1-12 初めての魔法
「坊ちゃん、すまんの!」
「トム爺、速すぎ~ びっくりした~」
「カッカッカ! 石を担いで歩くんを思えば、坊ちゃんは軽うての、ついついの!」
「歩くって速さじゃないよお。トム爺なら、どのくらいで公都から南の村まで行けるの?」
「んーそうじゃのう、わしならいくつか石を担いで村と石切り場を一日で4回は行ったり来たりできるの!」
「えっと、公都から北の石切り場までだいたい10kmとして、南の村まで片道30kmくらいになって……それを4回も往復するとなると240km! それを一日で! そんなの人間にできるんだ……化け物じゃない?」
「カッカッカ! 坊ちゃんには負けるの!」
「……そうだね、僕の方が化け物だよね、こんな髪と目だし……周りにこんな人いないもんね」
「何を言うておられるか! 坊ちゃんのおかげで皆が喜んじょるわい! そうじゃのうて、人間とは思えんほどに能力があるっちゅーことじゃの!」
「ありがとう。僕、もっと色々考えるよ」
「カッカッカ! そんなこと考えんでもええわい! 坊ちゃんは皆に可愛がられて楽しく生きて行けばええ!」
「うん。ところでさ、公都から少し離れたけど、なんか石ころと草?ばかりになってきたね。行き交う人も全然見当たらなくなったし……川はまだ少し流れてるけど」
「そうじゃの。川もここら辺りは浅くなっとるでの、魔獣の革袋が全部入らん。じゃから、もう少し上流で革袋に水を汲んでの、海沿いを歩いて水運びしとるんじゃ。海沿いは平らな岩が続いとるで、草も生えとらんし歩きやすいからの。公都から川沿いにまっすぐ南に向かった方が近道なんじゃが、こん先ははリネン草と石っころばかりで歩きにくいからの」
「リネン草って、布とか服とかになる草なんでしょ?」
「そうじゃの。こん草をわしらみたいな引退したジジィどもなんかが集めての、公都の女どもの所に運ぶんじゃ。そんで女どもが布を作っとる。そんで、草を集める時にの、いっしょに雑草も集めて皆が食べるんじゃ」
「じゃ僕が食べてる草も、トム爺たちが集めてくれた草なんだね」
「カッカッカ! そうかも知れんの!」
「あっ、川の水がさらに少なくなって来てる」
「こん川はの、もう少し南に行けば無うなるでの……」
「…………トム爺、一回降ろしてくれる?」
「なんじゃ? 疲れてしもうたか? 坊ちゃん」
「うん、ごめんね」
***
(ここから、何とかして水を南の村まで運べないかな)
(うーん、確かに地面が乾燥してる。ブッシュ地帯みたいな感じ。石ころもすごいし……)
(こんなところなら畑もうまく行かないよね……もう少し公都寄りの方なら畑はできそうな土だったけど)
(いや、そもそも作物が無いもんね。この草?は何かよくわかんないし、種類がありそうにも思えるけど、見た目殆ど一緒だし)
(水路みたいなのを作るとか? いや、木材使えないし。石を敷き詰めて作る? いや、水量がたっぷりあるなら石の隙間から地面に浸みても残りで流れるけど、これだけ水が減っていると、結局南まで届かないかも知れない)
「水路、水路ねぇ。竹を縦割りにして、流しそうめんみたいな感じで少しは水を流せるけど、竹すら無いし……」
***
――ピロン 流しそうめん魔法が使えるようになりました! そうめんがあれば流しそうめんができます
***
「えっ?」
「ん? どうした、坊ちゃん」
「う、ううん、何でもない。悪いけど、もう少し休ませて~」
「いくらでも休めばええ! わしはそこら辺で帰りに持って帰る雑草を集めとるでの! 見えるところにおるで、坊ちゃんはゆっくりしとってな!」
「うん、行ってらっしゃい」
***
「ねえアイちゃん、なんか今さ、とても機械的な声が聞こえたんだけど」
『おめでとうございます、救い主様。ようやく魔法が使えるようになりましたね』
「いや、なりましたね、じゃないよ……なんでいきなり使えるようになったの?」
『原則として救い主様が、心の底から望み、必要とし、魔法が創造される解禁ワードを口になさったからです』
「解禁ワードね……よくわかんないけど、心の中で思ってるだけじゃ、ダメって事か~」
『そのように捉えていただいても構いません』
「いつも独りでブツブツ言ってたらやばいじゃん……それで、どうやって魔法を使うの~?」
『それは、救い主様ならイメージと魔力だけで、何も言わずとも使用可能です』
「イメージって、この場合は、流しそうめんをイメージするの?」
『流しそうめん魔法ですので』
「うーん、うーん、うーーーーん。何も起こらないけど……」
『では、声に出してみてはどうでしょうか?』
「なんて言えばいいの?」
『流しそうめん魔法ですので』
「……わかったよ。 さあ出でよ!『流しそうめん!』 」
****
「ねえアイちゃん」
『なんでしょうか、救い主様』
「これって、何?」
『流しそうめん魔法ですので』
「いや、そうだったね、流しそうめんだよね……ってさ! 確かに流しそうめんっぽいけどさ、いや、確かに、既に水も流れてるし、そうめんがあったら流しそうめんだよ、もう」
『流しそうめん魔法ですので』
「…………うん、そうだよね。竹じゃなくて、どうみても石だけどさ、石で竹っぽい水道管ができてるね。しかもちゃんと川から取水してるもんね。流しそうめんの水路の先から、じょぼじょぼ水が出てるもんね。水道管が、とてもとっても短いけど!」
『流しそうめん魔法ですので。ですが、救い主様は魔法が使いたい放題ですし、魔法を使えば使うほど魔力器官が成長して、さらに魔法が使えるようになりますし、さらに魔法が使えるようになれば、もっと威力も規模も範囲も大きな魔法が使えますし、そうすれば、さらに……といった具合に、どんどん新しい魔法が使えるようになります』
「……そっか。今まで魔法が使えなかったから、すっぽ抜けてたよ。目の前の流しそうめんは50cmくらいしかないけど、何回も魔法を使って繋げていけばいいんだよね、アイちゃん」
『左様でございます』
「うん、くよくよしても仕方がないしね、それどころか、魔法が使えるようになったんだった! じゃもう一回やってみるよ」
『はい、どうぞ』
「さあ、出でよ、『流しそうめん』 ヘイ・カモン!」
『今度は1mくらいの流しそうめんができましたね』
「ほんとだ、さっきより範囲が伸びてる……もしかして、倍々になってくの? んじゃ、もっと、もっと」
『成長速度が速いのは、救い主様だけです』
「そう。ま、いいや。んじゃ、さあ、出でよ、『流しそうめん』 ヘイ・カモン! おおーー、さあ、出でよ、『流しそうめん』 ヘイ・カモン! おお~っ どうよ、アイちゃん」
『すばらしいです、救い主様。ですが、時間ももったいないので、唱えるのは「流しそうめん」だけの方が良いのではないでしょうか』
「いやー、なんかさ、ジョーンも言っていたけど、……気合?」
『…………』
「うん、呪文だけ唱えよう、っつか、これって呪文なの?」
『流しそうめん魔法ですので』
「…………」
「『流しそうめん』『流しそうめん』『流しそうめん』『流しそうめん』『流しそうめん』………………」
***
( ! 坊ちゃんがピカピカ光りながら遠くへ行っとるが……それより! あれは何じゃ? 地面から少し高い所で石の棒みたいなのが、どんどん伸びて行きよる! なんか棒の先から水が出とるようにも見えるが……まさかのぅ? )
(いやいや、坊ちゃんは救い主じゃ。何が起きてもおかしくはないの! カッカッカ!)
「坊ちゃ~ん!」
****
「あ、トム爺のこと忘れてたわ」
「坊ちゃん、これは何じゃ! 石の棒の先から水が出とる! 川の水なんじゃろうか?」
「ああ、……うんとね、……魔法なの。魔法で川の水を延ばしているの」
「なんと! ぼっちゃんは魔法っちゅーもんを使えたんじゃな! まるで言い伝えにある大昔の預言者様のようじゃの! カッカッカ!」
「う、うん。……それだけ?」
「カッカッカ! 何もおかしいことなどありゃせんわ! 坊ちゃんは救い主様じゃからな!」
「う、うん、そうだね」
「それよりも坊ちゃん、この棒はなにかの?」
「うん。流しそうめんっていうの」
「 『ナガーシソウメーン?』 かの?」
「う、うん、そんな感じの魔法。『流しそうめん』が魔法を使うときの呪文なの」
「ほうほう。なんか、石の棒の先から水が出とるんじゃが、この棒はもっと伸ばすことができるんかの?」
「うん。魔法を使い続ければ、もっともっと伸びると思う。多分、南の村まで伸ばせる、と思う」
「なんと! これがありゃ、皆、助かるし喜ぶの! 南の村に行きがけに水を運ばんでもええとなりゃ、石でも布でも金砂でも、他のもんを代わりに運べるしの! えらいことじゃ!」
「そうだよね。じゃ、悪いんだけど、このまま魔法を使ってもいい? 南の村まで今日中に届くがどうかわからないんだけど」
「坊ちゃんは、何も気にせんでええ! 好きなようになさればええ!」
「じゃ、とりあえず魔法を続けながら先に進もう、トム爺」
「おし来た! ……と言ってものう、わし、何もすることがないんじゃが……」
「トム爺は僕を運んで見てるだけでいいよ。んじゃ、『流しそうめん』『流しそうめん』『流しそうめん』『流しそうめん』………………」
***
(なんと! どんどん石の棒が伸びていきよる……坊ちゃんが魔法を使うたびに、棒の伸びる距離が長ごうなっとるし、辺りの地面から石っころがどんどんのうなっていっとるわい……こりゃあこりゃあ、えらいことじゃの)
***
「……坊ちゃん、そろそろ疲れとりゃあせんかの?」
「うん、魔法は大丈夫なんだけど、ちょっと疲れたかな……」
「もうかなり進んだしの、ほれ、向こうに森が見えてきたじゃろ? あと少しで南の村じゃ。ここらで一旦、止めといたらどうかの?」
「うん、今日の所はそうするね。また違う日に続きをやろう」
「それがええ! さ、坊ちゃん、わしの背中に上がってしっかりつかまっとっての! すぐに村じゃ!」
「はーい」
***
――こうして、ミチイルは、初めての魔法が使えるようになった
――呪文つきではあるが……




