1-106 ホットドッグ
セルフィンが中央エデンに工作を開始して、あちらも順調な滑り出しをしたと思ったら、中央エデンでも貨幣経済を導入したらしい。
パラダイスで始めた時とは違って、パラダイスの夢の食べ物の話は中央エデン王国で噂が広まっていたんだってさ。いや、よくよく考えてみれば、パラダイスにもセルフィンとスローンのアルビノ人が居た訳だからね、そっちにも箝口令を敷いてなければ、そりゃ噂も広がるってもんだよねえ。
僕、そんなの知らなかったから、仕方がないよね?
『はい、救い主様。何も問題はございません』
「ああ、アイちゃん。なんか世界が急激に変わりだしているけどさ、食文化を広めているんだから、何も問題ないもんね?」
『はい、一切問題はございません』
「ハハ アイちゃんから聞くと、とっても安心感があるよ! ありがと」
『救い主様の、御心のままに』
「ま、展開が速いのはいいよね~」
***
パラダイス王家に販売することにした超高級品ラインナップの、手鏡と化粧水は、王家に激震をもたらしたらしい。
ま、有閑貴族だしね、やる事もないし娯楽もほとんどない世界なんだもん、美容、なんていう概念ができちゃた日には、むしろ当然と言うか。母上だって、別に推奨もしてないのに美容に目覚めちゃって、いまや公国じゃ美の化身としてカリスマになってるもんね。
それで予定していた月に10本の化粧水じゃ全然足りなくて、まだか何とかならないのか、もっと寄越せと大変な剣幕だとか。
でもさ、化粧水一本金貨100枚だよ? 今まで王家に渡していた金貨が年間で10000枚くらいでしょ? 化粧水を100本買ったら年間の税額と同じなんだけど。ま、何百万枚と金貨があるはずだしね、銀貨もあるし、あ、でも貴族とかに下賜しているから手持ちはもっと少ないのか……ま、どうせ公国に新たに金貨を納めさせればプラマイゼロだから、特に危機感も警戒感も持ってないだろうけどさ、とっても愚かだよね!
僕としてはエデンが愚かでないと困るからさ、とても都合がいいけどね!
***
「で伯父上、その後、計画の進捗はどう?」
「はい、全て滞りなく」
「うん、それは良かったよ。貨幣の不足はない?」
「はい。ごく初期に一時的に不足するかと思いましたが、あれよという間に貨幣が集まりだしたので、今では溢れんばかりです」
「そうだろうね、別邸に金貨が届きだしたもんね。この金貨は別に使い道もないから、全部金塊インゴットにしてアイテムボックスに保管してあるけど」
「そうなのですね。まあ、この公国では誰も欲しがらないとは思いますが」
「うん、そうだろうけどね、エデン人は欲しいでしょ。だから、危機管理には気をつけないといけない。足軽さんちはどう? ちゃんと仕事してくれてる?」
「はい、それはもう、何も問題はありません。そもそも女神信仰をしている家柄ですし、昨今の奇跡はすべて女神様の思し召しだと伝えてありますので、疑いもしておりません」
「うん、それはいいね。足軽さんちは、エデン人では一番に優遇しよう。王家よりも力を持たせる感じ? まあ、いまのまま公国の物を代理で引き受けている状態だと、公国と一番近い存在だろうしね、必然的に公国と王国の橋渡しになると思う」
「はい、そもそも王国において足軽家は公国担当ですからね、長い事そういう感じでしたので、誰も疑問にも思っておりません。もちろん王家も」
「ハハ ほんと、愚か!」
「ほんとうね! 馬鹿っぷりが楽しすぎるわ!」
「母上……それでね伯父上、セルフィンでも貨幣を対価にしはじめた話だけど、何も問題はないの?」
「はい。パラダイスと違って平民などに広く商売はしておりません。王家との間のやりとりだけですので、社会に与える混乱などは皆無という事です。王家から金を巻き上げているだけですね。中央エデン王室では、パラダイスが今まで内緒にしていて、自分たちだけいい思いをしていたことに立腹しているという話です」
「ハハ これで対立と競争心が生まれるかも知れない、というか、既に生まれているよね。それじゃあさ、伯父上、次のエデン会議の時には、伯父上もセルフィン大公も作務衣を着て行って、作務衣もスイーツも全種類持って行ってくれる? それでシンエデン王にも献上してほしいの。既に他の王国には貨幣と引き換えに販売しておりますが、ってね。何分地理的に遠く、ご紹介が遅れましてと言いながら低姿勢にしておいて。ま、中央エデンと同じく、噂は届いていると思うけどね、シンエデンにも」
「かしこまりました。おそらくスローン公国人を通して噂は入っていると思います。中央エデンと同様に、出遅れている事を怒っていることでしょう」
「だろうね。だから、最初の一回分は献上しておいて。とりあえず喜ぶでしょ。後は、貨幣と引き換えならいくらでも融通いたします、と言っておいてね。そして、セルフィンで生産能力に充分な余裕があるようなら、セルフィンでも王国平民向けに商売を始めてもいいと伝えてくれる? 作務衣は既に在庫も多いだろうし、ポテチもすぐに作れるはずだし、スイーツもマドレーヌ以外なら流通させても構わない。マドレーヌは高級品だからね、王家に対してのプレミア感を維持したいからね。もちろん、貨幣の価値についても守らせておいてね」
「かしこまりました」
「それと、中央エデンでは足軽さんちみたいな働きをしてくれる家は無いんでしょ?」
「はい。パラダイスと違って中央エデンではアルビノ人への差別感情も多いので、難しいでしょう」
「それならさ、さらに賃金をアップさせて足軽さんちに中央エデンに行ってもらえるように交渉してくれる? 足軽さんだけじゃなくて、他の男爵家とかでもいいけど、アルビノ人を虐げない人が良いと思う。混血の家がもう少しあるって話だったよね?」
「はい、足軽運送以外にもあると思いますので、なんとかしてもらえないか、話をしてみようと思います」
「うん、よろしくね。足軽さんちがうまく手配とかしてくれた暁には、足軽さんちの賃金は大幅アップしよう!」
「おそらく、とても喜ぶと思います」
「うん。じゃ、中央エデンでも平民含め広く商売を開始して貨幣が集まりだして、シンエデンにも購入機会を与えた後はね、しばらくこのまま商売を継続していこう。少しだけ落ち着いたら、次はホットドッグを売るからね」
「ミチイル、ホットドッグとはなんなの?」
「うん、ちょっとまってね、出すから。母上、お茶のお代わりをお願い」
「わかったわ」
「さ、これでーす!」
「これは、パンにソーセージを挟んだものにケチャップがかかっている感じですね」
「うん、伯父上」
「でも、こんな細長いパンは無かったし、こんなに長いソーセージも無かったわね」
「しかし、これは肉まん以上に片手で食べやすそうです」
「うん、歩きながらでも他の事をしながらでも食べられると思うし、ま、ちょっと味見してみて」
「いただきます」
「まあ、これはこれでそれなりに美味しいわね。とてもおいしいという訳でもないけれど」
「はい、すこし辛味もあって、ピザのように具材は無くても食べた感じがありますね」
「エデンのやつらにはピザなんかもったいないわ! この程度で充分よ!」
「ハハ いろいろ調理するのは大変だからね、エデン人は公国人より人数も多いから、一度に必要な数も多くなっちゃうし、シンプルな調理法でシンプルな食べ物じゃないとね。それに、このホットドッグはかなりコストカットしてある食べ物だから、味も少しだけ物足りなく感じちゃうかも知れない。だからね、お好み焼きはエデンでは当分ださない事にしたの。このホットドッグはね、キッチンカーで温めながら売ろうと思う。この公国でも昔はそうだったけど、平民って温かい料理は食べたことがほとんどないでしょ?」
「そういえば、そうね。公国はもちろんだったけれど、燃料が使えるはずの王国も温かいものなんて食べたことがないはずよ」
「そうですね、そもそも調理という概念もありませんでしたしね、ミチイル様が降臨されるまでは」
「そうだった……エデンでも同じ状況なんだね」
「はい、むしろエデンの方が何もしていません。大公家では乾燥したマッツァをなんとか食べやすくするためにクレープにしていた訳ですから。エデンの王国では生のままマッツァを食べられますし、果物も少しありますし、公国のワインと比べたら低級な下品ですが、一応ワインもありますから、それらをただ、切って食べて飲んで、で王族から平民まで生活していますので」
「じゃ、余計に珍しい食べ物だと思うんだ。調理してあって、温かくて、しかも見たことも食べたこともない食事。結構売れると思うんだよね」
「ミチイル、これをたくさんつくるのには材料の増産が必要よね? 特にソーセージは難しいのではないかしら」
「うん、この大きいソーセージはフランクっていうんだけど、これはね、エデン販売用で材料の半分は肉じゃなくて大豆だからね、肉は節約してあるの。豚の腸はもともと余っているしね、フランクは大丈夫。コッペパンの方もジョーンに手配は済んでいるし、食パンよりも簡単に作れるからね、大丈夫だって言ってたよ」
「それなら問題はなさそうですね」
「うん伯父上。南村の調理センターは大規模に作ったからね、パンを焼くようになっても問題ないはず。キッチンカーも10台はあるし、当初の予定と違って王都を練り歩かずにアルビノ村入口で売ると思うからね、販売能力も問題ないと思うよ」
「では、そのように手配します」
「うん、お願いね」
***
――そしてミチイルは、13歳になった