2-8 争いの種
あの後、次の日にセルフィンの南村を整備してから、アイテムボックスに入れて持ってきた物販屋台とキッチンカーを出し、これから中央エデンで使ってもらうように手配。パラダイスはもう必要ないしね、中央エデンで売り歩くなり、青空市場にするなりして活用して欲しい。
そして、副都セルフィンから続く街道を、南村周辺の街道へ接続工事をしてね、それで今回の僕の予定は完了。
これで、すべての街道が接続されて、神聖国の中に環状道路ができた。
本当は、そのままセルフィンに寄ってから帰るつもりだったけどさ、疲れたし、面倒臭くなっちゃったから、来た道を戻って帰って来ちゃったよ……お祖父さまとオール爺ズのみんな、会いたかったけど、ごめんね~
と言うことで、色々な再整備は一応完了。またの機会には中央エデンのアルビノ村へ行こうと思うけど、面倒くさいから、しばらくはそのままにしておこう。みんな、頑張ってね。
***
――パラダイス王国と中央エデン王国では、空前の買い物ブームが巻き起こった
――生産販売体制が整った神聖国が、この二王国での商売を拡充したのだ
――皆こぞって、なけなしの貨幣で買い物をし、貨幣の需要がますます上がり、神聖国に雇われたがるエデン人が続出、適当な仕事を与えられて給料をもらい、さらにそれを使った
――神聖国に雇われる事もできず、数百年間も貯めていた貨幣が底をついた多くの貴族たちは、両王家へ貨幣を要求する
――これに窮した両王家は、神聖国へ貨幣を要求、神聖国は受諾し、新コインを両王国へ下げ渡す
――もはや、どちらが王家なのか……
***
なんかさ、ここの所、コインを作る仕事が結構大変みたいなの。
まあ、作るのはね、神聖国に集まってきた古い貨幣を改鋳してコインにするだけだし、コインの方は再流通させるだけなんだけどさ、コインは重いじゃない。それを運ぶのも大変でしょ。荷台はガラガラだけど重さはあるんだもん。それこそ、貨幣やコインが王国と神聖国を、ひっきりなしに行ったり来たりするからね。
そこで、新政策を導入することにしたよ。
***
「ミチイル様、久しぶりですね」
「伯父上、別邸までわざわざごめんね」
「いいえ、構いません。それで、今日は何かありましたか?」
「うん、コインがね、結構色々大変だって話だったからね、新しい貨幣を導入しようと思うの。それはね、紙幣っていうんだけど、金や銀の代わりに紙のお金だね」
「……紙……」
「まあ、ミチイル、紙って、食べ物を包んだりノートに使ったりしている紙、よね? あんなのが金貨の代わりになんて、なるものなのかしら」
「うん、まあね。紙幣を導入する時に肝心なのはね、その紙幣が確実に価値があると担保されている事と、偽造されない事かな。価値の担保はね、この神聖国がコインを発行しているしね、金も銀もたくさん持っているでしょ? だから、紙幣を確実に金とか銀とかコインとかにね、交換を約束できるの。それに、モノを作って売っているのは神聖国だからね、貨幣経済を導入した時もそうだったけど、神聖国がそうする、と言えば、そうなるね。これからは紙幣で給料を払います、買い物は紙幣で行ってください、って感じかな。貨幣やコインを持ってきた場合は、両替所で一度、紙幣に交換させてから使わせてね」
「確かに、貨幣経済の時もそうでしたね。買い物には紙幣以外使えないという事にする訳ですね」
「うん。だから大丈夫だと思う。それで、偽造を防ぐ手段なんだけどさ、紙は神聖国でしか作れないでしょ、魔法が無いと作れないから。だからエデン人には紙自体が作れないのね。神聖国は貨幣経済を導入していないから、仮に万が一、神聖国民が紙幣を横領とかしても、使い道がないでしょ? なにせ自分たちが作っているものを王国で買えるだけなんだもん、意味がないからね。神聖国民は、欲しいものは欲しいだけ、配給所でもらえるんだから」
「ほんとうにそうね。エデン人と違って、神聖国は本当に豊かなのね。皆が欲しいものを貰えるんですもの」
「そうですね、いまだに夢の中の出来事かと思うくらいです」
「うん、ありがたい事だよね。皆が喜んで働いてくれて、仕事を取り合ってくれている状態だしね、誰も悪事を働かないし、争わないしね」
「それは、女神様を信仰しているのが理由でしょうね」
「そうね、お兄様。お会いしたことのない女神様にはピンと来なくても、女神様が遣わしてくださった救い主は現実に目の前にいるものね。疑いようもないもの」
「ハハ そういえばそうだね。それでね、紙幣なんだけどさ、紙幣を発行すると言うことは、権力も得るという事なんだよね。金や銀は、本来はそれだけでも価値があるんだ。でも紙はね、トイレットペーパーにするくらいに紙そのものには価値がないの。紙幣に価値を持たせられるのは権力者が発行して担保がある場合だけ。だから、紙幣を発行できるのは権力者だけだし、紙幣を発行すると権力も生まれるんだよ。この神聖国では関係があまりないんだけどさ、エデンの王国じゃ、貨幣やコインや、それに代わる紙幣ね、それを与えてくれる人が権力を持つ。だからね、紙幣を発行できる人は権力者、この世界で言えば、王になるの」
「ということは、ミチイルが世界の王になるということね!」
「それは素晴らしい! 是非そうしましょう」
「いやいやいや、僕は、王になるつもりなんて、まったくこれっぽちも無い。なる気も無いし、なりたくもないよ。面倒臭いし」
「んもう、ミチイルは昔っから出不精で面倒くさがり屋ねえ」
「クックック ミチイル様らしいですけどね」
「ま、僕の事は置いておいてね、この紙幣の発行者は神聖国、つまりは伯父上って事なの」
「ミチイルじゃなければ、それはそうね、お兄様しかいないもの」
「私も面倒くさいのは好きではありませんけどね」
「ハハ なんか血のつながりを感じるよね~ でね、紙幣はこれなんだけど」
「まあ、何か模様が描いてあるわね」
「これは、とても高品質の小さな紙に、焼き印してあるのでしょうか」
「うん、さすが伯父上だね。こっちはね、金札10000って書いてあって、こっちには銀札1000って書いてあるの。これは模様に見えるけど漢字っていう文字なんだ。別に読めなくても構わないの。違いが分かればいいから」
「模様の違いくらいなら、だれでもわかると思うわよ、ミチイル」
「そうですね。模様はともかく、数字が入ってますしね」
「うん。面倒臭いからね、金貨は10000円で銀貨は1000円にするの。銅貨は100円だね」
「エンっていうのは、貨幣の単位でしょうか」
「うん、伯父上。そうなんだけどさ、それはどうでもいいんだ。僕が分かりやすくしただけなの。銅貨が100で銀貨が1000で金貨が10000なだけ。今の価値の分け方と同じなんだよ」
「そういえばそうね。いまと同じ割合よね。銅貨の分はどうするのかしら」
「うん、銅貨は要らないし面倒くさいから、スローンが作っているのを、そのままにして置こう。勝手に作ると問題かも知れないしね。それでね伯父上、この紙幣を、焼き印魔法でコピーして紙幣用の紙に印刷するのは、大公家でやって欲しいの。権力者だからね。伯父上とシモン、それにセバス一家に、大公家の分家とかもいいかな。その少数の人たちで印刷してね、管理して欲しい。焼き印魔法はナンバリング機能も使えるからね、印刷した紙幣には全部、通し番号をつけて欲しいの。そうすると、万が一、神聖国民の誰かが紙幣を偽造しようとしても、番号がどこまで発行されているか分からないからね、抑止力になるから」
「なるほど、誰でもが作れるわけでは無い、という制度にする訳ですね」
「うん。神聖国民はみんな信用ができる人たちだけどね、印刷できる人は多すぎな方がいいから。魔法で印刷するしね、伯父上とかなら、それほど負担でもないでしょ?」
「そうですね、おそらく私だけでも、この紙幣なら一回で100枚くらい、半日でも10000枚くらいなら印刷できそうです。他の者と一緒に印刷作業をすれば、もっと用意できると思います」
「うん。とりあえず初期の必要分は僕が印刷しておくからさ、これからは伯父上たちにお願いするね」
「では、大公屋敷の一室を、紙幣の発行専用の部屋として用意します」
「うん、紙幣専用の紙はね、北部工業団地で作って裁断までして届けてもらうようにお願いしているから。それ以降は伯父上たちに任せるよ」
「お兄様も忙しくなるわね」
「最近では、執務も他に任せることができるようになりましたから。紙が出来て以来、記録しておけば同じ内容を周知徹底するのも、他の者と合同で執務を行うのも、後で報告を受けるのも、とても便利になりましたので」
「ああ、そうだよね、紙があると国の運営も大勢で分担できるようになるからね。どうしても保存しておきたい文書とかは、鉛筆だと消えちゃうかも知れないから、焼き印魔法で記録した方がいいかも知れないね」
「かしこまりました」
「でね伯父上。紙幣の導入を機に、エデン人の給料とかも見直そうと思うんだ。今までは一人一日銀貨1枚だったでしょ? それを一人一日金札1枚、10000円だね。月に25日働くだろうから、月にすると金札25枚、250000円なの。日給月給制と言って、一か月分を月末とかにまとめて払うといいよ。平民は今までの十倍の給料になるからね、買い物もたくさんできるようになると思う。生産体制の方は大丈夫かな。単純に今までの十倍のモノが必要になるんだけど」
「それはおそらく大丈夫かと思います。今までは余力がある状態でしたから。給料が十倍と言っても、エデン人がマッツァを食べなくとも良いという事にはならないでしょうし」
「うん、そうだね。エデン人が全員、神聖国民みたいな食事をすると、足りなくなっちゃうだろうけど。それでね、王室に払っている分も全部紙幣にして欲しいんだけど、今までコインで払っているでしょ、その額の倍を紙幣で払って欲しいの。そうすれば抵抗もないだろうしね。なにせ今までよりも倍、買い物ができるんだもん。逆に喜ぶかも知れないね。今はパラダイス王家へ月に金コインを10000枚払っているんだっけ?」
「はい。以前からすると十倍ですが、それをさらに倍にすると、昔より二十倍ですね。ですが、昔と違って家具などのものも王家に販売していますし、王家は購買意欲が旺盛ですから、結局ほとんど回収できているのでは無いかと思います。それに、全額王家が使える訳ではありませんしね」
「各貴族に下賜する分もあるもんね。どのくらい下賜しているんだろう」
「半分くらいではないでしょうか」
「そっか。それでもここ最近は金コイン5000枚を毎月使えてたんだ。それが、半分下賜したとしても最低でも倍で金札10000枚だもんね。王族が何十人いるかわかんないけど、割と贅沢できそう」
「はい。スイーツも毎日食べているようですよ」
「ま、充分だよね、それだけ払えば。モノの値段も今までぼったくり価格だったけど、平民の給料も十倍になるしね、まあまあ改善されるかな。あ、そうだ。クッキーの値段ね、お試し価格で銅貨1枚だったけど、これを機に銀札1枚1000円に値上げしてね。売れなくなっても全然かまわないし。銅貨は扱いたくないから、両替所で集まった銅貨は鋳つぶしちゃって」
「かしこまりました」
「後さ、足軽さんちも優遇してあげてね。人件費とは別に、毎月金札1000枚支給してもらえる? 別に紙幣はいくらでも印刷できるしね、紙幣をどんなに発行しても痛くも痒くもないから、いくらでも印刷できるもん。ちゃんと販売するものだけ用意できれば問題ないの。お願いね」
「かしこまりました」
「それと、エデン人の平民は、ろくに仕事ができないだろうけど、どんなくだらない仕事でもいいからさ、仕事を与えて雇ってあげてね」
「はい、既にそう動いていますし、給料が高くなると、さらに希望者が増えるでしょう」
「うん。デリバリーとかさせればいいと思うよ。貴族とかから紙幣を預かって来て、それをアルビノ商店街で代理購入して、商品を届けるとかね。平民が持ち逃げしたら、その平民は首にして王国に忠告してくれればいいよ。それに、月給制にするとね、逃げたら今までの給料がもらえないからね、少々の金額なら持ち逃げとかはしないでしょ。紙があるから記録も人員管理もできると思うし。もし、王国に言っても改善されないなら、平民は全員解雇。連帯責任ね。そうしておけば、お互いがお互いを監視するからね、悪い事もし難いから」
「久しぶりにブラックミチイルが降臨したわ!」
「ハハ 悪い事はね、起きたら罰するだけじゃなくてね、最初から起こす気がなくなるようにするのも大切なんだよ。何か盗もうと思っても、ドアに鍵がかかっていたら諦めるかも知れないでしょ? でも、ドアが開けっぱなしだったら、魔が差して盗んじゃうかも知れないからね」
「大変に深い考え方ですね。神聖国でも忘れないようにします」
「うん。じゃ、紙幣の発行と管理とその他もろもろは、伯父上お願いね。セルフィンにも説明しておいて」
「使われなくなったコインは、ミチイル様へ届ければ良いでしょうか」
「うん、お願いね~」
***
「スローン大公! もっと貨幣を納めよ! なぜお前らの国では金貨も銀貨も無いのだ! 銅貨では満足に買い物もできんではないか! それに、パラダイスや中央エデンでは物資も豊富だと聞くぞ! お前らは何をやっておる! この役立たずが!」
「大変申し訳ございません、シンエデン王。私どももリネンや綿を栽培しておりますが、噂ほど育たないのです。いえ、今までのリネン草と比べれば、収穫量も多いのですが、シンエデン王国に充分に供給するほどの布はご用意できません」
「ええい、布ではない、服だ! 服を納入せよ!」
「私どもでは少々難しく、手間暇もかかりますので……」
「お前らはそれでも同じ呪われの民なのか! 他の者どもがやっておるというのに! くだらん御託を並べている暇があったら、一着でも服を作って来い! マドレーヌも納入せよ!」
「お言葉ですがシンエデン王、マドレーヌなどは神聖国でしか作られておりません」
「だから、お前らも同じ呪われの民ではないか! オガミだかモガミだかにでも祈って、祝福とやらを得るがよい! お前らにはそのくらいしか取り柄がないだろうが!」
「それは叶いません、シンエデン王。試しに民に祈りを強制したところ、何もございませんでしたので」
「この、役立たずが! 何とかして物資を手に入れ、貨幣を手に入れ、偉大なるシンエデン王国へ納入せよ! 誰がお前らのようなものどもにマッツァを恵んでやっていると思っておる! マッツァが無ければお前らなんぞ、全員死に絶えるぞ! それを忘れるな!」
「申し訳ありません」
「一刻も早く、神聖国で作っている物を持ってくるか、金貨でも銀貨でも、あふれんばかりに持ってこい! これは命令である! 良いな!」
「はい……」
***
――長らく眠っていた争いの種が、動き出した