2-32 長期休暇中
「ミチイル、お帰りなさい」
「ただいま~」
「少し遅かったわねえ」
「うん、休みに入ってから、少しやる事があったからね」
「まあ、何をしていたのかしら」
「うん。学園まで歩いて行くのがダルいからね、アルビノ商店街から学園まで、道路を敷いてた」
「あらあら、誰かに見られたら面倒じゃないの」
「うん。だから、休みに入って誰も居なくなってから工事したんだよ。夕方にエデン人が居なくなってから、毎日1kmずつササっと敷いたんだ」
「でも、スローン人も寮にはいるでしょう?」
「それがさ、長期休暇に入る直前にね、スローン人が全員いなくなったんだ」
「寮に入っている学園生のスローン人かしら?」
「うん」
「スローンと言えば、何やら不穏な噂も聞いたのだけれど」
「寮の話?」
「ええ。ものが無くなっているとか何とか……」
「うん、そうらしいね。僕もシェイマスから聞いただけなんだ」
「普通に考えれば、スローン人の仕業だと思うのだけれど」
「ま、誰にも見られないうちに寮を出たらしいからね、大荷物を抱えているのを見られたく無かったんだと思う」
「そうよね。大荷物を抱えてたら、すぐにバレてしまうもの」
「うん。でもさ、確たる証拠がある訳じゃないし、スローン大公の息子?だかもいるらしいからね、とりあえず、様子見」
「まあ、そうね。現場を押さえない限り、しらばっくれたら対処ができないものね」
「うん」
「さあ、もう暗くなってきたし、少し休んだらご飯にしましょう」
「はーい」
***
「スローン大公、全く足りぬ! なぜもっと持ってこないのだ! 死にたいのか!」
「滅相もございません」
「服もランプも、まだまだ足りぬではないか! お前らは何をやっているのだ! パラダイスはおろか、中央エデンでさえ、ものが溢れていると聞くぞ! この役立たずが!」
「申し訳ございません」
「お前らはそれでも神聖国のやつらと同じアルビノ人か! アルビノ人は偉大なるエデンの使用人だぞ! その使用人が主人の望みを叶えずにどうすると言うのだ!」
「鋭意、努力を致しておりますが……」
「ええい、下らぬ御託はどうでも良い! さっさと服でもスイーツでも持ってこい! さもなくば、マッツァはやらんからな! 良いか!」
「……かしこまりました」
***
「はあ、やっぱり温泉(自称)はいいよね~ 寮にも作っちゃおうかな~」
「あらミチイル、露天風呂に入っていたのかしら」
「うん。別邸のお風呂よりも快適なお風呂は無いからね~」
「そうね。わたしはサニタリーで神の泉に浸かる事が多いけれど、たまに露天風呂に入ると、気持ちがすっきりするわ」
「うん、美容にもいいしね~」
「え? なんですって!」
「え」
「どうして露天風呂が美容にいいのよ!」
「うん。気もちがリラックスするとさ、免疫力が高くなるんだよね。そうするとね、お肌のトラブルも減るし、病気も……あ、病気は無い世界だった、うーんと、」
「お肌のトラブルが露天風呂で無くなるのね!」
「いや、無くなる訳じゃないんだけど」
「まあ! これからは露天風呂にも入らなくてはならないわ! 朝に露天風呂に入って……夜にサニタリーで神の泉がいいかしら、逆の方がいいかしら。それとも」
「ま、お風呂に入るのはいいけどさ、洗いすぎると肌荒れするからね、気をつけて」
「その点は大丈夫よ。前にも教えてもらったでしょう?」
「そうだっけ」
「ええ。ミチイルの教えは、神聖国では皆、忠実に守っているんだから!」
「それはそれでどうなの」
「どうもこうも無いのよ! それで皆が幸せなの!」
「う、うん。それならヨカッタヨ」
「今日のおやつは何かしら?」
「何でもいいけど、今日はまだ何も作ってないよ」
「じゃあ、高潤シリーズのスイーツなんて、どうかしら」
「うーん、何かあったかな」
「どうかしら!」
「はいはい、何か考えよう」
「さすが、わたしのミチイルね」
「ハハ」
***
「さて、ではスイーツクッキングを始めまーす」
「パチパチ」
「さ、まずはジェノワーズを焼いて、スライサー魔法で厚さ1cmに薄く切りまーす。そして、生クリームとヨーグルトを混ぜて、乳酸発酵させまーす。もちろん時間がないので、ピッカリンコ。生クリームがヨーグルトになったら、抽出魔法で水分を減らして、クリームチーズの、完成です!」
「あらミチイル、これはチーズなのかしら? わたしの知っているチーズと、だいぶん違うように見えるのだけれど」
「うん、これは殆どお菓子専用と言ってもいいチーズかな。まったり濃厚で、熟成期間も短いからさわやかな感じもするかな」
「そうなのね。チーズも色々あるのねえ」
「うん。本当はもっとあるんだけどね。そう言えばこの世界って、熟成とか、どうなってるんだろうね。良くわかんないけど、今度研究してみようかな」
「そうね。別に学園なんてどうでもいいのだから、ここでゆっくり研究して、美味しいものを広めましょう!」
「ハハ そうだね。じゃ、続きを行きまーす。鍋の牛乳に砂糖を入れて、ふやかしたゼラチンも入れて圧力鍋魔法でゆるく加熱しまーす。ゼラチンが溶けたら、そこへクリームチーズを入れて、滑らかになるまで石臼魔法をしまーす。同時に、生クリームに砂糖とダークラムを入れて、八分立てにしておきまーす。先ほどの鍋の底に氷水を当てて、クリームチーズ生地を混ぜながら冷ましまーす。まあまあ冷めたら、泡立てた生クリームも入れて、良く混ぜまーす。ジェノワーズを焼いた丸ケーキ型の底と側面に竹皮を敷き、そこへ薄くスライスしたジェノワーズを入れまーす。その上から、先ほどのクリームチーズ生地を静かに流し入れまーす。乾かないように覆いをかけて、冷蔵庫で数時間冷やしたら、レアチーズケーキの、完成です!」
「まあ、焼かないケーキなのね!」
「うん。ま、チーズのムースって言ってもいいかな」
「イチゴのチーズバージョンって事かしら」
「うん。かなり濃厚だけどね。生クリームのダブル使いだし」
「ステキじゃない! 生クリームは裏切らないもの!」
「うん。普通なら、太るから気にするところなんだけどね。なんで太らないんだろうね。やっぱり食べ物が足りないのかも」
「太るっていうのがピンと来ないわね。でも、悪い事じゃないのなら、いいでしょう?」
「ま、そっか~ そういうの気にしない方が、なんでも美味しく食べられるしね~」
「そうよ。美味しく食べられる事が重要よ」
「うん。じゃ、サロンに行ってお茶にする?」
「後でジョーンも来る予定になっているのよ。ジョーンが来てから一緒にお茶にしましょう」
「あ、そうなの。じゃ、そうしよう。後で来るって事は、夕食も一緒だよね?」
「ええ、そうだと思うわよ。いつもそうじゃない」
「そうだよね~ ジョーンの家族団欒はいいのかなあ」
「ジョーンからすれば、というかセバス男爵家ね、男爵家からすれば、ミチイルの料理の方が重要なのよ」
「じゃ、カンナも呼ぼうよ。仕事しているかも知れないけどさ」
「いいわね!」
「夕ご飯は何にする?」
「そうね……午後のお茶会はさっきのケーキでしょう? 濃厚だって言うし、夕食は和食がいいんじゃないかしら」
「そうだね、そうしよっかな」
「何か新しいものを作るのなら、ジョーンが来てから一緒に作ったらどうかしら?」
「あ、ジョーンが喜ぶなら、そうしようかな」
「じゃあ、ジョーンが来たら教えるわね。カンナの方の手配もしておくから」
「わかったー」
***
「では、今日の夕食を作っちゃいまーす」
「パチパチパチ」
「まずは、鰹の切り身に、熟成が進んでいない若い味噌と味醂を混ぜたものを全面に塗り付けておきまーす。そして、大豆を崩れるくらいまで柔らかーく圧力鍋魔法して、石臼魔法で液体のように磨り潰したら、抽出魔法で水分を減らしまーす。そこへ、麵つゆを入れて混ぜて置きまーす。ニンジンは千切り、茹でタケノコも千切り、セリと春菊は食べやすい大きさにしてから圧力鍋魔法でさっと加熱しまーす。棒寒天をうどん状に加工し、3cm位に切断したら、ぬるめのお湯でふやかして置きまーす。ふやかした寒天の水気を切って、先ほど加熱した野菜と、大豆ペーストを全部混ぜたら、白和えの、完成です! 本当は豆腐で作るんだけどね、豆腐は手間暇がかかりすぎて日持ちもしない贅沢品だから、広めませーん」
「これは、サラダのような野菜料理ですね!」
「うん、ジョーン。でも、野菜と味の付いたペーストを混ぜる料理をね、和え物って言うんだよ。味噌で和えれば味噌和えって言うしね」
「はい! かしこまりました!」
「さ、次は、昆布と鰹節で香り高い濃いめの出し汁を作っておきまーす。鶏肉を小さく切って、タケノコも小さく切って、大きめの湯飲みに入れておきまーす。卵を溶いて、その卵へ、卵の三倍の出し汁と味醂と塩を入れ、良く混ぜまーす。泡立てないようにしてくださーい。混ざったら、具を入れた湯飲みに、目の細かいざるで濾しながら卵液を入れまーす。後は、100℃を超えないように圧力鍋魔法で蒸せば、茶わん蒸しの、完成です!」
「はい! ミチイル様!」
「どうぞ、ジョーン」
「はい! なぜ100℃を超えてはならないのでしょうか!」
「とてもいい質問です、ジョーン。茶碗蒸しの卵液は、100℃を超えてしまうと沸騰するのです。沸騰すると空気が出てきますので、その空気が中に泡になったまま、卵が固まってしまうのです。そうすると、ぶつぶつの穴がたくさんある、見た目もグロくて食感もキモイ最悪の茶碗蒸しになってしまいます。そうなると茶碗蒸しではなく、生ゴミになってしまいますので、厳禁です!」
「はい! かしこまりました! 世界中に厳命します!」
「ふむ、よろしい~ って言うかね、失敗した茶碗蒸しはキライなの、僕。茶碗蒸しはきめ細やかにプルルンとしてて欲しいからね~」
「ミチイル~ お茶碗じゃないわよ、湯飲み蒸しでしょう?」
「うん、全くその通りなんだけどさ、これはこういう料理名だと覚えておいてよ」
「そうですね! 茶碗と言いながらご飯を入れますもんね!」
「そういえば、昔もそんな事を言っていたわね」
「そうだっけ。さ、後は粉寒天少しと昆布を入れて美味しいご飯を炊いて、一番最初に味付けして置いた鰹の切り身の味噌をぬぐって七輪で網焼きしたら、鰹の西京焼きの、完成です!」
「んまあ! とってもとっても香ばしい香り」
「ほんとうです! それに、鰹がツヤツヤしていて綺麗な焦げ目でおいしそうです!」
「うん。味噌を焼くと美味しいからね。この西京焼きは豚肉でも牛肉でも美味しいからね、試してみて」
「かしこまりました!」
「さ、キュウリの浅漬けも用意して、あっさり和定食の、完成です! お供えだけはしておいて、夕ご飯までアイテムボックスに入れて置こう」
「じゃ、カンナが来たら、まずレアチーズケーキでお茶会ね!」
「楽しみです!」