1-14 快挙と腹黒
トムは、年甲斐もなく興奮していた。
ミチイルを大公家に送り届けた後、すぐさま、流しそうめん魔法の現場まで走って戻った。
ミチイルを背負っていた時は、ミチイルが揺れない様に、走らず、競歩の足取りで早歩きしていたのだ。それでも、普通の人が歩くのよりは速いのであるが……
あっと言う間に、ミチイルが途中で流しそうめん魔法を中断したところに着いた。
相変わらず、石の筒の先からは水が流れ出ている。土地が乾燥しているので、流れ出た水は地面にすぐさま浸みてしまい、溜まってはいなかった。
***
「坊ちゃんは、なんて言っていたかのう」
「『ナガーシソウメーン?』だったかのう。…………何も起こらんの」
「これならどうじゃ?『ナガーシソウメーン』…………ダメじゃ」
「坊ちゃんは、こんな間延びした感じでは言ってなかったような気もするの」
「……『ナガシソウメーン』…………これでもダメかの。間違ってないと思うんじゃが……」
「そういえば、坊ちゃんが魔法を使った後は、周りの石っころが綺麗に消え失せてたの。水の出ているこの筒は、どうみても石じゃ。石ならわしの右に出るもんなんぞ、おらん。だてに30年以上、石職人はしとらんからの!」
「まだ昼じゃし、時間はたっぷりあるからの! 大人の心の余裕っちゅーもんも必要じゃ!」
「そうじゃ! それに技術には気合が何より肝心じゃった。気合、気合じゃ~! 忘れかけとったわい。カッカッカ!」
「さ~て、気合をしこたま込めてみるかの! そんで、もっとキレッキレの呪文を唱えるんじゃ! 久々にみなぎってきたの!」
「ついでに、ここら辺の石っころを集めるような気分も出してみるかの!……ふんす! それっ『ナガシソウメン』 」
ピカッ
「 ! こっ、こっ、これは……!」
「ほんの指先ほどの長さじゃが、筒が伸びとる!!」
「そーれ、もういっちょうじゃ! ……ふんす! 『ナガシソウメン』 」
ピカッ
「やった、わし、やったぞ! しかもさっきよりも筒が伸びる長さが長なっとるわい!」
「それっ! ふんす! 『ナガシソウメン』 」
ピカッ
「 『ナガシソウメン』 」
ピカッ
「 『ナガシソウメン』 」
***
「ハァハァ、さすがに疲れたの。じゃが、一回の魔法でリネン草くらいは伸びるようになったのう!」
「わし、やればできるジジィじゃ!」
「わし、これからは毎日魔法を使ってやるんじゃ! カッカッカ!」
***
――魔法を使う最大のコツは、深く考えない事である
――そしてトムは翌日からしばらく魔法漬けになり、知らず知らず魔力器官が育っていくのであった
――そして、南の村の木工場では
***
「親方、さっきの坊ちゃんのあれは、何だったんですかね?」
「おそらく伝説の…………いや、軽々しく言えることではない。おいお前ら! 今日の事は、上からお達しがあるまで他言無用にしろ! いいな! 下手うつと、エデンの王国と戦争になるぞ! 家族ともども生きていたかったら口をつぐめ!」
***
――数日後、毎日いそいそ出かけていくトムを、不審な目で見ているジジィが一人
***
「のう、トム」
「おう、久しぶりな気がするの! ドン」
「おんし、この頃やけに留守じゃし、変に元気いっぱいじゃのう」
「カッカッカ! わしゃ、いつも元気じゃ! まだまだ死ねん! 長生きするんじゃ!」
「先日、坊ちゃんと南の村へ行きよったのう?」
「カッカッカ!」
「あれから妙に元気な気がするんじゃがのう」
「カッカッカ!」
「ほうほう、そう来るか。……あれは確か、30年くらい前、じゃったかのう……おんしがパラダイスで」
「わーわーわー! わかったわい! 話せばええんじゃろ、話せば!」
「最初から、さっさと話せばええじゃろうに」
「仕方がないんじゃ。まだ坊ちゃんにも、ちゃんと確認しとらんし。じゃが、ドンじゃったら、わしと同じく大公から指令を受けよるじゃろ?」
「もちろんじゃ。坊ちゃんはマリア様に神託が降りて天から授かった救い主、大昔の預言者様のように、数々の奇跡をなさると聞いておる。エデン人には決して気づかれぬよう、公都の中でも目を光らせ、坊ちゃんが望むことなら、その道を妨げるな、と言われとる」
「そうじゃそうじゃ! 坊ちゃんは、奇跡を起こしなさったんじゃ! わしゃ、この目で見たんじゃ! 坊ちゃんは、魔法じゃ、言うておられたがの、まるで伝説の預言者様の奇跡、いや、どう考えても伝説以上の奇跡じゃったわ!」
「おんし、ちと興奮しすぎじゃ。死ぬぞい」
「興奮もするうゆうもんじゃ! なんせ、わしまで奇跡が使えるようになったんじゃからな! カッカッカ!」
「……おんし、とうとう女神様のお迎えの時期を迎えよったかの」
「おうおう、馬鹿いっとるの! 魔法じゃ、魔法。坊ちゃんが呪文を唱えて魔法を使いなさっておったんじゃ! そんでわし、その訳わからんえらく難解な呪文を覚えての、気合を入れて呪文を唱えたってもんよ! いや~、呪文が、それはそれは大変での! じゃが! わしは! 呪文を唱えて! 魔法を成功させたんじゃ~!」
「…………」
「それからわし、毎日毎日魔法を使っとるんじゃ! 毎日気合を入れての、倒れる寸前まで魔法を使っとるんじゃ! ちいと体が重いような気がしないでもないがの、そんなのは気合でぶっとばしておるわ! カッカッカ!」
「…………マジ、かの?」
「おう、マジもんのマジじゃ!」
「……おんし、どんな魔法を使えるようになったんじゃ?」
「それがの、聞いて驚け! アタシーノ川の水をの、南の村まで延ばす魔法じゃ!」
「馬鹿言っとるのう、と言いたいところじゃが、坊ちゃんが使いなさった魔法なんじゃな?」
「おうよ! それを! いまじゃ! わしが!」
「わかったわかったわい。ふむ、そうか…………坊ちゃんはいつも公国の民のことを考えなさる風でのう、わしんとこへ最初に来んさった時も、みんなが助かればええ、ってなことをおっしゃられてのう、それはそれは、まだ2歳のころじゃったがこれが救い主、いうもんなのじゃな、って思うたもんじゃったわ。坊ちゃんは、今は3歳になられたかのう。わしん所に最初に来んさった時は2歳の頃じゃったが」
「ぐぬぬ」
「……次に南の村へ坊ちゃんをお連れするのは、いつじゃ?」
「知らん!」
「ほう、そうか。ほんならわしが散歩がてら、ゆっくりと坊ちゃんを南の村へ、案内するとするかの~ 朝から出りゃぁ、日の落ちる前には戻ってこれるしの~ それに、鋳造や金属の加工なら、まだまだわしの右にでるもんなんぞ、おらんしの~ 坊ちゃんと楽しく南の村で遊んでくるとしようかの~♪」
「なにぃ? わしを除けもんにしようなんざ、女神様が許しても、わしが許さ~ん!」
「ほっほっほ、ならわしら3人で行くとするか!」
「さすがドンじゃの~ そう来なくっちゃの! カッカッカ!」
***
――トム、それで良いのか?