1-102 黒進行中 後編
「それと伯父上、パラダイス王国って人口はどのくらいいるの?」
「正確な数はわかりませんが、この公国の五倍くらいはいるのではないかと思います」
「そうすると5万人とかだね。他の王国も似た感じ?」
「はい。だいたい同じくらいだと思います」
「ありがとう。それでね、あとはね、第一段階が見えてきたからね、次の段階も始めようかと思ってるんだ」
「わくわくするわね!」
「セルフィンが第一段階を開始したらね、僕たちは商売を始めようと思う」
「ミチイル様、商売とはなんでしょう?」
「商売とはね、物を渡して対価を受け取る事なの。小さいころ、お祖父さまと話をしたことがあって、今までは、税を納めてマッツァを貰っていたでしょ? それも広い意味では商売と同じなの。物をこちらに渡してもらうために対価を払っているの。ここ最近では、作務衣とかスイーツも対価だね。人頭税の対価の代わりに、違うものを対価として渡しているから。で、服と食べ物を売ることにするよ」
「それで、服とかの対価に何をもらうのかしら? もうマッツァは必要ないのだし」
「うん。対価はね、貨幣にする」
「貨幣というと、金銀銅、ですよね?」
「うん、そう。それって、膨大な量がエデンにあるんでしょ? アルビノ人は持ってたらダメだけど」
「はい。今まで数百年にも渡って公国からエデンに差し出して来ましたが、特に使い道もないものですから、ただただ、溜まり続けていると思います」
「そうね、王家を筆頭に、貴族たちは屋敷にある貨幣の量をみせびらかして偉そうにするのが仕事だものね」
「その貨幣をね、公国に戻す」
「ですがミチイル様、貨幣が公国に戻ったとして、何が変わるのでしょうか。貨幣は特に役に立つものではありません」
「うん。貨幣はね、本来は物の対価として流通するものなの。この世界じゃ何だか変な事になっているんだけど、本来は貨幣で物も手に入るし、人も使う事ができるんだよ。たとえばね、今、王国で需要が高まっている服とかスイーツをね、貨幣と引き換えにして渡す、貨幣と引き換えに渡す事を売るっていうんだけど、売るとするでしょ? それを続けると、公国に貨幣が貯まっていって、王国からは貨幣が減るよね? すると、王国からは、税の貨幣を増やせって言われるじゃない? そうしたら、公国に貯まっている貨幣を、そのまま渡すの」
「それは何か意味があるのかしら」
「そうですね、貨幣が王国から公国へ、公国から王国へと行ったり来たりするだけのような気がします」
「うん、それが貨幣の流通なんだけどさ、でも、王国へ納める税を貨幣だけにすることができる。今回人頭税を減らしたのと同じだね。言いつけの通り貨幣を納めますが、他の仕事はしませんよ、と交渉するの。するとさ、公国としては服とかスイーツを売るだけで、貨幣が集まって来て、集まった貨幣を王国へ納めるだけで、他の税仕事が全部無くなって、王国で扱き使われなくても良くなるんだよ」
「 ! それは、それは大変な事じゃないですか!」
「ほんとうよ! そんなことが実現したら、王国の顔色伺って生きていく必要なんてなくなるじゃない!」
「うん。何度も言うけど、既にその必要はないんだけどね、でも、システムを作って運用して、自分たちに利益を誘導するようにしていくの。皆でルールを決めたら強制じゃないからね、文句も出にくいんだよ。それで、そのシステムは、貨幣経済なの。すべて色々な物は貨幣で手に入る、貨幣と引き換えに物を手に入れる事は、買うっていうんだけど、すべての物は貨幣で買える、すべての物は貨幣で売る、そうすると、アタシーノ公国だけじゃなく、パラダイス王国だけじゃなく、世界中で貨幣でやりとりができる。貨幣の価値が確立すればね、いま中央エデンとシンエデンに出している人頭税の公国民の代わりに、貨幣を払って解決できるからね」
「んまあ! そうすると、私たちは今と同じように、美味しい食べ物を作って、きれいな服を作って、それを王国で売っていくだけで、そのうち公国民を救えるようになるのではないの!」
「うん、そうだね。僕たちの生活は、それほど変えなくても、世界が変わって行くんだ。だから、貨幣を集めるの。公国が貨幣を集めれば集めるほど、貨幣の需要が高くなって、貨幣の価値が上がって、貨幣で色々できるような世界になるからね」
「それに、集めた貨幣で税を支払うのなら、もう貨幣の鋳造とかは必要なくなりますね。仕事も減ります」
「うん、いい感じでしょ? でもね、貨幣の価値を担保しないとならない。貨幣を払えば確実に欲しいものが手に入る、とならないと、貨幣の価値が下がるの。だから、公国の生産能力に余裕ができるまでは無理だったんだけど、今は、かなり余裕があるって話だったからね」
「その点は問題ありません。作務衣も既に、王国のパラダイス人全員に渡るほどありますし、スイーツは大増産しなければならないでしょうが、材料さえ足りなくならなければ可能だと思います」
「材料は大丈夫よ、お兄様。一番心もとなかったバターと卵をカットする方策があるもの。もちろんミチイルが創り出したんだけれど」
「ハハ ま、小麦と砂糖はね、植えれば一か月で収穫できるから、増やすのは割と楽なんだけど、バターと卵はね、家畜のものだから、簡単には増えないの。それでも、この世界では、びっくりするくらい速く繁殖するけどね。だから、貨幣を公国に集めるために、王国で商売をする。ここまではいい?」
「大丈夫よ!」
「はい、理解できました。ピンとは来ていませんが、やる事はわかりました」
「うん、それでね、貨幣の事なんだけど、貨幣の価値に差をつけるの。金貨が一番高くて、銅貨が一番安い。わかりやすくね、10進法でやっちゃうけど、銅貨が10枚で銀貨一枚、銀貨が10枚で金貨一枚、銅貨が100枚で金貨が一枚、こんな感じね」
「なぜ価値に差をつける必要があるのかしら」
「うん、この世界では無差別になっているけどね、本来、金は少ないんだよ。多分、この世界でも少ないと思う」
「確かに、金は銀よりも少ないので、貨幣の大きさも銀よりは小さいものになっています」
「うん、卵ボーロだもんね。そして、銀よりも銅の方がたくさんあるはずなの」
「それはそうよね。鍋とかいろいろに使っているもの」
「うん。アタシーノもセルフィンも、銅はたくさんあるって話だったし、銅の価値はあんまり無いんだ。でもそれだと銅貨しか作れないスローンが可哀そうじゃない? だから貨幣の価値を一緒くたにしたんじゃないかと思うんだ。でも、それはやめにする。僕たちがやめにするといえば、やめになるよ。なにせ、売る側なんだから、こっちのいう事を聞くしかないの、買う側はね」
「とても黒いわ!」
「そうですね、心がはやります」
「それでね、貨幣って平民も持ってるかな?」
「なにかあると王家から下げ渡されているはずですので、貴族程では無いにしても多少はあるのではないかと思います」
「うん、そしたら、クッキーは袋を今より小さくして枚数も少なくしよう。そうだね、一袋5枚入りにして、それが銅貨一枚。金貨があればクッキーが100袋買える。そしてパウンドケーキは一切れ入りの一袋で銀貨1枚ね。そして、マドレーヌは一個入り一袋で金貨1枚、作務衣は子供用が金貨5枚、大人用が金貨10枚」
「貨幣の価値というものが良くわからないけれど、職人が大変な思いをして金貨を作っていたでしょう? その金貨ひとつでマドレーヌひとつと引き換えだなんて、なんだか可哀そうな気分になってきちゃう」
「たとえば、だよ。ねえ伯父上、いま公国で作って王国に納めている金貨は一年間で何枚くらいなの?」
「ふーむ、そうですね、金貨の鋳造は毎日は行っておりませんから……それでも、年間で一万枚くらいになるのではないでしょうか。一か月に千枚弱鋳造しているはずです」
「それが何百年も続いていて、貯まっている訳だね。銀貨も銅貨も似たようなもの?」
「いえ、銀貨は金貨よりも数が多いのではと思います。金貨はアタシーノ公国でしか作れませんが、銀貨はセルフィンとアタシーノ公国で作っていますので。銅貨に至っても同じです。銅貨は北部三公国で作れますから」
「そう考えるとさ、マドレーヌひとつとってみても、大変な数を売らないと貨幣が回収できないでしょ? だからマドレーヌひとつは金貨一枚でいいと思うの。マドレーヌは高級なスイーツだからね。世界と時代と場合によっては王族だけが食べられるようなお菓子なんだから。それが、貨幣さえ払えば王族でなくても食べられるんだもん。いいことじゃない?」
「そう言われてみれば、そうよね。なんならもっと高くしましょう!」
「いや、とりあえず、さっきの値段で行こう。クッキーは5枚で銅貨一枚、パウンドケーキは一切れで銀貨一枚、マドレーヌは一個金貨一枚ね。作務衣も金貨5枚と金貨10枚。それでね、さらに売る物を増やしまーす」
「なにかしら?」
「ポテトチップスでーす」
「ああ、例のアレね」
「ミチイル様、例のアレとは?」
「じゃ、伯父上も食べてみてよ、いま出すから。ぺりっ、はい、どうぞ」
「では失礼して……カリ……カリカリ……カリカリカリ! こ、これは、手が止まりません」
「でしょ? これって食べだすと止まらないんだよね。しかもね、ふとした拍子に無性に食べたくなるものなの。プラプラ歩いている時に見かけたらね、つい買ってしまうくらいだよ。しかもね、お酒とも相性がいいの。そういえばエデンではワイン作っているんだもんね? ワインの作業員も公国人だったんじゃなかったっけ?」
「はい、そうですが、ワイン作業員はまっ先に削減できました。エデンの園の果物を扱いますからね、本当はアルビノ人に触らせたくなかったはずですから」
「そっか。なんかイラっとするけどさ、今回は渡りに船だから良しとしよう。だからね、このポテトチップスはワインとも合うし、きっと王家も欲しくなる。これは一袋銀貨1枚にする。安めに感じるけど買う頻度も上げて欲しいしね。なるべく多くのエデン人に食べさせよう。それが後で色々効いてくるからね」
「そうね、タルタルの危険性が高いけれど、とてもおいしいと思うわ。危険性については秘匿しましょう」
「タルタルとは?」
「うん、まあ太りやすいっていうか。でもこの世界じゃ理解できないと思うから、伯父上は忘れちゃって」
「かしこまりました」
「それでね、これらを販売するお店を建てられるといいんだけどね、今の話からしても王都の中では建物は建てられないね?」
「はい、ですが、アルビノ村でなら建設が可能です」
「うん、僕も万が一を考えて用意したんだけど、このポテトチップスとクッキーとパウンドケーキはね、平民向けには屋台で販売しようと思うの。屋台とはね、荷車に小さな建物を乗せて売り物を積んで、街を移動して売る車だよ」
「小さな建物といえば、バンガローのようなものでしょうか?」
「バンガローは快適だったわね! お姉様も喜んでいたもの」
「うん、バンガローではないけど、あんな木の箱を少し小さくしたような感じかな。荷車だからね、それを引いてあちこち移動できるから、王都の中を練り歩けばいいんじゃないかな。それでね、本当は荷車はアルビノ人が使えないでしょ? だから、荷車を牽くのは警備も兼ねて足軽運送に頼もう。それに同乗して売るのは公国人だけどね」
「ミチイル様、それで足軽運送への対価は……」
「そんなの、もちろん貨幣でしょう!」
「ハハ 二人とも、もうわかってるね! 貨幣で人を使う事を、雇うっていうんだけど、足軽運送は公国で雇おう!」
「もう現状でも似たようなものですしね。貨幣の代わりに服と少しのスイーツを渡して働いてもらってますし」
「それでね、作務衣とマドレーヌは高額だから、アルビノ村に新設する店舗で売ろう。欲しければ買いに来てって感じね。そして売り上げの貨幣は毎日、公国へ集めてもらえる? 貨幣に価値が出ると、奪おうとする人が出る可能性が高いから。そして、何か不都合があったら、当初の計画通り公国民は全員公国に引き上げる」
「かしこまりました。集めた貨幣はミチイル様の所へお持ちしますか?」
「うん、王国へ税を納める分と雇った人に払う分、給料とか賃金とかいうんだけど、その賃金以外は、僕の所に持ってきて。僕のアイテムボックスに入れるからね。あ、銅貨はいらないから、適当に鋳つぶして鍋とかにしてもいいよ」
「かしこまりました」
「それでね、商売を始めるのと同時に、王家に献上している服とスイーツはね、貨幣で引き換えシステムに変更してね。減らした人頭税の分を、代わりに貨幣で支払いますから、今までと何も変わりません、むしろ、貨幣さえあれば、欲しいものはいくらでも融通いたします、って言って」
「そうすると、王家の貨幣も減る可能性がありますね」
「うん、そうじゃなくてもさ、今まで手に入れられなかった中級の貴族たちがね、王家に貨幣をねだるようになると思うの。王家はそれを受け入れるしかないよ。王家が持っている価値はマッツァと果物とワインだけなんだから。マッツァが無くても食事ができるようにしていくからね、そうなると、王家の求心力が激減するから」
「聞いているだけで楽しいわ!」
「そうですね、ワクワクします」
「うん、だから当面は、王家には潤沢に貨幣を渡してもいいよ。荷車の使用を許可してくれたら渡します、とかさ、王都に店を建てても良いなら渡します、とかさ、色々条件を付けて許可を引き出しながら貨幣を渡していってね。ポテトチップスの次は、お好み焼きか、今日の話だと肉まんの屋台がいいかも。それが終わっても次々屋台を出していけば、エデン人がこぞって買い物するようになるんじゃないかな。そのうち、屋台で売らなくてもアルビノ村まで買い物に来るようになるよ。そして、今みたいに、仕事をするからって人が集まってきたらね、貨幣を払って雇えばいい」
「その差配も足軽運送に任せますか?」
「うん、そうだね。僕たち公国人は表立って動かないようにしよう。なるべくエデン人を使う。そうだね、最初のうち人件費は一人一日銀貨1枚にして、後で徐々に上げて行こうかな。貨幣を使ってもらいたいからね。貨幣で雇う第一号は、もちろん足軽さんたちね。今は服を渡していると思うけど、服の代わりに貨幣を渡してね。向こうは意味がわからないかも知れないけどさ、この貨幣があればスイーツも手に入りますよ、と言えばたぶん乗ってくると思うよ。今は足軽さんたちのスイーツ量を絞っているからね、欲しがるはず。そして、エデン人をうまく雇えるようになったら、足軽運送の賃金をアップする」
「その光景が目に浮かぶようです」
「僕は足軽さんを見たことがないからね……あとね、貨幣が集まって来るまでは、公国でできるだけ貨幣を作っておかないとだめだから用意してね。これは運転資金っていうんだけどね、人件費が一日銀貨一枚だから、金貨より銀貨がいいかな。セルフィンから銀貨を貰うか銀を輸入して銀貨を鋳造してもらえる? ま、すぐにエデンから貨幣が集まるようになるから、最初だけだけどね」
「かしこまりました。セルフィンで第一段階を進める、パラダイスに出すものはすべて貨幣と引き換えにする、パラダイスで商売をする、人を雇う、運転資金を用意する、問題が起こったら公国へ引きあげる、王家には条件付きで貨幣を潤沢に渡す、集まった貨幣はミチイル様の元へ」
「さすが伯父上。伯母上と同じく優秀だね」
「お兄様も、やる時はやるのね!」
「姉上と一緒にされるのは素直に喜べませんが、恐れ入ります」
「ハハ そのうち王家に渡す貨幣も、人頭税がゼロになったら減らしていって欲しいの。マッツァを減らすぞ、と脅されたら、どうぞご自由にと言っちゃっていいよ。その頃には王国中で貨幣の需要が高まっているから貨幣無しでは何もできなくなっているはず。そこまで行ったら第二段階は終了ね。もし、売るものが飽和状態になったら、どんどん出していくから、すぐに知らせてね。とりあえずは物販屋台が出来しだいポテトチップスを売り出してね!」
「かしこまりました。 クックック」
「頑張りましょうね! うふふ」