1-101 黒進行中 前編
さて、今日は来客があるからね、ここらで新しいメニューを披露しちゃおう!
ということで、別邸のキッチンにおります。
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「さ、今日はね、今までに無かったおやつを作りまーす。軽い食事にもできまーす」
「いったい何ができるのかしらね、楽しみだわ!」
「はい。まずは強力粉と重曹を混ぜたものに水を入れまーす。そしたら、キッチンロイド魔法でパン生地のように捏ねて、滑らかになったら濡れ布巾をかけて休ませておきまーす。その間に、豚バラ肉とタマネギとニンニクと塩と砂糖と山椒粉を全部一緒に、石臼魔法でハンバーグ種みたいに細かくしながら混ぜまーす。そしたら、アオネギの小口切りを入れて、さっと混ぜておきまーす。休ませておいた生地をスライサー魔法で小さめに切って、台の上に打ち粉をしたら、パスタマシーン魔法で1cmくらいの薄さに丸く延ばしまーす。パンと違って油が入っていないので、台にくっつくのを防ぐために打ち粉をしまーす。延ばした生地の真ん中に、先ほど作った肉種を適量乗せて、生地の端っこを少しずつ摘まんで中央上部でくっつけていきまーす。全部くっついて肉種が見えなくなったら、型抜き魔法で小さく切っておいた竹皮の上にのせまーす。そしたら、蒸気が上がった蒸籠に並べて、火が通るまで蒸しまーす。蒸しあがったら、肉まんの、完成です!」
「まあ! これはパンとは違った感じね! 大きいおまんじゅうみたい」
「うん、肉まんのまんは、まんじゅうのまん、だから。肉まんじゅうだよ」
「そうなのね~」
「ではもう一種類。ベーコンを小さく角切りにしまーす。タマネギのみじん切りと、ナポリタンソースを混ぜたら、全部まとまるくらいにチーズもたっぷり混ぜまーす。同じように、今度はおにぎり魔法で肉まんの生地に包みまーす。そして同じように蒸したら、ピザまんの、完成です!」
「まあ、さっきと違って綺麗なまん丸に包まれたわ! おにぎり魔法ってご飯以外も握れるのね。それに確かにピザのような匂いがするわ!」
「うん、じゃあサロンで伯父上を待ってようか。あ、お供えお供え、っと」
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――おにぎり魔法で小麦生地を包む方法を、パン製菓工場にも教えてあげて欲しいものである
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「ミチイル様、お久しぶりです」
「伯父上、こちらこそ。とりあえずお茶しよう。今日のおやつは、肉まんとピザまんです!」
「今日のお茶は、お番茶よ、お兄様」
「では、いただきまーす」
「まあ! これはとても食べ応えのあるおまんじゅうね。お菓子とはまた違うわ」
「これは、お腹も膨れますし、片手で食べられますし、忙しい昼食などにも良さそうです」
「うん、冷めても圧力鍋魔法でちょっと温めればいいしね」
「ミチイル、なぜ圧力鍋魔法でささっと加熱しないで、わざわざ蒸したのかしら」
「うん、圧力鍋だとね、圧力がかかるイメージだから、圧力が高いと膨らまないでしょ? だから蒸したの」
「よくわからないけれど、圧力鍋魔法じゃなくて、蒸さないといけないのね!」
「ですが、魔法を使わなくとも作れるなら、エデンで食べるのに向いているかも知れません」
「どういう意味なの? 伯父上」
「なんでってミチイル、エデンでは魔法があまり使えないらしいわよ。わたしもエデン方面には行っていないから確かめてはいないけれど」
「ええ、エデンでは魔法は思うように使えないと報告が上がっています」
「え、なんで?」
***
『はい、救い主様。エデンの辺りでは魔力がございません。それが理由なのではと思料致します』
『ああ、アイちゃん。そういえばそうだったね。北極からあふれた魔力が南下していって、エデンに着く前に無くなるんだった』
『人間どもの魔力器官内の魔力を使い切ったら、エデンにいる限りあまり魔力が回復致しません。ですので少ししか魔力を扱えないものと愚考致します』
『うん、わかった。ありがと』
***
「うん。どうやらエデンには魔力がないのが原因らしいよ」
「そういえば、北極?の魔力山から魔力が出ているのだったわね」
「呪われた土地が原因ではなく、その魔力が流れてきているから、エデン人は北部には入れない、でしたか」
「うん。魔力器官があるのはアルビノ人だけだからね。しかも魔法が使えるのは、おそらく女神信仰をしている人だけ。エデン人には無理だろうね」
「ミチイル様でもエデンでは魔法が使えないかも知れないと思うと、少々不安ですね」
「たぶんね、僕はどこでも魔法が使えると思う」
「さすがはミチイルね!」
「それで、エデンのパラダイスの様子はどんな感じなの? 伯父上」
「はい。今の所、全てミチイル様がおっしゃっていた通りに事が進んでいます。王家からは、作務衣とスイーツの催促が頻繁になり、その度に人頭税を減らすように持って行っています。足軽運送も、既に王都までは石畳を敷き終わり、現在は、公国の人頭税を、足軽運送以外の下級貴族たちまで肩代わりして行っています」
「あ、足軽運送以外にも貴族がいるのか……そりゃそうか」
「はい。男爵家だけでも1000人の武力を用意できますので、何十家も男爵家があります。そのうちの数家は混血の家と思われますので、アルビノ人に激しい差別感情がありません」
「ああ、混血の人は見た目でわかるんだったもんね」
「ええ。わたしたちは肌が白いけれど、混血の人達は肌が褐色ではないの。白でもないけれど」
「はい、ちょうど中間の肌色だと思います」
「えっと、確か、エデン人は褐色肌の黒髪黒目、混血は薄めの肌色に黒髪黒目、アルビノ人は白い肌に茶髪茶目、だったよね」
「ええ、そんな感じよ。いずれにしても、見ればわかるわ」
「この世界は変なところで便利というか、雑な設定というか、シンプルな人種というか……」
「ですので、ミチイル様の光り輝く容貌は非常に目立つと思います」
「そうだね、伯父上。僕もそう思う」
「ええ。だからご神託で隠すように言われていたのだもの」
「ま、その辺はおいおいね。世界の状況が変われば、変わる可能性もあるし」
「そうですね。それで、人頭税としてパラダイスに出している公国人の、職人以外の税仕事については、もう公国人は殆ど行っていません。大方エデン人に代わりましたし、そもそも人頭税を減らし続けてきましたので」
「じゃ、いま残っているのは、建築とか工事とかする職人だけ?」
「はい。総数としてもパラダイスにいる公国人は、100名も残っておりません」
「ということは、もう一押しか。それで、パラダイス平民はどんな感じなの?」
「はい。公国人がクッキーを配った結果、クッキーを手に入れるためにはどうすれば良いか、とアルビノ村にパラダイス平民が来るようになったとの事です」
「アルビノ村? なにそれ?」
「エデンの王都で暮らすアルビノ人達が集まって生活しているところよ。北部三公国のアルビノ人がみんな固まって住んでいるの。お兄様一家が10年以上暮らした村ね」
「はい。呪われた民であるアルビノ人は、王都の中で暮らすことを認められておりません。ですので、王都北部の郊外に村を作って、アルビノ人だけで暮らしています。その村は三王国にそれぞれありまが、村は以前の南村のように水の便が良くないので、水は王都の北端から運ぶ必要があります。それで、その村はアルビノ村と呼ばれています」
「パラダイスはアタシーノ公国と一番近いから、パラダイスのアルビノ村は、アタシーノ公国人が大多数なの。他の王国も、それぞれそんな感じね」
「はい。ただ、建前上、北部の三公国は、どこかの王国の属国ではなく全ての王国の属国ですから、それぞれの王都のアルビノ村には北部三公国の公国人が混ざり合って住んでいます。ですが、地理的条件から、どうしても南北関係にある王国と公国が近くなりますので、このアタシーノ公国では、最寄りの王国であるパラダイスに、もっとも多く人頭税を出していました」
「ということは、中央エデンのアルビノ村にも、シンエデンのアルビノ村にも、アタシーノ公国人がいるってことなの?」
「はい。その両国には、それぞれ50人ほどのアタシーノ公国人が滞在しています。パラダイスには、先ほども言いましたが100人ほどが滞在中です。以前はパラダイスに500人のアタシーノ公国人がいましたので、激減しました」
「そうすると、パラダイス以外にも足軽運送がある感じ?」
「運送を行っている男爵家は各国にそれぞれおりますが、足軽運送はパラダイスにしかおりません。というよりも、スタイン男爵家だけが足軽運送の名乗りを許されております」
「そうね、あそこの家は変わっているわ。当主の名前も代々同じだし、話す言葉も当主専用の言葉遣いですものね」
「ふーん、なんか色々ユニークな家なんだね。そして、そのユニークな家が計画工作のメインの一つな訳だけど、今のところは問題がない?」
「はい。足軽運送では、森林地帯と王都の往復もせずに済むようにもなりましたし、作務衣はもちろん、少しですがスイーツもマドレーヌ以外は手に入りますし、パラダイスの中でも影響力が高くなって来ていると思われます。他の男爵家や平民を集めて、仕事を差配しているようですから」
「じゃ、そこに色々任せちゃってもいいよね。後は、王都に工場というか交換所を建てて職人仕事を王都に移さないと」
「それが、王都の交換所は既に建築が始まっており、完成間近だと聞いてます。南村からパラダイス王都のアルビノ村まで街道が敷かれましたし、その間の荷車も、今では公国人が運用しておりますので、ミチイル様が南村に用意してくださった石材と木材をパラダイスのアルビノ村へ運び、その村の市街地に隣接した南側に交換所を建てているとか」
「うお! 想定よりかなり速く事態が動いていたよ! まだ石材と木材は余ってるの?」
「はい。石材に関しては、納税には当面困らないほど在庫があります。木材に関しても同じですが、木材の方が大量の在庫があります」
「ま、そうだね。石は道路に使っただろうしね。旧公都の廃材だけど、平民の家の何千戸分だもんね、かなり大量だったし」
「はい。ですので木材と石材の税納入も、新たに用意しなくても在庫だけで、数年は問題ないと思います」
「じゃあ、交換所が出来次第、木材も石材も全部、交換所の辺りに運んじゃってくれる? 王都北の郊外なら、目立たないんだよね?」
「はい。目立たないというよりも、見えないと思います。この中央工業団地と新公都くらい離れておりますので」
「ということは、北に5kmくらい王都から離れているんだね。じゃ、何を作ってもどうしても問題ないよね。資材を王都に置いておけば、もっと楽になるでしょ。エデン人がそこから王室まで運べばいいんだから、公国人は何もしなくてもいいし。後は、王都内の建設や工事の要員と、家具道具なんかの制作だけか……」
「はい。家具道具の制作は、以前の計画の通り王都の交換所でエデン人を表に出します。建設はともかく、土木工事などもエデン人にある程度教え、それをすれば優遇して服やスイーツを渡せば良いのではと思います」
「うん、そうしよう。それで、王家はだいたい服やスイーツはコンプリートしたかな?」
「王家は自分たちを優先していますので、とっくに全種類制覇していると思いますが、王家から下げ渡されるのを待っている貴族家が、かなりの数に上っているはずです。もっと量を増やせないのか、と催促が激しいですから」
「ふふ いい感じ! それじゃあさ、今回やってきたことを、セルフィンでもやってもらえるようにしてくれるかな、伯父上」
「黒計画で、セルフィンの人頭税も減らすということですね」
「話からすると、セルフィンの人頭税は中央エデンに何百人もいて、アタシーノ公国人も50人ほどいるんだよね? そろそろ中央エデンでも同じようにしないとね」
「ですが、セルフィンに出来るでしょうか」
「うん。今の所はね、エデンに渡しているのは作務衣とスイーツでしょ? 作務衣はセルフィンで問題なく作れるという話だったからね、後はスイーツだけど、小麦の生産を増やしてもらって、設備を整えて、物流を確保すれば問題ないはず。ビニールの原料も魔石もセルフィンで採集できるわけだしさ、小麦関係の食文化をセルフィンに広めようと思っていたところだったし、それを教えながらやれば、ちょうどいいんじゃないかな」
「お姉様の所でも、小麦の栽培は始まっていたはずよ。スイーツまで到達したかどうかはわからないけれど、オーブンとかの設備も、ミチイルじゃなくても作れるのよね?」
「うん、石と鉄板だけだからね、オーブンの材料。魔石もあるからオーブン魔法も制御しやすくなったし、教える人がいて、真摯に学ぶ人がいれば大丈夫だと思う。それに重曹使えば強制的に膨らむからね、焼き菓子の失敗もほとんどなくなるし」
「セルフィンにはお姉様がいるもの、黒計画なんて、お姉様が大好きそうじゃないの。任せておけばいいわよ」
「確かに、腹黒と言えば姉上ですからね」
「じゃあ、セルフィンでも黒計画の推進をしても問題ないわね。そのように手配してもらえる? お兄様」
「わかりました。もしセルフィンで物資が足りないようなら、アタシーノから回しましょう。今は国境横断街道が二本もありますからね」
「じゃあ、それでいこう! 手配をお願いね、伯父上。それと……」