2-40 伯母上
「ミチイル様、本日は、勿体なくもミチイル様の御前に侍る機会を頂戴致しま」
「伯母上! とっても久しぶりだね!」
「はい。ミチイル様のしもべの分際にも関わらず、大変長らく五体投地も致しませ」
「お・ば・う・え! 普通に話して。お願い」
「かしこまりました」
「それにしても伯母上、とっても若返ったねえ」
「ありがとう存じます。神の泉シリーズに加え、今では高潤シリーズもございますし、美容製品も潤沢でございます。食物も豊富に頂けますし、頂戴して居りますお仕事の方も楽しいものですから、毎日が充実しておるせいでございましょう」
「それに、とっても綺麗な色の服だね~」
「はい。こちらはセルフィンで生産したものにございます。まだエデンではワンピースなども解禁されておりませんので、エデンに参る際には、こう言った形のブラウスとスカートを着用致しております」
「ああ、そうか。伯母上は中央エデン王室とのやり取りがメインだったよね。どう? 王室では順調に紙幣を使っている感じ?」
「はい。美容製品に加え、最近では、このような貴族服も買わせております。しかし、潤沢な紙幣を使い切るまでは行っていないと存じます」
「という事は、下々にはあまり下げ渡して無いんだね、紙幣は」
「左様でございましょう。エデンの王家とは、斯様なものにございます」
「そうだよね。自分たち以外の事は全然考えてないもんね。それじゃあ、王家の財政的には余裕があるんだ」
「かと存じます」
「そろそろワンピースドレスも解禁して、お金を使わせちゃう?」
「それは願っても無い事にございます。現在はマーメイドドレスもございますし、ワンピースをエデンに買わせても、神聖国の優位性は揺らぎも致しません」
「うん、そうだよね~ それに絞り染めとかもあるしね。とりあえず無色のワンピースを出して、その後に白いワンピースを出して、さらに単色の色つきワンピースを出そうか」
「オホホ! その度にエデンから紙幣を毟り取れるかと思いますと、今からメシウマで夜も寝れない程でございます」
「まったく、母上から変な言葉が広まっちゃってるよ」
「変な言葉なのでございますか? 何かわたくしの使い方が間違っているのでございましょうか?」
「うーん。今まで散々酷い事をして来た嫌な人が、今度は逆に痛い目に合う事をあざ笑って楽しむような意味なんだよ、メシウマ」
「でございましたら、何も意味は間違ってはございません。正しく、その通りでございます」
「う、うん、まあね。じゃあさ、無色ワンピースは金札2000枚、白色ワンピースは金札2500枚、単色色つきワンピースは金札3000枚にしちゃおうか!」
「オーッホッホ! あ、これは大変な失礼を致しました。ミチイル様のご指示、有難く頂戴致します。必ずや、中央エデン王家を丸裸に致します」
「ハハ これが噂に聞く伯母上の高笑いか~」
「……ミハイルでございますね……後でキリキリにして置きます」
「ハハ お手柔らかにね。伯母上は、パラダイスには行かないの?」
「はい。元々セルフィンでは中央エデンにいいようにしてやられて居りました。ですから、顔つなぎが出来るのも中央エデンでございます。パラダイスで商売をしても宜しいのですが、パラダイスには混血も居りますし、どこの誰がどのように繋がっているのかが分かりにくいと、自由に動けません」
「あ、そうだよね~ ま、パラダイス王家は、良くも悪くも、あんまり干渉してこないしね、特に嫌がらせとかも、そういえばされて無いよ。学園にもパラダイス王家の子息令嬢はいたんだろうけど、僕、全然知らないもん」
「左様でございましたか。パラダイスでの商売も、中央エデン以上に規模が大きく順調と聞き及んで居りますので、わたくしが掻き回さなくとも宜しいかと存じます」
「そうだね。うまく行っている時は下手にいじらない方がいいからね」
「左様でございますね。それに、アドレ侯爵令嬢もおいでですし、この先、パラダイス王家とのやり取りも、キャンティが行えるようになる事と存じます」
「え? 伯母上、キャンティを知っているの?」
「はい。本日、わたくしの弟子となりましてございます」
「でし……」
「わたくしの手練手管はキャンティが受け継いでくれる事でございましょう。大変に教育の行き届いた、賢いご令嬢でございます。さすが、ミチイル様がお育ての人材と、ただただ恐れ慄いて居ります」
「いやいや、僕、何もしてないからね」
「いいえ。ミチイル様は、何もおっしゃらなくとも世界に影響がございます。皆がミチイル様の偉業に平伏し、その一端を担おうと努力を致すのでございます。すべて、ミチイル様あっての事。すなわち、ミチイル様の偉業にございます」
「ハハ……ところで伯母上、今日はもう暗くなっちゃうけどさ、泊って行くの?」
「いえ、南村まで参りまして、そこでバンガローに宿泊させて頂く予定でおります」
「じゃあさ、この寮に泊まって行きなよ。貴賓用の部屋も空いているしさ、バンガローよりは快適だと思うし。お風呂とかは、ここの僕の部屋なら普通に使えるしね」
「ありがとう存じます。ですが、お付きの者もおりますので」
「お付きの人は貴族?」
「いえ、平民の使用人でございます」
「なら、従業員寮に泊まってもらったらいいよ。それに、セルフィンの分家の令嬢も、ここにいるんじゃなかったっけ?」
「いえ、その娘は先ごろ卒業致しました」
「あ、そうなんだ。僕、ほとんど誰にも会ってないからね」
「そこはシェイマスがうまく采配をしているはずでございます。さすが、セバス家でございますね。代々ケルビーンに忠実に仕える家でございますから」
「あ、そうなのか。確かにセバス家は、ものすごく働いているよねえ。セバス家の人が居ないと、神聖国もここまで急激に大きくなれなかったと思うよ」
「左様でございますね」
「じゃあさ、どっちにしても何も問題ないでしょ? 今日は、皆でご飯を食べよう!」
「有難き幸せ、末代までの光栄に存じます」
「お・ば・う・え!」
「オホホ 失礼致しました。それに致しましても、この寮の建物は大変に素晴らしい意匠の建物でございますね」
「うん。オーベルジュっていうんだけどね。なんか、勝手にこうなったの」
「カフェの建物と同様な雰囲気が致しますね」
「うん、同じ魔法だからね。でも、そのままにしちゃうとさ、電球とかキラキラで大変だから、ランプに交換したりしてダウングレードしてるんだ」
「左様でございましたか。ミチイル様の奇跡の建物では、職人には再現できませんでございましょうね」
「うん、魔法って言うか、ほんとはスキルだからね。全く同じものは僕しか作れないから。でも、少し時間がかかるかも知れないけど、頑張ればできるんじゃないかな。この世界の最新式の建物だけど、裏を返せば、この世界のものでできているって事だから」
「それは、職人たちにも励みになるかも知れぬと存じます。職人たちも、普通の建物は早く建築できるようにはなりましたが、このように意匠を施した豪華な建物を建てた経験がございませんので、目標となるやも知れません」
「そうかもね。もっと余裕ができたらね、食文化以外にも色々楽しめるようになればいいんだけどね、今は何だか、いつも精一杯な感じで、あんまり余裕がないから」
「左様でございますね。ミチイル様は小さいころから働きづめであると、マリアも申しております。世界が急激に変わって来てはおりますが、ミチイル様は、ミチイル様の行く道を、お行きなさいませ。わたくし共も、お供致します」
「ハハ みんなそう言ってくれるんだよね。そういえばさ、お祖父さま達は元気? 元気だって話は聞いてはいるんだけどさ」
「はい。お父様も、元親方達も、みな元気で働いてくれております。お父様は特に、暮らしが良くなって飢えることも無くなったのに、わたくしにずっと秘密にしていた事を気にしているようで、少しでも埋め合わせをしようと考えている様でございます。何だかんだ言いましても、わたくしも頼りにしております。お父様が元気で働いているのを眺めているのも、娘として感慨深いものがございます」
「そうだね。えっと、お祖父さまはともかく、オール爺ズは……僕が16歳なんだから、今はたぶん66歳くらいかな。まだ大丈夫そう?」
「はい、ご心配には及びません。無理もしておりませんし、いつもワイワイと働いておりますよ。女神様の元へ向かう気配もございません。職人たちも、よく従っているようでございます」
「ハハ なんか目に浮かぶけどさ、セルフィンの親方達、立つ瀬がないんじゃない? とっくに引退したジジイがうるさいと」
「とんでも無い事にございます、ミチイル様。セルフィンでは、旧アタシーノの技術があればこそ、今があるのでございます。勿論、ミチイル様の奇跡は大前提で当然で揺るぎのない神の祝福でございますから、それは別として、でございます」
「まあ、職人たちが問題ないならいいね。今はセルフィンでも、旧アタシーノと変わらない生活を送れているんでしょ?」
「はい。もう同じ一つの国でございますし、神聖国でございますので」
「ああ、良かったよ。そう言えばさ、スローンのスパイの話があるけど」
「はい。わたくし共も、悩んでおります。なにせ、確認する術がございません」
「そうだよね。モノが無くなったりしているかも知れないんでしょ?」
「はい。ですが、明確ではございません」
「らしいね。とにかく、人に危害を加えたりしない限りは、様子見でお願いね」
「かしこまりました」
「それとね、これは多用しないで欲しいんだけどね、どうしても確認したい場合はね、水道管が使えるかどうか、試させてみて」
「 ! 左様でございますね! 確かに、神聖国民では子供ですら水を出すことができますが、スローン人は魔法が使えないと伺いましたもの!」
「うん。水道も使えなければ、スローン人で確定だと思うんだけどさ、大っぴらにしちゃうとね、どんどん地下深くに潜って行くの。地下組織っていうんだけど、そうすると、逆に探すのが大変でね、その地下組織なんかが人攫いとかしちゃったり、そんな事になったら大変だから」
「……左様でございますね……」
「うん。だからね、ある程度、ゆるゆるにして置きたいの。向こうが油断している方がいいからね」
「かしこまりました」
コンコン
「ミチイル様~ 伯母上が来てるって~?」
「うん、シモン。どうぞ」
「はーい。あ、伯母上~ お久しぶりでーす」
「あら、シモンも元気そうね。ますますミハイルに似て来ちゃって、ほわんとしているわねえ」
「そうなんだ~ 伯母上も、お変わりなく~」
「あら、わたくし、先ほどミチイル様に、若返ったってお褒め頂いたのだけれど」
「あ、そうなの? どこが~?」
「シモン様!」
「あ! シェイマス! 今日は伯母上に寮に泊まってもらうからね、手配をお願いね」
「かしこまりました」
「全く、本当にミハイルにそっくりね。一言余計なところが同じよ」
「そうなんだ~ でも事実だから、しょうがないよね~」
「そこ! シモン! だまらっしゃい!」
「ハハ それじゃ今日は、皆で美味しいご飯を食べよう!」
「さーんせーい!」