「ええ、問題ないわ。元々、それほど逼迫した状況じゃ無かったもの。エデンに売りまくっても、すぐに作れるものね、作物と違って」
「ああ、そうか。いくら作物の成長が異常に速いとは言っても、一か月とかはかかるもんね。でも工業製品なら、すぐできちゃうんだ」
「そうね。材料さえ足りなくならなければ大丈夫よ」
「まあ、材料は足りなくなんて、ならないもんね。木材は竹もあるし、金属だって鉄も銅も拾いたい放題だし、燃料は魔石。魔石も拾い切れないんだもんね。ガラスがもっと作れるようになったらいいんだけど」
「ガラス石も拾っているし、使用済み魔石もあるけれど、魔石自体が長持ちするでしょう? それに少量で済んでしまうし、さすがに神聖国中の窓ガラスを作れるまでには至って無いわね。でも、食器とか保存瓶とか、そういうのには普通に使えているわよ、ガラス石」
「そっか。それならいいか~」
「そういえば、少し前に、お姉様がミチイルの所へ行ったんでしょう?」
「うん、来たよ。色々話も聞けたし、有意義だったね。皆でご飯も食べたし、お泊りもして」
「そうらしいわね。いいわね~ 楽しそうで!」
「え、母上も遊びに来ればいいんじゃないの?」
「そう? そうかしら? わたしみたいな年増が行ったら、嫌がられるんじゃないのかしら?」
「年増なんて思ってないくせに~」
「あら、それは思ってないわよ、もちろん。でも、事実としては年増じゃないの」
「まあね。でも言わなきゃわかんないじゃん」
「いやあねえ、ミチイルの母です、なんて言うだけで、歳を言わなくてもわかっちゃうじゃない!」
「あ、まあそうだよね、僕も16歳なんだもんね。どんなに不良娘でも30歳は超えてるのは確実だもんね」
「んもう!」
「ん? という事は、伯母上は38歳くらいでしょ? その割には若いっていうか、昔に一緒にセルフィンに行った以来だったけどさ、伯母上に会ったの。やっぱり若くなってる気がするよ」
「それはそうよ。何と言っても神聖国で最高の美容製品を愛用しているのですもの。神の泉と高潤は、どんな奇跡でも起こせるものね」
「いやいや、ただの重曹とゼラチンだけど」
「そんな事ないわ! わたしが歳を取らないのが何よりの証拠よ!」
「そうなんだよね~ それを言われると、否定しきれないんだよね~ ま、この世界じゃどんな不思議が起こってもおかしくないんだから、いっか~」
「そうよ! それより、ご飯を食べるでしょう?」
「うん、でも適当に食べるよ。もう暗くなるしね」
「ミチイルはいっぱい保存食があるものね」
「うん。母上は食べたの?」
「まだだけれど」
「じゃ、お手伝いさんが作ってくれたものもあるだろうけどさ、僕のアイテムボックスからも料理を出して、色々な物を少しずつ取って食べる夕食にしよう!」
「いいわね!」
***
「お久しぶりです、ミチイル様」
「うん、お久しぶりだね、伯父上。今日はどうしたの?」
「はい。少々ご報告がございまして」
「え? 何かあった? 悪い事?」
「はい。中央エデンで、作物などが売られ始めたようです」
「え? 誰が? 何を?」
「はい。おそらく、スローン人では無いかと思われます。米や野菜など少量ですが、アルビノ商店街以外で売られているようです」
「僕、そんな話は聞いてないけど……」
「はい。先ほどシェイマスから至急便で届いた話でございますので」
「そうなんだ。確かに僕たちは王都には出入りしてないからね、学園だけだもん。王都の様子とかは全然わからないし」
「はい。姉上は中央エデン王都に出入りしておりますが、王宮だけですから」
「そうだよね。市井の具合なんてわからないだろうし」
「はい。中央エデンの王都民にしても、アルビノ人が売っている訳ですから、なんの躊躇もなく購入しているようです」
「ま、そうだよね。神聖国人とスローン人の区別なんて、つかないだろうからね。多少服装が違うくらいだろうし」
「どう致しましょうか」
「うーん、要するに、スローン人がセルフィン辺りから種を盗んで、向こうで栽培したものを売っているんでしょ、とても自分たちが充分に食べられる量が収穫できているとも思えないけど」
「でしょうね。おそらく、自分たちは口にせず、中央エデンで販売しているかと思います」
「だろうねえ。紙幣を集めるため、だよね」
「でしょう。スローンは銅貨しか作れませんし、シンエデンでは紙幣は流通しておりませんので、紙幣を集めようと思えば、最寄りの中央エデンしか無いと思います」
「そっか。とりあえず、防ぐこともできないでしょ。仕方ないよ。それで、食文化が少しでも広まってくれるなら、僕たち以外が頑張ってもいいかな、と思うんだ」
「そういう考え方もありますね」
「うん。別にスローンに意地悪したい訳じゃないし、世界の人間を選民して自分たちだけが良い暮らしをしたい訳じゃないんだ。手段は不正だったとしても、スローン人が自分たちで努力して、それを売るんなら、まあいいかな。製品までは作れないだろうし、食材を売っている訳なんだろうからね、それを買う人は、自分で料理もしないとならないんだからさ、食文化が速く広まったと思う事にしようよ」
「かしこまりました」
「それならさ、南部の足軽さんたちも商売を始めてもいい事にしたらどうかな」
「南部で作った作物を、パラダイスで売るという事でしょうか」
「うん。パラダイスでもいいしね、足軽さんたちは中央エデンにも出入りしているでしょ、中央エデンで売ってもいいよ」
「そうですね、特に神聖国が困る訳でもありませんし、というよりも、南部も既に事実上の神聖国ですからね、考えてみれば南部が独自に商売をしたとしても、不都合などありませんね」
「そうだね。ただ、神聖国から南部に下げ渡しているものを転売はしないようにしないといけないね。あくまでも、南部で自分たちが作った作物や製品を売るのだけ、許可しよう」
「かしこまりました」
「まあね、自分たちが原因とは言え、シンエデンもスローンも紙幣を得る手段は無いからね。神聖国は貨幣経済じゃないし、モノを売るなら中央エデンしかないよね。でもさ、中央エデンで闇市をしている訳でしょ、ある意味スパイが入り込んでいるんだし、中央エデンでは文句が出ないのかな」
「アルビノ人とエデン人は対等になりましたからね。事実上は神聖国とエデン人の間の条約ですが、表面上というか名目上と言うか、同じアルビノ人ですから条約はスローン人も対象です。なので、世界中で商売をしても何も障りはない、と言う事なのでは無いでしょうか」
「ああ、そっか。スローンが女神信仰を解禁すれば解決なのにねえ」
「あそこはダメよ。自分たちが虐げられているのは神の所為だって思っていたんですもの。その神は居なくなった、という教えを何百年間も教育してきたのよ。学園を中心としてね」
「ああ、そんな事を毎日毎日言っているね、歴史?の教師が」
「あそこは相変わらずですね。スローン人からすれば、神の所為で酷い苦労をしているのに、その神は自分たちを見捨てて居なくなった、と」
「そうよ。実は女神様はちゃんとおわしまして救い主を遣わしてくださった、なんて知らないし、仮に知っていても受け入れないわね」
「そう。じゃ、仕方がないよ。僕は、この世界の全員なんて救えない。もともと救う気も無かったけどね、そんな大それた事なんてさ。でも、僕は僕にできる事で何とかしようと思っているけど、それでも、受け入れてくれない人たちまでは、僕じゃどうにもならない」
「もちろんよ! そんな事はミチイルが気にする事ではないわ! ミチイルは救い主だけれど、この世界を御創りになったのは女神様でしょう? 女神様の壮大な計画がどういうものかはわからないけれど、その計画のうちの、ほんの一時、ミチイルが世界に居るだけじゃないの。ミチイルが全てを成せる訳ではないのよ」
「さすが、聖母マリア様ですね。本当に聖母のような事を言って」
「わたしには解るの。なぜ?と言われても答えられないけれど、世界の全員を救わなくてもいいのよ」
「……うん、ありがと、母上。そうだね、今までと同じようにやって行こう」
「そうですね、ミチイル様。私たちにできる事は限られております。やれるだけの事はやって、後は女神様の判断に委ねましょう」
「うん、わかった。伯父上も、いつもありがとう」
「とんでも無い事にございます」
「うーん、これからスローンが売る作物とか増えていくだろうし、もしかしたら簡単な料理なんかも出てくるかもね……神聖国では、スローンが真似できない商品を広めていかないといけない……うん、そう言えばさ、伯父上。コーチって売れてる?」
「いえ、一度も売れておりません。王国中を歩き回っている牛に対する忌避感は薄まったと思いますが、コーチは高額ですから。それに、コーチを購入しても王都内は道が整備されておりません。ですので、コーチの恩恵は限定的になるのでは無いでしょうか」
「あ、そうだよね。僕たちは道路を通ってコーチを使いまくっているけど、そもそも土の道じゃコーチの能力も発揮できないもんね」
「速さは出ませんね。荷物を大量に運べるのは変わりませんが、王族は荷物を運びませんからね」
「それはそうよ。でも、アルビノ商店街は王都の北端からさらに北じゃない? 王族がアルビノ商店街に出かけるようになれば、一時間も歩くのは面倒ですもの、コーチを買うかも知れないわね」
「あ、そう言えば中央エデンアルビノ商店街には高級カフェを作ったから、中央エデンの貴族が来ているんだよね。中央エデンなら売れるんじゃない? 商店街から学園までは、僕が勝手に石畳道路を敷いちゃったしね」
「パラダイスには学園はありませんから、パラダイスアルビノ商店街からパラダイス王都までは10kmほどありますので、エデン人なら歩けば2時間はかかるでしょう。ですが、ミチイル様が用意した石材を使って大勢のエデン人に王都までの道を整備させましたので、王族が商店街に出かけたい用事があれば、コーチを買う可能性はありますね」
「あ、そう言えばエデン人に適当に現業仕事をさせてたもんね、もう商店街から王都まで道が通ったのか。じゃさ、パラダイスにも高級カフェを作っちゃおう。中央エデンでは学園レストランが発端だから、お安い価格で提供しているけどさ、パラダイスは普通に高級カフェにしようかな。中央エデンよりも紙幣の流通が多いしね」
「そうね! お姉様からのお手紙だと、とってもステキなカフェだったらしいじゃないの」
「うん、高級な感じだけど、オーベルジュが基本だから、寮とあまり変わらないよ」
「あらそう。でも寮はとても高級でステキだったもの、あんな感じのカフェなんて、エデン人も腰を抜かすわね!」
「クックック どんな顔をするのか楽しみですね」
「ハハ それでさ伯父上。コーチを見せびらかすためにね、最新式のコーチを解禁しよう!」
「最新式ですか? 魔石も使用しますし、色々と問題があるのではありませんか?」
「うーん、そうか。じゃあさ、暖房は無しで電球も無しにしよう。でも、乗り心地は最新式なら快適でしょ」
「それなら大丈夫じゃないかしら。どうせ神聖国以外では作れないのですもの、技術を盗まれる心配もないわ!」
「そうですね、それが良いかも知れません」
「伯父上、次のエデン会議はどこでやるの?」
「次はパラダイスです」
「じゃあ、ちょうど良くない? パラダイスアルビノ商店街に高級カフェを作るからさ、パラダイス王家に宣伝してよ、伯父上。あ、もちろんエデンに販売するコーチには付けないけどさ、伯父上が乗っていくコーチには電球つけようか。それを見せびらかして来てよ、伯父上。神聖国の優位性が揺るぎないものになるんじゃないかな」
「それはいいかも知れませんね」
「そうね、絶対に欲しくなるわよ、王家も」
「でも、電球は売らないけどね」
「クックック」
「うふふ」