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1-6

 ヒナドリの種族は夜目が利いた。真っ暗闇の森の中、手探りで進むチリュウの後ろを、足場も悪いのにいとも簡単にひなは続いた。まるで平地を歩いているかのようだ。遠出もしたことのないひなだ。どれほど体力があるのか、自分ですら分からない。ただ、まだ若干十歳の子どもだ。「ヒナドリ」として覚醒したとはいえ、まだ小さい。大人ほどの体力は持ち合わせていなかった。少しずつ呼吸が小刻みになり、粗くなっていく。「はぁ、はぁ……」と切れ切れになると、流石にチリュウも気になったらしい。脚を止め後ろを振り返った。


「おい、小鳥。お前、こんなんでバテたとか言うなよ?」

「はい」

「はいって……返事だけは一丁前だな。足取りからして、夜目は利くんだろ? ガキだから、体力がねぇのか?」

「……」


 今度は応えなかった。ただ目を伏せて、じっとしている。それが答えだった。チリュウは「はぁ」と溜息を吐き、頭をワシャワシャと掻き毟った。ぼさついた頭からして、いい暮らしをしてきているとはお世辞にも思えない。あの太った中年の男をお頭と呼び、賊の一員として動いていたチリュウだが、ただの賊程度の人間が天下を取ろうだなんて、そんな大それたことを何故思えたのだろう。ひなには分からなかった。分かりたくも無かった。それでも従う他ないのは、すり込み現象の掟があるからだ。ひなの目にはもう、チリュウのことしか映ってはいない。自分がどれだけ疲労しようとも、チリュウに危険が迫ったならば、身を挺してでも守るという誓いを立てていた。


「もう少しゆっくり歩いてやるよ。だから、後ろを離れるな。いいな?」

「はい」

「……ひとつ、聞いてもいいか?」

「はい」


 チリュウはもったいぶって、少し間をあけて視線を逸らしてから言葉を続けた。なんだか言いにくそうに言葉を紡ぐ。苦い物でも噛んでいるようだ。


「俺が殺したのは、小鳥の両親と姉か?」

「……」


 殺されたのは、ひなの育ての親とも言える。そして、みとは幼馴染だが、「姉」という存在でもあった。あながち間違った解釈でもない。だが、血縁関係は一切なかった。そのため、ひなは答えに迷った。少しの間、嫌な沈黙が訪れる。沈黙の末、ひなが選んだ答えは、後者だった。


「血縁関係はありません」

「そうか!」


 チリュウは、何故か嬉しそうに笑った。まるで子どもが欲しかった玩具を買ってもらったかのような、屈託のない笑みを浮かべる。人を殺しておきながら、なんでこんなにも清々しい笑みを浮かべられるのだろう。そう思ったひなだが、ひなもまた、賊を何人か殺めてしまったのだ。まだ、実感はなかったが、疾風を巻き起こした右手をふと見下ろした。変化したところは見た感じ何もない。爪が伸びた訳でもない。農作業がしやすいようにと、爪は短く切っていた。


「さぁ、もう十分休んだだろ? そろそろ先に進むぞ」

「はい」

「今まで根城にしていたところは、もう先手が抑えている可能性があるからな。新しく拠点を造らなきゃなんねぇ」

「はい」

「この辺りの地理にお前は詳しいのか?」

「……」


 ひなは、首をフルフルと横に振った。それを見て、チリュウは軽く嘆息した。しかし、そこまで落胆している様子でもない。


「ヒナドリは村から出ないっていうのは、もっぱらの噂話だからな。本当に村を出た事がないのか?」

「はい」

「使えるのか使えないのか、分からねぇ奴だな」


 乾いた笑い声をあげた。チリュウはご機嫌だ。ひなを役立たずだとは微塵も思っていない証拠であった。チリュウはスタスタとまた歩き出す。松明も持たずに歩いているのは、周りに賊が潜んでいる可能性があるからだ。自ら自分の位置を敵に知らせることはない。チリュウは静かに移動したかった。

 黄金色の目を持つ異端児のヒナドリを手にしたとはいえ、まだ子どもであることは見て分かる。ヒナドリの長からの助言、いや、戯言とも呼べる発言もあり、注意して損はなかろう。チリュウはボサボサ頭の髪を後ろで一つに縛り直しながら、歩いた。その後ろをひなが続く。


 およそ、二時間弱歩いた。


「流石に残党も、ここまでは居ないだろうよ」

「はい。周りに存在は確認できません」

「そういう機能もあるのか? 便利だな」

「はい」

「この先に、小さな洞窟がある。そこで身体を休めるぞ」

「はい」


 正直、ひなは限界だった。痩せた足で懸命に歩いた。チリュウも痩せ形だったが、青年だ。基礎体力が違う。ぼさっとした黒い髪は汗にまみれ、元々は白地のシャツだったのだろう服は泥や血で汚れ、薄汚い色をしている。下は黒いズボンだ。靴だけは一丁前にブーツを履いていた。黒いエンジニアブーツ。底が厚くて、山道にも向いていそうだ。対してひなは、裸足だった。足の裏には肉刺ができ、潰れて水ぶくれもあった。擦り切れた足の裏の感覚は、正直もう無いに等しい。疲れ切ったのが幸いして、ここまで何とか歩き通せた。


「あそこだ」


 そうして案内されたのは、小さな小川のすぐ脇にある、小高い丘の麓だった。確かに洞窟がある。洞窟というより、洞穴と言った方が適切な規模かもしれない。いや、もう何でもいい。ひなは身体を休めたかった。

 仲間を失った悲しみも、村をこんな形で出ることになった苦しみも、全てが置いてけぼりだった。今のひなにあるのは、ただ目の前の主に従うこと。主が居るからひなは生きているとも言えた。ひなから全てを奪った存在のおかげで、生きていられるなど……なんとも皮肉な話だ。

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