1-5
「小鳥よ。奴らに力を見せてやれ」
「はい」
チリュウに命じられ、ひなは本能のまま右手を振り上げた。空気の流れを感じ取る。そのまま、勢いよく上げた手を振り下ろす。すると、かまいたちのような疾風が巻き起こり、立ちはだかる賊たちを一気に吹き飛ばした。その光景に驚きを感じながらも、何故か冷静でいる自分に、ひなは疑問を感じていた。自分のことなのに、まるで他人がこの身体を操っているかのような感覚だ。これは、離人感とでもいうべきかもしれない。目の間で今までよくしてくれた幼馴染とその両親が殺されてしまったショックからの精神崩壊なのか、或いは「ヒナドリ」としての覚醒故なのか。ひなには判別がつかなかった。
「こいつはいい」
チリュウは満足そうだ。短剣を掲げたまま、次々と倒されていく仲間だったはずの賊を尻目に、口角を上げる。その奥に、チリュウにとってお頭だった人間が姿を見せた。大柄で腹の出た中年の男だ。無精ひげを生やし、黒い髪はボサボサとしている。身長は二メートル近い。
「チリュウ! 裏切ったのか!」
「そっちはヒナドリの子どもを見つけられなかったらしいな……ということは、こいつを見つけた俺の天下って訳だ」
「馬鹿を言え。その小娘をこっちへ渡せ!」
「渡す訳がねぇだろ。それに、すり込み現象は絶対なんだ。知らなかったのか?」
「……」
ひなは、チリュウのすぐ後ろに控えて立っていた。耳元ではパチパチと火の粉が飛び交う音が鳴り響く。それくらいで、静かなものだ。ヒナドリの村は小さいが、それなりに住民は居た。全滅してしまったのだろうか。ひなはちらっと首を右に向けてみた。焼け壊れた民家が目に入る。異臭からして、中に居た人はもう死んでしまっているだろう。
「小鳥。お頭を狩ってくれ。アイツは邪魔だ」
「はい」
「なっ……ヒナドリ! そんな底辺の賊に従わず、俺の物になれ! 待遇よくしてやるぞ!」
「……」
ひなは氷のように冷たい目で、お頭を見た。みとを殺したのは、お頭ではなくチリュウだ。恨むなら、チリュウの方だと頭では分かっている。それなのに、身体は勝手に動いてしまうのだ。脳を仲介することなく、反射的に行動しているようだ。
「主さまは……このひと」
「チリュウだというのか!」
「私の主さま……守る」
「そうだ、小鳥。やれ」
「くっ……!」
目の前で切り裂かれていった部下を見て、自分もあぁなるのかと察したお頭は、クルッと踵を返してチリュウとひなに背を向けた。そのまま一目散に走りだす。その様子を見て、チリュウは乾いた笑いを声をあげた。
「ハハハ! 無様だなぁ、お頭。いや、あんたの組はもう終わりだ。あんたの時代も終わったんだ。これからは、この俺様の時代だぜ」
「主さま。あのひと、逃がしていいんですか」
「さすが、戦闘種族の娘だな。生かしてはおけないって? まぁ、あんな奴いつでも始末出来るだろ? 放っておけよ」
「はい」
チリュウは短剣を鞘にしまうと、煌々と照る光に顔を向け、両手を広げて空を見た。
「俺を今まで侮辱して来た奴らに、復讐するときが来たんだ!」
「……」
「ハハハ! この世をひっくり返してやるよ。天帝にも負けやしない」
「はい」
「小鳥、行くぞ」
「はい」
その時だった。背後から忍び寄る気配がひとつ。チリュウは振り向きざまに短剣を抜いた。そこに居たのは、他でもない。ヒナドリの村の長だった。年老いた長の翼は折れ、杖をついた状態でこちらに視線を向けている。
「ひなを、連れて行くのか」
「なんだぁ? 死にぞこないのじいさん」
「……」
「掟か……それならば、やむを得ない。わしが何を言っても、ひなはもう、お主のものだ」
「なんだ、じいさん。よく分かってるじゃねぇか」
ケホケホと咳き込みながら、長は後を続ける。ひなは黙って耳を傾けていた。視界に入ってはいるが、しっかりとは見えていない。ひなの意識は常にチリュウへと向けられていた。チリュウに何かあるようであれば、すぐさま応戦できるよう、神経を研ぎ澄ましていた。
「青年よ。ひなはヒナドリの娘の中でも特別な子じゃ。そのひなを従者にした罪は重いぞ」
「罪? これは、幸運さ。俺に巡って来た、チャンスなんだ」
「ほう。世界を手にする……と?」
「あぁ、そうさ。この腐った世界を終わらせてやる。この俺が、世界の頂点に立つことでな!」
「……ひなの力があれば、それも不可能ではない話じゃろう」
「ほぅ?」
「じゃが……」
長は杖を持ち上げ、震える右手でチリュウに杖の先を向けた。長も火傷を負っている。手当が必要だ。
「ひなの力は、神をも凌ぐやもしれぬ。強大すぎる力を手にした者の末路は…………計り知れぬものがある。覚悟しておくのじゃ」
「老いぼれじいさんの戯言として、聞いておいてやるよ。今の俺は気分がいい。お前は生かしておいてやる。どうせ、その年と怪我じゃあ、長生きは無理だろうがな!」
「……ひな。助けてやれず、すまんな」
「……」
「話は済んだか? 小鳥、行くぞ」
「はい」
チリュウは長に背を向け、村の外へと歩き出した。辺りは暗い。そのすぐ後ろを、ひなも歩く。長にも何かを告げることなく、ひなは生まれ育ったヒナドリの村を旅立つこととなる。
一度も村から出たことなど無かった。世界が広いことは話には聞いていたが、こんな形で外へ出るとは、夢にも思わなかった。この悪夢がいつまで続くのか。それは、誰にも分からない。チリュウにすら、この先どんな運命が待ち受けているのか、予測などできないのだから。
世界は、残酷だった。




