2-20 足軽への慈悲
とりあえず、再度帰国することにしたよ。
さ、色々手配しないとね……
***
「ミチイル、随分と頻繁に帰ってくるのね~」
「うん、色々やる事があってさ」
「学園はどうなのかしら?」
「うん、相変わらずつまんないよ。シンエデンの王子には服を売りつけたけどね」
「そうなのね。お兄様の方は予定通り、シンエデンに払う金コインは相殺したらしいわ」
「当然だよね。なんか、死ねとか言われたもんね、王子から」
「……あの王国、絶対許さないから!」
「まあ、別に痛くも痒くもないからね~」
「マリア様、ミチイル様、大公がお見えです」
「通してちょうだい」
***
「ミチイル様、ご無沙汰しております。お待たせして申し訳ありません」
「ああ、伯父上、久しぶり~」
「学園はどうですか?」
「うん、つまんないね~ シモンとか、よく我慢してると思うよ」
「あの子は我慢というか……ぼーっとしているだけでは無いでしょうかね」
「お兄様に良く似てるわよ。いつもお姉様に怒られてばかりだったじゃないの、お兄様」
「まあ、姉上は怒ることが仕事でしたからね」
「お兄様が余計な一言を言うからよ」
「ま、事実ですからね」
「んもう」
「ハハ 伯父上達は仲がいいよね~ でさ、今日はね、南部の事について進めて欲しい事があるんだ」
「何かありましたか?」
「うん、何もないんだけどさ、学園の2年生に足軽君がいてね、あ、スタイン男爵家の令息ね、その足軽君を食事に招待して、シモンとシェイマスと四人で食事会をしたんだ。その時に色々南部の事も聞いてさ、少し何とかしようと思ったんだよね」
「アルビノ商店街の寮に招待したのかしら?」
「うん」
「大丈夫でしたか? 彼らはエデン人ですが」
「うん、なんか自分たちの事をエデン人って思ってないみたいだった。混血だから、エデン人からも倦厭されているってさ。アルビノ人からもエデン人ってひとくくりにされて、なかなか大変な立場だよね」
「そうですね。でも、彼らは良く働いてくれていると思います」
「うん、それでね、なんか僕の事も救い主だって薄々気づいている感じだった。混血の民は、女神様と僕にも祈ってる、みたいな感じらしいの」
「そうなのですか……スタイン男爵は、特に何も言っては来ておりませんが」
「うん。余り言っちゃいけないっていう認識でいてくれているみたいだったね。僕もはっきりとは言わなかったけど、特に厳重に隠したわけじゃないから、何かを察知して納得してたみたい。でね、僕に祈りを云々って訳じゃないんだけど、女神信仰もしているっていうしね、何か慈悲があってもいいと思ったんだよね」
「作物の種、以外にも何かを授けますか?」
「うん、授けるってのとはちょっと違うかなと思うんだけどね、結構ギリギリな感じで南部の民は生活しているみたい。作物も、普通には育っているけど、この神聖国のようには育たないでしょ? 聞いた感じだと、育ってもやっぱり小さいし、収穫も年に一回か二回なんだって」
「それは大変ね……この神聖国では毎月収穫できるものね」
「しかも、どれも大きくてたくさん実がなったりしますからね」
「うん。あっちの方では魔力がないから仕方ないんだけどさ。それでね、神聖国ではマッツァが余っているでしょ?」
「そうですね。マッツァを食べる事は、ほとんどなくなりましたからね。たまに物好きがマッツァナンを食べるくらいでしょうが、ナンも小麦粉で作れますし、マッツァでなければならない訳でもありませんし」
「本当はマッツァは栄養が豊富なんだけどね。それでも何百年もまずいのを我慢して食べてきただろうから、積極的には食べたくないものなのかも知れないね。でさ、神聖国のマッツァを、南部にあげて欲しいの。わざわざエデンから運んでいるけどさ、それをアルビノ商店街で足軽グループに渡せばいいだけだから。もちろん、余る分だけでいいよ。家畜にもあげてるだろうし」
「マッツァは、乾燥した物がアタシーノだけで、毎日一万枚入荷しています。セルフィン分も入れたら倍ですからね、とても家畜で食べきれる量ではありません。家畜が増えたとはいえ、神聖国民と同じ数が居る訳でもありませんからね」
「じゃあ、結構余ってるかもね」
「ええ。アタシーノの分の半量くらい、5000枚ほどは南部へ融通しても構わないと思います。逆に北部に運ぶ手間が減りますし」
「じゃあさ、そう手配をお願いね、伯父上」
「かしこまりました」
「それとね、南部は牛がたくさんいるんだけど、エデン人は牛乳とか飲まないらしいの」
「そうでしょうね。コーチでさえ、汚らわしいから乗りたくないと言っているくらいですから」
「そうよね、乗りたくも無いものの乳なんて、飲むわけないわね」
「うん、それでね、あっちは魔法も使えないし、冷蔵庫とかもあげられないんだけど、チーズなら作れると思うの。気候も、王都よりは涼しいんだってさ」
「涼しいと話には聞きますが、実際に行ったことがある訳ではありませんから、よくわかりませんが」
「うん。寒さは王都くらいなんだけど、というか、エデンの王都は寒くはないよね、朝でも夜中でも。南部は日中でも暑くないらしいよ」
「それなら、神聖国よりもかなり過ごしやすそうですね」
「だろうね。それでね、ヨーグルトは室温で作るからね、神聖国からヨーグルト製造用の樽を融通して、南部の牛乳を入れて混ぜて一日二日置いとけばヨーグルトができると思うの。後は塩を加えて、それを布に乗せて水分を切ってね、ある程度まとめて熟成させればチーズになるから。神聖国のチーズ作りにはさ、魔法を使ってないんだ。本当は使おうと思えば使えそうな気もするんだけど、みんな昔に教えたやり方で作っているからね、チーズは、少しだけ品薄でしょ?」
「そうかも知れませんね。でも問題になるほどでもありません」
「ええ、そうね。チーズがなくて困っているという話は聞いたことがないもの」
「うん。意図的にチーズ料理は絞って来たからね。だけど、南部で作ったチーズを神聖国が買えばね、チーズも増えて使いやすくなるし、南部は紙幣が増えるからね、神聖国で余っている穀類とかを紙幣で買えるかも知れない。今、南部はジャガイモとトウモロコシがメインなんだって。米は作るのが難しいらしいし、小麦は食べるのに加工が必要でしょ? だからそれはそれで大変みたいなの」
「そうよね、米も小麦も、魔法があるから便利な作物だけれど、魔法が無かったら、粉にするのだって、人力でするのでしょう? オロシガーネでマッツァを粉にするようなものですもの、パンでさえ作るのは大変だと思うわね」
「うん。だから、まあ、わかんないんだけどさ、小麦粉を南部に売るとか、米がたくさんあるなら米を売ってあげてもいいし、要するに神聖国と王国南部のつながりを太くしようって事なんだ」
「ミチイル様が、そうなさるなら、もちろん否やはございませんよ。ミチイル様のお好きになされば良いのですから」
「ええ、そうね、その通りよ。ミチイルの好きにしたらいいわ」
「うん。じゃ、アブラナの種は今まで通りに納入してもらって、乾燥マッツァは半分を無償であげる事にしてね、チーズを作ってもらって、出来上がった製品を神聖国が買うって感じね。バターも少量だろうけど、買ってあげて。それで、チーズを作るための樽と、出来たチーズやバターを保管したり運搬したりする箱もね、竹で作らせて南部に渡してもらえる? 伯父上」
「かしこまりました」
「それとね、母上」
「何かしら」
「平民用のリネンの服ね、シンプルなタイプのやつ。こないだ金札250枚でエデンで売ることにしたやつね、あれを南部足軽グループにあげて欲しいの。貴族だけでいいからさ、今の作務衣だと働きにくいでしょ? 服をあげようと思う」
「わかったわ。カンナに言って、手配しておくわ」
「よろしくね」
「ミチイル様、これら様々な手配品は、パラダイスのアルビノ商店街でのやり取りで良いのでしょうか」
「うん、それでいいよ」
「そういえばミチイル、お姉様の所に中央エデン王室から服を売って欲しいって催促が激しいらしいわよ」
「すっかり忘れてたけど、そういえばそんな事もあったね」
「お姉様の事だから、きっと楽しそうに苛めて遊んでいるとは思うけれど、いつかは解禁するのかしら」
「うん。気が向いたらね」
「じゃあ、しばらくそのままでいいわね! お姉様にも存分に楽しんでもらいましょう」
「姉上の高笑いが聞こえてくるような気がしますね」
「ほんとうね、うふふ」
「クックック」
***
「め、メアリ様、何とかならないでしょうか」
「あら、王太子妃様。わたくしには何の権限もございませんのよ。すべてはケルビーン本家が決めた事ですもの。わたくしは嫁に出た身でございますし、何のお役にも立てませんの。御免遊ばせ、オーッホッホ」
「で、でも、パラダイス王家も新しい服を購入していますとか……」
「あら、あちらはあちらでございましょう? 中央エデンでは子女の教育も満足にできないのですもの。そういえば、わたくしの記憶の彼方にも愚かな王女が居たような、居なかったような、どうでもいいような気も致しますわね。今回、中央エデン王国を揺るがす大事件を起こした王女とは、どなたなのかしら。なんでも、大変に個性的な御髪でいらっしゃるそうですわね。さすが、子女の教育を失敗する事には定評がおありの、中央エデン王室ですこと。自ら進んで最先端の世界から乗り遅れようとなさるなんて、凡婦のわたくしには到底できませんわ!」
「ま、孫娘が……も、申し訳ございません」
「あら、王妃様の謝罪など、恐れ多くて受け取れませんわ。それに、わたくしが決めた事ではございませんの。何度も申し上げているのですけれど、理解する能力が欠如なさっておいでなのかしら……それに、エデン中央学園での教育内容も、相も変わらず天に唾を吐くようなものだとか。中央エデン王国が今のままでは……アタシーノ神聖国から支払われる紙幣も、そのうち減って行くかも知れませんわね……あら?よく考えてみましたら、新しい服は世界中でただ一家、中央エデン王家だけ販売禁止ですもの、どうせ新しい服も買えない訳ですから、紙幣が減っても、きっと何も問題ございませんわね、オーッホッホ」
「そ、そんな!」
「あら、名も無き侯爵夫人、如何なさいましたの? そのように身を御震わせになって。流行遅れの作務衣などをお召しだと、肌寒いのかしら。エデンは暑いくらいですのに、哀れな事ですわね。新しい服は、中央エデン王家以外には販売可能なんですもの、王家を差し置いて遠慮なくお買い求めくださってもよろしいのよ、オーッホッホ」
「なにとぞ、メアリ様のお力を、お慈悲を……お願い致します」
「王妃様。わたくしが聞くところによると、わたくしの可愛い甥に大変な暴言を浴びせたとか。わたくしの妹が大層立腹いたしておりますの。さすがのわたくしにも、どうする事もできませんわ。なにせ、中央エデン王国が怒らせた相手は、今を時めくアタシーノ神聖国の元首本家の子。そうですわ、中央エデン王国に紙幣を供給している国の当主本家の子なのですもの。その愚かな娘は、中央エデン王国を貧しい国へ戻したいご様子ですわね。中央エデン王国は、ようやく化粧水もまともに買えるようになったというのに、その贅沢の源泉ともいうべき国を怒らせるなんて、大変勇敢な王女ですわ! パラダイス王家も、さぞや驚いている事でしょうね。次のエデン会議が楽しみですこと、オーッホッホ」
「王女は謹慎なさっておいででございます。どうか、お慈悲を」
「あら、有象無象伯爵夫人。お慈悲を願う相手が違うと何度も申し上げておりますのよ。わたくしの言葉も理解できないのですもの、そのベタベタ頭には残念の実でも詰まっていらっしゃるのでございましょうね。ほんとうに、腐った学園でしか勉強をなさらなかった方は、何度も同じことを言われないと理解ができないのかしら。……あら、もしかして、それで学園での歴史の勉強は毎日毎日同じことを垂れ流しているだけの授業でしたのね……あのくだらない授業も、残念な方々向けだったなんて……わたくし、この歳になって新たな事実を知ってしまったわ! 学ぶという事は、いくつになっても可能なものでございますわねえ、オーッホッホ」
「う、うぐ……」
「そのように絶望なさる事はございませんでしょう? また以前のように、毎日毎日マッツァを召し上がって、汚らしい布を巻いて、ガサガサのお肌をぼやけた鏡で眺める暮らしに戻ればいいだけですもの。シンエデン王国のように、原始的で幸せな王国を維持して行けばよろしいのではなくて? わたくし、本日も、せっかく「四倍品」という規格の新たな化粧水を皆様にお持ちしたのですけれど、このご様子ですと、この先、この国では代金の回収も望めないでしょうし、また、女神様の御縁がございましたら、再度お持ちいたしますわね。さて、いつになる事やら……オーッホッホ」