1-13 南の村
流しそうめん魔法を中断し、南の村へ着いた。
トム爺に背負われてたから、あっと言う間だったけど、距離は多分2kmくらいはあったような気がする。
南の村は、想像以上に人が多い。公都より多いんじゃない? 男の人ばかりだけど。
トム爺はとりあえず僕を降ろしてから、南の村の重鎮?責任者の人達?と何か話しているようだ。なので、邪魔しないように僕は自由にプラプラしている。もちろんトム爺とかの目の届く範囲だけだけど。
南の村は、エデン王国側に森林地帯があって、その手前、こっちから見たら手前なんだけど、エデン側から見れば北の奥にある。
森林地帯って言われているけど、印象としては林がずっと続いているというか、ジャングルで日も差さない森深く、って感じではない。赤道に公国よりは近いから、もちろん公国より気温が高いらしいけど、熱帯とかじゃないっぽいしね。温帯、かな? 常夏なのはエデンの泉周辺だけみたい。
四季も無い世界だし、あんまり落葉樹林とかも無いのかもね。確かに木材に使えそうな真っすぐな木が生えてる。
その林の中に続く道が見え、アルビノ人が荷を背負って歩いてる。道っていうか、ほぼ獣道? 人しか歩けない道かな。ま、荷車すら使用禁止なんだから、そりゃそうだよね。その道のずっと先にかろうじて大きな建物が見えてるけど、あの建物が交換所なんだろう。エデン人が、あそこまでは来るって事だよね。行かない様にしないと。
この辺りは既に魔力が薄いって話だけど、全然わかんない。あ、そうか、濃縮魔力しか見えないんだったっけ。ま、ここに来ても苦しくもなんともないんだから、別に問題なさそう。
南の村の建物のほとんどは、公都と違って木造だった。基礎が石、なのかな。あとは全部木造。そりゃ目の前に木があるもんね。エデンのために存在している村だし、それ位は許容してもらわないとねぇ。木を切っても結構早く育つって話らしいしねぇ。当然でしょ。
南の村には常時500人くらいが住んでいるとの事だったけど、公都から通ってきている人も大勢いるらしい、っていうか、毎日かなりの人が南の村と公都を往復している。じゃないと、物流が追い付かないからね。
公都から通ってくる人は、公都南辺りのアタシーノ川で水を汲んで南の村に朝に着き、公共水道?である村の水樽に水を入れてから半日くらい仕事して、日が暮れるより結構前に、乾燥マッツァを担げるだけ担いで公都に帰るみたい。これを毎日。
ここで作業をしない人でも、金砂とか銅石とか鉄石とかを公都の北部で拾って南まで運んだり、北部の石切り場で切った石を南まで往復しながら運んでいるんだもん、どうりで、僕が散歩しているような時間帯には、公都の人が少ない訳だね。
村から少し北西?になるのかな、森からすこし離れた、まだ見ていないけど海側に寄った辺りに、煙がモクモクの石造りの建物が見えるから、あれが鋳造とか鍛冶とかしているところだろうね。ここから海までも20km近くあるらしいし、村から海がある西側を向いても、ブッシュばかりで全然まったく海は見えない……
後は、森に一番近いところの大き目な木造建築物は、多分、木工場だろう。森の木で家具とか食器とか作ってエデンに納めているって話だったし。そこで出る木くずとか木っ端とかが、大公家の燃料なんだね。
とプラプラしてたら、トム爺が血相変えてやってきた。
***
「坊ちゃん、こっちじゃ。とりあえず、工場に入るとするの!」
「そんなに急がなくてもいいのに……」
「いや、普段ならこの時間にはエデン人は交換所におらんはずなんじゃが、今日はたまたまスタイン男爵が来ているらしいからの、坊ちゃんが見られんように工場に急がんと!」
***
ドン爺に抱えられて、大きな木造の建物、木工場の中に入った。結構な人数が働いていて、うん、まぁ、木工場だね。家内制手工業的な。
***
「ドン爺がそんなに急ぐほど、いやなやつなの? その男爵」
「スタイン男爵はの、アルビノ人との混血の家系なんじゃ。じゃから、アルビノ人に理不尽を働いたりはせんのじゃが、エデン人には変わりないでの、念には念を、じゃ」
「へぇ、エデン人にもそういう人がいるんだ」
「アタシーノ公国の南にあるエデンのパラダイス王国はの、少数じゃが、アルビノ人との混血家系の貴族がおるんじゃよ。スタイン男爵家はの、牛を放牧していて、その牛を使って物流を担っておる家系じゃ。大昔に公国から牛が取られてしもうた時、スタイン男爵家の何代目かの当主がアルビノ人と交わったのじゃな。じゃから、王国のアルビノ人担当として森の交換所とパラダイスの王都との間を、牛に荷車牽かせて行ったり来たりしとるわ」
「へぇ、エデン人でも、全員が全員、アルビノ人を虐げている訳ではないんだね……」
「パラダイス王国の一部だけじゃがの」
「他は違うんだね?」
「そうじゃの。坊ちゃんが学園に通いなさるかどうかはわからんけどの、嫌でもそのうちわかる時がくるかも知れんの」
「僕は、あまり大っぴらにエデンに出入りできないだろうし、どうだろうね。あ、でもこの南の村に来ていたら、スタイン男爵に気付かれる可能性もあるのか……うーむ」
「今日も来ている男爵家当主の、ホル……何世じゃったかの、ホル二十世じゃったか、そのホル二十世は女神信仰者じゃし、おそらくじゃが、見て見ぬふりをしてくれるかも知れんのう」
「ホル? スタイン?」
「そうじゃの」
「牛…………ほるすたいん……」
***
――もちろん、あの女神が「牛を飼っていてせっかくスタインって家名なんだから、名前はホル一択でしょ! 代々ホルって名乗りなさいよ!いいわね!」と当時の誰かに神託を降ろしたせいである
***
「なんにせよ、用心するのに越したことはないからの、坊ちゃんにはすまんけどの、しばらくの間、工場から出んようにの」
「うん、わかった~ トム爺、工場の中を見て歩いてもいい?」
「もちろんじゃ。スタイン男爵がおらんようになったら連絡が来る手はずになっておるし、それまでわしも一緒におるでの」
「はーい」
***
「トム爺、これは何をしているの?」
「これはの、切り出してきた木材を乾燥させた後に、家具や家をつくるために板にしとるんじゃな」
「へぇー、こんな鋸だけで板にするなんて、なかなか大変そう」
「そうじゃな、技術が必要じゃ!」
「ほー、まあまあ綺麗に板になるんだね。あ、これなんかは硬そうな木だし、まな板なんかに良さそう」
***
――ピロン まな板魔法が使えるようになりました。 好きな大きさ好きな厚みで瞬時にまな板が作れます
***
「…………トム爺、ちょっと魔法を使ってみてもいい?」
「坊ちゃんが何をしても口外無用を徹底してるでの、ここでは気にせんと、何でもしたらええぞ!」
「うん! 『まな板!』」 ピカッ
「ほうほう、これは! あっという間に木が板に分かれたのう! しかも表面つるつるじゃ!」
「…………」
***
「トム爺、この鎌みたいな刃物で、木の皮を剥いでいるんだね、大変そう」
「そうじゃな、技術が必要じゃの」
(いやいや、こんなんでちょこまか皮を剥いていたら、いくら時間があっても足りないでしょ……)
「ぺローンと薄く皮が剥ける刃物とか、考えた方がいいかも……皮むき器みた」
***
――ピロン 皮むき器魔法が使えるようになりました。 どんなものでも思いのままに皮が剥けます
***
『…………皮むき器!』 ピカッ
「こりゃまた! こんなに太い木が目にも止まらぬ速さで丸はだかじゃの!」
「…………」
***
「これは……テーブルとかの足にする部分?」
「そうじゃな、テーブルとかチェアとかの足じゃ。丸い筒型にするのには、大変な技術が要るはずじゃの」
「こんな太い木を削っていくんじゃなくて、最初から細い木を削った方が早くない?」
「細い木だと、強度が足りんらしいの」
(こんなの、ろくろとかも無いのに、刃物でチマチマ削るなんて……)
「まぁ、細い木だと燃料か、すりこ木くらいしか使い道ないもんね」
***
――ピロン すりこ木魔法が使えるようになりました。 好きな長さ、太さ、形に、すりこ木を作れます
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『……すりこ木!』 ピカッ
「おお~っ! こりゃこりゃまたまた、こんなに綺麗に丸くなった木は見たことも聞いたこともありゃせんの!」
『……すりこ木!』 ピカッ
「ほげーー、今度は家の柱じゃの! こんなに四角くまっすぐに、つるっつるの柱なぞ、王都の王宮にも使われておらんぞい! さすが、坊ちゃんじゃの! カッカッカ」
「…………」
***
「このおがくずは、この後、どうなるの?」
「これはもう何にも使えんからのう、集めて燃やしても煙が出るばかりで役にたたんから、森の中にぶん投げて終いじゃの」
(えー、もったいない。確か昭和の30年代くらいまでは、おがくず集めて炭とかにしてたよね)
「あ、今でも焼き肉屋とかで使われているオガ炭、だっけ」
***
――ピロン オガ炭魔法が使えるようになりました。おがくずから任意の大きさで軽くて火持ちの良いオガ炭を瞬時に作成できます
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『……オガ炭!』 ピカッ
「なんじゃなんじゃ? ただのゴミが黒くて硬くて軽い薪になってしもうた!」
「それはね……オガ炭といって、炎と煙が出ない薪なの。普通の薪より長持ちしてね、そして魔法を使って作ったこれは軽いみたい」
「なんと! ごみが薪よりも役に立つもんになったじゃと! しかも薪より軽いなんぞ! わしゃぁ、夢でも見とるんかいの!」
***
「トム大親方、ちょっとお願いします」
「おお、今行く。坊ちゃん、ちょっとここで待っとってくれんかの?」
「うん、わかったよ」
***
『ねえ、アイちゃん』
『はい、救い主様』
『これって、どういうことなの?』
『どういうことも何も、救い主様は食文化スキルで魔法を創造し放題、使いたい放題ですから、至極当然です』
『なんか料理と関係ない使い方になっていると思うんだけど?』
『何にどう使われるか?という要素は、特に考慮されておりません。救い主様が明確にイメージし、心から望まれれば、食文化スキルも付随する魔法も問題なく使えます』
『そっか。なんかズルしてるような気になっちゃったけど、くよくよしても仕方がないよね』
『左様でございます。ズルも何も、救い主様は、この世界でただ一人の救い主様ですから』
『そうだった』
***
「坊ちゃん、待たせたの。スタイン男爵が居らんようになったらしいからの、今日のところは、もう公都に戻ったらどうかの?」
「うん、僕、少し疲れたみたいだから、そうしようかな」
「カッカッカ! どんなに賢くても、まだ3歳じゃからの、当たり前じゃ。鋳造やらは次の時に見ることにしようかの」
「……うん、…近いうちに…また…連れてきてくれる?」
「合点じゃ。さ、坊ちゃん、背中に負ぶさってくれんかの? オイ、そこの! 坊ちゃんとわしをリネン草の紐でしっかり固定してくれ。間違ってもほどけたりはずれたりせんようにな。わかったな!」
***
――ミチイルは、寝ている間に公都へ戻り、そのまま朝まで寝てしまった