2-12 中央エデンアルビノ村
「なんか母上と旅に出るの、久しぶりだよね~」
「ほんとうね。セルフィンに行ったとき以来かしらね」
「あれがもう三年も四年も前なんだよね~」
「時が経つのは速いわね……わたしも歳を取るはずよ」
「母上は全然変わってないじゃない」
「ええ、そうね。自分でもそう思うのだけれど、いくら自分でそう思っていても、数字の残酷さというものもあるのよ、ミチイル」
「ああ、無意識の彼方に放り投げているものが、強制的に意識させられるよね、数字って」
「ええ。特に、ミチイルが記録というものを世に送り出してから、数字の魔力が増したわ!」
「すうじのまりょく」
「ええ、そうよ。例えば大公家では、当然構成員の記録をまとめるでしょう? 今までは代々の当主だけ石板で彫り込んでいたけれど、今は自由に記録できるのですもの。国も大きくなったし、私たちの情報も記録されているのよ」
「まあ、そうだろうね。当然でしょ」
「ええ、そうよ。その記録にね、私の名前と共に、年齢まで書かれているのよ! どういうことなのかしら!」
「まあ、記録って、そういうものだから。嘘八百書いたら記録じゃないでしょ」
「わたしは、永遠の24歳なのよ! 記録するなら24と書くべきじゃない?」
「ウンソウデスネ」
「んもう!」
「あ、そうこう言っているうちに、南部の宿場が見えて来たよ、母上」
「あら、これは北部の横断道路でミチイルが作った宿場と同じ感じね。バンガローが無いだけで」
「うん。同じものだとね、個別に魔法を使わなくてもいっぺんに建てられるから楽なの」
「そうね。服を作るのも、同じものだと次が作りやすいわ。だんだん習熟度みたいなものが上がっていくのかしら」
「そうだろうね。イメージが一番大切だからね、魔法は」
「そうよね。ここはどんなだったかしら?なんて思いながら魔法を使うと、そこは未完成のままだったりするわね」
「うん、欠伸しながらでも作れるレベルになれば、きっとサクサクできるようになると思うよ」
「頑張るわ!」
***
「すごいわね、ミチイル。朝に別邸を出たとはいえ、まだ夕方なのにもうセルフィンの南村じゃない。途中で泊まらなくてもいいばかりか、乗り心地もとってもいいわ! 前にセルフィンに行った時は、タコ糸魔法を使うくらいが精いっぱいだったほど、揺れたのに」
「ほんとうだよね。今じゃ、紙に文字も書けそうだよ」
「書けるのではないかしら。これならお兄様もエデン会議に出かけるのも楽ね。まあ、シンエデンでの会議の時は、お疲れ様と言うしかないのだけれど」
「シンエデンは、あまり新しいものを受け入れたくないのかもね」
「その割には、神聖国の物を買っているらしいじゃない。お姉様からの手紙でそう書いてあったわ」
「え? 伯母上、手紙とか書けるようになったんだ」
「ええ、シェイマスばりに覚えるのが速かったらしいのよ」
「さすが伯母上」
「でも、紙のおかげで、こうやって伝言ではなくて手紙でやり取りできるんですもの、少し前では考えられないわ!」
「そうだよね~ 電話とかビデオ通話とかメールとかSNSとか、そんなのは、もっと考えられないよね~」
「いつもの事だけれど、なにを言っているのかわからないわ」
「アハハ」
「今日はどこで泊まるのかしら」
「うん、この南村でバンガローに泊まろう」
「久しぶりでなんだかワクワクするわね!」
***
「さて、ここが中央エデンのアルビノ村なのか~」
「ええ、そうね。わたしも十云年ぶりよ」
「あれが寮っぽいね。かなり大きめの建物だけど」
「そうね。大公家の子息は個室だったわ。後は相部屋だったけれど、それなりに部屋数もあるわね」
「じゃあ、ここを好きにしてもいいんだよね?」
「ええ、お兄様には言ってあるから、大丈夫よ。誰も居ないし、遠慮なくやっちゃってちょうだい!」
「うん、じゃまずは、全部解体しーの、石材と木材にしーの、アイテムボックスへ仕舞いーの、パラダイスのアルビノ商店街を建てーの、それ、ピカピカピッカリンコ。これでひとまずはアルビノ商店街の完成かな。後の道具類は、いま使ってもらってる屋台とキッチンカーのを流用してもらおう。そして、ミニ男爵屋敷と従業員寮の間の土地に、学園の寮を作ろう」
「ミチイル、いつ見ても見事な奇跡だけれど、年々ものすごくなっていないかしら」
「そうだね~ チマチマやらなくても、いっぺんに出来ることが増えたね~」
「増えたね~じゃないわよ! ほんとにもう!」
「アハハ じゃ、寮はどんな感じにしようかな~ とりあえず、全員個室がいいよね~ せっかく原始時代から脱却してドアとか窓とかもつくようになったんだからさ~」
「そうね。スローン人も一緒に使わせるのでしょう?」
「まあ、そりゃそうだよね。子供なんだし、仲間はずれにはできないでしょ」
「成人済みだから子供じゃないけれど、確かに可哀そうよね。じゃ、各個人の個室に、給食センターと福利厚生施設があれば十分じゃないかしら」
「そうだよね~ 機能としては十分だけど、せっかく個室を大量に作る宿泊施設なんだしさ、ホテルみたいな建物がいいかも~」
「ホテル?」
「うん。お金を払って泊まる施設。さらにお金を払えばね、温泉に入ったり、レストランで美味しいものを食べたり、地域の特産とか郷土料理とか、そういう特別な高級料理なんかも食べられる、オーベルジュと」
***
――ピロン オーベルジュスキルが使えるようになりました。セキュリティ対策済みのオーベルジュが思いのままです。ただし、維持には魔石を要します
***
「う・わ!」
「あら、どうしたの?」
「うん……ちょっと嫌な予感がする予感なの」
「そんなの、気にする事なんてないわよ! ミチイルはミチイルの好きにしたらいいのですもの。遠慮なくやっちゃいなさい!」
「うん、そうだよね~ じゃ、遠慮なく~ と言っても、さすがに二階建てはまずいしね、平屋で、小さめな部屋が30室で、シンプルなオーベルジュにしよう。さ、『オーベルジュスキルでシンプルな学生寮』 目立たないのをお願い! 」
ピッカリンコ ドバーン
「んまあ! ミチイル、何なのかしら、これ! とても大きな四角い建物ね! ずいぶん長い建物だけれど、外観は別邸とそう変わらない感じね!」
「う、うん。オーベルジュっていってね、小さめの寝室がたくさんあって、レストランもあって、大浴場もついてる感じだね。設備は最新式だから、あちこちに魔石が必要なんだけど」
「玄関は手前の一番端っこなのね! 中に入ってみましょうよ……まあ、とってもステキじゃない! それに、この木材の色! 落ち着いた濃い色でツヤツヤよ!」
「うん。建物を貫く感じで真ん中が廊下か……左右に部屋があるみたいだけど……中は別邸と違って木材が多いね……それに、なぜかダークブラウン色だね。ニスはないはずだけど、油でフキフキした木材かなあ、つやつやだねえ、電球もたくさんついているねえ」
「ほんとうね! キラキラキラ……ステキ!」
「うん、ちょっと待って。電球はエデンにはまだ出さないからね、とりあえずオイルランプガラス付きに取り換えよう。それ、ピカピカピカ」
「ねえねえ、お部屋に入ってみましょうよ」
「うん、そうだね。ちゃんとフロントも事務室もあるから、管理人も常駐させた方がいいかもね」
「お兄様に丸投げしておきましょう!」
「うん。フロントの向かいは……教会……というか礼拝室かな」
「そう見えるわね。祭壇もあるし、ベンチが並んでいるもの」
「うん。礼拝室の次がレストランだね」
「まあ! ここの床は石ではないのね! 何かしら、厚い布のようだけれど、きれいな赤い色!」
「ああ、赤絨毯……何の毛? 牛とかかな。そういえば牛の毛でフェルトとかもあったかもね」
「ステキ! これ、わたしでも作れるかしら?」
「うんとね、スキルだから無理、かな」
「まあ、残念ね……」
「あ、でもフェルトだからね、牛の柔らかい毛を集めてね、繊維を互い違いに重ねるようにして、水をかけて上から叩いたり揉んだりすれば、作れるよ。とんでもなく手間暇がかかるけどね。平民に作らせるのはやめてね、母上」
「ええ、そうね。そんな手間暇をかけさせる訳にはいかないわね。平民には、ね、ミチイル!」
「さて、レストランのキッチンでも見てみようかな~」
「んもう! あら、キッチンは、いたって普通ね」
「そうだね、別邸のキッチンとほとんど似たような感じかな。広めだけど」
「じゃ、お風呂に行ってみましょうよ」
「うん。お風呂はレストランの向かいだね……ああ、当然のようにかけ流しの魔石給湯器だね。魔石はキッチンにも使うしお風呂にも使うし、結構必要かな」
「でしょうね。管理人は魔石管理もしてもらわないといけないわね。使い終わった魔石はガラスの原料にもなるのですものね」
「うん。この大浴場なら一度に10人くらい入れるから、男女別にも分かれているし、問題はないけどさ、魔法が使えないでしょ、王国じゃ。魔法で調理も掃除もできないしね、使用人が何人も必要になっちゃうかも知れない。お風呂は24時間の運用は止めて時間を決めよう。じゃないと人手が足りなくなっちゃう。給食作るだけでも大変だよ、魔法がないと」
「そうね。でも、今まで暗闇でお風呂もない生活をしていたんですもの、あるだけ天国よ。まあ、食べ物はマッツァ以外にも、最近は王国に販売しているものを食べていたでしょうけれど」
「そうだね。いっその事、商店街のレストランを営業開始して、そっちから食事を運んでもらおうか。ここのレストランは調理はしないで食事の場所だけにして」
「それがいいかも知れないわね」
「うん、じゃ、パラダイスのアルビノ村に作って閉鎖したままにしてあるレストランも一緒に、営業を開始しよう。定食タイプの料理で、一食金札10枚ね!」
「それはステキな程ぼったくりね!」
「うん、そうだけどさ、場所代もあるしね、人も使うでしょ? 調理は魔法も使えないからね、手間も暇もかかるもん。給仕人はエデン人を雇おう。料理を運んだり皿を片づけたりはできるでしょ。あ、皿洗いもエデン人にしよう。あ、魔法を使わないんだから、なるべくエデン人に働かせようよ」
「そうね、それがいいわね! お兄様に丸投げしましょう」
「じゃ、個室をみようか。個室エリアの手前はサニタリーっぽいけど、トイレとか洗面所とかは別に同じだろうしね」
「ええ。建物の奥は全部個室みたいね……まあ! 幅は狭いけれど、ステキなお部屋じゃない!」
「うん、まあ別邸と比べるとたいていの部屋が狭いからね。でも、奥行きはあるし、ベッドと小さいテーブルと椅子と小さいクローゼットがあるね。部屋にちゃんと鍵もついてるし、これで充分だと思うよ」
「そうね、これでも充分贅沢よ!」
「ん、一番奥のエリアの部屋の扉はすこし豪華な気がするけど……」
「開けてみましょう。あら! ここは少し豪華な仕様ね!」
「そうだね。大公家子息とかの部屋なのかな。他の個室の倍くらいはありそうだね。家具類もどれも大き目なのかな」
「そうみたいね。これなら充分よ。十分すぎるくらいだわ。わたしの時なんて……思い出したくも無いわね」
「ハハ じゃ、寮もこれで大丈夫だし、アルビノ商店街も従業員寮もミニ男爵屋敷も倉庫も物流センターも、城塞のようなブロック塀も、もちろん井戸も、全部揃ったから、とりあえず帰ろうか、母上」
「そうね、そうしましょう。でもまだお昼にもなってないわよ」
「そうだね。今日中に帰れるかどうかはわからないけど、とりあえず出発しようか。じゃ、御者さん、お願いね。あ、帰りには南村からの水道管は撤去して帰ろう」